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自由のアリア  作者: カラノニジ
第七章:過去とはイとヒく粘性の鎖
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第64話:足りないナニカ

 ───

 ──


 ギルドの中は、相変わらずの喧騒だった。

 僕たちは、〈ジョーカー〉のテーブルに案内され、向かい合うように座る。



(さて、早速本題に入ろう)



 僕が知りたいのは三つ。


 一、〈鐵喰い〉由来の魔法金属〈魔鉄〉の性能。


 二、〈鐵喰い〉がどのような経路でここまで辿り着き、なぜ変異したのか。


 そして。

 三、このアリアンナ・メルジュエルがどこまで嗅ぎ付けているのか。



「それで、〈鐵喰い〉についてなんだが…」


 アリアが、喉に何かが引っかかったような仕草で口を開いた。


 その表情は硬い。

 ……当然だろう。


 彼女にとって、僕は首に刃を突きつけている存在なのだから。


「あれが出たのは、ファルメルから東にあるブラックロックマウンテンの鉱山洞窟だ。調査依頼を受けて入ったんだが…まさか、あんなデカい奴が潜んでるとは思ってなかった」



「ふむ、それで?」



 僕は、興味深そうに身を乗り出す。


「普通のロックドレイクとは、明らかに違っていた。体は一回りも二回りもデカく、鱗は金属光沢を放っていて…何より、鉱石を食っていやがった。黒鉄をバリバリと齧って、体に取り込んでる感じだった」



(鉱石を捕食…やはり、養殖個体の特性を引き継いでいるのか……)



 だが、それだけでは変異の理由にはならない。環境要因が何かあるはずだ。



「変異の原因について、何か心当たりは?」



「さあな。あんな場所に、ロックドレイクがいること自体がおかしい。本来はアイランなんかの暖かい地方の生き物だ。誰かが持ち込んだのか、それとも迷い込んだのか…俺たちには、分からねえ」



(……まあ、そうだろうね)


 本来はアイラン皇国の高温と寒冷を繰り返す砂漠地帯に生息するロックドレイク。


 元来、生態もその環境に順応している。


 竜種で生命力が高いとはいえ、わざわざ大河とパンタリオン山脈を越え、雪国イドリア帝国へ入ってこようはずもない。


 アイラン皇国との国境沿い、パンタリオン山脈内に建設した旧魔法金属第二研究所(第二ラボ)

 魔鉄研究とアイラン皇国への黒鉄輸出に擬装し、ロックドレイクへの餌を確保した。


 ウィックス商会との取引でイドリア帝国へ持ち込んだ十頭の未成熟幼体。

 そのうち三頭は適応できずに死んだが、七頭は黒鉄鉱石入りの餌に順応した。


 やがて、体表に岩の代わりに黒鉄成分を浮き上がらせる個体も現れたが、あくまでも岩との混ぜ物……。


 変異というよりは単純な代謝物の変化といったものだった。

 魔素含有量、精錬の過程で濃縮することで高純度の〈魔鉄〉――アダマンタイトは抽出することには成功した。


 だが……アダマンタイトでは耐久性、とりわけ耐熱性試験において、望む水準を満たすことができなかった。


 その報告を受け〈アダマンタイト〉精製研究は頭打ちと判断し、三年前に研究を凍結。


 有用性はあったが莫大なコストと維持費、膨れ上がる裏帳簿……それらの観点からもこれ以上の研究は不毛と判断した。

 その判断に誤りはなかったと思う。


 しかし、問題が起きたのは、養殖ロックドレイクのうち一頭が忽然と姿を消したことだ。


 研究が放棄され、屠殺も間近となったことで、管理が甘かった部分は否定できない。

 だが、それでもあの巨体が警備を抜けることなどあり得ない。


 巣穴を探っても外界へは通じておらず、その個体は完全に『行方不明』となった。


 当然、当時の警備担当は処罰されたが、僕自身は事態をそこまで重く見ていなかった。

 仮に外へ出たとしても、生育環境を整えた研究設備を離れ、イドリアの極寒に晒されれば、長くは持たない。


 仮にひょっこりとパンタリオン山脈で見つかっても、アイラン皇国から迷い込んだ異常個体で説明がつくはず……だった。



 それがどうだ?



 三年のときを経て、遥か東、ガルドア王国との国境沿い、ブラックロックマウンテンにまで移動しているとは……。


 逃げ出した養殖成体のロックドレイクが、どうやって人目につかず、どうやってこんな場所まで辿り着いたのか。


 それは僕にも分からない。



 そして、"そんなこと"よりも、最も僕の興味を引いているのは、ロックドレイクが〈鐵喰い〉へ変異した理由。


 そして、その素材の有用性だ。


 単に期間の問題か……?

 だが、飼育時点で成長は止まり、これ以上の変化は頭打ちに見えた。

 自然に帰ったからといって三年で性質が変わるほどの変化があるとも思えない……。


 或いは生育環境の違い……?

 黒鉄鉱石は存分に与えていたはずだ。


 管理下にはない自然が産み出した極寒の限界環境が影響したのか?



(……わからないことは考えてもわからない、か)



 ふふ、と自嘲気味に笑いが漏れそうになるのを目を伏せて誤魔化す。

 まあいい……変異の理由については後回しだ。



「その剣…見事な細工ですね。もしかして、その〈鐵喰い〉の素材で?」



「ああ」



 アリアは、腰から曲剣を抜き、テーブルの上に置いた。夜空を溶かし込んだような濃紺の刀身。


 〈魔鉄〉と呼ぶに相応しい高純度のアダマンタイト鋼。



 見ただけでわかる。


 研究所で濃縮精錬したものと比較しても"劣らない"ほどの魔素含有量。



「触るなら、気をつけろ。切れるぞ」



「ええ、もちろん」



 僕は、慎重にその刀身をなぞる。

 硬く加工性に難のあるこの魔法金属を丁寧に仕上げたこの技術。


 ……確かに、見事な仕上がりだ。


 箔さえつけば国宝級といっても良いだろう。


 ……生憎、僕は宝などという、眺めるだけのものに価値を感じない。

 鉱石も魔石も使われてこそ価値がある。


 その僕でさえ、この剣には見事と言わざるを得ない力を感じる。

 魔法鉱石をふんだんに使いながらも、過度な装飾はなく、純粋かつ実用的な機能美をあわせ持っている。


 硬度、密度、魔力伝導率…どれも優秀だ。


 だが。


「素晴らしい…この光沢、この硬度…。鍛冶師の腕も、相当なものですね」


 社交辞令を述べながらも、僕の中では冷静な評価が下されていた。



(…これでは、足りない)



 イドリア帝国の始祖、ミナ・イドリアが産み出した奇跡の人工太陽〈モノ・ソル〉。

 それにとって代わる…僕が産み出さなくてはならない新たな奇跡……。



 次世代炉心に耐えうる、恒久的な自己修復機能を持つ『魔法金属』。



『それ』には、遠く及ばない。



 もはや、補修、改修では追い付かない時期が迫っている。

 〈モノ・ソル〉が失われれば...それはイドリア帝国の破滅を意味する。



「超一流の鍛冶師の作品だ。文句のつけようがねぇ」


「これが、端材だ。顎の欠片になる」



 アリアが差し出した金属片を手に取る。ずっしりと重い。


「…ふむ、かなりの重量。なるほど、こちらの剣の〈刻〉は軽量化のための付与ですか……」


 〈モノ・ソル〉に関する書を読み解き、構造を理解し、発展させ、尚も足りない。



 決定的な部分。



 炉心を覆う魔法金属。



 実在する伝説。



 不滅の魔法金属〈オリハルコン〉にはほど遠い。



「分析にかけてみないとわからないが、想定を上回るものではない、か…」


 ぼそりと、落胆の声が漏れてしまう。


 わかってはいたものの、僕は内心で溜息をつく。



 わざわざこんな辺境まで来た甲斐はあまりなかったようだ。


 もしも、この〈鐵喰い〉の素材が要件を満たしていたなら。

 僕の手は幾分か汚れず、これから失われる数十万の命が救われたかもしれないというのに……。



 それでも――もとの既定路線に戻るだけだ。


 〈人造オリハルコン〉


 まだ、足りない。



 あとどれだけ必要なのか。

 その『対価』として、どれだけの命が失われるのか。


 積み上がっていく『数字』を見ても自分の手と頭はいたって冷静で動きを止めることはない。


(僕はすでに正気ではないのかもしれないな...)


 頭のなかで苦笑する。



 ……とはいえ、せっかくこんな辺境まで来たのだ。

 手ぶらで帰るわけにもいかない。



 これもサンプルとしては有用だ。


「これで足りれば良いのですが……」


 僕は、革袋に入った金貨を数十枚…三万ガルド。

 それをテーブルに置くと、アリアの目が、一瞬だけ見開かれる。

 だが、すぐに表情を引き締めた。



(…金には困っているようだね)



「ありがとうございます。非常に興味深いサンプルでした。正確な分析は、研究室に持ち帰ってからになりますが…おそらく、僕が期待していたほどの特異性は、ないかもしれません」



 これ以上、ここにいる理由はない。


 この『アリア』が軍に捕まるまでの猶予を有効に活用しなくてはならない。


 〈鐵喰い〉から繋がりうる情報は完璧に消し去らなくてはならない。



「それでは、僕たちはこれで…」



 だが、その時。



「えー!もう帰っちゃうの!?」



 イシュカが、不満そうに声を上げた。


(……ああ、まずい)


 また、イシュカの我が始まったことに深いため息が出た。



「シュカ、僕たちには予定が…」



「やだ!」



 イシュカの『お願い』は交渉ではない。


 癇癪でこの辺り一帯を焦土にしても良いなら断ってみろ。


 ……という脅しだ。


 その場合、僕も全力で止めはするが……余波だけでも無事では済まないことはわかりきっている。

 その収支を考えれば、イシュカの『お願い』は折れた方が安く済む。



 ……だから、連れてきたくはなかったのだが。



 結局、イシュカのワガママに押し切られる形で、僕たちは〈ジョーカー〉の調査に同行することになった。

 イシュカとジョーカーのメンバーが買い出しに出かけるらしい。

 テーブルには、僕とアリアだけが残された。



 重い沈黙。



(……しょうがない、こちらもできることはしておこうか)


 僕は、静かに口を開いた。


「さて、アリアさん。少し、情報共有をしておきたい」


 アリアが、警戒するように顔を上げる。


「その洞窟の内部は調査はしたのですか?」


「いや。俺たちは討伐だけで、直接的な調査には関わっちゃいねぇ」


(…なるほど。ということは、洞窟内部の状況は分かっていないのか)


「ことの発端はブラックロックマウンテンの第三坑道と......〈鐵喰い〉が掘り進めた洞窟とが繋がったことだ。俺とガロードは元々、その洞窟の予備調査……つまり、危険の排除って依頼を受けて、運悪く〈鐵喰い〉と会敵し、これを討伐した。それだけだ」


「その後、本調査として、現場監督者のオロンと鉱員たちが調査を始めた」


 僕は、その言葉に反応する。


「その本調査で、何かあったのですか?」


 アリアは、一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。


「…そして、四日前。洞窟調査にあたっていた鉱員が二人行方不明になった」


(……行方不明?)


 僕の眉が、僅かに動く。


「若ぇもんとは言ってたが、迷子になるような奴らでもないらしい。かといって襲われた痕跡もなにも残っていない」


(痕跡なし…忽然と消えた、というわけか)


 脳裏に養殖ロックドレイクが研究所から忽然と姿を消した状況がよぎる。


 妙に符合する。

 偶然か、それともそれこそが答えなのか。


「この状況から…直接的な関与は不明だが、この近隣で最近噂になってる〈ウロカクシ〉って行方不明事件が、関わってる可能性も考えてる。…それが、俺たちが今、把握してる全てだ」


「……ウロカクシですか」


 僕は、軽く眼鏡を上げながら、その言葉を繰り返す。


(〈ウロカクシ〉……神隠しか。この近辺で人が消える事件が起きている、と)


 ウロ……洞…虚ろ。


 これは、想定外の情報だ。


(……まさか、洞窟に何かが潜んでいるのか?)


 だとすれば、〈鐵喰い〉の大移動。

 さらに言えば、変異すらも、その『何か』が関係している可能性がある。


 どちらにせよ、これは厄介だ。


 何かがロックドレイク脱走を手引きしたのだとすれば...?


 消し去るべき計画に足を踏み入れたものがいるということだ。



 だが、同時に。



(……これは、好機でもある)


 洞窟を調査する正当な理由ができた。

 鉱員が消えた原因を探るという名目で、僕は堂々と洞窟内部を探索できる。


 そして、〈鐵喰い〉の変異原因も、その過程で明らかになるかもしれない。


(…この調査、思ったより有意義になりそうだ)


 僕は、内心で冷静に判断を下す。



「なるほど。状況は理解しました」


 そして、アリアに向かって頷いた。


「それでは、明日の調査、よろしくお願いします」


 彼女は、複雑そうな表情で、小さく頷き返した。



(さて…この洞窟に、一体何が潜んでいるのか)



 僕は、静かに思考を巡らせた。


第七章:過去とはイとヒく粘性の鎖(完)



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