第69話:第二回お弁当会
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まさか、これから調査する危険な鉱山の中でパーティを開くわけにはいかない。
俺たちは、鉱山入り口の少し手前にある、見晴らしのいい開けた場所で、早めのランチタイムを行うことにした。
ガロードが腹を空かせてへそを曲げ、案内が滞っても面倒くせぇしな。
ここでガス抜きをしておかないと、いざ戦闘になった時にストライキを起こされかねない。
「…………」
ガロードは、シートを広げる予定の場所の周囲を入念に歩き回り、鋭い視線を巡らせている。
それだけでは飽き足らず、なんと地面に耳を当てて確認し始めた。
(……いや、地面の音なんて聞こえるわけねぇだろ。モグラかテメェは)
前回の「アイアンアント襲撃によるお弁当会中止」という悲劇が、よほどトラウマになっているらしい。
その執念深さには、呆れるのを通り越して感心すら覚える。
安全確認という名の儀式が済むと、大きなレジャーシートが広げられた。
わーきゃーと騒ぐ声の中、ガロードのマジックポーチから次々と取り出されるのは、〈陽の果て亭〉謹製の特注弁当の山だ。
大量のおにぎりを筆頭に、ハムやら卵焼きやら何かしらのフライやら、色とりどりの野菜のマリネ、挙げ句にキッシュまで。
明らかに七人分ではない。
(まあ、あれでもまだポーチに次弾が残ってるんだろうが……)
さらに、ニーコが用意した箱の蓋が開けられると、食欲をそそる香ばしい匂いと共に、黄金色に揚げられた鳥の唐揚げがぎっしりと姿を現した。
「わぁ、美味しそうですわぁ~!」
「ニーコちゃんの唐揚げ!早く食べたいわ!」
エステルとシュカが歓声を上げる。
ガロードも無言のスタンディングオベーションだ。
「実は、こちらのガリオンバードのお肉はジーンさんに捕ってきてもらったんです」
「まあね、ボクにかかれば朝飯前さ……!」
(ふーん…情報収集の傍ら、本業までこなすとは……やっぱり地味に有能なんだよなぁ……)
さすがに大人七人がシートに座るには手狭だ。
俺とイルは、精神年齢が子供と変わらねぇ騒がしい連中に場所を譲り、少し離れた平らな岩に腰かけることにした。
「皆様!待ちに待った第二回お弁当会ですわっ!」
エステルが、おにぎりを片手に高らかに宣言する。
「今回はニーコさんの加入と、ゲストのシュカ様とイル様を迎えて……」
エステルが音頭を取り、周りが盛り上がっているのを横目に、イルがふっ、と苦笑した。
「まったく、緊張感というものがないね」
「ああ。俺もそう思う、毎日な」
俺は即答した。こいつらの辞書に「緊張感」という文字が載っていないのは、もはや確定事項だ。
「……アリアンナ」
イル……いや、イレイルが、周囲の騒ぎにかき消されるほどの小さな声で、俺の本当の名を口にした。
呼びかけでもなく、ただ意識を向けただけのような声。
「今の方が、楽しいかい?」
その問いに、俺は一瞬言葉に詰まる。
貴族としての責務、軍人としての規律、処刑人としての業。
それらに縛られていた過去と、明日をも知れぬ冒険者としての今。
俺は、馬鹿騒ぎする仲間たち――。
まだかまだかとそわそわしているガロード、唐揚げに感動するシュカ、それを口説くジーン、ニコニコしているエステルとニーコ――を見つめ、短く答えた。
「……まぁな」
「それは結構」
イルは、皮肉でも何でもなく、ただ事実として受け止めたようだ。
短い沈黙。
風が、岩場の草を揺らす音だけが聞こえる。
「……なぁ、俺はどうなる…?」
俺は、視線を仲間たちに向けたまま、核心を突いた。
この調査が終われば、俺の「猶予」も終わるのか。
その先にあるのは、良くて強制送還、その後は断頭台か、あるいは一生出られない牢獄か。
「…………」
「……はて、何のことかな?」
イレイルは、とぼけてみせる。
だが、その目は笑っていない。
俺は構わずに続けた。
「……俺はいい。覚悟の上だ。だが、アイツらは関係ないんだ。見て分かるだろ?……ただのアホどもだ」
反逆の意志なんて欠片も持ってねぇ、アイツらは見逃してくれ。
俺は、声に出さずに目で訴えた。
イルは、俺の視線を真っ直ぐに受け止め、そして静かに眼鏡の位置を直した。
「……僕には、皇族としての責務と立場がある。約束はできないね」
冷徹な拒絶。
情に流されることも、安請け合いすることもない。
あらかじめ決まっている台詞を読み上げるように、彼は淡々と返した。
それが、この男の在り方なのだろう。
会話は、そこで途切れた。
「それでは皆様!おにぎりをお持ちくださいまし!」
エステルの号令が響く。
俺とイレイルの手元にも、〈陽の果て亭〉の特製おにぎりが配られた。
「カンパーイ、ですわっ!」
「「「カンパーイ!!」」」
青空の下、おにぎりを掲げる七人。
傍から見れば、ただの仲の良いピクニック集団だ。
この中に、皇族と逃亡犯が混ざっているなんて、誰が想像できるだろう。
イレイルは、その奇妙な光景に苦笑し、再び眼鏡の位置をくい、と直すと、スッとおにぎりを差し出してきた。
俺は無言で、自分のおにぎりを差し出す。
コツン。
乾杯の音にしてはあまりに鈍い音を立てて、俺と腹黒皇子のおにぎりが触れ合った。
それは、一時休戦の合図か、それとも破滅へのカウントダウンの始まりか。
俺にはまだ、分からなかった。
そうして俺たちは、岩場に腰掛けたり、シートに座ったりして美味しいお弁当を頬張っていた。
「わぁ!この唐揚げ、美味しい!外はカリカリで中はジューシー!」
シュカも、ニーコが作った唐揚げをいたく気に入ったようで、もりもりと食べている。
皇女様のお口に合うか心配だったが、杞憂だったようだ。
「ええっ、どうやって作るのこれ?ねぇ、教えて?」
「あ、はい…えっと、まずは下味をつけるんですけど、生姜とお酒と、あと隠し味に…」
ニーコが嬉しそうに説明するのを、シュカは「へぇー!」「うんうん!」と真剣に頷きながら聞いている。
そして一通り聞き終わると、
「覚えた?イル?」
と、当然のように隣で静かにおにぎりを食べていたイルに確認した。
(……覚える気ねぇのかよ!)
俺は内心で突っ込んだが、イルは慣れたもので「ああ、分かったよ」と軽く頷いた。
この姉弟の関係性、本当にどうなってんだ。
「ふふん、料理もいいけど、余興といこうじゃないか」
腹も軽く満ちたところで、ジーンが立ち上がった。
「もしかしたら、〈ウロカクシ〉もボクの〈ミラージュ〉のように、光と水の複合魔法を使っているのやもしれないね!さあ、ご覧あれ!」
ジーンが指を鳴らすと、彼の姿が周囲の風景に溶け込むように消滅した。
「おー!消えたわ!やるじゃないジーン!ちょっとだけ見直したわ!」
シュカがきゃっきゃと手を叩いて喜ぶ。
「ふふ、魔法も華麗だけど、ボクの真骨頂は弓の方さ」
虚空から響くジーンの声。
確かに、視覚的な認識阻害魔法は光属性や闇属性の応用が多い。
〈ウロカクシ〉も、その手合いの可能性は高いだろう。
そんな余興を眺めていると、ニーコが小皿に取り分けた料理をこちらまで持ってきてくれた。
「アリアさん、イルさんも、どうぞ」
「お、サンキューな」
「ありがとう」
俺たちは礼を言い、小皿をつつく。
安定して〈陽の果て亭〉の飯は旨い。
そして何と言っても、ニーコの唐揚げだ。
「……これは、美味しいですね」
イルが一口食べ、静かに目を細める。
皇子様の高貴な舌も満足しているようだ。
肉自体はここらじゃ、ありふれた食材として出回っているガリオンバードだ。
だが、下味の付け方や揚げ加減に、一口では分からないほどの工夫が施されているのが分かる。
マジックポーチさまさまで、まだ温かいのも嬉しい。
「ふふ、早起きした甲斐がありました」
ニーコがはにかむように微笑む。
その笑顔を見ていると、これから死地へ向かう緊張感が少しだけ和らぐ。
……これが最後の晩餐になるかもと思えば、その味もひとしおだ。
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