第68話:高度で低レベル
「ふぅん?どうやら、複数犯の群れではなかったようだね。観客がいたらしい……それも、特等席に」
横からメモを覗き込んでいたジーンが、興味深そうに、しかし鋭い眼光で呟く。
「ぶ、不気味ですわ…!」
エステルが身震いしながら声を上げる。
「アリアさん達が、その…攫われなくて良かったですぅ…」
ニーコも青ざめた顔で胸を撫で下ろしている。
確かに、その通りだ。
もしもあの時、〈鐵喰い〉との死闘の最中に、この謎の見物人に横槍を入れられていたら……。
消耗しきっていた俺とガロードは、ひとたまりもなかったはずだ。
不気味で、意図が読めない。
単に姿を見せたくなかっただけなのか、それとも俺たちが〈鐵喰い〉を倒すのを観察していたのか……。
俺が難しい顔で考え込んでいると、視界の端で何かがチラチラと動く。
見れば、ガロードが「沙汰はどうなった?許されたか?」と、俺の顔色をうかがっている。
……くっそうぜぇ……!
その、餌を待つ犬のような目に毒気を抜かれる。
「……ってか、言えよ……。こいつが襲ってきてたら、俺もお前もヤバかっただろうが……」
はぁ……。
は肺の中の空気を全て出し切るような大きなため息をついた。
「まぁいい……。次からは、伝える努力をしろ。いいな?」
その言葉が出た瞬間、ガロードの顔がパァァァッと輝いた。
「まあ!良かったですわねガロード様!お弁当を一緒に食べられますわっ!」
「ええ、早起きして腕によりをかけましたから、たくさん食べてくださいね」
「……!」
エステルとニーコ、そしてガロードが輪になって喜びを分かち合っている。
……こいつらに緊張感という言葉を教えるのは、馬に魔法を教えるより難しいかもしれねえ。
「ふむ……ということは、この〈ウロカクシ〉は何らかの〈認識阻害魔法〉を使っていたということだろうね」
心臓が、冷たい手できゅっと掴まれたかのように縮みあがった。
バッ、と俺は背後を振り返る。
「肉眼で見えているのに認識できない、あるいは記憶に残らない。〈沈黙〉の彼のように索敵魔法を使えるか、よほど勘の鋭い者か、あるいは魔法的な干渉に敏感な者でないと気づけないほどの高度な隠蔽……」
「コソコソ隠れてるなんてだっさーい!どうせザコよ、ザコ!」
いつの間にやら、俺たちの背後にイルとシュカが立って、ガロードのメモを覗き込んでいたのだ。
「おや、驚かせたかな?何やら深刻そうに話し込んでいたようだから……」
イルが、くつくつと喉の奥で笑う。
気配を消して近づいてきやがったな、この腹黒皇子め!
寿命が縮むっつーの!!
「おはよー、エステルちゃん、ニーコちゃん!」
「おはようございますわっ、シュカ様、イル様!ピクニック日和ですわね!」
「やぁ、シュカちゃん。今日もその美しさに磨きがかかってるね。朝日さえ君の前では霞んでしまうようだ。日増しに綺麗になる君を、ボクは……ぐっ!?」
滑らかに口説き文句を紡ぎ始めたジーンの横っ腹に、俺の渾身の肘鉄が突き刺さる。
俺は悶絶するジーンの首根っこを掴み、耳元で低く囁いた。
「……悪いことは言わねぇ、やめとけ。弟が怖いぞ」
俺の視線の先では、イルが能面のような笑顔でこちらを見ている。目が笑っていない。
「おや?虫でもいたかい?」
「ああ、今しがた駆除した」
「……ぐ、ふふ、道中の険しさが愛を育てるのさ……」
懲りねぇなこいつは!
「んー?なぁに?ジーン、あんたあたしを口説いてんの~?」
シュカは、ジーンの言葉などどこ吹く風のようだ。
腰に手を当て、前屈みになってジーンの顔を覗き込む。
「残念だけど、あたし、強いやつじゃないと興味ないわ」
「強い奴、かい?ボクも弓の腕には自信があるが」
「そうねぇ……せめて、ボルザックくらい強くないと」
「……シュカ。それだとこの国で条件に合うのが、ボルザック大将軍だけだよ」
イルが呆れたようにツッコミを入れる。
「はは、それは手厳しい」
ジーンが苦笑いする横で、俺は密かに冷や汗を拭った。
〈黒牢〉ボルザック・ダドリケル。
イドリア帝国の最高戦力。大将軍にして、現イドリア帝国〈勇者〉。
〈勇者〉ってのは、このアニュラス大陸において単なる称号じゃねえ。
四大国の国際法である〈勇者制度〉によって定められた、各国の戦略級兵器……すなわち最高戦力だ。
かつて、アイラン皇国とエトノーシア法国の間で長期戦争が起きた際、戦場に溢れた死者の魂が暴走し、大規模スタンピード〈死霊海嘯〉が発生した。
敵味方問わず、無数の死者がアンデッドに変異して暴れまわり、両国を滅亡寸前まで追い込んだという悪夢。
二度とそんな悲劇を起こさないように定められたのが、長期戦争抑止のための国際法〈勇者制度〉だ。
国の命運を決めるような争いは、軍隊同士の泥沼の消耗戦ではなく、国が認めた最強の〈勇者〉同士による代理戦争で決着をつける。
つまり、シュカの言う「ボルザックくらい」というのは、「国家の運命を背負って単騎で戦争を終わらせられるレベル」ということだ。
皇族らしいというか、なんと言うか……基準がぶっ飛びすぎてやがる。
だが、おかげで助かった。
シュカにとって、ジーンは眼中にない。ただの雑魚だ。
シュカの異性への趣味が壊滅的なのは置いといて、ひとまずは安心だ。
命拾いしたなジーン。
これで、「変な虫がついた」と見なされて、あの腹黒皇子に後ろから刺されなくて済む……。
──
─
ブラックロックマウンテンの鉱山へと続く山道を、俺たちはぞろぞろと歩いていた。
〈ジョーカー〉のメンバー五人に、皇族姉弟二人。
計七人ともなれば、それなりの大所帯だ。
「ウロカクシ…一体どんな恐ろしい方なのでしょう…」
「こ、怖いですね…認識阻害魔法ってことは、急に後ろから現れたり…!?」
エステルとニーコは、怯えながらもシュカを挟んでわいわいと話している。
「ふふん、安心しなさい!隠れてコソコソしてるってことは、自分に自信がないってことよ!何が出ても、このあたしが守ってあげるわ!」
シュカが、ふんす、と胸を張る。その根拠のない自信が、今は妙に頼もしい。
「まあ!心強いですわっ!」
「で、ですねぇ…!」
仲良いな、オイ。
……まあ、このワガママ皇女のご機嫌を取ることが、俺たちの生存確率を1%でも上げてくれる可能性があるのなら、悪いことではないだろう。
「ふふ、それならばボクはこの華麗なる愛弓〈リユニオン〉で、シュカちゃんを守って見せようかな」
と、ここで空気を読まない男、ジーンがキザな笑みで介入してくる。
(……テメェは、マジでやめろ!)
俺たちの生存確率を1%どころか50%くらい下げそうなコイツを、どうにか黙らせる方法はないものか。
「へえ、ジーン!あんたがあたしを守ってくれるの?さてね、あんた如きであたしを守りきれるかしら?勝負ね!」
「望むところさ」
一体何の勝負なのか。
俺は恐る恐るイルの方をチラリと見る。
彼は、聖人のような穏やかな笑顔を貼り付けたまま、ジーンの背中をじっと見つめていた。
(……怖ぇってぇ!目が笑ってねぇよ……)
俺は胃のあたりをさすりながら、視線をガロードへと移す。
こっちはこっちで、平常運転だ。
モグモグと串焼きを齧りながら、周囲に無詠唱で〈リード〉を飛ばしている。
いつも平然とやっているが、索敵しながらの移動というのは、なかなかに神経を使うはずだ。
コイツもガサツでズボラなわりに、こういうところだけは無駄に器用なんだよなぁ…と、俺がジロジロ見ていると。
ドンッ!
「ねぇ、ガロード!アンタって結構器用なのね!」
シュカが、いきなりガロードに肩でタックルした。
(……気づいてやがんのか)
無詠唱で展開している〈リード〉の揺らぎを正確に感じ取っているらしい。
やっぱり、こいつら双子の実力は計り知れない。
ガロードは心底嫌そうな顔をして、プイッとそっぽを向く。
「むっ、褒めてあげてるのに!生意気ね……ふーん、〈リード〉」
シュカはムッとした顔になると、対抗するように魔力を練り上げた。
彼女からもガロードと同等の空気の波が放たれる。
ガロードが一瞬、眉を上げる。
自分の索敵範囲に異物が割り込んできたのが、よほど不快だったのか、眉間にしわを寄せると、無言で〈リード〉の出力を上げた。
キィン……と、耳鳴りのような音が空気を震わせる。
空気の振動を読み取る〈リード〉を、二人並んで使えば、お互いに干渉し合ってノイズだらけになるのは明白だ。
「……むっ」
それをさらに上書きするように、シュカが出力を上げる。
負けじと、ガロードがさらに上書きする。
ゴウッ!!
二人の周囲に、つむじ風のような魔力の奔流が巻き起こる。
すでに空気の微細な動きを探るどころか、風を起こして周囲の草木をそよがせているようなもんだ。
索敵の隠密性の欠片もありゃしねぇ!
(バカかコイツらは……!)
「……シュカ、やめなさい」
やれやれという様子で、イルが静かに、しかし有無を言わせぬ声で咎める。
「だってコイツ生意気よ!あたしより目立とうなんて!」
「索敵で目立ってどうするんだい……」
イルに咎められて、シュカが一瞬怯んだ。
その隙を見逃すガロードではない。
ここぞとばかりにさらに出力を上げ、フフンと勝ち誇ったように口角を上げる。
「あっ!もうっ!イルのせいよ!」
シュカが叫び、突風のような索敵を放つ。
もはや攻撃魔法だ。
それにさらに対抗しようとガロードが魔力を練ろうとした、その瞬間。
バチンッ!!
「張り合うなバカッ!!」
俺の平手が、ガロードの後頭部に炸裂した。
「……ッ!?」
ガロードが目を白黒させて俺を見る。
シュカは「いい気味!」とばかりにベーっと舌を出す。ガロードは、つーんとそっぽを向いて串焼きを齧り直す。
(……はぁ、何なんだ…。この高レベルで低次元な争いは…)
ガキどもめ……!
……先が思いやられるぜ。
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