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自由のアリア  作者: カラノニジ
第九章:呪いの札はひき寄せられて
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第71話:分断

 

 迷路のように入り組んでいるこの第三坑道は、以前に一度、訪れたとはいえ全く内部の地形が記憶できない。


 似たような岩肌、似たような分岐。


 俺たちは七人でひと固まりになって、慎重に進んでいた。


 先頭を行くのはガロード。


 コイツの索敵――〈リード〉だけが頼りだ。


 目指すは、あの巨大な〈鐵喰い〉の抜け殻があった場所。そして、その奥にあったという謎の空間。


 俺は最後尾から、特にエステルに目を光らせていた。

 コイツが迷子になったら一巻の終わりだ。


 絶対に目を離すわけにはいかねぇ。


 だが、順調に進んでいたはずのガロードが、不意に足を止め、首を傾げた。


「おい、どうした?何かあったか?」


 ガロードは俺の方を振り向き、ふるふると首を振る。


 何もない。


「……何もない?目標の…抜け殻が消えちまったってか…?」


 ウンウン、と頷く。


「よく分かるね……」


 ジーンが感心したように呟く。


「いや、わかんねぇよ……つっても、なんだかんだ、腐れ縁の付き合いが長くなってきたからな……」


 あの巨大な抜け殻が消えた?

 足が生えて歩いていったとでも言うのか?


 ああっ、そうか…!


「本調査で殻は回収されちまったのか……あの広間の位置は覚えてねぇか?」


 ガロードは、うーんと少し考えてから、こっちだと指差し、再び歩き始めた。


 目印は消えても、場所の記憶までは消えていないらしい。



「真っ暗で不気味ですわね…」



「小声で喋っても、反響して恐ろしい風鳴りが聞こえますぅ…」



 エステルとニーコが身を寄せ合う。確かに、この坑道には独特の圧迫感がある。


 前回に比べると、本調査のために設置されたのであろう魔力灯が点々と灯っている。

 通路はかろうじて薄暗く照らされている。


 とはいえ、全ての通路が網羅されているわけではなく、脇に逸れれば真っ黒な大穴が口を開けている。


 だが、そんな空気を読まないのが約一名。


「そお?なんだかワクワクするじゃない!」


 シュカだ。


「シュカ、はしゃぎたいのはわかるけど……ここはもうセーフゾーンじゃない」


 イルの諫言も虚しく。



「あら?どんな危険でもあたしは平気よ?イルもわかってるでしょ?」



「……はぁ、そうだね」



 何を言っても無駄か、と諦めの境地が見える。


 同時に、どのような障害があってもシュカなら切り抜けるだろう……という揺るがぬ信頼をおいているようにも見えた。


 彼女はランタンの光に照らされた岩肌を見て、目を輝かせている。



「ほら、エステルちゃん!あの岩とか、形が面白くてカッコいいじゃない!」



「あっ、シュカ様!お待ちくださいまし!」



 シュカが興味深そうに駆け出し、エステルがそれを追いかける。



「おい!走んな!危ねえぞ!」



 俺も慌てて追いかける。

 嫌な予感が背筋を走った。


「バ…||


 シュカが、突き出した岩に無警戒にも手を振れた、その瞬間だった。



 ||…あっ?」



「ん?」



 次の瞬間、俺の胃を強烈な浮遊感が襲った。


 ――いや、浮遊じゃない。



 落ちてる!



「ひゃぁああ!?」



「てめえ、何回落ちりゃ気が済むんだよぉおおおおお!」



 俺は咄嗟に手を伸ばし、エステルの腕を掴む。

 そのエステルはシュカの手を掴んでいる。



 俺たち三人は、唐突に空中に放り出されていた。



 他の奴らの姿は見えない。俺たちだけか?



 風切り音が耳をつんざく。


 相当な高さだ。


 このまま叩きつけられれば、ただじゃ済まない。



 運が良くて、内臓破裂か、骨が砕ける程度……。



 暗闇の中にぼんやりと鋭利な影が見える。



 ……下が岩の槍じゃなけりゃな……っ!!



「あははははははは!やっばーい!」



 隣で、シュカがケラケラと笑っている。

 コイツ、頭のネジ飛んでんのか!?



「くそっ!」



 俺は空中で体勢を変え、エステルとシュカを抱きかかえるように引き寄せる。



「エステル!腕輪だ!!〈プロテクション〉!舌噛むなよ!?」



「わ、わ、わかりましたわ!!お願いしますわマノンお姉様っ!〈プロテクション〉!!」



 エステルの腕にある〈リデンプション〉が、爆発的な輝きを放つ。


 俺たちを中心に、分厚い風の障壁が展開される!



 ドォォォォォンッ!!



 風の障壁が、眼下に待ち受けていた岩の槍を根こそぎ粉砕する。


 凄まじい衝撃と轟音。土煙が舞い上がる。


「げほっ、ごほっ…!」


 俺たちは、砕かれた岩の残骸の上に転がった。


「あー、死ぬかと思ったー!でも面白かったー!」


 土埃を払いながら、シュカがまたケラケラと笑う。

 その脳天気な態度に、俺の中で何かが切れた。


「おい、シュカ…!」


 俺は立ち上がり、シュカの肩をガシッと掴んだ。



「勝手なことすんじゃねえ!ここがどこだと思ってんだ!」



「はぁ?」



 シュカが不機嫌そうに睨み返してくる。



「なんで私より弱いアンタの言うこと聞かなきゃいけないわけ?助かったんだからいいじゃない」



「テメェ…!」



「痛っ…」



 俺たちの睨み合いを、小さな悲鳴が遮った。



「……!」



「おい、エステル、大丈夫か?」



 俺はすぐにエステルの方へ駆け寄る。

 彼女は地面に座り込んだまま、足首を押さえて顔をしかめていた。



「へ…?エステルちゃん、怪我したの!?」



「だ、大丈夫ですわ…ちょっと、着地で足を捻ってしまったみたいで…」



「大丈夫じゃねえだろ、見せろ」



 見れば、足首が赤く腫れ始めている。

 骨まではいってなさそうだが、捻挫だ。


 俺はエステルのバッグからポーションを取り出すと、患部にぶっかけた。

 魔法薬が染み込み、腫れが少しずつ引いていく。


「……打撲と捻挫だな。ポーションかけたから、しばらく安静にしとけば歩けるようにはなるだろうが……」


 俺は安堵からため息をつく。

 この程度なら俺の魔法で無理やり治すより、ポーションで回復を促したほうが予後がいいだろう。


「……ん?おい、エステル髪飾り落ちてるぞ」


 ふと地面を照らすと、魔鉄製の星を模した髪飾りがキラリと光った。

 以前、マノンに端材で作ってもらった、エステルお気に入りのものだ。


 落下による衝撃で髪から外れたのだろう。



「まあっ!マノンお姉様からの贈り物!無くさなくてよかったですわ!」



(あの高さから受け身なしで落下しといて、ただの捻挫で済むって……コイツの頑丈さは一体どうなってんだか……)



 あの〈プロテクション〉の爆発的な風圧で、多少勢いは殺されていたとはいえ……。


(まあ、エステルだしな…運がいいやつだ)


 そう思考を放棄し、静かに立ち尽くしているシュカを見た。


「で、でも……だって、イルなら……!」


 彼女は、痛みに耐えるエステルの姿を見て、明らかに動揺していた。

 さっきまでの傲慢な態度は消え失せ、顔色が悪い。


「……ごめんなさい」


 消え入りそうな声で、シュカが謝った。

 自分の軽率な行動が、友人を傷つけたことを理解したのだろう。


 殊勝にも反省している皇女に、これ以上追い討ちをかけるのは気が引けた。

 俺は頭をガシガシとかいて、諭すように言った。



「……いいか。お前らが強くても、周りはそうとは限らねえんだよ」



「うん……」



 しゅんとしてしまったシュカを、怪我人のエステルが慌てて宥める。



「だ、大丈夫ですわ、シュカ様!アリア様も!それより見ましたか?わたくしの魔法が皆様をお守りしましたわ!脱☆無能!うふふっ、マノンお姉様のおかげですわねっ!」



「…うん!すごかった!あの風のバリア、カッコよかった!エステルちゃんも風魔法が使えたんだ?」



「いいえ、わたくし魔法の才能はからっきしですの!さっきのはこの腕輪のおかげですのよ」



「へぇ〜かっこいい〜!」



 エステルの言葉に、シュカも多少元気を取り戻したようだ。

 やれやれ、どっちが護衛対象なんだか。



「にしても…ここはどこだ?」



 俺は魔力灯を掲げ、周囲を見回した。

 かなり深い縦穴に落ちたようだ。

 上を見上げても、落ちてきた穴は闇に霞んで見えない。


 壁面は滑らかで、登るのは骨が折れそうだ。



「おーい!ガロード!ジーン!ニーコ!聞こえるか!?」



「イルー!?」



 俺とシュカで声を張り上げる。

 だが、返ってきたのは、俺たちの声の反響だけだった。

 上からの反応は、ない。


「…チッ、はぐれちまったか」



 最悪の展開だ。

 ここにいるのは、俺と、足を怪我したエステル、そして制御不能の爆弾皇女シュカ。



(……胃が痛ぇ)



 俺は、暗闇の中で深いため息をついた。


 あの時、落下こそしたが足場が崩れたわけじゃない。

 急に空中に放り出されたみてえな感じだった。


 上を見上げても、俺たちが落ちてきたはずの穴は見当たらない。

 あるのは、どこまでも続く高い天井と、暗闇だけだ。


 そして、オロンにもらった〈双子の腕輪〉が示すガロードのいる方向は、落ちてきた真上ではない。


 まったく別の方向を指している……。


 どうやら、ただ下に落ちたというよりは、この洞窟の別の区画へ飛ばされたと見るべきだろう。



(……空間断裂、『強制転移』の類いか……?)



「シュカ、〈リード〉で場所を探れるか?」



 俺は、隣で服の埃を払っている皇女に問いかけた。

 この入り組んだ迷路で、仲間とはぐれるのは致命的だ。

 特に、探知役のガロードがいない今は、この皇女の規格外の魔力だけが頼りだ。


「ん、おっけー。やってみる」


 シュカは軽く頷くと、目を閉じて魔力を放出した。

 先ほどガロードと行っていた、喧嘩腰な出力合戦とは違う、研ぎ澄まされた波紋が周囲に広がっていく。


「……んっ、この耳障りなノイズはガロードねっ、見つけた!大体わかったわ!」


 シュカがパチリと目を開け、自信満々に闇の奥を指差した。



「あっちに行って、途中でこうグワーっとクネクネまがって、グイッとなったら、フワッとしたあたりにいるわ!」



(……わかんねえよ)



「グイッ」てなんだ。「フワッ」って。

 天才特有の感覚言語に、俺はこめかみを押さえた。

 だが、まあ、全くの手がかり無しよりは、反応があっただけマシだ。



「まあ、同じ洞窟内にいるって分かっただけでも良しとするか」



「まずは皆様のところへ合流いたしましょう!きっと心配してくださっていますわ!……あいたた!」



 エステルが意気揚々と立ち上がろうとして、顔をしかめてその場に崩れ落ちそうになる。


「歩くなっての!……ったく、ほら、おんぶだ」


 俺はため息をつくと、エステルの前に背中を向けた。


 エステルがおずおずと、しかし嬉しそうに俺の背中にしがみつく。

 華奢な体だ。重さなんてほとんど感じねえ。



「シュカ、俺は両手がふさがっちまう。お前が先導と、何かあった時の戦闘を頼むぞ」



「……わかったわよ。案内すればいいんでしょ、案内すれば」



「エステル。俺の代わりにランタンで前を照らせ」



 俺の指示に、シュカは「チェッ」と唇を尖らせて渋々……しかし、ちょっとだけ楽しそうに先頭に立った。

 エステルは「お任せくださいまし!」と嬉々として頷いた。


 シュカが不満げに歩き出し、俺はその背中を追う。


 背中からはエステルの体温と、ランタンの揺れる明かり。


 こうして、俺たち即席の三人旅が始まった。


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