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自由のアリア  作者: カラノニジ
第九章:呪いの札はひき寄せられて
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第75話:ナッツ

 ──

 ──


 俺は〈青オーガ〉を検分する。

 先程の個体とまた微妙に骨格が異なる。


「気味が悪りぃ……」


 なんだろうか、この生物の根源的嫌悪感は。

 あの過剰再生もそうだ。

 いや再生というより傷が塞がっているだけだ。

 欠損した部位を新たに作り直したような歪な再生。


 歪、そう歪なのだ。


 先程からずっと感じている不快感の正体。

 不気味の谷。人は綺麗にカットされたステーキ肉をそこまでおぞましいとは思わない。


 だが、動物の死骸を見ると不快感をもつ。

 元の姿を知っているからこそ、崩れた現状が『死』を連想させるのだ。


「……元の姿」


 脳内の不快な想像が妙にしっくりくる。


 そう考えると、どんどんとパズルが埋まる。


 ……嘘だろ?


 先程の焼け焦げた骨を見る。

 歪な骨格。だが共通点がある。

 変化していない部分がある。


『元の姿』のイメージを補強する面影の部分。



「……コイツは、人間なのか?」



「え……?」



 ──

 ──


「コイツらの名は〈エヴォルタス〉。〈魔人化薬〉を元に作った〈変異促進剤〉を打ち込んでやったのさ!」



「人にな」



 グァマの顔が醜悪に歪む。


「……」


 ジーンの引き絞った矢にさらに力が込められる。



「すでに無数の〈エヴォルタス〉を洞窟内に解き放ってある。好き放題暴れろってな!迷子のお前たちのお仲間も今頃は肉の塊だろうぜ!」



「〈変異促進剤〉……?なるほど、あのロックドレイクの変異体も、その薬とやらで変異したと?」



 怒りを見せるジーンを見て愉快そうに笑っていたグァマは、僕の質問に、やや期待はずれという様子で視線を向ける。


 グァマはこちらを怒らせるのが目的……。


 いや、人間の顔が歪むのを眺めたいだけなのだろう。


 そうだとしても、わざわざ自らの情報をベラベラと話すのは、お利口とはいえないけれどね……。


「……ああ、そうか。あの時の……」


 グァマは、チラリとガロードを見て舌打ちをした。



「あの時の冒険者か……せっかく丹精込めて育て、この洞穴を広げてもらってたのにな……」



「アイツは可哀想な実験動物だ。人間のくだらない私利私欲、利益のために生かされ、必要がなくなったからと言って屠殺されそうだったところを助けてやったんだ」



 グァマは、しみじみと思い出に浸るように話す。



 黒。


 僕の中で全てのピースが繋がった。



 だが、驚きは少ない。想定はしていたからだ。


 ――三年前。僕が管理していた〈養殖魔鉄〉精製研究所から、廃棄予定の個体が盗み出された。


 犯人は見つからず、内部犯か外部の侵入者かも不明だったが……。


 あの空間魔法による認識阻害で隠しながら運び出したのか、あるいはそのまま転移で持ち出したのか。


 正確な方法はわからないが、それならば説明がつく。


 廃棄予定とはいえ、僕の研究材料(持ち物)を勝手に持ち出したドブネズミには、相応の罰を与えなくてはならないだろう。


「そのわりには冒険者二人に怯えて、穴蔵の影に隠れていたらしいじゃないか」


 ジーンが弓を構えたまま挑発する。


「フン、ゴミ二匹を殺すのは容易だったさ……!だが、ドワーフが割り込んで来やがったっ!」


 グァマは不快そうに鼻を鳴らす。


「オレの標的は人間だけだからな。ドワーフは人間にこき使われ、虐げられた憐れな同胞種族だ。……懐柔され、共生なんていう甘えた結論に至ったのは、気に入らないがな!」



 なるほど。

 人間憎しで思想が先走っているものの、どうやらドブネズミにはドブネズミなりの美学があるらしい。


 先のジーンの矢の一件によって、こちらからの安易な攻撃を封じられている。


 その拮抗状態に痺れを切らしたのか、話はもう良いか?とばかりにガロードが地を蹴った。


 未だ動かない異形は無視し、親玉狙い。

 グァマに対して疾風のごとく斬りかかろうとする。


 グァマが、面倒そうに手をかざす。

 〈青オーガ〉……もとい〈エヴォルタス〉の身体に刻まれた紋様が消える。


「オ゛オオオオオオォォ!!」


 〈エヴォルタス〉が吼える。

 やはり、あの紋様が仮死状態を保っていたのだろう。

 ガロードの神速の剣に対して、一切の恐れなく拳を突き出す。


 ザンッ!!


 〈リレーション〉の切れ味は凄まじく、エヴォルタスの右拳を容易く割り、破壊する。


 だが。


(……止まらない?)


 痛みを感じていないのか、あるいは脳の回路が焼き切れているのか。

 エヴォルタスは一切の怯みなく、破壊された腕のまま、残った左拳を叩きつけようとする。


 ヒュインッ!


 ジーンの矢が空気を割りながら肩を貫くが、なおもその勢いは止まらない。


 ガロードは咄嗟に身を躱す。


 彼が立っていた場所に、重い一撃が叩きつけられ、ズンと地が震え亀裂が走る。


 あの巨体の膂力は、かくも凄まじいものか。

 そして、さらに醜悪なのは――。


 破壊された右拳が、ブクブクと泡立つ。

 裂けた状態が元の外郭だったとでも言わんばかりに、隙間を埋めて肥大化していく。


 再生するや否や、エヴォルタスは再びガロードへ肉薄する。


「グルルァアアアッ!!」


 別のエヴォルタスも動き出す。

 二足歩行でありながら、四足獣のように前傾し、半ば倒れ込むかのようにニーコへ向かって駆けてくる。


 動きそのものが生物として歪と言わざるを得ない、予測不能の挙動。


「……ひぅっ!!」


 ニーコは悲鳴を飲み込み、円盾を構える。


 エヴォルタスは両腕を揃え、巨大な槌のように振り上げると、その勢い、体重、腕力、全てを載せて叩きつけた。



 ドゴォォォォォォンッ!!!



 凄まじい轟音が響き、土煙が舞い上がる。


 まともに盾で受けたニーコの身体は、ほとんど抵抗などないように折りたたまれ、地面にめり込んだように見えた。


「早速、一匹死んだか……!」


 グァマが、嘲笑うように呟く。

 ……確かに、あの小さな円盾で、あの膂力を到底防ぎ切れるわけがない。


 あの〈エヴォルタス〉。

 耐久性は未だ不明、知能は低そうだが、単純な破壊力だけでいえばCランクにも匹敵する。


 対して彼女は駆け出しの石等級。


 物理法則と身体能力差を計算すれば、結果はミンチだ。


 ……順当な結果だろう。


「ニーコちゃん!」


 ジーンが叫び、矢を構えて視界が戻るのを待つ。


「だ、だ、だいじょうぶです!!」


 土煙の中から、信じがたい声が響いた。


「なに……?」


 煙が晴れる。


 そこには、砕けた地面の上に背をつけ、腰を浮かせ、仰け反りながらも攻撃を受け止めているニーコの姿があった。


 すかさずジーンが矢を放つ。


 ドシュッ!ボォッ!!


 眼球を正確に貫かれたエヴォルタス。

 その矢の精度も驚異だが、なんとその矢が発火し爆ぜる。


 流石のエヴォルタスも怯んだのか、「オ゛オオオオオオォォ!!」と絶叫をあげながら転倒する。


(無詠唱の付与魔法(エンチャント)……?いや、ジーンは光と水の二属性使い(ダブル)のはずだ。……不思議な形状をしているとは思ったが……あの弓の機構か)


「馬鹿な……あんな矮小な盾で、あの攻撃を防げるわけがない…!」


 想定外の結果に、グァマの余裕ぶった表情が崩れる。

 僕自身も、ニーコは無事では済まないと思っていた。


 ……さらに信じがたいのは、あの盾だ。


「はっ、はっ、はっ…り、〈リアライズ〉のおかげです…!」


 ニーコが緊張か、痺れか。


 震える手で構えるあの円盾〈リアライズ〉。


 衝撃の瞬間、円盾の背面から四本の太い杭のような柱が飛び出し、地面に深く突き刺さっていた。


 それがアンカーとして機能し、身体を固定。

 さらにニーコ自身の体を支える骨格となって、あの圧殺の一撃を受け流したのだ。



 ……変形機能を持った盾(マジックアイテム)、ということか。


 …………正直、恐れ入った。



「ふぅむ……〈魔力灯〉から屑魔石を拝借して、〈リユニオン〉へ込めてみたけれど、さすがはマダムだ!申し分ない威力!……やはり、燃費は悪そうだけどもね!」


 ガシャコン!と音を立てて〈リユニオン〉の持ち手から引き出しが飛び出す。

 ジーンはそのカートリッジから魔力を失って黒くなった空の魔石を排出する。


「……」


 その横でガロードは〈エヴォルタス〉の一体を無詠唱の〈エアブロウ〉で叩きつけている。



 推定C-の魔物を三体も同時に相手取れるとは……。


 ……どうやらアリアンナの持つ『手札(ハンド)』は、僕が思っていたよりも強力らしい。


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