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自由のアリア  作者: カラノニジ
第七章:過去とはイとヒく粘性の鎖
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第57話:〈解放者〉と〈繋がり〉

 

 買い出しを終えた俺たちは、それぞれ荷物をバッグにまとめ、再びカマド村へと向かっていた。


 マノンの姐さんに依頼していた、俺たちの新しい装備を受け取るためだ。


 エステルとニーコは、新しい服がよほど嬉しいのか、乗り合い馬車の中でも外でも終始きゃっきゃとはしゃいでいた。

 その姿は、この辺境の寂れた村を歩くには、あまりに不釣り合いなほど華やかだった。


 やがて、見慣れたマノンの工房が見えてくる。

 煙突からはもうもうと黒い煙が立ち上っていた。


「マノンお姉様〜!エステルですわ〜!今日は、街で評判の美味しいタルトをお持ちしましたの〜っ!」


 エステルが、その小さな拳で、工房の分厚い鉄の扉をこんこん、とノックする。


「……」


 だが、中からの返事はない。


 しん、と静まり返った工房の周りで、ピィピィと鳥たちの鳴き声だけが、やけにけたたましく響いていた。


「お姉様〜!開けてくださいまし〜!」


 エステルが、さらに強く扉を叩く。

 すると、ようやく中から、ごそごそと何かを引きずるような、鈍い音が聞こえてきた。


「あんだい…!人が、気持ちよぉ〜く昼寝してるってのによぉ…ヒック…」


 ガチャリ、と重い錠が外れる音と共に、扉がゆっくりと開く。


 その隙間から顔を出したのは、寝ぼけ眼で、髪はボサボサ、おまけに顔まで真っ赤にしたマノンの姐さんだった。


 そして、ぷん、と鼻をつく強烈な酒の匂い。



(この昼間っから、飲んでやがったな、このドワーフ…!)



「おぉ〜、エステル嬢ちゃんかいっ!それに、アリアの嬢ちゃんも…んっ?んんん?」



 マノンの濁った目が、俺たちの後ろにいるニーコを捉えた、途端。

 彼女の顔から、酔いが半分ほど吹き飛んだように見えた。


 その視線は、ニーコ本人ではなく、彼女が背中に負っている、あの古びた盾の方へに釘付けになっている。


 マノンは、眉間に深い皺を寄せ、何かを値踏みするように、じろりとその盾を睨みつけた。



「…おやまぁ。まーた、妙ちきりんなもん、拾ってきたねぇ…」



「まあいい、用件は、武具の件だろう?とっくに仕上がってるよ!入んな!」



 マノンはそう言うと、視線を外すと踵を返し、工房の中へと戻っていく。

 その足が、床に転がっていた空き瓶をガラン、と蹴飛ばしながら、俺たちのための道を作っていく。


 俺たちも、その後に続いて、工房の中へと足を踏み入れた。


 相変わらず、ここはひどい有様だ。


 机の上に山と積まれた空の酒瓶を、マノンは無造作に腕で薙ぎ払う。


 ガッシャーン!と床に落ちた空き瓶の代わりに、乱雑に空けられたスペース。


 そこへ、これから俺たちの運命を左右することになる、新しい武具が並べられた。



「まずは、アリアの嬢ちゃんの剣だ」



 ゴッ、と。


 工房の静寂を破るような、重い音を立てて、テーブルの上に二振りの曲剣が置かれた。

 マノンは、まるで宝物を扱うかのように、丁寧に意匠の施された鞘から、その剣をゆっくりと抜き放つ。



 その瞬間、工房にいた全員が、息を呑んだ。



 切っ先から緩やかに刃幅が広がり、柄へと合流する、流麗な反りを持つ片刃の刀身。


 その色は、黒。


 だが、それはただの黒鉄などではない。


 まるで、光の届かぬ深淵の夜空をそのまま溶かし込み、鍛え上げたかのような、吸い込まれそうなほどの濃紺。

 そして、その刀身には、まるで天の川を散りばめたかのように、無数の星屑が瞬いていた。


 極めつけは、見る角度によって、その表情を変えるオーロラのような翡翠色の極光…。



 これは…見事、としか言いようがない。


 これが、俺の、新しい武器……。



「…すげぇ…」



 あまりの美しさに、俺の口から漏れたのは、そんな月並みな感想だけだった。



「姐さん…コイツは…」



「二振りで一つ。久々に、あたしの魂を乗せた自信作だよ!銘はそうさね…『〈解放者〉(リベレイター)』。今後、おまえたちの前にどんな困難が待ち受けようと、コイツでこじ開け、道を解放しちまいな、ってね」



「か、かっこいいですわ!まるで伝説の聖剣のようですわ!」



「す、すごい…見てるだけで、切れちゃいそうです……!」



「さすがはマダム・マノンというべきか。夜空を切り取り、そのまま編み込んだが如く煌めく刀身…完璧な仕事だね!」



 エステル、ニーコ、ジーンが、それぞれに感嘆の声を上げる。

 いつもは我関せずのガロードですら、その刀身に視線を釘付けにしていた。



「感心するのは、まだはえぇよ。アリアの嬢ちゃん、持って魔力を通してみな」


 いまだに、これが自分のものだという実感が持てず、恐る恐るという具合に、俺は促されるままにその剣を握る。


 言われるがまま、俺は体内の魔力を、剣へと流し込んだ。


 その瞬間、刀身に〈刻〉まれた翠の輝きが、ふわりと柔らかに発光する。


「───軽っ!」


 思わず、声が出た。


 羽のように軽い。


 黒鉄よりも重いはずの、あの〈魔鉄〉を主原料として作られた代物とは思えないほどだ。


 そして、まるで何年も使い込んできた愛刀かのように、恐ろしいほどしっくりと手に馴染む。


 ここでようやく、この剣が紛れもなく自分のものであると魂で理解した。



「すげぇ!すげぇよ、姐さん!」



「ふん、当たり前だろう!あたしを、誰だと思ってんだい!」



 俺の興奮した声に、マノンは満足そうに、親指で自身の鼻をくい、と弾いた。


「お次は、坊やの得物だ」


 マノンはそう言うと、工房の奥から、さらに大ぶりな幅広長剣を担いできた。


 幅広の両刃を持つ、ブロードソード。


 大きく傘が開いたような鍔。

 両手で振るうことも想定された、長めの持ち手。


 こちらも、俺の〈リベレイター〉と同様に、夜空の濃紺を溶かし込んだ刀身に、翡翠色の輝きを宿している。


 だが、その趣は俺の剣とは明らかに異なっていた。

 まるで龍が這うかのような、複雑な溝が幾何学的に彫られており、その溝に沿って、翠の光が脈動するように流れているのだ。



「銘は『〈繋がり〉(リレーション)』。刀身が長ぇ分、〈魔鉄〉と全体にグリフォンの魔石の魔力を繋ぎ合わせるのには、ちいとばかし苦労してね。込めた魔力をスムーズに刀身全体へ流す余地を作るためにゃ、ある程度深い魔力の通り道(パス)を刻まざるを得なかったのさ。ま、結果的にはこの紋様にあたしゃ満足してるがね」



 ガロードは、マノンからその巨大な剣を受け取ると、無言のまま、ブン、ブン、と軽く振るってみせる。

 その巨体から繰り出される剣風が、工房の埃を巻き上げ、俺たちの髪を揺らした。


「おい、あぶねぇな!こんな狭いとこで振り回すんじゃねえ!」


 まるでおもちゃを与えられた子供だ。

 そして、一通りその感触を確かめると、ガロードは満足そうに頷き、ポーチから二本の串焼き肉を取り出した。


 一本は大きく、もう一本は少しだけ小さい。

 彼はその二本をじっと見比べ、険しい顔でしばし逡巡した後、小さい方の一本をおもむろにマノンへと差し出した。


「ん?おお、あんがとよ」


 マノンは、特に驚いた様子もなくそれを受け取ると、そのままガブリと肉に齧り付き、そばにあった酒瓶を呷って酒で流し込む。


 だが、俺は。

 俺は、その光景を信じられないものを見るような目で見ていた。



(が、ガロードが、人に食料を……!?社会性を、身につけてる……!?)



 あの、食い物のことしか頭にない、コミュニケーション能力皆無の木偶の棒が、自らの食料を自分から他人に分け与える!?


 それは、天地がひっくり返るのに等しい、衝撃的な出来事だった。



(……でも、差し出すのは、しっかり小さい方なのな…この食いしん坊め!)



 俺は、呆れと、ほんの少しの感心が入り混じった、複雑な溜息をついた。


 こいつなりに、最高の感謝を示した…ということなのだろう。

 ……全く、分かりにくいにも程がある。

読んでくれてありがとうございます。

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