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自由のアリア  作者: カラノニジ
第九章:呪いの札はひき寄せられて
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第72話:転移

 ───

 ──


「……消えた?」


 僕は、目の前で起きた現象を、あくまで冷静に呟いた。


 さっきまでそこにいたシュカ、アリア、エステルの姿が、忽然とかき消えた。


 残されたのは、静寂と、微かな魔力の残滓だけ。


 ……言った側から、はぁ……全く……。



「ふむ……」


 僕は、シュカが触れた岩に近づき、慎重に指先で表面をなぞる。


「い、一体何が起きたんですかぁ!?」


 ニーコが顔面蒼白で悲鳴を上げる。


「これは、穏やかじゃないね…ウロカクシの本領発揮ということかな?」


 ジーンが弓を構え、油断なく周囲を警戒する。


 その一方で。


「……」


 ガロードは、ごくんと口の中のパンを飲み込むと、マジックポーチから新たにイチゴのパイを取り出し齧り始めた。


 相変わらず、緊張感の欠片もない男だ。

 だが、その目だけは油断なく周囲を観察している。


 僕は、岩肌に残された魔力痕を解析する。

 岩の表面に、肉眼では見えないほど薄く、複雑な術式が刻まれている。


「……浅く掘られた術式の溝、魔力痕……これは、魔法の設置罠だね」


 僕は結論づける。


「原理としては、スクロールと同じようなものだ。誰かがここに術式を刻み、待機状態にしていた……と。触れると発動するかわりに、一回限りの使い捨て。術式の構成から見て、おそらくは『転移』の魔法だね。こちらが入り口の術式。どこかに出口が設定されていて、おそらくシュカたちはそちらに飛んだのだろう。……これは、空間魔法使いの仕業だね」



 もう少し詳しく説明しようかと思ったが、隣で耳を傾けるニーコの目がぐるぐると泳ぎ(クロールし)始めたのでキリの良いところで区切る。


「え、エステルさんの腕輪みたいですね……!」


 ニーコが、ハッとしたように言う。


 空間魔法は高度な演算能力を要する。

 通常ならば、視認できる範囲でしか転送はできない。


 この岩に刻んでいる術式が入り口を示し、出口にも座標を刻んで安定させているのだろう。


 転移魔法には距離に応じて、相応の魔力量が必要だ。

 そう遠くまで飛ばされてはいまい。


「ふむ、ガロード君。アリアちゃんたちの場所は分かるかい……?」


 ジーンの問いに、ガロードはもぐもぐとパイを頬張りながら、さも当然のように洞窟の暗闇の、ある一点を指差した。


 ガロードがつける〈双子の腕輪〉が指す方向とは一致しない。


 おそらく、入り組んだ洞窟の横穴の先にでもいるのだろう。

 彼には、転移した先の気配すら見えているらしい。


「おお、場所が分かるのなら話は早い!早速、囚われの姫君たちを助けにいかないとねっ」


 ジーンが、ヒーロー気取りで歩き出そうとする。


「ぶ、無事だといいんですけど……」


 ニーコも不安げに続く。



 だが。



「いや、僕は反対だね」



 僕の言葉に、二人の足が止まった。


「……ん?どういうことだい?」


 ジーンが振り返る。


 その眼光が、鋭く細められた。

 そこには、先ほどまでのふざけた道化の様子はなく、冷徹な狩人の光が宿っていた。


 僕は、構わずに続ける。


「僕たちの行動は、設置していた魔法が発動したことで〈ウロカクシ〉に伝わった可能性が高い。相手は空間魔法の使い手だ。僕たちがのこのこと救助に向かえば、その隙に逃亡するか新たに罠を仕掛けるだろう」


 僕は、眼鏡の位置を直しながら淡々と告げる。



「なら、相手が油断している今、〈ウロカクシ〉が逃げる前に、そっちを押さえた方がいい」



「おや、ボクはてっきり、君はシュカちゃんが心配で取り乱すかと思ったけれど」



 ジーンの声に、疑念の色が混じる。


 姉思いの弟を演じていた僕が、姉の危機に際してあまりに冷淡すぎると感じたか。


 正解だが、見当違いだ。


「シュカは無事だよ。……そっちの二人はどうかは分からないけれどね」


 僕が確信を持って断言すると、ジーンの眉がピクリと動いた。



「……ずいぶん、シュカちゃんを信頼しているようだね」



「信頼?ああ、しているとも。この程度の罠で、シュカが死ぬはずないからね」



 イシュカは、僕と身と魂を分けた災害だ。


 罠にかかったくらいで死ぬようなタマなら、僕がここまで苦労して手綱を握る必要はない。


 心配すべきはイシュカの安否ではなく、彼女が暴れてこの坑道ごと崩落させないかどうかだ。


「――なら、君たちはリーダーを信用していないということかな?」


 僕は、問いを投げ返す。


「アリアさんとエステルさんが死ぬわけありません!」


 即座に反論したのは、意外にもニーコだった。

 彼女は涙目になりながらも、力強く叫んだ。


「あの二人は……アリアさんは、絶対に死にません!エステルさんだって、どんな時だって無事でした!」


 その、根拠のない、しかし絶対的な信頼。


 僕は口元を緩める。



「なら、なおのこと先に元凶を潰した方が早いだろう?アリアさんが戻ってくる前に片付けてしまえば、結果的に一番安全だ」



「……なるほどね、たしかに」



 ジーンが、ふっと笑って肩を竦めて見せた。



「でも、ジーンさん……!」



「大丈夫だよ、そうだろう?ガロード君?」



 ジーンが同意を求めると、ガロードはパイを飲み込み、コク、と力強く頷いた。

 そして、彼もまた、アリアたちが消えた方角ではなく、〈鐵喰い〉を倒したであろう広い空間の方角へと体を向けた。


「よし、決まりだね」


 ジーンが、不敵な笑みを浮かべる。


「アリアちゃんが戻る前に、ボクたちだけで〈ウロカクシ〉を仕留めて、アリアちゃんが悔しがる顔を拝もうじゃないか」


 交渉成立だ。


 僕は内心で安堵し、そして思考を切り替える。


 さて、〈ウロカクシ〉。


 一体どんな輩か知らないが……僕の計画と機嫌を乱した報いは、受けてもらおうか。


 シュカたちが忽然と消えた場所を後にし、僕たちはガロードの先導で、彼が以前見つけていたという『隠された空間』を目指していた。


 暗闇の中、僕の隣を歩くジーンが、油断なく周囲を警戒しながら軽口を叩く。

 後ろをついてくるニーコは、未だに不安そうに何度も後ろを振り返っている。


 そして、先頭を行くガロードは……相変わらずだ。

 甘いパイの次は塩味とでもいうかのように、串焼きを咥えながら、のしのしと我が物顔で進んでいる。


 不意に、ガロードが足を止めた。


「おや、ガロード君どうしたんだい?」


 ジーンが尋ねる。

 ガロードは串焼きを口に咥えたまま両手を空けると、人差し指を立てて、自分の頭の両脇に添えた。


 ツノ。


 鬼のジェスチャーだ。



「え……あ、アリアさんですか……?」



 ニーコが恐る恐る尋ねる。

 ガロードは無表情で、ふるふると首を振った。



「おやおや……どうやら『青いオーガ』の方のようだね。くくっ、今のをアリアちゃんが聞いたら、烈火のごとく怒るよ?」



「……い、言わないでくださいねっ!?ぜ、絶対ですよっ!?」



 ジーンの茶化しに、ニーコが慌てて口止めをする。


 ……なるほど。


「……つまり、例の『青いオーガ』が、シュカたち側に出現した、ということかい?」


 僕が冷静にまとめると、ガロードはチラリとこちらを見て、少しだけ嫌そうな顔をしてから、こくりと頷いた。


 どうやら、僕のことを警戒しているらしい。


「大丈夫でしょうか……みなさん、怪我をされてないといいんですけど……」


 ニーコが胸の前で手を組み、祈るように呟く。


「大丈夫さ!オーガなんかよりも、アリアちゃんのほうがよっぽどおっかないからね」


 ジーンが肩をすくめて笑った。

 その時だった。



 ドウッ……!!



 突如、空気ごと爆ぜたような重い振動が、坑道の奥底から伝わってきた。


 岩肌がビリビリと震え、パラパラと砂塵が落ちてくる。


 遠くで何かが激突し、爆発したような……。


 ……ふむ。


「……大丈夫みたいだね」


 僕は苦笑いしながら、眼鏡の位置を直した。


「ふぇええ!?だ、大丈夫なんですかぁ!?今のっ!!」


 ニーコが涙目で悲鳴を上げる。


 これだけの衝撃。

 ……間違いなく、シュカが元気に暴れているのだろう。


 僕の言葉に、ジーンも肩をすくめた。


「ああ……てっきり、アリアちゃんが怒鳴ったのかと思ったよ」


 ジーンも、冗談めかしてはいるが、その目には驚きの色が浮かんでいる。


「さて、派手に始まったようだ。僕たちも遅れるわけにはいかないね」


 僕が促すと、ガロードは再び串焼きを齧りながら、先へと進み始めた。

 僕とジーンがそれに続き、ニーコも発生源の方をチラチラと気にしながら、小走りで追従する。


(……急ごうか)


 僕は、暗闇の先を見据える。

 あの衝撃音に驚いて〈ウロカクシ〉が逃げ出す前に用事を済ませなくては。


 あるいは――イシュカが洞窟を崩す前に。


 ───

 ──

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