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自由のアリア  作者: カラノニジ
第九章:呪いの札はひき寄せられて
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第76話:送り火

 

 〈エヴォルタス〉たちの方を、〈ジョーカー〉の三人で捌けるのなら、僕はこっちに専念できそうだ。


「〈ロックブラスト〉」


 無数の礫がフワリと浮かび上がると標的へ向けて、指向性を持って射出される。


「ふん、〈インヴァート〉」


 再びグァマの指輪が淡く発光する。

 礫の群れは、グァマに到達する前に空間の歪みに取り込まれ、その進行方向を反転させられる。


 先ほどジーンの矢を反射した空間魔法と同じものだろう。


 だが、魔法が返ってくることは想定済みだ。

 焦ることもなく、あらかじめ準備していた防御魔法を展開する。


「〈ロックウォール〉」


 目の前に現れた岩の壁が迫り上がると〈ロックブラスト〉を防いで砕ける。


「はっ、やるじゃあねぇか、なかなかの詠唱速度だ。でも残念だったな?魔法じゃオレに届かねぇよッ!」


 空間魔法に絶大な信頼を置いているようだ。


 ……なるほど、大体わかった。



「〈〈デルージュ〉〈スパイラル〉〉……」



 僕の詠唱に合わせ、両手に水の塊が発生する。


 左手には螺旋を描く水の槍が生まれ、回転を加えながら射出される。


 それと同時に、右手からは圧縮された大質量の水球が、まるで攻城砲のように放たれる。



 〈二重詠唱(デュアルキャスト)〉……二つの魔法を同時に発動する高等技術。



 同じ属性でも、形状と特性の異なる二つの魔法を同時に打ち消す、あるいは跳ね返すことは困難だ。



(となれば――)



「なっ…!?チッ……〈エクリプス〉!」


 グァマが指輪をかざす。

 空間が歪み、その姿を覆い隠した。


 水球は逸らされ、槍は背後の壁を穿つ。



 だが、それも想定内だ。



(――そう、空間魔法による『認識阻害』か『転移による回避』しか、出来ないだろう?)



「〈〈フラッド〉〈バサルトバレット〉〉」



 逸らされた水球を〈フラッド〉で破裂させ、拡散させる。


 飛び散った水飛沫が空間の歪みに触れ、認識阻害を起こしている場所を割り出す。


 認識阻害は亜空間に取り込まれたわけではなく、あくまでも見えなくなるだけだ。


 そこに黒い岩の弾丸が撃ち込まれると、グァマはたまらず回避し、阻害空間から抜け出す。


 間髪入れずに、僕は畳み掛ける。


「〈テクトニカ・ディバウア〉」


「〈トランジッ――っぐ!?」


 隆起した岩が獣の顎のようにグァマに喰らいつく。

 グァマは転移魔法を使おうとしたが不発に終わり、間一髪、転がるようにして回避した。


(……思った通り)


 グァマの空間魔法は、あの指輪を介して発動されている。

 空間魔法は高度な制御を要する。

 本来ならあんな風に連続して使用すること自体が困難であるはず。


 おそらくは、あの指輪は不安定な空間魔法の制御を安定させ、術式構築までの時間を短縮する役割を果たす媒体だ。


 グァマが魔法を発動し、魔法が指輪を介して洗練されたのちに再出力されている。


 つまり、自身の力ではなく〈マジックアイテム〉の力に依存した魔法。

 それゆえに、空間魔法の連続使用はできず、再使用には一定の冷却時間が必要となる。


 最初に空間魔法による回避を選ばせた時点で、息継ぐ間も無く畳み掛ければ、次の回避は追いつかない。



 僕は視界の端で、倒れる〈エヴォルタス〉を捉える。



 あちらも大勢は決したようだ。



 ジーンの的確な矢の連射。

 何発目かの矢を眼窩の奥深くに突き立てられ、〈エヴォルタス〉の一体が、ついに倒れ伏す。

 脳幹を破壊されれば、再生も機能しないらしい。


 二体を同時に相手取るガロードは、懐に潜り込むと、〈エヴォルタス〉の腱を斬り裂いた。


 ブクブクと肉が沸き立ち、傷口が瞬時に塞がる。

 だが、引き起こされる一瞬の機能不全。


 ガクン、と巨体はバランスを崩し、頭部が落ちてくる。


 それを足場にガロードはもう一体の頭上へと跳ね上がると、叩きつけるように兜割りを炸裂させる。


 頭部を破壊されたエヴォルタスの再生が止まる。



「〈マッドネス〉」


 先ほどの〈フラッド〉によって湿った地面を一瞬で泥沼化させる。


 回避行動を取ろうとしたグァマの足が、ズブズブと地面に飲まれる。


「くっ……下等な人間風情が……!〈トランジット〉!!」


 グァマが絶叫と共に指輪を輝かせる。

 泥沼から抜け出し、簡易的な転移で空中に舞い上がり、距離を取ろうとする。


 だが、そこは逃げ場ではない。

 ――ただの的だ。



「〈アルキオン〉」


 僕の手から、水鳥の形をした水の矢が高速で飛翔する。


 青き矢は正確無比にグァマの腹部に命中し、その身体を守る〈闘気〉の抵抗力を突き破って、天高く押し上げた。


「ガハッ……!?」


 グァマが空中でくの字に折れ、無様に地面へと墜落する。


「す、すごいです……」


 粗雑な檻から鉱夫を助けようと苦闘していたニーコが振る。

 そのまま視線を外せずに感嘆の声を上げる。


 どれも高度な攻撃魔法。

 しかも、それを二つ同時に練り上げている。


 略式詠唱で二つの魔法を使うというのは、右手と左手で違う図形を描きながら、脳内では二つのイメージを混ぜずに成立させるようなものだ。


 とても普通の人間にできるとは思えない。

 それがそのまま、普通ではないことの証明でもあった。


「い、イルさん…あの強さは一体…?」


 ニーコが呟く。


「た、助かった、もうダメかと」


 転がるように鉱夫たちが這い出てくる。


「間に合って良かったよ」


 ジーンは鉱夫を支えつつ、安全な場所へと押し出す。



「さて……少々、旗色が悪くなってきたんじゃないかな?」



 僕は泥に伏したグァマを見下ろす。


 ───

 ──



「……コイツは、人間なのか?」


 俺の口から零れ落ちたその言葉は、冷え切った洞窟の空気をさらに凍てつかせるようだった。


「え……?」


 シュカが、間の抜けた声を上げる。

 その顔には、意味が理解できないという困惑と、理解したくないという拒絶が混ざり合っていた。


「ど、どういうことですの?アリア様……!」


 エステルも動揺を隠せない。


 無理もない。


 たった今、自分たちが全力で叩き潰し、燃やし尽くした怪物が、自分たちと同じ人間だったかもしれないなんて言われて、平然としていられるまともな神経の持ち主はいねぇ。


「この〈青オーガ〉はただの変異体じゃ説明がつかねぇ。生物としておかしすぎるんだよ……」


 俺は、動かなくなったオーガの腕を掴み上げ、二人に見せつける。

 不揃いな骨格、左右非対称な筋肉の付き方。


 そして何より――。


「……コイツの指を見ろ」


 異様に膨れ上がり、青黒く変色した指。

 だが、その根元だけが、不自然に細くくびれている。

 よく見れば、肉に食い込むようにして、銀色の何かが埋まっていた。


「指輪……」


 シュカが息を呑む。

 ただの魔物の指に、肉が膨張する前から、肌身離さず嵌めていたような痕跡が残るわけがない。


 脳が理解を拒むパズルの答えを、これが決定的な証拠だと言わんばかりに叩きつけてくる。


「なに、それ……」


「なんてこと……」


 エステルは口元を押さえ、その場に膝をつきそうになる。


「〈ウロカクシ〉の野郎は……攫った人間でこのバケモンを作ってるってことだよ……!」


 ギリッ、と奥歯が鳴る。


 俺も、元は処刑人だ。

 多くの人間をこの手で殺してきた。


 その口で何を言うのかと、誰かに笑われるかもしれねぇ。


 ――だが、これは違う。


 罪人を裁くのでもなく、敵を討つのでもない。


 尊厳を踏みにじり、生命を弄ぶ……。


「ふざけないでくださいまし!そのような生命の冒涜が許されるわけありませんわ!」


 エステルが、涙を溜めた目で叫ぶ。


 ああ、全く同感だ。吐き気がする。



「……アリア」



 シュカの声は、震えていた。

 彼女は、自分の手を見つめている。

 先ほど、この元人間を吹き飛ばした、その手を。


「この子たちは……元に、戻せたの……?」



「シュカ様……」



 エステルが気遣わしげに声をかける。

 どこまで自覚があるかなんて知らねぇが、コイツは皇女様だ。


 自国の民を、守るべき臣民を、あろうことか自分の手で殺してしまったことになる。


 その絶望と心の重さは……計り知れない。



 ……俺は首を横に振った。



「……いや。ここまで変質してしまった肉体が、元に戻るとは思えねぇ」


 気休めではない。

 実際、戻す手立てなど考えられなかった。



「自我も……残っていなさそうだったしな……。終わらない苦痛から、解放してやったと思うしかない」



「そう…」



 シュカは、ぎゅっと口を結んだ。


 俯き、震える拳を握りしめる。


 その沈黙は、数秒だったか、あるいはもっと長かったか。



 やがて、彼女が顔を上げた時。


 そこに浮かんでいたのは、悲嘆ではなく、燃え盛るような『憤怒』だった。



「………許せないわ」


 低い、地を這うような声。


 それは、ただの少女の癇癪ではない。


 正当な怒り。



「あたしの国の民を!勝手にいじくり回して、こんな姿にするなんて!」


 シュカの周りの空気が、怒りに呼応して熱を帯びる。


「〈ウロカクシ〉!絶対に後悔させてやるんだから……!」


 ただならぬ怒りの炎に、エステルも強く頷き、涙を拭った。


「そうですわね…!これ以上の犠牲者を出さないためにも…!止めなくてはなりませんわ…!」



「ああ、行くぞ。これ以上、好き勝手はさせねぇ」



 俺たちは、黒焦げの骸に背を向け、洞窟の奥――イルたちが向かったはずの方向へと走り出した。



 シュカが〈リード〉を再開する。


 俺は捻挫したエステルを背負い直すと、シュカの背中を追って、暗く湿った洞窟内を小走りで進んだ。


 道中、再び進路上に青白い巨体が現れる。


「……俺がやる」


 俺はエステルを降ろそうと腰を落としかける。

 だが、シュカがそれを片手で制した。


「いいえ、私がやるわ……アンタはエステルちゃんを背負ってなさい!」


「お、おい……」


 俺はシュカの横顔を見る。

 その目は、怒りに燃えているが、どこか痛々しいほどに張り詰めていた。


 大丈夫かよ……精神的な意味で。

 自分の国の民を、自分の手で葬るんだぞ……?



「わかってるわ!力加減……加減ね……!」



(いや、もちろんそっちもだけどよっ!!)



 シュカは自分に言い聞かせるように呟くと、両手に魔力を収束させる。


 だが、それはいつもの周囲を巻き込むような力任せな奔流ではない。



「〈インクリメーション〉……!」


 極高温の白い炎。神聖さすら感じさせる弔いの焔。


 ヒュンッ!


 放たれた白き炎は槍となって〈青オーガ〉の上半身を貫いた。

 苦しみを感じる暇もない、断末魔を上げる暇さえ与えない。

 再生機能が働くよりも速く、聖なる炎が巨体全体を包み込み、瞬く間に灰へと変えていく。


 後に残ったのは、サラサラと崩れ落ちる灰の山だけ。



「…………」


 威力はやはり過剰だ。

 だが、指向性が保たれている分、周囲への被害は驚くほど少ない。


(加減、できんじゃねーか……)


 俺は、ほっと胸を撫で下ろす。

 苦しませない。跡形もなく消し去る。それが、彼女なりの弔いなのだろう。



 その後も、断続的に現れるコイツらを、シュカは迷うことなく『送り火』によって弔いながら進んだ。



 やがて、シュカがピクリと足を止める。


「……いたわッ!イルたちと一緒に……」


 どうやら、ようやく見失っていたイル、ガロード、ジーン、ニーコの四人を探知できたようだ。



 ガロードの常時垂れ流していた〈リード〉が切れているせいで、探知範囲を広げるのに苦労したらしい。



「あっちね!……って、もうドンパチやってるわ!」



「すでにアイツらは〈ウロカクシ〉の野郎と戦闘中か…!」



 だが、さらに索敵範囲を広げていたシュカの顔に、ハッと焦りの色が浮かぶ。


「ヤバいわアリア!!どうしよう……?!コイツら、何匹か…この洞窟から出ていこうとしてる!!入り口の方へ走っていってるわ……!」



 その言葉に、背中のエステルが息を呑む。



「そんな……!外にはオロンおじさまや鉱員の人たちがいらっしゃいますのに……!」



「チッ……!」



 俺は舌打ちした。

 今までの〈ウロカクシ〉の隠密性を考えると、行動が不一致だ。


 これまでは、ひっそりと隠れ、痕跡を残さずに行動していたはずだ。

 それが、なりふり構わず魔物を外へ解き放つだと?


 俺たちに見つかったからか……?


 それとも、もう隠れる必要がなくなった……?


 どちらにせよ、ヤケクソになってやがるのは間違いねぇ!



「おい、シュカ!ここから入り口までの距離は!?遠いのか!?」



「遠いわ!間に合うかどうか…!」



 シュカがギリッと唇を噛む。

 ここから入り口に戻るには時間がかかりすぎる。


「入り口に着くより先に道中で、イル達に合流するわ!」


 入り口への道筋を考えても、どちらにせよそれが最短経路だ。

 そうシュカは決断する。


「……イルってば何やってんのよ!さっさと片付けて、入り口の方へ向かった連中を止めなさいよ!」


 彼女の中で、弟への八つ当たりと信頼が入り混じっているのが分かる。


 そして、燃えるような瞳で、前を見据えた。


「……いや、ダメね!あたしがぶっ飛ばすんだもの!!先に倒したら許さないわ!」



 俺たちは、速度を上げて走り出した。

 まずは元凶を叩く。話はそれからだ!


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