第71話:分断
迷路のように入り組んでいるこの第三坑道は、以前に一度、訪れたとはいえ全く内部の地形が記憶できない。
似たような岩肌、似たような分岐。
俺たちは七人でひと固まりになって、慎重に進んでいた。
先頭を行くのはガロード。
コイツの索敵――〈リード〉だけが頼りだ。
目指すは、あの巨大な〈鐵喰い〉の抜け殻があった場所。そして、その奥にあったという謎の空間。
俺は最後尾から、特にエステルに目を光らせていた。
コイツが迷子になったら一巻の終わりだ。
絶対に目を離すわけにはいかねぇ。
だが、順調に進んでいたはずのガロードが、不意に足を止め、首を傾げた。
「おい、どうした?何かあったか?」
ガロードは俺の方を振り向き、ふるふると首を振る。
何もない。
「……何もない?目標の…抜け殻が消えちまったってか…?」
ウンウン、と頷く。
「よく分かるね……」
ジーンが感心したように呟く。
「いや、わかんねぇよ……つっても、なんだかんだ、腐れ縁の付き合いが長くなってきたからな……」
あの巨大な抜け殻が消えた?
足が生えて歩いていったとでも言うのか?
ああっ、そうか…!
「本調査で殻は回収されちまったのか……あの広間の位置は覚えてねぇか?」
ガロードは、うーんと少し考えてから、こっちだと指差し、再び歩き始めた。
目印は消えても、場所の記憶までは消えていないらしい。
「真っ暗で不気味ですわね…」
「小声で喋っても、反響して恐ろしい風鳴りが聞こえますぅ…」
エステルとニーコが身を寄せ合う。確かに、この坑道には独特の圧迫感がある。
前回に比べると、本調査のために設置されたのであろう魔力灯が点々と灯っている。
通路はかろうじて薄暗く照らされている。
とはいえ、全ての通路が網羅されているわけではなく、脇に逸れれば真っ黒な大穴が口を開けている。
だが、そんな空気を読まないのが約一名。
「そお?なんだかワクワクするじゃない!」
シュカだ。
「シュカ、はしゃぎたいのはわかるけど……ここはもうセーフゾーンじゃない」
イルの諫言も虚しく。
「あら?どんな危険でもあたしは平気よ?イルもわかってるでしょ?」
「……はぁ、そうだね」
何を言っても無駄か、と諦めの境地が見える。
同時に、どのような障害があってもシュカなら切り抜けるだろう……という揺るがぬ信頼をおいているようにも見えた。
彼女はランタンの光に照らされた岩肌を見て、目を輝かせている。
「ほら、エステルちゃん!あの岩とか、形が面白くてカッコいいじゃない!」
「あっ、シュカ様!お待ちくださいまし!」
シュカが興味深そうに駆け出し、エステルがそれを追いかける。
「おい!走んな!危ねえぞ!」
俺も慌てて追いかける。
嫌な予感が背筋を走った。
「バ…||
シュカが、突き出した岩に無警戒にも手を振れた、その瞬間だった。
||…あっ?」
「ん?」
次の瞬間、俺の胃を強烈な浮遊感が襲った。
――いや、浮遊じゃない。
落ちてる!
「ひゃぁああ!?」
「てめえ、何回落ちりゃ気が済むんだよぉおおおおお!」
俺は咄嗟に手を伸ばし、エステルの腕を掴む。
そのエステルはシュカの手を掴んでいる。
俺たち三人は、唐突に空中に放り出されていた。
他の奴らの姿は見えない。俺たちだけか?
風切り音が耳をつんざく。
相当な高さだ。
このまま叩きつけられれば、ただじゃ済まない。
運が良くて、内臓破裂か、骨が砕ける程度……。
暗闇の中にぼんやりと鋭利な影が見える。
……下が岩の槍じゃなけりゃな……っ!!
「あははははははは!やっばーい!」
隣で、シュカがケラケラと笑っている。
コイツ、頭のネジ飛んでんのか!?
「くそっ!」
俺は空中で体勢を変え、エステルとシュカを抱きかかえるように引き寄せる。
「エステル!腕輪だ!!〈プロテクション〉!舌噛むなよ!?」
「わ、わ、わかりましたわ!!お願いしますわマノンお姉様っ!〈プロテクション〉!!」
エステルの腕にある〈リデンプション〉が、爆発的な輝きを放つ。
俺たちを中心に、分厚い風の障壁が展開される!
ドォォォォォンッ!!
風の障壁が、眼下に待ち受けていた岩の槍を根こそぎ粉砕する。
凄まじい衝撃と轟音。土煙が舞い上がる。
「げほっ、ごほっ…!」
俺たちは、砕かれた岩の残骸の上に転がった。
「あー、死ぬかと思ったー!でも面白かったー!」
土埃を払いながら、シュカがまたケラケラと笑う。
その脳天気な態度に、俺の中で何かが切れた。
「おい、シュカ…!」
俺は立ち上がり、シュカの肩をガシッと掴んだ。
「勝手なことすんじゃねえ!ここがどこだと思ってんだ!」
「はぁ?」
シュカが不機嫌そうに睨み返してくる。
「なんで私より弱いアンタの言うこと聞かなきゃいけないわけ?助かったんだからいいじゃない」
「テメェ…!」
「痛っ…」
俺たちの睨み合いを、小さな悲鳴が遮った。
「……!」
「おい、エステル、大丈夫か?」
俺はすぐにエステルの方へ駆け寄る。
彼女は地面に座り込んだまま、足首を押さえて顔をしかめていた。
「へ…?エステルちゃん、怪我したの!?」
「だ、大丈夫ですわ…ちょっと、着地で足を捻ってしまったみたいで…」
「大丈夫じゃねえだろ、見せろ」
見れば、足首が赤く腫れ始めている。
骨まではいってなさそうだが、捻挫だ。
俺はエステルのバッグからポーションを取り出すと、患部にぶっかけた。
魔法薬が染み込み、腫れが少しずつ引いていく。
「……打撲と捻挫だな。ポーションかけたから、しばらく安静にしとけば歩けるようにはなるだろうが……」
俺は安堵からため息をつく。
この程度なら俺の魔法で無理やり治すより、ポーションで回復を促したほうが予後がいいだろう。
「……ん?おい、エステル髪飾り落ちてるぞ」
ふと地面を照らすと、魔鉄製の星を模した髪飾りがキラリと光った。
以前、マノンに端材で作ってもらった、エステルお気に入りのものだ。
落下による衝撃で髪から外れたのだろう。
「まあっ!マノンお姉様からの贈り物!無くさなくてよかったですわ!」
(あの高さから受け身なしで落下しといて、ただの捻挫で済むって……コイツの頑丈さは一体どうなってんだか……)
あの〈プロテクション〉の爆発的な風圧で、多少勢いは殺されていたとはいえ……。
(まあ、エステルだしな…運がいいやつだ)
そう思考を放棄し、静かに立ち尽くしているシュカを見た。
「で、でも……だって、イルなら……!」
彼女は、痛みに耐えるエステルの姿を見て、明らかに動揺していた。
さっきまでの傲慢な態度は消え失せ、顔色が悪い。
「……ごめんなさい」
消え入りそうな声で、シュカが謝った。
自分の軽率な行動が、友人を傷つけたことを理解したのだろう。
殊勝にも反省している皇女に、これ以上追い討ちをかけるのは気が引けた。
俺は頭をガシガシとかいて、諭すように言った。
「……いいか。お前らが強くても、周りはそうとは限らねえんだよ」
「うん……」
しゅんとしてしまったシュカを、怪我人のエステルが慌てて宥める。
「だ、大丈夫ですわ、シュカ様!アリア様も!それより見ましたか?わたくしの魔法が皆様をお守りしましたわ!脱☆無能!うふふっ、マノンお姉様のおかげですわねっ!」
「…うん!すごかった!あの風のバリア、カッコよかった!エステルちゃんも風魔法が使えたんだ?」
「いいえ、わたくし魔法の才能はからっきしですの!さっきのはこの腕輪のおかげですのよ」
「へぇ〜かっこいい〜!」
エステルの言葉に、シュカも多少元気を取り戻したようだ。
やれやれ、どっちが護衛対象なんだか。
「にしても…ここはどこだ?」
俺は魔力灯を掲げ、周囲を見回した。
かなり深い縦穴に落ちたようだ。
上を見上げても、落ちてきた穴は闇に霞んで見えない。
壁面は滑らかで、登るのは骨が折れそうだ。
「おーい!ガロード!ジーン!ニーコ!聞こえるか!?」
「イルー!?」
俺とシュカで声を張り上げる。
だが、返ってきたのは、俺たちの声の反響だけだった。
上からの反応は、ない。
「…チッ、はぐれちまったか」
最悪の展開だ。
ここにいるのは、俺と、足を怪我したエステル、そして制御不能の爆弾皇女シュカ。
(……胃が痛ぇ)
俺は、暗闇の中で深いため息をついた。
あの時、落下こそしたが足場が崩れたわけじゃない。
急に空中に放り出されたみてえな感じだった。
上を見上げても、俺たちが落ちてきたはずの穴は見当たらない。
あるのは、どこまでも続く高い天井と、暗闇だけだ。
そして、オロンにもらった〈双子の腕輪〉が示すガロードのいる方向は、落ちてきた真上ではない。
まったく別の方向を指している……。
どうやら、ただ下に落ちたというよりは、この洞窟の別の区画へ飛ばされたと見るべきだろう。
(……空間断裂、『強制転移』の類いか……?)
「シュカ、〈リード〉で場所を探れるか?」
俺は、隣で服の埃を払っている皇女に問いかけた。
この入り組んだ迷路で、仲間とはぐれるのは致命的だ。
特に、探知役のガロードがいない今は、この皇女の規格外の魔力だけが頼りだ。
「ん、おっけー。やってみる」
シュカは軽く頷くと、目を閉じて魔力を放出した。
先ほどガロードと行っていた、喧嘩腰な出力合戦とは違う、研ぎ澄まされた波紋が周囲に広がっていく。
「……んっ、この耳障りなノイズはガロードねっ、見つけた!大体わかったわ!」
シュカがパチリと目を開け、自信満々に闇の奥を指差した。
「あっちに行って、途中でこうグワーっとクネクネまがって、グイッとなったら、フワッとしたあたりにいるわ!」
(……わかんねえよ)
「グイッ」てなんだ。「フワッ」って。
天才特有の感覚言語に、俺はこめかみを押さえた。
だが、まあ、全くの手がかり無しよりは、反応があっただけマシだ。
「まあ、同じ洞窟内にいるって分かっただけでも良しとするか」
「まずは皆様のところへ合流いたしましょう!きっと心配してくださっていますわ!……あいたた!」
エステルが意気揚々と立ち上がろうとして、顔をしかめてその場に崩れ落ちそうになる。
「歩くなっての!……ったく、ほら、おんぶだ」
俺はため息をつくと、エステルの前に背中を向けた。
エステルがおずおずと、しかし嬉しそうに俺の背中にしがみつく。
華奢な体だ。重さなんてほとんど感じねえ。
「シュカ、俺は両手がふさがっちまう。お前が先導と、何かあった時の戦闘を頼むぞ」
「……わかったわよ。案内すればいいんでしょ、案内すれば」
「エステル。俺の代わりにランタンで前を照らせ」
俺の指示に、シュカは「チェッ」と唇を尖らせて渋々……しかし、ちょっとだけ楽しそうに先頭に立った。
エステルは「お任せくださいまし!」と嬉々として頷いた。
シュカが不満げに歩き出し、俺はその背中を追う。
背中からはエステルの体温と、ランタンの揺れる明かり。
こうして、俺たち即席の三人旅が始まった。




