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自由のアリア  作者: カラノニジ
第九章:呪いの札はひき寄せられて
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第73話:〈青オーガ〉

挿絵(By みてみん)

「この先を曲がって〜……ん?イルたち、動いてるわ!」


 暗闇の中、先行して索敵を行っていたシュカが、ピタリと足を止めて声を上げた。

 彼女の周囲に展開された〈リード〉の波紋が、壁の向こう側の気配を捉えたらしい。


「あたしたちの方とは……逆方向?……まさか、あたしたちを放っておいて先に親玉を倒すつもりなの!?あの薄情者〜〜ッ!!」


 ダンッダンッ!とシュカが地団駄を踏む音が坑道に響く。


 なるほど、あの腹黒皇子、爆弾皇女が合流して場を掻き回す前に、ウチのバカ三人衆と一緒に〈ウロカクシ〉を処理するつもりか。


(……合理的だな)


 俺は内心で頷く。

 俺が逆の立場でもそうするだろう。

 だが、同時に冷や汗が背筋を伝う。


「まぁ!イル様達……わたくしたち抜きで大丈夫でしょうか……?」


 エステルが心配そうに首を傾げるが、俺の心配はベクトルが真逆だ。


 合理的判断なのは認めるが……あの皇子は分かっているのか?


 あっちにいるウチのバカ共も、種類は違えど全員『危険物』なんだぞ…?


 特にガロードなんて、目を離せば何をしでかすか分かったもんじゃない。


(頼む……何も、面倒を起こしてくれるなよ…!?)


 胃のあたりがキリキリと痛むのを感じながら、俺はエステルを背負い直し、前を向く。



「急ぐわよ!アリア!エステルちゃん!」



「……ああ、そうだな」



 理由は全く違うが、シュカと意見が一致した。

 俺たちは足を早め、迷路のような坑道を進む。


 その時だった。


「……っ!何かいるわ……!」


 シュカが鋭く警告を発する。


 耳を澄ませば、洞窟の先から、ズリ……ズリ……と、何か重たい足を引きずるような音が、のそのそと近づいてくる。


 俺に背負われたままのエステルが、震える手で魔力灯を掲げる。


 その光が、ぬう…っと曲がり角から現れた巨体の影を照らし出した瞬間、俺たちは息を飲んだ。


 見上げるほどの巨躯。

 額を無惨に割り、天を衝くように突き出した捻れた角。

 病的なまでに青白く、それでいて硬質そうな肌。

 そして、背中や肩から無秩序に生えた、骨のような歪な棘。


 コイツは……!



「で、でででましたわぁああ!?ウロカクシですわぁぁあーー!?」



「耳元で大声出すんじゃねえ!!」



 耳元で鼓膜を破るような絶叫を浴びせられ、俺は思わず顔をしかめる。


 だが、もう一人の反応は違った。


「やった!!あたしが一番乗り!!」


 シュカが目を輝かせ、獲物を見つけた猛禽類のように口角を吊り上げる。


「グオ゛オオオォン!!」


 相手もこちらに気がついたのか、腹の底に響くような、低く、おぞましい咆哮を上げた。


 三者三様のリアクション。


 だが、一番早く動いたのは、やはりこの爆弾皇女だった。


「行くわよッ!」


 シュカの両手に、魔力の奔流が渦を巻く。


 火と風。


 二つの属性が共有する特性は〈発散〉。

 彼女の掌の上で混ざり合い、発光しながら臨界点へと膨れ上がっていく。


(や、やべえ!ぶっ放す気だ!!この狭い通路で!!)


 坑道の幅はせいぜい数歩分。

 逃げ場などないこの閉鎖空間で、あんな高密度の複合魔法を使えばどうなるか……考えるまでもない!


「加減しろよっ!?」


 俺は叫ぶ。


「わかってるわかってるっ♪」


 シュカはウインクし、そして無慈悲に宣言した。



「〈ラプチャーブレイズ〉!!!」



「わかってねぇえええええ!!」



 俺は叫びながら、反射的にシュカの背後にある岩陰へと飛び込むように緊急回避し、背負っていたエステルを抱え込むように衝撃に備えた。



 チュドォオオオン!!



 直後、世界が白く染まった。



「たまやですわぁあああ!?」



 洞窟内が、真昼の太陽を直視したかのように煌々と光る。

 鼓膜を叩き潰すような爆音。


 肌を焦がす熱波。


 そして、台風のような爆風が、俺たちの体を岩壁に押し付ける。


 パラパラと、天井から砕けた小石が雨のように降ってくる。



(……し、死ぬかと思った……!)



 土煙が晴れるのを待ち、俺は恐る恐る顔を上げた。


 そこには、腰に手を当てて偉そうにふんぞり返っているシュカと、反対側の壁に叩きつけられ、黒焦げの燃えカスになって埋まっている〈青オーガ〉の姿があった。


 シュカは、自分の『作品』を満足げに見下ろしながら、胸を張って言った。


「……うん!!やり過ぎたわっ!!」


 スパンッ!!


「加減しろっつったろ!」


 乾いた音が響く。


 俺の手が、シュカの後頭部を綺麗に捉えていた。

 反射的に手が出てしまった。


(あっ、やべ。いつもの癖で……ウチのバカどもにするような教育的ツッコミを皇女様に……)


 一瞬、不敬罪の文字が頭をよぎる。


 だが、シュカは頭をさすりながら、涙目で抗議してきた。


「痛っ!ほ、ほんのちょっとだけ強かっただけじゃない!?」


 どうやら頭をはたかれたことよりも自分の魔法の出力調整にケチを付けられた方が不満らしい。


「『ちょっと』じゃねえよ!もう少し逃げるの遅れてたら、俺とエステルも仲良く壁のシミの一部になってたろっ!!」


 黒焦げになった〈青オーガ〉を指差す。

 前方への指向性があったとはいえ、余波だけであの威力だ。


 どっちが化け物だかわかったもんじゃない。



「まあ、いいじゃない!ウロカクシはこのイシュカ様……コホン、シュカ様が倒したわっ!思った通りのザコだったわね!」



「すごいですわ!シュカ様!シュカ様の放った魔法!まるで太陽のように輝いておりましたもの!英雄譚の大魔術師もあのように盛大な魔法を使うことはできませんわね!」



「ふふん、褒めすぎよ♪エステルちゃん」



 ふんす、と鼻息荒く胸を張るシュカと、それを手放しで持ち上げるエステル。


 ……やれやれ、この能天気コンビには敵わない。

 俺はため息をつきつつ、黒焦げになった死体へと歩み寄る。


 炭化してはいるが、その特徴的な骨格や角は残っている。



「……コイツは〈ウロカクシ〉じゃねえよ」



「違うの!?」

「ですわ!?」



 二人が驚きの声を上げる。


 俺は、以前ジーンが話していた情報を思い出しながら、その死体を検分した。



「多分コイツは……噂になってた〈青オーガ〉の方だろ。さっき、ジーンが話してたじゃねえか。〈ウロカクシ〉じゃない可能性が高いって。話聞いてなかったのかよ…」



「えー?そんな話してたっけ?」



「お弁当のお話に夢中でしたわ!」



(……こいつら……)



 俺は頭を抱えた。

 この緊急事態に、緊張感のかけらもありゃしねぇ。

 だが、いちいち突っかかっている時間も惜しい。


 俺は、いまだにきゃあきゃあと健闘を称え合うアホどもをひとまず無視して、黒焦げになった死体の検分を進めることにした。


 改めて見ると、この〈青オーガ〉には引っかかることが多すぎる。


 まず、コイツはどこから来たのか、だ。


 こんなにも目立つデカブツだ。

 前に来た時には、影も形もなかった。

 こんなものが闊歩していれば嫌でも気づく。

 それにガロードの〈リード〉にも引っ掛からなかったんだ。


 〈ウロカクシ〉が認識阻害か何かで、コイツらを隠していたのか?


 あの〈鐵喰い〉も、同様に……?


 ……いや、〈ウロカクシ〉の認識阻害はガロードの〈リード〉を欺けなかった。


 なら、最近住み着いたのか?

 あるいは、ここで生まれたのか?


(くそ、わからん!)


 ……次に、骨格。

 歪だ。あまりにも、対称性がない。


 魔物に限らず、自然界の生物というものは、基本的に線対称か点対称で対称性を持つのが常だ。


 だが、コイツはどうだ?

 焼け残った骨を見る限り、左右の腕の太さがまるで違うどころか、脚の長ささえ不揃いだ。

 果ては、頭蓋すらも歪んでいて、生物として当然あるはずの均整が、まるでない。


 焦げちまってて判断しにくいが、部位によって骨の大きさも密度もバラバラなように思える。


 まるで、継ぎ接ぎだ。


 そして、最後に……これが一番の違和感だ。



 なぜコイツは、『死んでも魔素化』しない……?



 魔物は死ねば、その構成要素である魔素へと還り、霧散する。

 もちろん〈ポップ〉ではなく、繁殖で生まれた魔物や、長年物質を餌として取り込み続けた魔物は、肉体の大部分は物質化し、死骸として残ることもある。


 だが……コイツは、あまりにも『残りすぎ』ている。

 魔素の結合が解ける気配が全くない。


(シュカのバカみてぇな火力で、本来魔素化して消えるはずの部分まで燃え尽きちまった……という可能性も拭えねぇが……)



 それにしても、だ。


 単なるオーガの変異体として一言で片付けるには、あまりにも違和感が多すぎるように思える……。


 ……だが、一つはっきりしたことがある。

 この洞窟には、間違いなく「何か」がいる。


 そしてそれは、俺たちが想像しているよりも、ずっと根深く、厄介な代物だということだ。



「……急ごう。嫌な予感がする」



 俺が促すと、シュカは「おっけー」と軽い口調で歩き出した。


 魔力灯の光が、頼りなく揺れる。

 俺たちは警戒レベルを最大に引き上げ、暗闇の先へと進もうと一歩踏み出した、その時だった。


 魔力灯が照らした曲がり角の先から、ヌッ、と青白い影が飛び出してきた。



「「「きゃああああああ!?」」」



 完全に不意を突かれた三人は、揃って悲鳴を上げる。

 またかよ!!


「〈ペンタ……もごぉ!?」


 シュカが反射的に両手を突き出し、再びとんでもない規模の魔力を練り上げようとする。


 俺は間髪入れずにその口を後ろから手で塞ぎ、物理的に詠唱を中断させた。


「っ!加減しろっつってんだろっ!」


 この距離でぶっ放されたら、俺たちまで巻き添えだ!


 俺はシュカを背後に押しやると、腰の〈リベレイター〉を抜き放ち、魔力を込めた。


 刀身に宿る星々が瞬き、翡翠色の極光が揺らめく。


 魔力が、抵抗なく刃先まで浸透していく感覚。

 軽い……これがあのグリフォンの魔石を使った〈刻〉の効果か!


「わぁ、キレイ…!」


「素敵ですわ!」


 後ろで呑気な歓声が上がるのを背に、俺は地を蹴った。


 目前に迫る〈青オーガ〉に向かって、二本の彗星が尾を引く。


 ザンッ!!


 硬質そうに見えた青白い肌は、何の抵抗もなく切り裂かれた。


 腕を、腹を、深々と斬りつける。


 確かな手応え。


「ぐぉおおおお!」


 〈青オーガ〉は吼える。

 だが、それは苦痛の悲鳴ではない。

 戦闘態勢に入るための、怒りの号鐘だ。


 ブク……ブクブクブク……。


 斬り裂いたはずの傷口が、嫌な音を立てて泡立つ。

 見る間に肉が盛り上がり、傷は裂けたまま、強引に塞がっていく。


(治ってやがる!?あれで……効いてねえのか!?)


 まるで痛みを感じていないように、〈青オーガ〉が腕を振り回す。

 丸太のように太い腕が、風を切る音を立てて頭上を通過する。


 ブゥンっと風圧を生むほどの大振り。


 だが、大振り。

 故に隙だらけだ!


 俺はその懐に潜り込むと、足を踏ん張り、逆手で持った曲剣を真上へ――顎の下へと突き上げた。


「流石に頭ン中までは再生しねぇだろっ!!」


 叫びながら、曲剣を押し込む。

 切っ先が顎を貫き、脳天へと達する感触。

 頭を内部から破壊する!


 ズシリと巨体の体重がかかる前に、俺は素早く剣を引き抜き、身を躱した。


 ズゥウン……!


 地響きを立てて、巨体が倒れ伏す。

 今度こそ、動かない。



「やるじゃない!!アリア!アンタ強いのね!」



「そうですのよ!あの流れるような剣技!まるで二筋の流星!わたくしでは目で追うことも叶いませんでしたわっ!流石はアリア様ですわっ!」



 二人がわあ、きゃあと騒ぎ立てながら、俺の周りにまとわりついてくる。


 まだ警戒は解けないってのに!



「ああもう!鬱陶しいっ!」



 俺は二人を振り払い、今度こそ油断なく周囲を見回した。


 ───

 ──


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