第58話:〈再会〉と〈救済〉
「次は、そこのバカの分だ」
マノンは、忌々しげにジーンを指差す。
「アリアの嬢ちゃんから聞いたよ。弓じゃあ硬え魔物にゃ、手も足も出ねえって? 情けないねぇ……」
「ははっ…手厳しいな、マダム。だけども、今のボクは付与魔法をマスターしたからね。その弱点は、すでに克服済みというわけなのさ!」
ジーンが、芝居がかった仕草で胸を張る。
「連射できねぇけどな」
俺が、ぼそりと事実を付け加えると、ジーンは「うっ…」と気まずそうに口を噤んだ。
「その話を聞いて、急遽組み込んだのがコイツだ」
ゴトリ、と。
黒光りする、複雑な形状の複合弓が、テーブルの上に置かれる。
そのグリップ部分は、通常の弓とは異なり、武骨なほど大きく膨らんでいた。
「んん…? なんだい、これは? 少しばかり、ボクの優美な手には馴染まなさそうだけれども……」
「コイツの、この部分を押すとだな…」
マノンは、ジーンの言葉を無視し、グリップの側面にある仕掛けを押し込んでみせる。
ガシュッ!と、小気味よい金属音と共に、持ち手部分がスライドするように開き、中から小さなケースのようなものが飛び出した。
「ここに、魔物の魔石を入れる。そうすると、番えた矢に、その魔石が持つ属性の魔法効果を自動的に付与できるって寸法さ」
「……えっ」
それって、とんでもねえ技術なのでは……?
俺が驚きに目を見開いていると、マノンは「たいしたこっちゃねえよ」と鼻を鳴らした。
「構造自体は、単純さね。魔石の魔力を、弓を引き絞る力で無理やり矢に移してるだけだ。まあ、このサイズに小型化するのは、ちいとばかし難儀だったがね」
「……く、くくくっ! はーはっはっは! これで、ボクはいよいよ、名実共に完璧な存在となってしまったわけだねっ! 感謝するよ、マダム・マノン!」
高笑いをしながら、ジーンはその特殊な弓を手に取る。
「ああ、でも、そいつも連射はできないよ」
マノンの無慈悲な一言に、ジーンの高笑いがピタリと止まった。
「マダム!? それはどういうことだい!?」
「機構の問題じゃねぇよ。一矢ごとに、魔石をバカスカ使い捨ててたら、お前さんらの商売もあがったりだろうが。違うかい?」
「ああ…そういう、実にシビアで、現実的な問題、ね…」
ジーンの肩が、がっくりと落ちる。
確かに、強力無比な切り札にはなるだろうが、そのコストを考えれば、使いどころは慎重に見極めなければならない。
「ま、まぁ、とにかく感謝するよ、マダム! それで? この素晴らしい弓には、銘はないのかい?」
すぐに気を取り直したのか、ジーンはウキウキした様子で尋ねる。
それに対して、マノンは少しだけバツが悪そうに、そして、どこか気恥ずかしそうに、視線を逸らしながら答えた。
「…〈再会〉だよ」
「……っ!」
その名を聞いた瞬間、ジーンの動きが止まる。
そして、次の瞬間、彼は堪えきれないといった様子で、声を上げて笑った。
「…はっ、はっはっは! なかなか、小洒落た名前じゃないか! 気に入ったよ、マダム!」
(…マノンの姐さんも、大概、甘いよな)
俺は、二人のやり取りを、ただ黙って見ていた。
「次に、エステル嬢ちゃんだ」
マノンはそう言うと、コトリ、と小さな装飾品をテーブルの上に置いた。
これまで見てきた物々しい武具とは対照的な、繊細で美しいブレスレットだった。
俺たちの武具と同じく、星屑を散りばめた夜空のような仕上がりとなっている。
「まあ! なんて素敵ですのっ!」
エステルは、目をキラキラと輝かせ、そのブレスレットを手に取る。金属製でありながら、彼女の細い腕にもぴったりと合うように、細かな紋様が幾重にも施されていた。
「嬢ちゃんがグリフォンに攫われたって話を聞いた時に思ったのさ、これから旅をするなら、どうしても自分の身を守らなきゃいけねえ時がくるかもしれねぇってね」
「こいつには、内側にびっしりと〈プロテクション〉の魔法陣を〈刻〉んである。嬢ちゃんのその細腕に合わせるために、紋様をちまちまと細かくしちまったからな。一日に一回分しか魔力は込められねえが、魔力を込め直しさえすれば、また使える」
(…おいおい、マジかよ)
これまた、とんでもない技術だ。
魔力を注ぐことで刻み込んだ魔法を再装填できる魔道具。
魔法文字に魔石の魔力をこめ、一度だけ魔法を発動させる〈スクロール〉の技術に近いが、これは使い捨てではない。
刻まれた溝に、使用者自身の魔力を流し込むことで、何度でも再利用できるという部分が、決定的に違う。
「ふーむ…?それなら、ボクの弓にも同じように〈エンチャント〉の魔法を刻めば、魔石を使わずともボク自身の魔力で同じことができたんじゃないのかい?」
ジーンが、当然の疑問を口にする。
「いんや、そんな便利なもんじゃねぇよ。この細い溝に、魔力が染み渡るのには、数時間は掛かる。だから、一日に一回って言ったのさ。一日一発しか撃てなくていいってんなら、同じようなことはできるがね」
「なるほど…適材適所ということか」
ジーンは、納得したように頷いた。
「わぁっ! ということは、わたくしにも魔法が使えるんですのねっ! やってみても、よろしいですのっ!?」
エステルが、子供のようにはしゃぎながらマノンに尋ねる。
「ああ、構わねえが、使うなら外で…」
「───〈プロテクション〉!え?外?」
「ばっ…!」
マノンの制止の言葉が終わる前に、エステルはブレスレットを腕に通し、無邪気にそのキーワードを唱えた。
その瞬間!
エステルの身体を中心に、バッ!!と、凄まじい突風の防壁が球状に展開される!
工房内にあった工具や武具が、まるで木の葉のように宙を舞い、俺たちが囲んでいたテーブルは無残にひっくり返る!
横にいた俺とマノンも、その衝撃波に抗えず、左右へと派手に吹き飛ばされた!
ピイピイピイピイ!!と二羽の小鳥も恐慌して飛び回る。
突然の出来事に、ガロードとジーンも、何が起きたのか分からないといった様子で目を見開いている。
「きゃっ、だ、大丈夫ですか!? アリアさん、マノンさん!」
ニーコが、慌てて俺たちに駆け寄ってくる。
「あいたたた…」
壁に叩きつけられた背中をさすりながら、マノンがゆっくりと起き上がる。
そして、俺は。
俺は、全ての怒りを込めて、元凶へと向かって叫んだ。
「話を!最後まで!聞けええええええ!このアホエステルがぁぁぁっ!!」
「ごごご、ごべんなはいでふわぁぁあぁっ!!」
俺は、何が起きたか分からず涙目になっているエステルのほっぺたを、これでもかとつねり上げてやった。
この女に、迂闊に力を与えてはいけない。
俺は、この工房の惨状を見て、改めてそう心に誓った。
「全く…すまねぇ、マノンの姐さん。コイツ、どうしようもねえアホなんだ」
「…攻撃魔法を刻まなくて、命拾いしたね」
やれやれ……とマノンは悪態をつきながら、吹き飛んだ机と椅子を元の場所へと戻していく。
(にしても、だ。こんなちっぽけなブレスレットに込めた魔法にしては、恐ろしい威力だったな)
「ま、これでコイツの性能は、実演付きでよく分かっただろ。あとは、そうさね。エステル嬢ちゃん、試しにこいつに魔力を込め直してみな」
「はいですわ! どうすればよろしいんですの?」
「どうもこうも、魔力を込めるだけさね」
「……まりょく、を?」
「……? ああ」
マノンは、エステルの間の抜けた問いに、怪訝そうに眉をひそめる。
「…………」
「……あの、どうやりますの?」
「……おまえさん、まさか、魔法使えねえのか?」
「え? ええ、使えませんわ」
きっぱりと悪びれもなく言い放つエステルに、俺は頭を抱えた。
(そうか…コイツ、箱入りのお嬢様だったな…)
てっきり、戦闘魔法が使えないだけだと、勝手に思い込んでいた。
その後、俺が魔力操作の簡単なコツを教えてみた。
「うーん…!うーん…!ですわ!」としばらく唸りながらブレスレットをこねくり回していたエステルだったが、思った以上に才能がなかったらしい。
ついぞ、ブレスレットに魔力を込めることはできなかった。
「はぁ…しゃーねーな、貸せ」
俺は、エステルの手首に付けられたままのブレスレットを軽く握ると、自分の魔力をそっと流し込む。
(おっ…思ったより、ごっそり持っていかれるな)
見た目の小ささとは裏腹に、その魔力容量はかなりのものらしい。
「……これでいいのか? 姐さん」
「ああ。溝にきっちり行き渡りゃ、それで再使用可能だよ」
やれやれ、しばらくは、エステルのブレスレットの魔力補充係になりそうだ。
「そうですわっ! この素晴らしいブレスレットにも、お名前はありませんの?」
「名前ェ? 武器でもねえ、ただの装飾品に銘なんか考えちゃいねぇよ」
「まあ! それでしたら、わたくしが、とっておきの素敵な名前を考えましたわっ! その名も! 『超究極☆絶対防御マジカルマノンブレスレット』! なんて、いかがでしょう!?」
「ぶほっ、げほげほっ!」
エステルは、天啓を得たとばかりに胸の前で手を合わせ、この世のものとは思えないほどアホみたいな名前を披露した。
いや、まごうことなきアホだった。
ほらみろ、隣でマノンの姐さんが、飲んでいた酒で盛大にむせちまってるじゃねえか。
姐さんは、「正気なのか、コイツは?」と目で俺に必死に訴えてくるが、俺はそっと目を伏せるしかない。
「…ああ、もう、しょうがないね!じゃあ…うーん……こいつは『〈救済〉』だ!その力で、色んな奴らを助けてやりな!」
「まあ! 〈リデンプション〉!! 『超究極☆絶対防御マジカルマノンブレスレット』に負けず劣らずの、素晴らしいお名前ですわっ! いいえ、鍛冶の女神たるマノンお姉様が与えてくださった命名ですもの! きっと、女神様の加護が宿りますわねっ! 〈リデンプション〉! とっても気に入りましたわっ!」
「ふん……」
自身の自信作が、不名誉極まりない名称で世に送り出されずに済んだことに、マノンは心底安堵したように、やれやれと息をついていた。
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