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自由のアリア  作者: カラノニジ
第六章:忌むべき道は過ぎ去りし道程
58/94

第53話:人の戦い方

 ──────

 ────

 ──


 私は、ガルドア王国の小さな村で育ちました。


 私の生まれつき持っていた、特異なこの〈呪い〉は……最初は、ただ周囲を少しだけイラつかせる程度の、些細なものでした。


 けれど……ある時、村に迷い込んだ低級の魔物がやけに凶暴化して暴れてしまいました。

 執拗に私だけを狙う魔物の様子に村の人々は恐怖と同時にある種の納得を覚えていたようでした。


 魔物はもちろん、犬や猫の一匹すら、私には懐かなかった。

 周囲の人間も、決して好意的には見てくれなかった。……私の両親さえも。


 そして、私自身も、その扱いに一種の心地よさ…自己憐憫にも似た甘さを感じていました。




『ああ、なんて自分は不幸なのだろう。この体質さえなければ、私も普通に……』




 ニーコは、何かおかしい。

 ニーコは、呪われている。


 そんな印象を周囲に与えるには、十分でした。



 そして、ある日。

 運命の日がやってきます。


 村の近くで小規模なスタンピードが発生したんです。


 たまたま私は、薬草を摘むために、村の近くの森にいました。

 小規模といっても村の貧弱な防備では到底防ぐことのできない、圧倒的な数の暴力。

 村は、なすすべなく蹂躙され、壊滅しました。



 狂乱の中、燃え盛る村を背に、私は近くを通りかかった冒険者の方に救われました。


 自分の故郷が燃えていく光景を見て、私の口元が、醜く歪んでいたことにも気づかずに。


 ほんの数名の生き残りの中に、私が含まれていたのは、奇跡だったのでしょうか。


 それとも、やはり、〈呪い〉だったのでしょうか。




「お前のせいで」




 誰かが、そう言いました。




 そう、そうです。




 私の呪われた体質のせいで、大勢の人が死にました。



 ……そう、私は認識しています。



『ああ、なんて自分は不幸なのだろう。この体質さえなければ、私の村は……っ!』



 抗えない、先天的な理由のせいで。


『私は悪くないのに……。』


 悪くない『はず』なのに、不幸になってしまう私は、なんて……なんて『可哀想』なのだろう。



『私に近づくと、その人は不幸になる。だから、私は孤独でいなくてはならない。ああ、私は、なんて、なんて可哀想なのだろう』



 こうして私は、歪んだ自己防衛の方法で、自分の心を守る術を覚えました。


 そして、その脆い『自己防衛を守る』ために、私は『人のために』働かなくてはなりませんでした。



 例えば、治癒士。



 人を治し、人を救う、立派な仕事。

 自分が献身的であればあるほど、自分の不幸さが際立ち、私が生まれながらに負った、この呪いの言い訳ができるから。


 イドリアに渡り、治癒士の研修を受けましたが、ついには資格を得ることはありませんでした。



 ……私の〈ヒール〉は、他人にはかからなかったのです。



 わ、わざとではありません……。


 でも、それがなぜなのか。

 理由は……本当はわかっています。



 ……心の奥底で、私は何よりも誰よりも自分自身を優先しているせいで、他人のために魔力を使うことなど、できなかっただけなのです……。




『なんて可哀想な私……私は悪くないのに……。』




 次に思い至ったのが、あのスタンピードの時に助けてくれた冒険者。



 冒険者も、人を助けることのできる立派な仕事ではないか。

 幸いにも私は、光と地の二属性を扱うことのできる〈ダブル〉。


 冒険者としてなら、きっとやっていけるはず。


 ですが、現実は甘くありませんでした。

 普通の冒険者なら、遅くても数ヶ月で抜け出すはずの石等級。


 ソロでは捌ききれない魔物の数。

 パーティを組めば、同ランク帯ではかえって邪魔になる〈厄病神〉。

 ギルドへの貢献度は、一向に上がりませんでした。



 ――ですが、それでいいのです。



 献身的であればあるほど、困難な状況であればあるほど。

 私の呪いが、私自身の力ではどうしようもない、抗いようのないものであると再確認できるのだから。



 周りから、もっと同情してもらえるのだから。



『なんて可哀想な私……私は悪くないのに……。』



 そんな私が、偶然出会ったんです。


 アリアさんたち〈ジョーカー〉と……。


 ファルメルでも悪名高い〈沈黙〉のガロードさんを筆頭に、自分と同じく、問題を抱えた『同情されるべき』人たちの集まり。



 最初は、そう思いました。

 やっと、仲間が見つかったのだと。



 アリアさんは口が悪くて、私みたいな『ババ』を引き寄せてしまう。

 でも、私のことを憐れんで、虐められていたところを助けてくれました。



 エステルさんはいつも問題ばかり持って来る。

 でも、私の手を引っ張って一緒に走ってくれました。



 ガロードさんは口も利かずにずっと何か食べている。

 でも、私の料理をとっても美味しそうに食べてくれました。



 ジーンさんは軽薄でいつも別の女の人に愛を囁いている。

 でも、私の身の上話にはとっても心配をしてくれました。




 ああ、なんてどうしようもなくて、

 なんて、私に優しい人たちなんだろう。




 でも、アリアさんたちは違った。


 違ったんです……。


 自分たちに向けられる憐憫や嘲笑を、ものともしない。

 不幸な境遇を、受け入れない。


 それどころか、それをバネにして、困難を乗り越え、成果を上げ、称賛すら受けている。



 アリアさんたちと一緒にいると……胸が苦しくなる。


 まるで……自分の醜さを、まざまざと見せつけられているような。


 真実を映し出す鏡のようですらありました。





『お前のその体質も、使い方次第で役に立つんだな』





 じゃあ、なんであなたは今まで使い方を探さなかったの?





「あっ……」




 ……答えは探したら見つかっちゃうから。




「えっ………?」




 見つかったら不幸じゃなくなるから。




 なら……今まで私が不幸だったのは……?




 …………認めない。

 認めない、認めない!!




 私のせいじゃない!!

 私のせいじゃない!!




 だって……!



 だって〈呪い〉なんだ!!



 これは!私の〈呪い〉!!




 ────

 ──

 ─



 俺は床を蹴り、再び反撃に移る。

 狙うはニーコの背後に立つ、諸悪の根源たるリッチだ!



「喰らいやがれッ!!〈ファイアボルト〉!!」



 右手の剣を振るい、圧縮された炎の矢を放つ!


 だが。



「なっ!?」



 あり得ない現象が起きた。

 リッチへと真っ直ぐ向けたはずだった炎の矢が、放たれるその直前。

 俺自身の注意が、まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、強制的にニーコの方へと捻じ曲げられる。

 魔法は俺の意志を裏切り、ニーコが構える盾へと吸い寄せられるように軌道を変え、虚しく弾かれ霧散した。



 ……いや、違う。

 俺が無意識のうちにニーコに向かって撃ったのだ。



(コイツの注意を惹く力、強力になってねぇか…!?)



 リッチの供給する魔力がニーコの潜在的な力を高めているのだろうか?

 ならば、と再び近接戦闘に切り替える。



 視界の端にあの情けない顔がチラつく。



(くそッ…めんどくせぇ!!)



 それでも精神集中が必要な魔法よりは影響が少ない。

 だがしかし、俺がリッチに肉薄しようとすれば、ニーコが完璧な盾となってその進路を塞ぐ。


 攻めきれない焦りと、苛立ちが募る。


 その僅かな隙を突き、リッチの〈ダークボール〉が俺を襲う。

 弾ききれなかった余波が、鎧の表面を腐食させる。


 リッチとニーコの連携は、まるで長年組んできたパーティのように、あまりにも完璧だった。

 攻防一体の鉄壁の陣形に、俺は完全に防戦一方へと追い込まれていた。



 ドォン…!

 霊廟が揺れる。



 隣の戦場では、今なおガロードとジーンが奮闘を続けている。

 ジーンは、一本ずつエンチャントを施していては間に合わないと判断したのか、器用にもスケルトンの前腕骨の僅かな隙間を矢で正確に撃ち抜き、壁や床に縫い付けて動きを封じている。



(だが、ジーンの矢も無限じゃねえ。あのガロードだって、いつガス欠になるか分かったもんじゃねえぞ…!)




 ついに、俺は覚悟を決めた。




「ちっ……怪我しても文句言うなよ!ニーコォ!!」



(躊躇してたら、こっちがやられるだけだ!)



 俺は、これまで無意識にかけていた手加減という名の枷を完全に外した。

 狙いはリッチではない。その前に立つ、ニーコ本人だ!


 炎と闇を纏った双剣が、躊躇なくニーコへと斬りかかる!

 ガキンッ!と盾が致命傷を防ぐが、避けきれなかった刃がその腕を裂き、腿を深く抉る!


 だが、ニーコは表情一つ変えない。

 眉一つ動かさず、おびただしい出血も意に介さず、即座に自己ヒールでその傷を塞いでいく。



 何度も。何度も。

 致命的な攻撃だけを盾で防ぎ、それ以外のダメージは全てその身で受け入れ、回復しながら時間を稼ぐ。

 それは、痛みを感じない者だけが可能な……あまりにも人間離れした戦術だった。



(殺さなければとまんねぇってか?…クソが。こんなもん、もう人の戦い方じゃねぇ…!)



 この『注意の引き寄せ』といい、デタラメな回復力といい……リッチが無尽蔵の魔力タンクとして機能しているのが原因だろう。



 …だが、コイツを無力化しない限り、リッチには届かねえ…!



 再びリッチに接近するべく駆け出す。

 間に割り込もうとするニーコの腕に影のロープが絡みつく。




「退いてろっ!〈シャドウバインド〉!」




 影のロープに引っ張られて、そのまま引き倒される……はずだった!



「■■■■■■■■■■■■…」



 リッチの纏う闇のオーラが影のロープから魔力を剥離する。


 実体化したはずのロープは結合が解け、何年も風雨に晒したかのように粉々に朽ちてしまった。

 やがて煙のように霧散した。



 (リッチの周囲じゃ〈シャドウバインド〉もすぐに霧散されちまうってのか…!?)



 リッチを抑えねば、ニーコを拘束するのは難しい。

 そしてニーコを無力化しないと、リッチに攻撃が届かない。




(クソッ……このままじゃジリ貧だ!)




 焦るな……落ち着け。



 俺は、一度ふぅ…と短く息を吐き、双剣を構え直す。

 溢れ出る焦りを、冷たい呼気と共に吐き出した。

 そして、全身の力を抜き、意識を足元へと集中させる。




 ズッ…と、まるで俺の身体が影に沈み込むかのように、その輪郭が揺らいだ。




「――〈シャドウステップ〉」



 次の瞬間、俺の姿は元の場所から掻き消えていた。

 あのエブラオッカ戦でも見せた、縮地と闇属性魔法を組み合わせた複合技法。


 脱力によって落下する身体のエネルギーを、そのまま前方への推進力へと変換し、爆発的な初速を得る。

 さらには闇属性魔法による影の操作で、網膜に残った残像によって、まるで瞬間移動したかのように相手の間合いを致命的に狂わせる。



 俺の突然の消失に、ニーコは咄嗟に盾を構えようとする。



 だが、遅い。

 その反応よりも速く、俺はニーコの足元に滑り込むように潜り込み、体勢を崩しながらその足首を鋭く刈り取っていた。




「対人戦闘は鍛えられてんだよッ!」




 体勢を崩したニーコは無様に床に転倒する!

 俺は、その倒れゆく身体を潜るようにすり抜け、一瞬だけ生まれた、がら空きの空間へと瞬時に踏み込んだ!


 チャンスは奇襲で陣形が崩れた、この一瞬…!


 目標はただ一つ、背後に立つリッチ本体!

 炎を纏った曲剣が、リッチの首元へと迫る!



「…もらったッ!!」



 だが、リッチの反応は、俺の速度を上回っていた。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」



 ゴウッ!と、その身を覆う闇の衣が、まるで奔流のように荒れ狂い、俺の身体を侵蝕する!



「グッ…!?おあっ…」



 皮膚を剥がされるような激痛と共に、衝撃波によって後方へと弾き飛ばされながらも、俺は床を蹴って体勢を立て直した。



(……失敗したッ、防御障壁まであんのかよっ!)



 リッチまでがあまりにも遠い。



 しかし……その一瞬の攻防の中に、確かな好機が生まれていた。

 リッチが魔法を使った瞬間、その身を覆っていた闇の衣のようなモヤが、一瞬だけ薄くなる。



 確かに、見えた。




(リッチの鳩尾…心臓部!!あの、暗紫色に鈍く光る球体…!あれが、アイツの核だ!!あれさえ破壊できれば…ッ!!)




 だが、感傷に浸る暇はない。


 俺の視線の先では、転倒していたはずのニーコが、何事もなかったかのようにむくりと起き上がった。

 そして、再び俺とリッチの間に無感情な瞳で立ちはだかる。




 この鉄壁の守りを……もう一度こじ開けなければならない。


読んでくれてありがとうございます。

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