第Ex話:受付嬢アネットの受難その⑥『雑務じゃ腹は膨れない』
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「……ないんです。本当に、ないんです……!」
私はカウンター越しに、拝むように手を合わせて謝罪した。
目の前にいるのは、眉間に深い皺を寄せたアリアさんと、優雅に髪をかき上げるジーン様。
「チッ、またかよ。時期的なもんか?」
「おやおや、ボクの矢が血に飢えて震えているというのに、獲物がいないとはね」
〈ジョーカー〉の破竹の勢いは、ここへ来て急ブレーキがかかっていた。
クエストが枯渇したのだ。
いわゆる「美味しくて手頃な」依頼が、掲示板から綺麗さっぱり消え失せていた。
こういうことは往々にしてある。
一度、美味しい依頼が枯れかけるとその少ないパイに皆が群がり、より競争が激化するのだ。
「申し訳ありません……近隣の魔物被害は減少傾向にありまして……」
私が小さくなっていると、二人の後ろからひょっこりとエステルちゃんが顔を出した。
その手には、誰も見向きもしない壁にまとめられた壁依頼の依頼書が握られている。
「アリア様!ありましたわ!『迷子のスノーキャットちゃんを探して』!報酬200ガルドですわ!」
「……はぁ!?猫探し!?ガキの使いじゃねえんだぞ!」
「でも、おばあさまが困っておりますのよ!?放っておけませんわ!」
エステルちゃんは、キラキラした目で依頼書をカウンターに置いた。
他にも『街路の魔石灯交換(高所作業)』『畑を荒らすネズミの駆除』など、駆け出しの石等級ですら渋るような依頼ばかりを持ってくる。
「……あー、もういい。暇してても腹は減るんだ。受けるぞ」
「やれやれ、ボクの弓が泣いているよ」
アリアさんは渋々承諾し、ガロードさんは無心でパンを齧り、ジーン様は肩をすくめる。
ギルド職員としての立場で言えば、こうした不人気な『不良債権クエスト』を消化してくれるのは、涙が出るほどありがたい。
市民生活に密着したこれらの依頼は、放置すればギルドへの苦情に直結するからだ。
でも……でもね!?
(これじゃあ、私の査定にならないのよぉ……!!)
私の悲鳴は、誰にも届かない。
ちまちまとした雑用をこなす日々。
当然、ギルド内での彼らの評価も妙な方へ変わっていく。
「おい見ろよ、あの〈ジョーカー〉、今日はドブさらいだってよ」
「グリフォン倒したってのは何だったんだ?」
「まぐれだろ。結局、実力相応の仕事がお似合いってこった」
「あいつら、見てる分には面白いけどな。お笑い集団としては一流だぜ」
(くっ……!言わせておけば……!)
私は伝票整理の手を止め、噂話をする冒険者たちをじろりと睨みつけた。
……確かに、今のあの人たちは迷走している。
でも、それは決してアリアさんとジーン様の実力不足じゃない!
チラリと、テーブル席を見る。
そこには山盛りの食料を広げるガロードさんと、何やら楽しげに騒いでいるエステルちゃんの姿。
(やっぱり、あの二人がオモリなのよ……!)
アリアさんの統率力と、ジーン様の弓の腕。
この二人がペアなら、もっとスマートに、効率よく高難度依頼をこなせるはずなのに…!
あの食いしん坊と天然娘が、二人の足を引っ張っているに違いないわ!
「はぁ……これ以上、変な厄介事が増えなければいいのだけれど」
私がそんなフラグめいた独り言を呟いた、その時だった。
ギルドの入り口付近が、にわかに騒がしくなった。
「だからよぉ、ニーコ!お前がいるとロクなことになんねぇんだよっ!」
「どう責任取ってくれるんだ!?この〈疫病神〉が!」
私は、その大声に思わずペンを取り落とした。
(あれは……)
数人の男たちが、一人の小柄な魔法使いを囲んでいる。
編み込まれた臙脂色の髪に、三角帽子。
ギルド内でも有名な、正真正銘のトラブルメーカー。
行く先々で魔物を呼び寄せ、パーティを崩壊させるという、歩く〈厄病神〉。
誰も組みたがらない、万年ソロの魔法使いだ。
(かわいそうだけど、ギルドじゃ個人の諍いは不介入が基本なのよね……)
刃傷沙汰ともなれば話は別だが、殴られた蹴られた程度の『ケンカ』は日常茶飯事だ。
いちいちギルドの非戦闘員が間に入っても怪我をするのがオチ……。
「おやめなさいまし!なんて卑劣な行いですの!」
(ああっ、エステルちゃんが飛び出した!)
(正義感が空回りする予感しかしない!)
「お前ら、さっさと失せろ。そいつに文句があるなら、俺たちが聞く」
そして、アリアさんがドスを効かせた声で割って入る。
男たちは銀等級の威圧感と、背後のガロードさんの無言の圧力に恐れをなして逃げ出したけれど……。
私は見てしまった。
アリアさんが、うずくまるニーコさんの腕を掴み、自分たちのテーブルへと引き入れていくのを。
「……嘘でしょ?」
私の目の前で、最悪の役が完成しようとしていた。
無口な大食らい。
天然トラブルメーカー。
ナンパな軽薄男。
そして、極めつけの〈厄病神〉。
(……アリアさん。あなた、本当にババを引き当てる才能があるんじゃ……)
私の胃がきりきりと痛み出す。
これ以上、ジョーカーにババが加わって、一体どうなるというの?
これじゃあ、首都への栄転どころか、ギルドごと爆発するんじゃないかしら……。
「神様……お願いですから、これ以上アリアさんの…いえ、私の心労を増やさないでください……」
私はカウンターに突っ伏して、切実に祈った。
だが、その祈りが届くことはなく、翌日から彼らは、この〈厄病神〉を最大限に活用したとんでもない作戦を始めることになるのだった。
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*本イラストは生成AIを使用しています




