第51話:順調
墓所へと向かう道すがら、俺はジーンのために講習会を開く。
「…いいか、エンチャントってのは、要は自分の魔力を無理やりブチ込んで、モノの性質を一時的に追加する技術だ。…ここをこう、してだな…」
俺は道端に落ちていた手頃な木の枝を拾い、その表面に指で魔力の流れをなぞって見せる。
「ふむふむ、つまり、対象物に自分の魔力を同調させ、送り込んだあとに切り離す、という解釈で合っているかい?」
「まあ、そんなとこだ。……やってみせるのが一番早いな」
俺は一度、息を整えると、体内で練り上げた魔力を腕へ、手へ、と集束させていく。
「いくぞ…?…コホン。『破壊を司る赤きイグニよ、万物を灰燼と化す汝の憤怒を"この枝"に宿し、触れるもの全てを焼き尽くす劫火の剣と化さんことを――〈エンチャント・フレイム〉』」
ぼうっ、と音を立てて、俺が手にしていたただの木の枝が、内側から発光するように燃え上がった。
「「「おおっ!」」」
エステル、ジーン、そしてニーコが、素直な感嘆の声を上げる。
ただ枝に火を灯したのとは、明らかに燃え方が違う。
木の枝そのものが燃えているのではなく、俺が込めた魔力が木の枝から放出され、燃えているのだ。
……とはいえただの木の枝では、この熱量と魔力に耐えきれず、すぐに炭化して燃え尽きてしまうがな。
「…と、まあこんな感じだ」
俺は、ボロボロと崩れ落ちる燃え滓を、足元へぽいと投げ捨てる。
覗き込むように見ていたジーンは、「なるほど、実に見事なものだね、アリアちゃん」などと言いながら、さりげなく俺の腰に手を回そうとしてくる。
ゴッ!
「ぐふっ!?」
俺は、視線を前に向けたまま、ジーンの脇腹に寸分違わず肘鉄をお見舞いした。
呻き声を上げて崩れるキザ男に、新しい枝を投げ渡す。
「最初はそんなに魔力を込めなくていい。どうせ魔法抵抗でほとんどがロスするからな。まずは、魔力を『通す』感覚だけ掴め」
それから道中、ジーンはブツブツと詠唱を繰り返しながら、何度も練習を繰り返した。そして、数十回目の挑戦で、ついにその瞬間が訪れる。
「…『秩序を司る白きラティアよ、汝の聖なる輝きを"この枝"に与え、邪悪なるもの全てを祓う破邪の光となさんことを――〈エンチャント・ライト〉』」
ジーンが手にしていた枝が、ぽあっと、蛍のように淡い光を放った。
「おおっ、まじか…」
「わぁっ!やりましたわねっ!ジーン様っ!」
「す、すごいです!ジーンさんっ!」
「ふっ…ふふっ、全く、自分の才能が恐ろしいね…」
ハァ、ハァ、と肩で息をしながらも、キザったらしく前髪を掻き上げるジーン。
「……光はしょぼいけどな」
俺はそう言ってやったが、内心では少しだけ驚いていた。
詠唱込みとはいえ、こうやって移動をしながら付与魔法を成功させるとは。
どんな魔法にも言えることではあるが、魔法というのは、本来、高い集中力を要する。
歩きながら、喋りながらといった『ながら作業』は、難易度が桁違いに跳ね上がるのだ。
(あの〈ミラージュ〉といい、コイツ、魔力の精密操作だけなら、そこらの魔術師よりよっぽど才能があるかもしれん……)
「まぁ…しょぼいけどな」
「なんで二回言ったんだい!?」
ジーンはぐぬぬと唸りながら、また練習を始める。
(……とはいえ、微弱でも光属性の魔法効果を付与できれば、アンデッド相手にはかなりダメージの通りが違ってくるはずだ)
再び成功させた〈エンチャント・ライト〉に、後ろから見ていたエステルとニーコが、「おーっ」とパチパチと手を叩いて称賛していた。
その光景は、まるで、これから死地に向かうとは思えないほど、のどかなものだった。
森を抜けた先に、その墓所はあった。
風雨に晒され、蔦に覆われた石造りの外観は、長い年月の経過を物語っている。
入り口を守るように立つ天使の石像は、その顔の半分が崩れ落ち、まるで嘆き悲しんでいるかのようだ。
「ひぃぃぃ…!なんて不気味な場所ですの…!」
エステルは、ニーコの後ろに隠れてガタガタと震えている。
一方、ニーコも青い顔でゴクリと喉を鳴らしてはいるものの、自分より盛大に怖がっているエステルがいるせいか、逆に少しだけ冷静さを保っているようだった。
人間、自分よりビビっている存在がいると逆に冷静になるってやつか。
俺は曲剣の柄に手をかけ、周囲を警戒しながら、苔むした重い石の扉をギィィ…と音を立てて押し開けた。
ひやりとした黴臭い空気が、俺たちの頬を撫でる。
墓所の内部は、不気味なほどに静かだった。
カツン、カツン、と俺たちの足音だけが、だだっ広い石造りのホールに反響する。壁には古びた魔力灯が点々と残っているが、その光は頼りなく揺らめき、俺たちの影を不気味に引き伸ばしていた。
カタ…カタカタ…
不意に、ホールの奥から乾いた音が聞こえた。
闇の中から、一体のスケルトンが、錆びついた剣を引きずりながら現れる。
「やれやれ、早速お出ましのようだね」
ジーンは、先ほどの練習の成果を試すように、まずはエンチャントを施していない普通の矢を番え、放った。
ヒュン、と風を切り、矢は寸分違わずスケルトンの眉間、頭骨の中心を貫く。
だが、スケルトンは動きを止めない。頭に矢を突き立てたまま、空っぽの眼窩をこちらに向け、ゆっくりと距離を詰めてくる。
……やはり、脳も肉もないアンデッドに、ただの物理攻撃は相性が悪い。
「ちっ、やはりこうなるかい」
ジーンは悪態をつきながら、二本目の矢に意識を集中させる。
先ほど練習したばかりの拙い詠唱で、矢尻に淡い光を灯すと、再度スケルトンに向けて放った。
「…『秩序を司る白きラティアよ、汝の聖なる輝きをこの矢に与え、邪悪なるもの全てを祓う破邪の光となさんことを〈エンチャント・ライト〉』」
今度は効果てきめんだった。
同じように頭蓋を貫いた光属性の矢が、その頭骨を内側から破裂させるように砕き散らす。
活動を停止したスケルトンは、その場に崩れ落ちると、サラサラと砂のように霧散し、親指の先ほどの大きさの紫色の魔石だけを残した。
(…微弱な光でも、スケルトン程度には十分有効なようだな。だが、あの詠唱速度じゃ連射はできねえ。やっぱり相性が悪いことには変わりねえか)
その後も、散発的に現れるスケルトンを俺とガロードで片付けながら、俺たちは墓所の奥へと進んでいく。
最初こそ悲鳴を上げていたエステルも、徐々にその重苦しい空気に気圧されたのか、今ではニーコの服の裾をギュッと掴んで、黙って後をついてくるだけだった。
「す、スケルトン、と言いましたわよね…?その…こちらのお墓に眠る方々の骨を、あんなふうに壊してしまって、罰当たりではございませんこと…?」
エステルが、もっともらしい倫理観に基づいた質問を、小声でニーコに尋ねる。
「え、ええっと、たぶん、大丈夫だと思います…。ここにいるスケルトンは、おそらくポップ…したものだと思うので…」
ニーコが、おずおずと説明を始めた。
魔物の出現方法には、大きく分けて二つあるという。
一つは、生物として子を成す『繁殖』。そしてもう一つが、特定の属性の魔素が溜まった空間で、その濃度がある一定にまで高まった時に、自然発生する『ポップ』という現象だ。
魔物の死体が霧散して魔素に還ったり、一部の素材だけが残ったりするのも、この生まれ方が関係しているらしい。魔物の身体の構成物が、魔素由来か、物理的な物体由来かによって、消えずに残る部位が変わってくるのだとか。
ここのスケルトンは、小さな魔石以外はほとんどが霧散している。つまり、ポップによって生まれた魔物である可能性が高い、ということだ。
「…まあ、例外として、本物の遺骨を媒体にして魔素が籠り、怨念と共に魔物として生まれ変わる、『そういうやつ』もいるがな…」
俺が付け加えると、エステルは「ひぃぃぃ…!」と短い悲鳴を上げ、さらに強くニーコにしがみついた。
「大丈夫だって、バチなんかあたりゃしねえよ!見ろ、ガロードを!」
俺が親指で示す先では、ガロードが、どこからともなく取り出した骨付き肉を、いつも通り無心で齧っている。
「バチが当たるなら、まずアイツからだ」
「?」
何言ってんだか、というように、ガロードはこちらに一瞥をくれると、また骨に残った肉をガジガジと齧り始めた。
(…つーか、てめえ。他所様の墓の中で食事して、その食いカスの骨を、そこらに捨てんじゃねーぞ…?)
その後も、俺たちは墓所の奥へと慎重に歩を進めていた。
時折、壁からすり抜けるように現れるのは、半分透けた幽体を持つ低級魔物、レイスだ。
物理攻撃は空を切るだけでほとんど意味をなさないが、俺の放つ〈ファイアボルト〉一発でさえ、その儚い身体は形を保てなくなり、断末魔の叫びもなく霧散する。
あまりにも順調そのものだった。
最初の恐怖はどこへやら、この単調な作業にすっかり慣れてしまったのか、エステルは「わぁ!」「きゃあ!」などと可愛らしい悲鳴を上げながらも、今やニーコの手を引き、まるで肝試しでもするかのように薄暗い通路の探検を始めている。
その様子に、俺はやれやれと溜息を吐きながらも、思考に浸っていた。
(報告にあったよりも、魔物の数も質も、ずいぶんとショボいみてえだな。これで13,500ガルドなら、笑いが止まらねえボロ儲けだ。バカみてぇにだだっ広いのだけが、ちと面倒くせぇがな……順調、順調……ん?)
その、あまりにも順調すぎる状況に、俺の思考がふと停止する。
視線の先では、エステルに引っ張られる形で、ニーコまでが壁のレリーフなどを指差して、何かを話している。
はしゃいでいる、と表現してもいい。
その光景を見て、俺は石像のように固まった。
(……報告にあったほどの規模じゃない、だと…?)
違う。
(いや、待て。エステルと、ニーコがいるんだぞ…?こいつらが二人揃っていて、この静けさは、逆におかしいんじゃねえか?)
これまでの経験が、俺の脳内で警鐘を乱打する。
エステルの、理不尽なまでのエンカウント率の高さ。
ニーコの、魔物の敵意を一身に集める、呪いのような体質。
この二つの災害が同時に存在しているというのに、散発的に現れるのは、Dランクにも満たないような雑魚ばかり。
なんとも情けない話だが、もはや俺たち〈ジョーカー〉にとって、『順調であること』が、何よりの異常事態なのではないか?
その考えに至った瞬間だった。
スーッ、と、全身の血の気が下がるのを感じた。
さっきまで気にも留めていなかった、墓所の静寂が、まるで分厚い鉛のように全身にのしかかってくる。
この静けさは平穏などではない。
嵐の前の静けさだ。
読んでくれてありがとうございます。
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