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自由のアリア  作者: カラノニジ
第八章:祈りの果ては虚ろの底
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第67話:〈ウロカクシ〉

 

 翌朝。


「むにゃ……あと五分……おにぎりの具はシャケがいいですの……」



「起きろアホ!!もうとっくに出発の時間だ!!」



 案の定、ベッドにしがみついて離れないエステルを力ずくで引き剥がし、冷水をぶっかけて顔を洗わせる。


 不貞腐れるエステルの口にパンをねじ込み、髪を整えてやると、俺たちは慌ただしく宿を飛び出した。


 集合場所であるギルド前の広場には、すでにニーコとジーンが待機していた。


 ガロードの野郎はまだか!?


「あっ、おはようございます、アリアさん、エステルさん」


 ニーコがぺこりと頭を下げる。

 その腕には、カラフルな風呂敷に包まれた大きなバスケットが抱えられていた。



「まあ!おはようございますニーコさん!お約束通り、作ってきてくださいましたのねっ!」



「はいっ、頑張って早起きしました!」



「素敵ですわ〜!早く中身が見たいですわっ!」



 エステルが、先ほどの不機嫌さはどこへやら、目を輝かせてニーコに駆け寄る。


「ふふっ、それはお昼のお楽しみですよ」と返すニーコも、どこか誇らしげだ。


 ……まあ、こいつらのこういう平和な空気には救われるが。


「やぁ、アリアちゃん、おはよう。今日のファルメルの朝は特段と冷えるね。このボクの腕の中で、温めてあげるよ」


 平和な空気をぶち壊すように、ジーンが両手を広げて待ち構えていた。


 朝日を背に、キラリと白い歯を見せるその笑顔が、今の俺にはたまらなく癇に障る。

 俺はこめかみに青筋を立てながら、満面の笑顔を貼り付けて歩み寄る。



「おお、そうか。なら温めてもらおうかな」



「おや、今日は素直だね……?」



 ジーンが驚きの表情を見せたその瞬間、俺は最後の一歩を踏み込む!


 広げられた腕の下をスルリとすり抜け――。



「――なんて言うと思ったか、ボケェ!!」



 背後からジーンの首に腕を回し、全体重をかけて締め上げる。



「ぐえっ!?あ、アリアちゃ…ん…!?」



「てめぇ……ちゃんと情報収集してきたんだろうな?ああ!?」



「ははっ…な、何のこと、だい…?」



「とぼけてんじゃねぇ!ウロカクシだよっ!どうせ昨日の夜も、女と遊んでたんだろっ!」



 俺は腕にさらに力を込める。



「うっぐ…きょ、今日は一段と…ご機嫌斜めだね……」



「そうなんですのっ!昨夜も、急に『ガロードのやろー何かみつけてやがったなー!』と叫んで、枕を投げつけて……」



「え、ガロードさんが?も、もしかしてウロカクシについてですか?」



 ニーコが驚いたようにこちらを見る。

 俺は顔を真っ赤にして落ちていく寸前のジーンを突き放すと、乱れた髪を直しながら答えた。



「ああ……。昨日の晩、〈鐵喰い〉と戦った時のことを思い返してたんだ。もしかしたら、アイツが〈リード〉で何かを見つけてたんじゃねーかってな」



「なるほどですわ…!それで、あんな恐ろしい顔で……」



「ふう…げほっ、はは、彼らしいね」



 ようやく解放され、喉をさすりながら息を整えるジーン。


「本人を直接問い詰めれば分かることだ。それより、お前の方はどうなんだ?」


 俺の鋭い視線に、ジーンは肩をすくめて見せる。


「ちゃんと情報収集していたとも。…まあ、その情報の海の中に、麗しき乙女たちの秘密が少しばかり混ざっていただけさ」



「余計なゴミ拾ってんじゃねえよ」



「おっと、手厳しい。それでね……ウロカクシと直接関係するかは分からないけれど、妙な魔物の目撃情報があったみたいだね」


 ジーンの目が、一瞬だけ狩人のそれに戻る。



「妙な魔物?」



「ああ。二メートルから二メートル半くらいの人型の魔物で……。姿としてはオーガ…に近いみたいだけれど……体皮が青白くて、牙の代わりに角とかトゲが生えていた…って話さ」



「オーガだぁ……?」


 俺は眉をひそめた。

 オーガは、C-ランク相当の人型の魔物だ。

 発達した筋肉と巨躯が生み出す膂力は厄介極まりない。それにオーガの赤い体皮は生半可な刃を通さないほどに硬質だ。

 おまけに、人間を好んで喰うというのだから、戦えない一般人にとっては非常におそろしい怪物だ。


 だが、『青白い』上に『角やトゲ』だと?



「曰く、その青オーガはブラックロックマウンテンの方角へ逃げたらしい。でも、その道中、これまた忽然と消えて……見失ったと」



「消えた青いオーガね……また、変異体か…?」



 〈鐵喰い〉に続き、また変異体かよ。


 嫌な予感が、胸の奥でくすぶり始める。



「さてね。真偽のほどは定かじゃない」



「ひ、人喰い鬼ですの!?」



「あわわ……や、やっぱり、お弁当会は中止にしたほうが……」



 エステルとニーコが身を寄せ合い、ガタガタと震えている。



(……姿を消す青いオーガ、か)



「だけど、青いオーガが〈ウロカクシ〉とは考えにくいね」



 ジーンが、怯える二人を横目に冷静に分析する。



「……だな。俺も野盗か奴隷狩りみてぇな…組織だった人間の仕業だと考えてた。そうじゃなきゃ説明がつかねえ」



 数年にわたって姿を隠し続け、痕跡も残さずに人を攫い続けたという〈ウロカクシ〉。

 変異体とはいえ、知能が低いオーガにできる芸当ではない。


 現にそいつは、姿を見られた上に、逃げた方向までバレている。

 隠密性が売りだったはずの〈ウロカクシ〉にしては、あまりにも杜撰だ。


「では、そ、そのウロカクシかもしれない野盗さん達が、青オーガに食べられてしまったということでしょうか…」


 ニーコも震えながら推理に加わる。


「さあな。だが、ガロードが何を見つけていたのか。それを問いただせば正体に近づけるかもしれねぇ……」


 俺は、まだ来ていない木偶の坊の姿を探して往来を見渡す。



「喋らないガロード君の口を、どうやって割らせるんだい?」



「まあ、ガロード様はきっと質問すれば答えてくれますわよ?『あの時、俺が見たのは~』って」



 エステルが能天気にも、全く似てないガロードの真似をする。


「アイツがそんな風にベラベラ喋るわけねえだろ!」


 俺はポキポキと指を鳴らした。



「少々、非人道的な方法を使う」



「ひい……」



「ち、チンピラですわ!?」



 俺の殺気に、ニーコとエステルが引きつった声を上げる。

 ガロードには恨まれるかもしれねえが、背に腹は代えられねえ。


 さて、噂をすれば影だ。


 ガロードが、のそのそとパンを齧りながら、集合場所へとやってきた。



「……?」



 俺たちの視線が一斉に向けられていることに気づき、ガロードが怪訝そうな顔を浮かべる。



「よぉ、ガロード。お前、記憶力はいい方か?」



 俺は満面の笑みで歩み寄る。



「おっと…」


 ジーンが巻き込まれぬようにと一歩下がる。


「笑顔なのに……め、目だけ笑っていないですぅ……」


 ニーコはオロオロと俺とガロードの顔を交互に見やる。


「ガ、ガロード様、逃げてくださいましぃ…!」


 エステルが小声で叫ぶ。



 意味が分からないとばかりに、小首をかしげながら眉間に皺を寄せるガロード。


 俺は目の前に指を突きつけた。



「〈鐵喰い〉を倒した後のことだ…!あのとき〈リード〉使ってたよな?」



「…………」



 コクリ。

 ウンと頷き、肯定する。


 ……肯定だよな?


 ……パンを味わってる訳じゃねえよな?



「……覚えてるか?あの時、俺が『アイツは群れだったなんて言わねえよな…?』って、てめえに確認したの」



 ガロードの咀嚼する顎が、ピタリと止まる。



「……何か、いたんだな?」



 ギリッと歯を食い縛りながら回答を待つ。



「……」



 もぐもぐ。



「……」



「……!」



 ポン、とガロードが手を叩く。

 うん。あー、居た居た。

 そう言わんばかりに軽く頷いた。



「やっぱりじゃねぇかぁあああ!!このバカ野郎ぉお!!」



 反射的に俺の右ストレートが火を噴く!

 だが、ガロードは無表情のまま、ひょいとスウェーバックでそれを避けた。


 ジーンが俺を抑える。


「落ち着きたまえ!往来だよ……!」


 ガロードの顔は、心底不思議そうだった。


(は?なんで殴られた?)


 そんな心の声が聞こえてくるようだ。



『群れじゃないか?』と聞かれたから、『群れじゃない』と答えた。


 それだけなのに。

 俺は嘘をついていない。

 そんな理屈が透けて見える。


「あのな……俺が聞いたのは『他に何か異常がないか』って意味で……っ!……ああっくそっ!もういい!あの時、何があったか教えろ!」


 ガロードは、うーん…と少し空を見上げて考えたが、すぐに面倒くさくなったのか、再びパンを齧り始めた。


 説明する言葉を探すのも、伝えるのも、カロリーの無駄だとでも言うように。


 チッ……やっぱりこいつは、まともに答える気がねえみたいだ。



「……できればこんなことはしたくなかったが……答えないってなら仕方ねえ……!」



 俺は、低く、地を這うような声を出した。


 ゴクリ、とエステル、ニーコ、ジーンの三人が同時に喉を鳴らす。

 どんな拷問が始まるのかと、戦々恐々としている。


「……?」


 ガロードだけが、キョトンとしている。


 俺は、宣告した。



「ガロード、お前……」



 指を突きつける。



「今日のお昼、ニーコの作ったお弁当、『食わせねえからな?』」



「……!!」



 ガロードの動きが、完全に停止した。

 持っていたパンが、手から滑り落ちそうになる。


 その顔に浮かんだのは、純然たる驚愕と、深淵なる絶望。

 そして、『信じていたのに!』と言わんばかりの、悲痛な抗議の眼差し。


「そ、そんな……」


 ニーコが口を押さえる。


「なるほど、実に非人道……コホン。効果的だね」


 ジーンが苦笑する。


「あまりにも……あまりにも、酷いですわ……!アリア様には人の心がありませんの!?」


 エステルは同情に涙を浮かべている。



「うるせぇ!」



 そんな、捨てられた子犬みたいな目で俺を見るな!



「裏切られたのはこっちだバカ野郎!!」



 ガロードは、今にも泣きそうな目で愕然としながら、口をへの字に曲げている。

 その姿は、おやつを取り上げられた子供そのものだ。


 ……ガキか、テメェは。


「嫌なら、何があったのか、今すぐ説明するんだな」


 俺が低い声で脅すと、ガロードは眉間に深い皺を寄せたまま、左右に視線を泳がせた。


 そして、観念したようにマジックポーチからメモ帳とペンを取り出す。

 サラサラと何かを書き込み、メモをちぎって俺に寄越した。


(……喋れよ……紙だってタダじゃあるまいに……)


 その筋金入りの無言っぷりに呆れながらも、俺はメモに目を落とす。


 そこに描かれていたのは、絵と図だ。


「まあ!独創的な構図ですわ!」


 エステルが覗き込むなり、反射的に褒め称える。


 (いちいち褒めるな!)


 お世辞にも上手いとは言えない。ガキの落書きレベルだ。


 丸く広い空間に、棒人間が二人。

 一人は角が生えていて、いかにも凶悪そうな顔をしている。


 そして、その二人の間には、デカイ塊。



「……なんだ、こいつ。鬼か?」


 俺は、角の生えた凶悪そうな方を指差して尋ねる。


 真顔で頷き肯定するガロード。


 そして、次の瞬間。


 あろうことか、ビシッ!と俺の方に指を差しやがった。


(お前)』だと。



「喧嘩売ってんのかテメェ!!今すぐその指へし折るぞ!!」



 俺の怒号に、ガロードはさっと視線を逸らす。


「あ、アリアさんは!も、もう少しかわいいかと…!」


 ニーコがフォロー?する。


 少しかよっ!

 いや、そうじゃなくて!鬼の方を否定しろよ!!


 …チッ、まあいい。冷静になれ、俺。



 図を読み解く。

 角の生えた棒人間が俺で、もう一方の棒人間がガロード。


 二人の間の塊が〈鐵喰い〉か。


 そして、この広間の奥に通路があって……ここに抜け殻があったんだよな。


 だが、図には続きがあった。

 脱け殻のさらに奥に、空間が描かれている。


(……あん?)


 これが、俺の記憶とは一致しない。


 あそこは行き止まりだったはずだ。

 抜け殻の奥に繋がっている空間なんて、なかったはず……。


 そして、その未知の空間に、もう一人、棒人間が描かれている。


「コイツは……?さっき話に出た青いオーガか?」


 俺の問いにガロードは首を傾げるが、すぐに否定するように首を横に振った。


 ……ああ、こいつは青オーガの話を聞いてなかったか。


 〈リード〉は空気の振動を読み取る魔法だ。

 形や大きさは分かっても、よほどの精度がなければ容姿までは掴めない。


 ……とはいえ、オーガならサイズで分かるはずだ。


「じゃあ……人か?」


 こくりと、ガロードが頷く。



 人。



 こいつが……〈ウロカクシ〉……?



 だとしたら。



 俺たちが〈鐵喰い〉と死闘を繰り広げる前、あの場所に足を踏み入れた瞬間から。



 いや、もっと前から。



 俺たちは、コイツの目の前に立っていたってことか?



 薄皮一枚隔てた向こう側で、コイツはずっと俺たちを見ていたのか?



「…………ッ」



 その奇妙で、あまりにも不気味な事実に、背筋に冷たいものが走った。


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