第60話:〈再起〉
がさごそ、がさごそ、と。
物を退けるためのスペースを確保するために、別の物を退ける。
延々と続くかと思われた不毛な作業を繰り返すこと、数時間。
俺たち三人の地道な努力の甲斐あって、工房の床がようやく本来の広さを取り戻した、まさにその時だった。
ダンダンダンダンッ!!
工房の鉄の扉が壊れるのではないかというほど、力強く叩かれた。
「うぉおおおい!!俺だ! 開けろ、マノン!!」
この、鼓膜を直接殴りつけてくるような騒がしい声は、オロンか。
鍛冶場の方から、家主であるマノンの「…また、うるさいのがきたねぇ」と、心底面倒くさそうな声だけが聞こえてくる。
どうやら、完全に無視を決め込んでいるらしい。
「ちっ、しょうがねぇな……代わりに出るか」
俺は、やれやれと息をつき、家主の代わりに扉を開けてやった。
「おい!マノン!アリアの嬢ちゃん、来てねぇか…って、いるじゃねえか!なんで言わねぇんだ!」
「あら!オロンおじさま!ごきげんよう!」
俺を押し退けるようにして、エステルがひょこりと顔を出す。
「おおっ、エステルの嬢ちゃんもいたのか!そうだ、この間、嬢ちゃんに教えてもらった髭のトリートメントだがな、ありゃダメだ!ベタついちまって、痒くてしょうがなかったぜ!」
「まあ!それは大変でしたわねっ。ですけれど、わたくしがお見受けしたところ、以前よりもお髭に潤いと艶があるように感じられますわ。継続こそが、美しさへの近道ですのよ?」
「ふん、まあ一定の効果はあるみてぇだけどよぉ…」
オロンは工房に入ってくるなり、エステルと髭談義を始める。
だーっ!もう!全然、話が進まねえじゃねえか!
「うるせぇジジイ!エステル、てめえもだ!」
俺は、二人の間に割って入る。
「あ?それで?なんだ?俺になんか用事か?」
こいつらを放っておいたら、いつまで経っても喋り続けることになるからな。
「ん?おお!そうだ!嬢ちゃんらに、頼みがあって来たって言ったろ!」
「まだ、髭の話しか聞いてねえよ!」
「うん?言ってなかったか!?まあいい!頼みってのは、前に嬢ちゃんらに調査してもらった、あの洞窟のことよ!」
その言葉に、俺の眉がぴくりと動く。
「あん?あの〈鐵喰い〉のいたブラックロックマウンテンの洞窟のことか?……まさか、また出た、なんて言わねえだろうな?」
あんな、規格外の怪物とやり合うなんざ、金輪際、まっぴらごめんだぞ?
「うーむ…それは、分からねえ!だが、何かがいるのは、間違いねえな!調査に入った、ウチの若ぇのが、二人、居なくなっちまった!」
(そういや、あの洞窟の調査も、そろそろ大詰めだって、前に言ってたか)
「そりゃまた、物騒な話だな…」
「そういうわけだ!それじゃあ、頼んだぞ!」
「待て待て待て待て!」
話を終えたとばかりに、くるりと踵を返して走り去ろうとするオロンの服を、俺はひっ掴んで無理やり制止する。
「もっと、詳しく話せ!そんな、断片的な情報だけじゃ、動くに動けねえだろうが!」
「まず、居なくなったのは、いつだ」
「んーっと、嬢ちゃんにもらった髭トリートメントで、見事にかぶれた日だからな……確か、三日前だ!」
「三日、か…」
何かに襲われたのか、あるいは、ただの遭難か。
……どちらにせよ、三日という時間は生きているかどうか際どいラインだった。
ジーンと…まあ、一応ガロードにも、話は聞かせておくべきだろう。
俺は、ニーコとエステルに、工房の外にいる二人を呼びに行かせた。
ガロードはすぐに帰ってきたが、寝起きでまだ頭が回っていないのか、アホ面を晒したまま俺の隣にどかりと腰を下ろす。
俺は掃除して広くなったテーブルに肘をつき、俺はオロンへの聴取を再開した。
「居なくなってから、捜索はしたのか」
「当たり前だ!だがよ!アイツらが入った区画を探し回っても、洞窟コウモリ一匹いやしねえんだ!」
「探し漏れの可能性は?」
「あの洞窟は、迷路みてぇに入り組んでやがるからな…ねぇとは、言い切れねえ!」
俺たち人間と違って、ドワーフはある程度の暗がりでも目が利くという。
もちろん、補助的に〈魔力灯〉の魔法具は使うだろうが、それでベテランのオロンを含む鉱員たちが総出で探しても、遺留物一つ、血痕一つ、見つからないとは……。
確かに、妙な話ではある。
「そいつらは、食料とか水は持ってたのか?」
「俺たちドワーフと違ってそいつらは人間だからよ、酒じゃなく水くれぇは持ってたかもしれんが、作業の邪魔になるからな。大した量は持ち込んじゃいねえはずだ」
「そうか…」
魔物に襲われたのなら、それこそ、何かしらの痕跡が残るはずだ。
なのに、死体はおろか、装備の破片一つ残っていない。
では、遭難したのか? 若ェのとは言っていたが、二人も同時に、何の痕跡もなく消えるというのは…。
「…『ウロカクシ』というやつかな?」
いつの間にか戻ってきていたジーンが、顎に手を当て、思わせぶりにそう言った。
「うろかくし、だぁ?」
俺は、聞き慣れない言葉を、そのまま復唱する。
「最近、このファルメル近郊で、まことしやかに噂になっているのさ。あの一帯の地域の村や街から、忽然と人が消えるという奇妙な話がね」
「ヒィィ!ま、また、怖いお話ですのっ!?」
エステルが、悲鳴を上げてニーコにしがみつく。
ニーコも、エステルを宥めるように背中をさすりながらも、その顔は青ざめて、カタカタと震えている。
ガロードは、心底アホくさいとでも言いたげに、巨大な欠伸をかみ殺しながら眠そうに目を擦っていた。
「それで?その『ウロカクシ』とやらは、魔物の仕業なのか?」
「さてね……残念ながら、原因は分かっていないようだよ。ただ、なんの前触れもなく…忽然と人が消える。その状況が今回の件に少し似ているかな、と思っただけさ。ボクも、その噂を初めて聞いた時は、おおかた浮気でもバレてどこかへ逃げ出したのかと……」
「んなわけねぇだろ、テメェじゃあるまいし!」
だが、なるほど……。
〈ウロカクシ〉、か。
近辺各地で散発的に起きていた神隠しのような現象が、もしかすると、あのブラックロックマウンテンを基点に起きていた可能性もあるということか?
だが、オロンたちの調査じゃ、そんな不審な形跡はなかった。
全く別の事件である可能性だって、十分に考えられる。
「チッ…結局、実際に行ってみねえと、何も分かんねえってことか…」
(コイツが生まれた、あの忌々しい鉱山によ…っ!)
俺は、腰に差した新しい相棒……〈リベレイター〉の柄に、そっと指で触れると、そう独りごちた。
オロンの聴取を終え、依頼として〈ジョーカー〉が引き受けると、オロンはやり残したことがあると騒ぎながら去っていった。
───
──
─
「ふぅ…仕上がったね」
カン、カン、と響いていた槌の音が止み、マノンが工房の奥から戻ってきた。
その手には、布で丁寧に磨き上げられたニーコの盾が握られている。
机に突っ伏してうつらうつらと微睡んでいた俺は、その声にはっと飛び起きた。
窓の外に目をやると、差し込んでいたはずの西日はとうに消え、空は薄暗い。
(…もうすぐ夜か……って、違う!)
逆だ。
東の空が、白み始めている。
もう朝じゃねえか!
ニーコは、律儀にも一睡もせずに起きていたらしい。
「あ、ありがとうございますっ、こんなに長時間っ…!」
徹夜で作業してくれたマノンに、労いの言葉をかけながらも深々と頭を下げている。
ガロードとジーンも、それぞれ工房の床やソファで雑魚寝していたようだが、その声に気づき、むくりと起き上がってきた。
ガタリ、と。
布を被せられたままの盾が、綺麗になったテーブルの上に置かれる。
その振動と音に、俺の隣で眠っていたエステルも、もぞもぞと身じろぎした。
袖の痕をくっきりと頬に残したまま顔を上げると、「…ふぇ、もう朝ですの…?」と、寝ぼけ眼で目を擦っている。
「おやまあ、ずいぶんと待たせたみたいだねぇ」
マノンは、悪びれる様子もなくそう言うと、被せられていた布を、バサリと取り払った。
「「「おおおっ」」」
そこに現れた盾を見て、俺たちはそれぞれに、感嘆の声を漏らした。
あの、薄汚れて錆まみれだった忌々しい盾とは思えない。
表面を覆っていた錆は完全に取り払われ、かろうじて見えていた青白い金属が、流麗な曲線を取り戻している。
そして、縁の部分には、俺たちの武具と同じ〈魔鉄〉による補強加工が施されたのだろう、夜空のような濃紺がかった黒が、その輪郭を引き締めていた。
「これが…マジックアイテム…」
……だが、不思議なことに、俺たちの魔鉄をふんだんに使った武具に比べると……凄みというか、その内側から放たれるオーラがどうにも違って感じられた。
「まあまあ…驚くのは、ここからさね」
マノンはニーコにその円盾を手渡す。
少し離れると「魔力を込めてみな」と促した。
「ま、魔力を、ですか……?」
ニーコは、せっかく綺麗に掃除した工房が、またエステルの〈プロテクション〉の時のように、ぐちゃぐちゃになるのではないかと、恐る恐る、ほんの少しだけその盾に魔力を流し込む。
すると。
「わっ…わわっ!」
ヴゥン……と、低い唸り声のような音と共に、まるで傘が開くかのように、盾の縁から黒いオーラが噴き出すと、それを枠にするように円盾が一回り大きく拡張された!
「おおっ!?」
なんだ? 大きく…?
いや、違う、形が変わった!?
「コイツは、盾自体を拡張して、自在に変形までしちまうみたいだね」
ぐにゃり、ぐにゃりと。
ニーコの意志に応えるように、盾は円盾から、大盾、そして凧型の盾へと、その大きさも形も、まるで粘土のように変えていく。
「強度に関してなんだがね……コイツは傷つこうが凹もうが、こうやって変形させりゃ元に戻っちまうらしい。まっ、そもそも、あたしが補強したこの魔鉄のおかげで、ちっとやそっとじゃ凹みすらしねぇだろうけどね……」
ニーコが魔力の供給を止めると、盾はまた、元のシンプルな円盾へと戻った。
「す、すごい……!」
ニーコは、はぁ、はぁ、と肩で息をしながら、感嘆の声を上げる。
魔力を大きく消費したというよりは、盾の形を自在に変えるという、そのイメージの維持のほうに精神を消耗しているようだった。
確かに、すごい。
これを使いこなせたならば、敵の種類や状況に応じて最適な盾へと変形させることができる。
……いや、それどころか、敵の攻撃の一撃一撃にすら合わせられるなら、文字通り、完璧な防御が行えるかもしれない。
「ま、マノンさん! ありがとうございます! これっ! すごいです!」
ニーコは、生まれ変わった盾を胸に抱きしめ、これまで見せたことのないような、満面の笑みでマノンに感謝を伝えていた。
「ふん、あたしゃ、こいつを磨いて、ちょいと補強しただけさ。すごいと言われても、ちと困るね」
マノンは、ぶっきらぼうにそう答えながらも、その口元は満足そうに緩んでいる。
「でも、すごいです! そ、そうだ…! この盾にも、皆さんの装備のように名前はないんですか?」
「ないね。あたしがゼロから作ったもんじゃねえんだ。どうしてもって言うなら、コイツの名前は『〈再利用品〉』だね」
「う…それは、ちょっと……」
ニーコが、分かりやすくしょんぼりと肩を落とす。
それを見たエステルが、待ってましたとばかりに、ぱっと胸を張った。
「それなら、先ほど惜しくも落選してしまいました、わたくしの珠玉の命名からとって、『超究極☆絶対防御マジカルマノンシールド』のお名前を、謹んで差し上げますわっ!」
「あ、あはは…あ、ありがと、ね…エステルさん…」
ニーコが、困ったように引きつった笑みを浮かべる。
「やめとけ、エステル。リサイクルの方が、まだ100倍マシだ」
「ですわ!?」
俺の冷静なツッコミに、エステルがショックを受けたように固まる。
「ふふん、それなら、このボクがニーコちゃんにぴったりな、素晴らしい名前を考えてあげようじゃないか!うーん、そうだな……『〈安心〉』なんて、どうかな? みんなを元気づけて安心させる…可憐なニーコちゃんにピッタリじゃないか!」
「ほぉ…色ボケジーンにしては、悪くないセンスだな…」
俺が、思わず感心したように呟く。
だが、ニーコは、静かに、しかし力強く首を横に振った。
「…いえ、私…実は、一つだけ、決めてるんです…」
その声には、いつものような弱々しさはなかった。
「そうですわよねっ! やはり、『超究極☆絶対…」
「あ、そっちじゃないです…」
「がーんですわっ!?」
がっくりと膝から崩れ落ちるエステルを尻目に、俺はニーコに問いかける。
「それで? どんな名前なんだ?」
どんな名前であろうと、この盾を振るう本人が納得するものが、一番いいに決まっている。
「は、はい。この盾の名前は…私の…」
ニーコは、一度ぎゅっと、その盾を抱きしめる。
そして、覚悟を決めたように、顔を上げた。
「──〈再起〉…です!」
〈リアライズ〉…再起、気付き、悟る、そして、実現。
奇しくもそれは、光属性の最上位回復魔法と同じ名前でもあった。
(自分の立ち直るきっかけとなった、あの呪いの盾…。その名前が、『再起』、ね…)
「…ふっ、いいんじゃねーの?」
俺がそう言うと、他のメンバーも、次々に頷いた。
「悔しいですけれど、とってもかっこいいですわ゛〜!」
「はっはっは、実に素敵な名前じゃないか!」
「…」
ガロードも自分のには敵わないがな、とでも言わんばかりだがコクコク頷いている。
〈解放者〉。
〈繋がり〉。
〈再会〉。
〈救済〉。
そして、〈再起〉。
これで、俺たち〈ジョーカー〉全員分の、新しい装備が、ここに揃ったってわけだ。
夜空を溶かし込んだかのような濃紺の魔鉄は、俺の双剣だけでなく、ガロードのブロードソード、ジーンの弓、エステルの腕輪と、ニーコの盾にもアクセントとして組み込まれ、俺たち〈ジョーカー〉の装備に、図らずも統一感を与えていた。
身体に吸い付くように馴染む、新しい鎧。
その確かな重量感と、それに見合わぬ動きやすさが、俺に新たな自信を与えてくれる。
マノンの姐さんに改めて礼を告げ、生まれ変わった装備を身に纏った俺たちは、カマド村を後にする。
「またいつでもきな、酒を持ってね!」
酒瓶をチャプチャプと揺らしながら、マノンはくつくつと笑って俺たちを送り出す。
「ああ、ありがとな」
「マノンお姉様!ごきげんよう!今度はカヌレをお持ちしますわ!」
「ほ、本当にありがとうございました」
「……」
ガロードは手を軽く上げた。
コイツにとっては礼のつもりなんだろうな。
「ジーン!」
マノンが声をかける。
「なんだいマダム。ボクと、この〈リユニオン〉の伝説がこれから始まるのさっ」
「しっかりやんなっ!その伝説とやらが、この辺鄙な村にまで届くようにね」
「任せてくれたまえっ」
俺たちは何度も通ったこのカマド村を後にし、次なる厄介ごとへと歩みを進める。
読んでくれてありがとうございます。
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