第66話:信頼できる仲間
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ギシッ、ギシッ、と宿のベッドが悲鳴を上げている。
「それでですね!シュカ様ったら、本当に物知りなんですのよ!流行りのドレスのこととか、美味しいお菓子のこととか!」
エステルが、へたりかけた宿のベッドの上で、子供のように跳ねながら今日の出来事を興奮気味に捲し立てている。
普段なら、「うるせぇ!埃が舞うだろうが!」と一喝して物理的に鎮めるところだ。
だが、今の俺は、それを咎める気力すら湧かず、ただぼんやりと天井のシミを見つめていた。
耳元で響くエステルの甲高い声も、今の俺には遠くの市場のざわめきにしか聞こえない。
(……はぁ)
俺の頭の中を占めているのは、今日出会った『シュカ』と『イル』……いや、イシュカ皇女とイレイル皇子のことだけだ。
そして、今一番の懸念事項。
『〈ジョーカー〉のメンバーに、あの二人が皇族だと知らせるべきか否か』。
……いや、検討するまでもない。
それは、間違いなく悪手だ。
俺は、頭の中で仲間たちの顔を思い浮かべ、即座にその案をゴミ箱へと放り込んだ。
まず、目の前で跳ねているエステル。
こいつの口は、井戸端会議の主婦連中よりも軽い。
一度知れば、「まあ!殿下!姫様!」と、悪気なく大声で叫び、周囲に言いふらす未来が容易に想像できる。
……却下だ。
次にガロード。
あいつに話したところで、そもそも聞いていない。
聞いていたとしても「で?食えるのか?」という反応しか返ってこないだろう。
……意味がない。
ニーコはどうだ。
あいつは極度のビビリだ。
相手が皇族だと知った瞬間、挙動不審になり、ガタガタと震えだし、全身から冷や汗を吹き出して自爆するに決まっている。
……論外だ。
そして、一番の問題児……ジーン。
あいつは一応、常識や礼儀を弁えているつもりだろうが……こと「女」に関しては、その歯止めが壊れている。
「おや、高貴な身分の方でしたか。ならばこのボクが、一夜の夢のようなエスコートを……」などと、イシュカ皇女ににじり寄る可能性が極めて高い。
(……もし、そんなことをしでかしてみろ)
俺の脳裏に、眼鏡の奥の目を全く笑わせずに微笑む、あの腹黒皇子の顔が浮かんだ。
あのイレイルという男。
一見理知的で冷静そうに見えるが、姉のイシュカに関しては、明らかに様子がおかしい。
かなりのシスコン……それも、拗らせた部類の気配がする。
知らないから許されているだけで、もしも、知った上で、ジーンが、イシュカに色目を使ったとしたら……。
皇族への不敬罪?
いや、そんな生温いもんじゃない。
……社会的に、あるいは物理的に、笑顔で抹殺されかねない。
(……想像するだけで身震いがしやがる)
絶対に、知らせるわけにはいかない。
だが、ジーンが地雷を踏むのを黙って見ているわけにもいかない。
あいつには、「あの姉ちゃんには手を出すな、弟が怖いぞ」と、釘だけは刺しておこう……。
(……はぁ。なんでウチのパーティは、こうも信頼できない連中ばっかりなんだ……)
俺が深いため息をついた時、エステルがベッドの上でくるりと向きを変え、満面の笑みを向けてきた。
「それにしても、明日のお弁当、楽しみですわねー!アリア様ー!」
この期に及んで、まだお弁当の話かよ。
こいつの頭の中は、本当にお花畑でできてやがる。
「……ピクニックじゃねえつってんだろ。さっさと寝ろ!」
俺は、ようやくいつもの調子を取り戻し、布団を頭から被りながら吐き捨てた。
「どうせ明日の朝には、『あと五分だけ〜』とか言ってごねるんだからよ」
「むーっ!そんなことありませんわ!明日は早起きして、シュカ様とイル様を迎えに行くんですもの!」
エステルは頬を膨らませると、ようやく大人しくベッドに潜り込んだ。
部屋に、静寂が戻る。
暗闇の中で、俺は目を閉じる。
秘密を抱えたままの調査。
腹黒皇子と、爆弾皇女。
信頼できない仲間たち。
(……いや)
俺は、ふと自嘲気味に笑った。
(信頼できないという点においては、こいつらは一度だって俺を裏切ったことがねぇな……)
あいつらは、明日も間違いなく、俺の期待通りに騒ぎを起こし、俺の期待通りに俺を振り回すだろう。
その点に関してだけは、俺はこいつらを誰よりも信頼している。
……全く、何の慰めにもなりゃしねぇがな。
俺は布団に潜り込み、ぼんやりと暗い天井を眺めた。
ブラックロックマウンテン、第三坑道。
俺とガロードが、あの〈鐵喰い〉と出会った因縁の場所。
……思えば、全てはあそこから始まったのかもしれねえ。
ガロードと一緒に〈鐵喰い〉を倒して、その足で宿を取ったらエステルが空から降ってきて。
〈魔鉄〉を加工するためにカマド村へ行って、マノンの姐さんと、あのキザなジーンに会って。
グリフォンを叩き落として、ニーコがオックブルの大群を引き連れて来て……。
(……ははっ)
次から次へと浮かんでくる記憶に、我ながら波乱万丈すぎると苦笑が漏れる。
休まる暇なんて、一日だってありゃしねぇ。
そして今度は、帝国の皇子と皇女だ。
奴らもまた、あの〈魔鉄〉が目的で接触してきたみたいだしな。
運命の悪戯か、それともただの腐れ縁か。
俺たちはまた、あの薄暗い坑道へと戻ろうとしている。
(……ウロカクシ、か)
俺は、思考を切り替えて、今回の事件について整理し直す。
あの坑道を中心に、近隣の人間が消えている。
だが、鉱夫が消えたのは今回が初めてだ。
だとすれば、犯人はただ近くにいるから襲っているわけじゃない。
『鉱夫」は避けていたのか、あるいは『それ以外』を狙っていたのか。
いずれにせよ、何らかの意思を持って、選り好みをして攫う相手を選んでいる。
自然現象にしては法則性がないし、無作為な魔物の襲撃にしては、被害が特定のエリアにまとまりすぎている。
間違いなく、知能のある相手だ。
高い知能を持つ魔物か、あるいは……野盗や奴隷商みたいな、組織だった人間の仕業か。
(だが……なぜ、よりによってあの鉱山なんだ?)
行方不明事件が増え始めたのは、ここ数年のことらしい。
第三坑道が洞窟と繋がるよりも、俺たちが〈鐵喰い〉を討伐するよりも、ずっと前からだ。
つい最近までは未開通のエリアが多かったとはいえ、あそこは鉱山だ。
人の出入りがある場所だ。
攫った人間を隠したり、拠点を築いたりするには、あまりにも不向きすぎる。
〈鐵喰い〉を倒したときのことを思い返す。
あの洞窟は、真っ暗で明かりひとつなかった。
人の出入りが頻繁にあるようには、とても見えなかった。
それこそ、あんな凶悪な〈鐵喰い〉が我が物顔で闊歩していた洞窟を根城にするなんて……正気の沙汰じゃねぇ。
もし、人間が関わっているとしたら、〈鐵喰い〉をどうやってやり過ごしていたんだ?
いや、もしかして……。
様々な可能性を頭の中で考えては消していく。
脳裏に、あの死闘の光景が蘇る。
圧倒的な質量と硬度。
俺を殺しかけた忌々しい風魔法〈バアルスフィア〉と〈ダウンバースト〉。
オロンのジジイが持ってきたツルハシを使った奇策で、辛くも討伐した、あの一戦。
そして、戦いが終わった直後の、あの一瞬のやり取り。
『おい、〈沈黙〉』
(…………待てよ?)
荒い息を吐きながら、俺は奴に聞いたんだ。
『…まさかとは思うが、アイツは群れだったなんて言わねえよな…?』
俺の問いかけに対し、ガロードは「…」と一瞬だけ何かを考えるような素振りを見せた…ような気がしたが、結局、何も言わずにゆっくりと首を横に振った。
当時は、それを「群れではない」安心しろという意味だと受け取った。
言葉の通じない蛮族なりの、肯定の意思表示だと。
だが。
今の俺は、あの時よりも少しだけ、あの〈沈黙〉のガロードという生き物の生態を理解している。
奴にとっての優先順位は、一に食欲、二に食欲、三、四がなくて、五に睡眠だ。
『説明』や『報告』なんて概念は、奴の辞書には存在しない。
もし、奴があの時、何か厄介なものを見つけていたとして。
それを俺に伝えるのと、黙ってさっさと街に帰って飯を食うのと、どちらを選ぶ……?
……あ?
あの時の、あの一瞬の間。
あれは、『考えている』顔じゃねぇ。
あれは、『説明するのが面倒くさい』時の顔だ。
「あああああああ!!」
俺は、我慢できずに布団を跳ね飛ばし、深夜の客室で絶叫した。
「ふぇええええ!?きゅ、急になんですの!?アリア様!?」
うとうとしていたエステルが、悲鳴を上げて飛び起きる。
「アイツ!!ガロードの野郎!!あの時『なんか』見つけてやがったな!!?」
「へ?へ?」
エステルが目を白黒させているが、俺の怒りは収まらない。
枕をガロードの顔面に見立て、鷲掴みにしてぶん殴る。
「くそっ!確かに俺は『群れじゃないよな?』って聞いた!アイツは首を振った!それって、つまり……『群れじゃない』って答えただけだ!だが、俺は『他の何かはいなかったか?』とは聞いてねぇんだよ!!」
そう、これは俺の予想だ。確信はない。
だが、今の俺には分かる。
あの時のアイツの、あの絶妙に無関心な顔!
あれは間違いなく、何かを見つけてた!!
だが、「群れか?」と聞かれたから「群れではない」と答えただけの、言葉足らずのコミュニケーション不全野郎の顔だ……!!
群れじゃなくても、巣穴があったり、卵があったり、あるいは別の生き物の気配があったり……。
そういう『『余計な情報』』を、あいつは全部切り捨てやがったんだ!
食い終わって満足したから!
帰るのが面倒になるから!
(あの野郎……!)
「………クソッ、もういい!明日問い詰めれば分かる話だ。首根っこ掴んででも吐かせてやる…!」
俺は、ギリギリと歯ぎしりをしながら、乱れた布団を被り直した。
「ですから、一体何をそんなに……」
「うるせぇ、とっとと寝ろつってんだろ!」
「理不尽ですわ!?起こしたのはアリア様ですのに!」
エステルの抗議を無視し、俺は強引に目を閉じる。
明日やるべきことが、一つ増えた。
ただでさえ胃が痛いってのに、さらに頭痛の種が増えやがった。
俺は、明日からの強烈な胃痛への覚悟と、ガロードへの殺意を抱きながら、今度こそ泥のような眠りへと落ちていった。




