第59話:マジックアイテム
俺とガロード、そしてジーンの鎧も、この新しい武具に合わせて強化新調されていた。
主原料である〈魔鉄〉による圧倒的な強度上昇はもちろんのこと、設計はあのマノンの姐さんだ。
ドワーフの超絶技巧によって、可動域を一切殺すことなく、無駄のない防御範囲が確保され、動きやすさと防御力が、完璧に両立されていた。
そして、話は、この工房を訪れたもう一つの主題へと入る。
「それで、マノンの姐さん。もし素材が余ってたらでいいんだが、コイツの分の防具も、少し補強してやってくれねえか? ニーコが、俺たちの新しい前衛タンクになる予定なんだ」
俺は、自分の後ろでもじもじしているニーコを、親指でくい、と指差す。
「素材はまだいくらか余裕はあるけどね…ふーん? 見たところ、お世辞にも前衛の才能があるようには見えないねぇ」
マノンは、ニーコの立ち振る舞い…その猫背で、常に何かに怯えているかのような仕草を見て、率直な感想を口にする。
まあ、あの異常な自己ヒールと、体質を知らなきゃ、誰だってそう思うだろう。
「うっ…それは…その…しゅ、修行中…といいますか……あはは」
ニーコが、困ったようにへらへらと笑う。
「まあ、色々と訳ありなんだ。とにかく、コイツが一番敵に狙われやすい。多少の傷は、自分で〈ヒール〉するんだが、防御力が高くて困ることはないだろう?がっちりとした重装鎧でも、この〈刻〉がありゃあ……」
「それこそ、場合によるさね」
マノンは、専門家の目で、ニーコの装備を品定めする。
「盾を持つんだろ? 盾術をキチンと体得してねえ素人が、可動域を殺す重武装をするのは、あんまりお勧めしないね」
マノンはチラリとニーコの持つ円盾を見る。
「盾受けってのは、本来、もっと繊細な動きを要求されるんだ。そういう意味じゃ、お前さんが今使ってるポイントアーマーってのは、悪くない選択肢ではあるね。まあ、盾受けが完璧にできるってのが、大前提にはなるがね…」
「そ、それなら、ぜひ! このポイントアーマーをベースにして、補強していただけませんか!?」
珍しく、ニーコが食い気味に声を上げた。
「ふーん? 何か、思い入れでもあんのかい? 見た感じじゃ、どこにでも売ってる量産品に見えるけどねぇ」
「は、あっ、いえ、これは、その…アリアさんが、私のために買ってくれた…防具、なので…」
もじもじ…と、ニーコは人差し指同士を、顔の前で意味もなく押し合いながら、消え入りそうな声で説明する。
「うーん…量産品にしちゃ良くできてるが、鋳造が甘いね……。まあ、魔鉄を混ぜて打ち直すんだ。ほとんど作り直しに近くなるだろうけど、それをベースにするってんなら、できねぇわけじゃねえさ」
マノンは、やれやれと肩をすくめる。
「それで、だ……。問題は、そっちの盾だよ。ずいぶんと年季が入ってるみてえだが、一体、どこのダンジョンで拾ってきたんだい?」
「ダンジョン…? いや、これは、墓所の霊廟で…」
俺は、かくかくしかじかと、あのリッチとの戦いの顛末をマノンに説明した。
「ほー、それで、かい…。なるほどね、ようやく合点がいったよ」
マノンは、腕を組み、深く頷いた。
「おまえさんら、こいつはただの古い盾じゃねえ。〈マジックアイテム〉だよ」
「マジックアイテム!?」
だとしたらマジのお宝じゃねーか!!
マジックアイテム。
主に、古代のダンジョンなどで発見される特殊なアイテムのことだ。
高濃度の魔素に晒され続けるような特殊な環境で、長い年月放置されることで、武具や道具そのものが魔素を吸着し、稀に魔法的な効果を得ることがあるのだという。
もちろん…物によってはとんでもない値段がつくこともある。
「…おい、ニーコ…それ、売らねえか…?」
「え、えぇっ!?い、嫌です!」
ニーコは力強く否定の言葉を口にして、我が子を守る母親のように盾をぎゅっと抱きしめる。
(だよな……)
俺はガックリと肩を落とす。
「こいつが、どんな効果を秘めているのかは、この錆を磨いてみねぇとはっきりとは分からねぇが…こいつは、下手に加工しない方がいいだろうね。何せ、元々が天然モノのマジックアイテムだ。無理に手を加えて、その効果が失われちまったら、元も子もないからねぇ」
マノンは、そう言うと頭につけている古びた革製ゴーグルを下ろすと片側のレンズで、盾の表面を食い入るように観察し始めた。
彼女が行う〈刻〉による魔法効果付与とは、似て非なるもの。
マノンに言わせてみれば、自らが刻んだ〈魔導回路〉は、その構造を読み解けば、付与した呪文を割り出すことも、同じものを複製することも、理論上は可能らしい。
だが、マジックアイテムは違う。
その効果自体が、自然が生み出した、いわば一点モノ。
その錆という名の外殻を、丁寧に磨き、『剥がして』みないことには、その内側に封じられている、真の力も分からないとのことだ。
「でも、この盾…こんなにも錆びてしまって…その、強度は本当に大丈夫なんでしょうか?」
ニーコの心配も、一理ある。
いくら希少な〈マジックアイテム〉だといえど、盾として機能しないほどに劣化していては意味がない。
地下霊廟では、ガロードの一撃を受けても欠けたり砕けたりはしなかったが、こうして改めて見ると、表面には無数の凹みがあり、錆びて腐食し、金属の肉が薄くなっている箇所も多く見受けられる。
「そりゃ、あたしの腕の見せ所ってやつだね」
マノンは、ニヤリと口の端を吊り上げる。
「無理に手を加えちゃならねぇとは言ったが、無理なく補強すりゃあいいだけだよ」
一体、それをこともなげに言ってのける職人が、この世界に何人いるというのか。
俺には想像もつかなかった。
「まあ、流石はマノンお姉様ですわ!」
「マダムの腕にかかれば、必ずや、より素晴らしい芸術品として生まれ変わるだろうさ」
エステルとジーンが、ここぞとばかりに持ち上げる。
そして俺は、マノンに正式に加工を依頼した。
「あっ! そうですわ! わたくしたち、街で評判の野いちごのタルトを持ってきたんですのよっ!」
依頼の話がまとまったところで、エステルがそう言うと、ガロードのマジックポーチからティーセットと綺麗にカットされたタルトの箱を取り出し、テーブルの上に並べ始める。
ガロードも「ようやくか!」とでも言いたげに、すくりと立ち上がり、タルトが置かれたテーブルの前に陣取った。
エステルがヤカンに水を汲んで火にかけ始めるのを、ジーンが「ボクも手を貸そう」と言って手伝い始める。
その、どこか和やかな空気の中で、俺はマジックバッグを開けた。
中から、一本、また一本と、酒瓶を取り出し、テーブルの空いたスペースに並べていく。
それは、まるで酒瓶で築かれた牙城のようだった。
そして、その極め付けに、ずしりと重い10,000ガルドの入った皮袋をドンッと置いた。
俺たちの武器と防具の製作、そして加工。
その全てを、あの〈竜火酒〉一本という、破格の値段で完璧に行ってくれた。
マノンは報酬なんかいらないと言ったが、これは俺たちが支払うべき正当な対価だ。
「……おいおい、嬢ちゃん。金なんざ、いらねぇって言っただろう?」
マノンが、呆れたように言う。
「いいや、マノンの姐さん。こいつは、受け取ってもらうぜ。『仕事には、正当な対価を』だ。…といっても、あんたの腕に見合う相場なんざ、俺には皆目見当もつかねえがな。これが、今の俺たちが出せる精一杯の誠意だ」
「……ふん、あたしを金で雇うってんなら、その額じゃ、ゼロが二つは足んないね」
「ま、マジかよ…!?」
100万ガルド…!?
「まあ、足りない分は、そこの嬢ちゃんが持ってきた、このタルトに免じておいてやるさ…くくくっ」
マノンは、そう言って悪戯っぽく笑うと、タルトを一切れ、自分の皿の上に乗せた。
「よしきた、決まりだね! ほんのちょっと待ってな、すぐにできるさね!」
マノンは、そう言うと、先ほどまで飲んでいた酒瓶を片手に、工房の奥にある鍛冶場へと意気揚々と入っていく。
その足取りは、先ほどまでの酔っ払いのそれとは違い、これから傑作を生み出す職人の力強さに満ちていた。
カン!と、金属を打つ甲高い音が響き始める。
どうやら、本当に「すぐ」に作業に取り掛かってくれたらしい。
だが、俺は知っている。
以前、グリフォン狩りの前に、俺とガロードの剣を補強してもらった時もそうだった。
ドワーフの、とりわけこのマノンの姐さんが言う「すぐ」という言葉は、全くもってアテにならない。
それは既に俺たちの共通認識として刻まれているのか、姐さんの「すぐだ」という言葉を聞いた途端、ガロードは、大きな欠伸を一つすると、のっそりと外へ出ていった。
工房の外の、日当たりの良い場所で昼寝でも決め込もうって算段だろう。
ジーンも、優雅に一礼すると「少し村の様子を見てくるよ」などと、もっともらしいことを言いながら、工房を後にする。
コイツもどうせ、村娘どもに、尾ひれをつけた武勇伝でも語り聞かせに行くに決まっている。
残されたのは、俺と、エステルと、ニーコ。
そして、どこからともなく戻ってきたピースケとやや色の淡いもう一羽。
エステルは、また性懲りもなく楽しげにピースケたちとおしゃべりを始めている。
「まあ、ピースケさん! 新しいお友達ができたんですのね! なんて素敵なことでしょう!」
(……なんで増えてんだよ、あの鳥…)
まあ、下手に工房の中をうろついて、作業を遅らせるぐらいなら、鳥と話してくれていた方がずっといい。
その時、手持ち無沙汰になっていたニーコが、おずおずと、工房の床に散らばった酒瓶を拾い集め掃除を始めた。
「あっ、わたくしもお手伝いいたしますわ!」
それに気づいたエステルも、先ほど自分が〈プロテクション〉の暴発で派手に吹っ飛ばした工具類を、せっせと拾い集め始める。
その光景を、俺は腕を組んで眺めていたが、やがて、深い溜息をついた。
「…ちっ、仕方ねえな」
結局、俺もその輪に加わる。
「…おい、ニーコ。空き瓶は、そっちの麻袋にまとめろ。エステル、その椅子、一旦退けろ、この辺は一回掃いた方がいいだろ」
こうして、カン、カン、と工房の奥から響く、小気味よい槌の音を背に、俺たち三人の、奇妙な大掃除が始まったのだった。
全く、何をしに来たんだか。
読んでくれてありがとうございます。
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