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自由のアリア  作者: カラノニジ
第九章:呪いの札はひき寄せられて
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第74話:魔族

 

 僕たちは転移魔法に警戒しつつ、しばらく進んで、やや拓けた広間に出る。


 遺骸や残留物の類は、魔素となって霧散したのか、残っていない。

 だが、広さと痕跡から見て、おそらくここが話にあった〈鐵喰い〉と戦った場所だろう。


 となれば、もう少し奥が抜け殻があった場所。


 そして、さらにその奥には――〈ウロカクシ〉が潜んでいた隠し部屋があるということだ。


 ガロードが迷いなく脇の穴へと進んでいく。

 あれから、爆音は響いてきていない。


 一発で仕留めたのだろうか。

 それとも、まだ膠着状態か。


 アリアンナたちが巻き込まれていなければいいが……。


 ……いや、僕としては、巻き込まれていた方が、後腐れもなくて助かるのだけれどね。


 そんな非情な計算を頭の片隅で回しながら進むと、ガロードが再び足を止めた。


 そして、正面の岩壁を無造作に指差す。

 一見、なんの変哲もない、ただの行き止まりの岩壁だ。

 この先に空間が広がっているというのか?


「い、行き止まりですかぁ……?」


 ガロードの後ろから、ニーコがおずおずと覗き見る。


「いや、この先に部屋があるって話だっただろう?幻影か、あるいは……ふむ、少し試してみようか?」


 そう言うと、ジーンは愛弓に矢をつがえた。


 狙いは、岩壁の一点、やや下。


 ヒュパッ、という空気を裂く鋭い音と共に、放たれた矢が岩壁に向かって疾走する。


 だが、矢は壁に衝突し、砕け散ることも、突き刺さることもしなかった。


 水面に石を投げ込んだ時のように、波紋すら立てずに岩壁に飲み込まれ――。


 ……るや否や。


「ッ!?」


 飲み込まれた矢が、こちらに向かって吐き出された。


「……!」


 ガロードは、反射的に身を翻し、最小限の動きで射線から逃れる。


 その背後にいたニーコは、逃げ場がない。


「ひゃあ!?」


 ニーコが悲鳴と共に、慌てて円盾を構える。


 キィンッ!!


 洞窟内に、耳をつんざくような甲高い金属音が響き渡った。


 矢は盾によって弾かれる。


「だ、大丈夫かい!?」


 ジーンが慌てて駆け寄る。


 手加減して撃ったとはいえ、まさか物理的な矢がそのまま戻ってくるとは思っていなかったのだろう。



「ふん……蛮族らしい、挨拶じゃねぇか」



 不意に、低い声が響いた。

 直後、目の前の壁が、まるで陽炎のように揺らぐ。


 岩肌のテクスチャが剥がれ落ち、空間が捻じ曲がり……いや、元に戻って消え失せる。


 現れたのは、さっきの広間とそう変わらない広さの空間だった。


 奥には簡素なデスクがあり、ざっと纏められた書類の束が積まれている。

 ここまでなら、変わり者の魔法使いの隠れ家と言い張れなくもなかっただろう。


「ひっ…」


 ニーコが、短く悲鳴を上げて口元を覆う。

 ガロードは不快そうに眉を顰め、ジーンは静かに、怒りをその目に宿した。


 部屋の壁際には、檻のようなものがいくつか設置されている。


 壁に掛けられた、何に使ったのか想像したくもないノコギリや穿孔具(ドリル)といった『工具』には、どす黒く変色した血がこびりついたままだ。


 そして決定的なのは……部屋の隅に、ゴミのように散見される人骨。


 ここが、見るも悍ましい実験場(ラボ)であることは、一目で分かった。



(……なるほど、これが〈ウロカクシ〉の正体か)



 部屋の中心に、一人の男が立っていた。

 薄汚れたローブを纏い、背格好は普通の人族と変わらない。


「……君が、ここの家主かな?」


 僕は、努めて涼しい声で尋ねた。


「そうとも。オレの名前はグァマ。歓迎するぜ、間抜けな冒険者ども」


 だが、決定的に違う点が一つ。

 その額から、反り返るように生えた、一対のヒビ割れた捻れ角。



(……魔族か)



 僕は、眼鏡の奥の目を細めた。



「やっ、やったぞ!助けがきたのか!?た、頼む助けてくれ!!」



「気をつけろ、こいつは人間じゃねえ!」



 奥の鉄格子の中から声が上がる。

 行方不明だった鉱員だろうか?

 冒険者という言葉に希望を見たのか口々に騒ぐ。


「うるせぇぞ!実験用モルモットの分際でよぉ!」


 グァマが後ろの檻に向かって咆える。


「ひっ…」


 よほど恐ろしい『実験』とやらを見せられていたのか、捕まった鉱員たちは牢の隅へと引っ込んで震えている。


 ただの狂った魔法使いか、野盗の類だと思っていた。


 これは、単なる失踪事件ではない。

 このファルメルに来てから初めて、本当の意味で気を引き締め直した。


 相手が魔族となれば話は別だ。

 彼らは人族をひどく恨んでいる。


 〈人魔大戦〉から千年近く経っても憎しみの連鎖は切れやしない。


 たびたび、深淵〈アビス〉から這い出ては暴れ回る。


 言葉を解し、魔法を操るが、決定的に価値観が異なる。


 言葉の意味は通じても、決して理解し合うことはできない相手。


 目の前にいるのは、人でも、魔物でもない。


 人間などモルモットとしか見ていない醜悪な――……。


 ……やめよう。


 一瞬、ドラマチックに義憤に燃えてみようかと思ったけれど、僕の冷え切った頭の中はそれを許さない。


(……僕とどう違うというのか)



 似たようなものだ。


 目的のために人間を数字として扱い、消費する?


 犠牲にした「材料」の数だけで言えば、僕の方が遥かに多いかもしれない。


 今だって彼がなんの研究をしていたのか。そちらの方が気になっている。


 ふふっ、と自嘲気味に笑いが漏れる。


 同族嫌悪か、あるいは共感か。

 どちらにせよ、目の前の『鏡』を叩き割ることに、躊躇いはない。


「ご招待痛み入るよ。でも、客を招くのなら、次からは……もう少し部屋を片付けておくんだね」


 僕は両手に魔力を宿し、戦闘態勢に入る。


 これ以上、この趣味の合わない実験場(ラボ)を直視したくないというのも、本音の一つだ。


 僕の言葉を合図に、〈ジョーカー〉の面々も動く。

 ガロードが大振りなブロードソードを小枝でも振るうかのように軽々と抜き放つ。

 〈リレーション〉の銘の示す通り、幾筋もの光り輝く極光のパスが刀身を繋ぎ合わせる。

 纏われた風の奔流が静かに黒髪を揺らす。


 ジーンもまた、いつもの軽薄さは消え失せ、矢筒から矢を取り出すと流れるような動きで〈リユニオン〉に番える。

 その応力に呼応するように淡く光る複合弓は大きくしなり、鋭い視線で機を窺っている。


 そしてニーコ。

 おっかなびっくりで足も震えているが、逃げることなく、黒く靄がかった円盾〈リアライズ〉を構えて真っ直ぐに敵を見据えている。

 〈魔鉄〉によって補強された外縁に〈刻〉まれた紋様は彼女の鼓動を示すかのように忙しなく明滅している。



 四対一。

 だが、グァマの表情に焦りはない。


「へへへっ……事前に言ってくれていればよぉ、もうちっとは準備したのになっ!」


 グァマは、まるで茶飲み話でもするかのように肩をすくめた。

 そして、嵌めていた指輪をかざしながら、略式詠唱を口にする。


「――〈ヴォイドスペース〉」


 ズズズ……と、空間が歪む。


 その歪みの裂け目から、三体の異形の怪物たちが、生まれ落ちるように姿を現した。

 2m半ほどの巨体。頭蓋を割って飛び出す角。背から飛び出した骨のような無数の棘。

 病的なまでに青白い肌には、何らかの紋様が刻まれている。


(……空間魔法で生き物を格納することは、本来できないはずだが)


 空間転移は生き物を別の場所へと押し出すだけだ。

 魔力抵抗を受けるものの、移動させるだけなら不可能ではない。


 だが、空間に格納するのは極端に魔力の要求量が跳ね上がる。

 コスト的に見て現実的な話ではない。


 あの肌に刻まれた紋様に、生命維持か、あるいは仮死状態にする仕掛けがあるのだろうか……?


 改めて〈青オーガ〉を観察する。

 オーガに似て非なる存在。


 ……いいや、生物として『未完成』だ。


 本来、生物というのはその環境や生態に沿って最適化された形状へと変化していくものだ。


 そこには一種の機能美が存在する。


 だが、目の前にいる『青オーガ』は、合理的な機能を損なった、歪な姿をしている。


 生きてはいるようだが、呆けたままぴくりとも動かない。まるで操り人形だ。


「これがオレの研究結果の一端だ、見事だろう?」


 グァマが両手を広げて自慢する。


「文化が異なると、美的センスも壊滅的に違うらしいね」


 ジーンが心底嫌そうに顔を顰める。


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