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自由のアリア  作者: カラノニジ
第八章:祈りの果ては虚ろの底
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第70話:祈る先

 

 あれだけあったお弁当の山も、七人の胃袋にかかれば、あっという間に切り崩されていった。

 まあ、その半分以上はガロードの底なしの胃袋に収まったが。


「ごちそうさまでした」


 俺たちは軽く片付けに入る。

 空になった容器を、ジーンが〈スプラッシュ〉で器用に洗っていく。


 しばらくその様子を観察していたイルが、ふと腰を上げた。


「僕も手伝おう」


 そう言うと、彼は片手を軽く掲げた。


「〈ウォーターボール〉」


 ふよふよと浮かぶ、1mほどの大きさの水球が発生する。

 そして、その水球の中に汚れた皿や容器を次々と取り込んでいく。



 驚くべきは、その先だ。


 食器は沈むことなく、互いにカチンとぶつかることもなく、まるでダンスを踊るように、クルクルと水球の中で対流し始めたのだ。



「おおー……」



 卓越した魔力コントロールに、思わず感嘆の声が漏れる。

 水流の強弱だけで、複数の物体を傷つけずに洗浄する。口で言うのは簡単だが、相当な技量が必要だ。


「やるじゃないイル!」


 シュカも、自分のことのように自慢げだ。


 やはり、このイレイル皇子も、イシュカ同様に化け物じみた能力を有している。


 それもそのはず。


 この二人は冒険者登録こそしていないものの、実力だけならギルドから白金等級相当と公的に認められているほどの実力者。


 〈黎明(れいめい)〉と〈爀熱(かくねつ)〉の二つ名は伊達じゃないってことか。



「ぐぬぬ…」


 ジーンが、お株を奪われたとばかりに顔を歪める。


「……これくらいはできないと、シュカの相手は務まらないね」


 イルが、涼しい顔でジーンを挑発する。



(おーい、お前もそっちに乗っかるなー)



「ぷっ、なにそれ!ジーンがんばれー!」



 イシュカが無責任に煽る。煽るな。


 ジーンも負けじと水球を発生させると、皿を一枚入れる。


 一枚なら何とか保持できているが、回転する度に水の抵抗が変わる皿を、一定の位置で留めるのは相当に難しそうだ。


 額に脂汗が滲む。


「すごいですわジーン様!頑張ってくださいまし!」


 エステルが後ろで黄色い声援を送る。


(集中が乱れるだろ、やめてやれ)


「ほら、もう一枚!」


 イシュカが、悪戯っぽく二枚目の皿を放り込む。

 途端に難易度は跳ね上がる。

 皿同士の接触を避けつつ、回転を維持しなくてはならない。


 もはやジーンは一言も発さず、鬼の形相で集中している。


 負けず嫌いめ。



「おお!やるじゃないジーン!!よし、もう一枚!」



「ちょ、ちょっと待ちたまえ……」



 カチン…。

 三枚目の投入で皿同士が接触したのを皮切りに、水流が乱れる。


 そしてそのまま、コントロールを失った皿と水は重力に従って落下する。



「あっ…!」


 その瞬間、エステルが飛び出した。

 驚異的な反射神経で、落ちてくる皿を器用にキャッチする。


「や、やりました、わ゛…っぷ!!」


 ざばん!!


 皿をキャッチした直後、その頭上からコントロールを失った大量の水が降り注いだ。


「ひーん、ずぶ濡れですわ~!」


 皿を割らずに済んだかわりに、エステルが頭からつま先までずぶ濡れになる。


 今日は比較的天気がいいとはいえ、ここはイドリア外縁部の極寒地帯だ。

 濡れたままじゃ風邪ひくぞ。



「ふふ、あはは、はい、イルの勝ち~!」



「す、すまない…大丈夫だったかい?エステルちゃん」



 ジーンが無念の表情で謝る。


「あーあー、もう。こっちで着替えろ、アホエステル」


 俺が溜息をつきながらタオルを取り出そうとした、その時だ。


「大丈夫大丈夫、エステルちゃん、腕広げて~♪〈ドライ〉」


 イシュカが指先を向けると、熱風が巻き起こり、エステルを包み込んだ。


 濡れた衣服が、みるみるうちに乾いていく。

 さらりとやってのけているが。


(……火と風の複合魔法)


 火と風の共有特性は〈発散〉。

 水分を飛ばすのはお手のものということか。


 ……だが、この皇女サマの魔法はいつだって出力過多だ。


「はぁ~♡暖か……あつつつ!?あっちちちちち!!」


 急速乾燥によって発生した高温の蒸気で、エステルが蒸し焼きにされかけている。


「あ、ああっ!エステルちゃん!?ごめんごめん、これくらいかしら?」


 イシュカが慌てて調整する。

 先ほどより風の循環を強め、熱気と水分を外へ発散させていく。


(……やれやれ)


 俺は、一瞬たりとも気が抜けないこのランチタイムが終わったことに、本日何度目かの溜息をついた。


 ───

 ──


 ブラックロックマウンテン坑道。

 そこは、原因不明の行方不明事件が起きているとは思えないほど、いつもの喧騒に包まれていた。


 カーン、カーン、というツルハシの音が奥から響き、荷運び(ポーター)たちがせっせと木箱や資材を運び込んでいる。


 どうやら、調査と並行して他の区画の作業は続いているらしい。

 俺は、搬入口で指示書片手に怒鳴り散らしている、見慣れたドワーフの背中を見つけた。


「おう、ジジイ。例の件で坑道に入る。第三坑道の中に今、人はいるのか?」


 俺が声をかけると、オロンは振り返り、その厳つい顔をさらに歪めた。


「ん?おう、アリアの嬢ちゃん!来たか!……んん?見ねえ顔もいるな?新メンバーか?まあいい!今、周辺は出入りできねえように封鎖中だ!お前さんらは勝手に入ってくれ」


「まあ、原因不明の消失だ。出入りの制限はするだろうな。……ああ、いくつか魔力灯を貸してくれねえか?」


「あそこの箱に入ってる。好きに持っていけ!いいか?壊すなよ!」


 オロンは顎で木箱をしゃくると、すぐにまた手元の目録に視線を戻そうとした。


 俺は、喉の奥に引っかかっていた言葉を、意を決して吐き出す。


「それと、ジジイ……いや、オロン」


 俺が珍しく真面目なトーンで名前を呼んだことに気づき、オロンが怪訝そうに眉を上げた。


「……すまない。もしかしたら今回の行方不明……俺たちの事前調査が甘かったせいかも知れねえ」


「ああん?どういうことでぇ?」


 オロンは腕を組み、俺を見下ろす。

 俺は、ガロードから聞き出した事実を、包み隠さず報告した。



 〈鐵喰い〉を倒して、俺たちが安心してしまったこと。

 ガロードが、隠蔽された空間と、そこにいた「人らしきもの」を発見していたこと。

 だが、戦闘中に介入してこなかったことから「敵性なし」と判断し、見逃したこと。

 そして、もし俺たちが、その時にそこまで踏み込んでいれば――鉱夫の二人がいなくなることも、なかったかもしれないということ。


 俺は、深く頭を下げた。


「……すまねえ」


 俺の隣で、ガロードも、俺が頭を下げるせいで反省したのか、それとも居心地が悪いのか、ばつが悪そうに視線を彷徨わせている。


 重い沈黙が流れる。

 オロンの怒声が飛ぶのを覚悟した、その時だった。


「……なるほどな」


 オロンの声は、意外なほど落ち着いていた。


「だけどよぉ、そりゃ嬢ちゃんらのせいじゃねえ」


 俺が顔を上げると、オロンは腕を組んだまま、きっぱりと言い放った。


「確か、あの時の依頼内容は『内部の予備調査、及び、もし鉱夫の安全を脅かす危険が存在した場合、その排除』だ。……確かに、鉱夫の安全を脅かす危険を見逃したのかも知れねえ」


 オロンは、そこで一度言葉を切ると、ニカっと笑った。


「だがな、その前に『ワシが』嬢ちゃんらに言ったはずだ。〈鐵喰い〉を倒した時点で、『終わりだ』ってな。……言ったか?言ったはずだ!」


「……あ?」


「つまり、だ!〈鐵喰い〉を倒したその時点で、依頼主であるワシが『調査終了』を告げたんだ!なら、嬢ちゃんたちの仕事は完遂されてる。そこで調査を打ち切ったのはワシだ。見逃した責任があるとすりゃあ、そりゃあワシにある」


「でもよぉ……!」


 俺が食い下がろうとすると、オロンはバシッと俺の背中を叩いた。


「かぁ~!ウジウジすんな!らしくねえ!」


「いっ……!?」


「あの時ゃいっぱいいっぱいだった!お前さんらもやれるだけやった!それはワシが一番よく知ってる!……そんでも引っ掛かるってんなら、ここで油売ってる場合じゃねえだろ?」


 オロンは、坑道の暗い奥を指差した。


「さっさとアイツらを見つけてやってくれ。頼んだぞ、〈ジョーカー〉」


 その、不器用だが温かい言葉に、俺の胸のつかえが少しだけ軽くなるのを感じた。



 ああ、そうだ。


 ウジウジしてても、事態は何も変わらねえ。


 俺がやるべきことは、謝罪じゃなくて、解決だ。



「……っ、ああ、分かった」


 俺は顔を上げ、ニヤリと笑ってみせた。


「魔力灯、借りてくぞ。……行ってくる!」


 俺たちは木箱から魔力灯を掴み出し、それぞれの腰に下げる。


「おう!アリアの嬢ちゃん!ガロードの坊主!コイツを持ってけ!」


 オロンは俺とガロードに二つ一組の腕輪を投げて寄越す。

 〈双子の腕輪〉双方向に位置を指し示し合う魔道具。



「サンキューな!オロン!」



「……」



 腕輪を受け取った俺たちは振り返らずに、暗闇の口を開けた第三坑道へと足を踏み入れた。


「……良かったですわね、アリア様」


 背後から、そっと声をかけられた。

 振り返ると、エステルが心配そうに、けれどどこか安堵したような柔らかな笑みを浮かべて俺を見上げていた。


 さっきのオロンの――「お前らのせいじゃねえ」という言葉が、俺の肩の荷を少しだけ下ろしてくれたことを、この能天気な娘なりに感じ取ったのだろう。



「……良かったかどうかは」



 俺は、手渡された魔力灯のスイッチを入れる。

 カチリ、という小さな音と共に、青白い光が闇を切り裂き、湿った岩肌を照らし出した。



「これから決まんだよ」



 俺は、暗く、どこまでも深く広がる(ウロ)の奥を睨み据え、一歩を踏み出した。



 ……戻ってきたぞ。



 忌まわしいブラックロックマウンテン、第三坑道。



 今回の全ての元凶。



 そして――おそらく、俺の旅の終着点。



 周りの連中は、誰も知らない。

 俺がこの依頼の後にどうなるか。

 あの皇子とどういう取引をしたか。



 これは、俺だけの覚悟だ。



 だが、それでいい。



 俺がいなくなっても、ガロードと、ジーンと、ニーコがいれば……きっと、このやかましいお姫様(エステル)を故郷まで送り届けてくれるはずだ。



 こいつらは、どうしようもねぇ連中だが、やるときはやる。



(……まあ、まだ分かんねぇけどな)



 俺は、魔力灯の光の先に広がる、底知れぬ闇を見つめる。


 これから何が起こるのか。


 あの皇子たちがどう動くのか。


 そして、俺の運命がどう転ぶのか。



 精霊だの神だの、そんな不確かなモンはハナから信じちゃいねぇけどよ。


 もしも、この土壇場で何かに縋り、祈るしかねぇってんなら……。




 そうだな。




 俺は、隣で呑気にキョロキョロしている『歩く厄災』を横目で見た。




(……ウチのエステル様の、このふざけた『悪運』に賭けるとするか!)



第八章:祈りの果ては虚ろの底(完)

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