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自由のアリア  作者: カラノニジ
第六章:忌むべき道は過ぎ去りし道程
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第50話:墓掃除

 

 それから数日、毎日のように『活き餌作戦』を実行した。


 波こそあるものの成功率は高く、俺たちの懐には確かな潤いがもたらされた。

 素材の売却益をメンバーで山分けし、残りをパーティ活動費に回しても十分な収支だ。



 だが、パーティ内の空気は、稼いだガルドの重さとは裏腹に、奇妙に淀んだままだった。



 原因は、言うまでもなくニーコだ。



 あの日依頼、彼女はあからさまに俺たち…特に、自分を無邪気に肯定するエステルから、意識的に距離を置こうとしていた。


 ギルドの酒場で、いつものテーブルを囲んでいる時もそうだ。


 彼女は、積極的に混ざろうとせず、常に椅子を半歩後ろに引き、輪の外から俺たちの会話を眺めている。

 まるで、自分はここにいるべきではない、とでも言うように。



「ニーコさんも、もっとこちらへいらっしゃればよろしいのに!このアップルパイ、絶品ですわよ?」



 エステルが、太陽のような笑顔で手招きをする。

 その善意の光が、ニーコにとっては耐え難いものらしい。

 彼女はびくりと肩を震わせると、俯いたまま、か細い声で呟いた。



「い、いえ…私なんかが、皆さんの輪に入ったら…。きっと、また不幸なことが…」



「まあ、そんなことありませんわ!わたくしたちが、ニーコさんを不幸になんてさせませんもの!」



 エステルの力強い肯定は、しかし、火に油を注ぐだけだった。

 その言葉を聞くたびに、ニーコの顔がサッと曇り、その瞳の奥に、あの日の昏い光が微かに揺らめくのを、俺は見逃さなかった。



(…なんなんだ、コイツは…)



 俺は、エステルの淹れた紅茶を啜りながら独りごちる。


 俺たちみたいな、戦闘の腕『だけ』はそれなりに立つ連中と一緒にいることで、自分の無能さが浮き彫りになるのが嫌なのか?


 ニーコだって、ウチのバカどももそれぞれ欠点を抱えてる『厄介者』だってことはわかってるはずだ。

 それにウチにはもっと役に立たねえ、この能天気お嬢様もいるわけだしな…。


 黙々とパイを頬張るガロード、ニーコに能天気にも話しかけ続けているエステル、隣のテーブルの女にキザったらしくウインクをかましているジーンを見て、大きくため息をつきながらカップをかちゃりと置く。



(そこまで自分を卑下する必要はないと思うんだがな…)



 それに……それが原因なら、あの岩山で『役に立った』と褒めた時に、あんな絶望したような顔をするのはおかしいだろ……。



(…それとも、逆か?いつも憐れまれてきたせいで、俺たちの態度も全部『同情』や『哀れみ』だと勘違いしてやがるのか?あのネガティブ思考で、俺たちの言葉を勝手に捻じ曲げて受け取ってんのか?)



 思考が、袋小路に迷い込む。

 どちらにせよ、気に食わねえ。そのウジウジした態度が、無性に俺を苛立たせた。


 このままでは、ジーンの軽薄なジョークも、ガロードの食事音も、どこか空々しく響くだけだ。

 俺は、この気まずい空気を断ち切るように、わざと大きな音を立てて席を立った。



「……ちょっと依頼を見てくる。てめえらは、そこで仲良くお茶でもしてろ」



 俺は一人、依頼掲示板へと向かう。

 相変わらず、ゴブリン退治だの薬草採取だの、手間ばっかりかかって実入りの少ない依頼が壁を埋め尽くしている。


(どれもこれも、パッとしねえな…)


 掲示板に貼られた羊皮紙を一枚一枚、うんざりしながら眺めていた、その時だった。

 一枚の、少しだけ古びた依頼書が、俺の目に留まった。



『放棄された古い墓所の浄化』



(……ん?)


 依頼内容:ファルメル北部の森にある旧墓所付近にて、アンデッドの発生を確認。墓所内部に魔素溜まりが形成されていると見られる。内部浅層および外部に湧き出ている個体数から、小規模低級と予測されるが、内部深層は未調査。アンデッドの掃討を依頼する。

 危険度:銅等級以上、パーティ推奨

 依頼主:ファルメル領主



 ありふれたアンデッド討伐依頼。

 だが、俺の視線は、その紙の下部にて書き換えられた数字に釘付けになった。



 報酬:5,500ガルド→13,500ガルド

 期限:掲載より三日以内



(…いちまん、さんぜんごひゃく…!?)



 銅等級推奨の依頼で、この金額は破格だ。

 期限が三日以内と短めであるが、おそらくは、5,500ガルドでは受けるやつがいなかったのか危急の依頼として報酬額が釣り上がっている。墓所が由緒ある貴族家のもので、領主としても放置できない案件なのだろうか。


 危険度は多少、過小評価されているかもしれんが、B級の魔物グリフォンを討伐した俺たちにとって、下級アンデッドの群れなど恐るるに足りねぇ。


(これだ…!)


 俺は、その依頼書をひったくるように剥がすと、口の端に浮かんだ笑みを隠すことなく、仲間たちの待つテーブルへと意気揚々と戻った。



「おい、てめえら!久しぶりに『美味しい依頼』を見つけてきたぜ」



 バン!と、依頼書をテーブルの中央に叩きつける。

 その音に、気まずそうにしていたニーコも、驚いて顔を上げた。



 俺は、ニヤリと笑い、全員に聞こえるように告げた。



「アンデッド掃除の時間だ。準備しろ」



 四者四様の視線がそこに集まった。


 報酬額を見たジーンが、ほう、と感嘆の息を漏らす。

 ガロードは相変わらずパイを頬張っているが、その視線はチラリと依頼書に向けられている。

 そして、エステルは…依頼内容に書かれた「墓所」「アンデッド」という単語を指でなぞると、みるみるうちにその顔から血の気が引いていく。



「お、おおお、おばけ、退治ですのっ!?」



 ガタガタガタ!とテーブルが揺れ始める。



 ……このお嬢様、おばけの類は心底苦手らしい。


 ワイバーンやグリフォンには平気で突っ込んでいくくせに、おばけは怖いのかよ……ワケがわからん。


 彼女のパニックをよそに、ガロードは揺れるテーブルの上でカチャカチャ揺れる皿をもう片方の手で冷静に押さえると「うるさい」と言わんばかりにチラリとエステルに一瞥をくれた。

 そして、興味を失ったように、平常運転でもぐもぐと口を動かしながら、次のパイへと手を伸ばした。



「やれやれ…」



 ジーンが、大げさに溜息をついてみせる。



「ロックワームの時もそうだったけれど、またしてもボクの自慢の矢が通り難い相手とはね。レイスやスケルトン相手では、この美しい弓の出番も少なくなってしまう。嘆かわしいことだよ」



「お前、他に魔法は使えねぇのか?あの〈ミラージュ〉は強力だが、攻撃手段が弓だけってのは心許ねえ」



 俺がそう尋ねると、ジーンは少し考える素振りを見せた。



「そうだね……例えば、〈フラッシュ〉とか」


 指先から、目も眩むような閃光が弾ける。


「あるいは、〈スプラッシュ〉とか」


 今度は、どこからともなく現れた水が、テーブルの上のコップへ注がれる。



 どちらも、戦闘にはおよそ不向きな日常魔法だ。



「……戦闘じゃ、どっちも使えねーな」



「使えるとも!」



 ジーンが、心外だと言わんばかりに胸を張る。



「あん?」



「ボクの華麗なる登場シーンを、光と水飛沫で、よりドラマチックに彩ることができるのさ!」



 得意げにウィンクを飛ばすジーン。



「なんの役に立つんだよ、それは!」



「まあまあ。ボクは、こういう繊細な魔力操作は得意なんだけどね。残念ながら、これを攻撃に転用するには、威力がどうにも心許なくてね」



 やれやれ、と肩をすくめるジーンに、俺はもう一度、深い深い溜息をつくしかなかった。


 どうやら、この墓所掃除も、一筋縄ではいかないらしい。



 俺みてぇに〈エンチャント〉……魔法効果の付与ができれば、そういった敵相手でも矢が有効になるだろうが……。

 例えば俺がジーンの矢に一本ずつ炎でも纏わせてやれば、アンデッド相手にも十分なダメージソースになりうる。


 だが、戦闘の最中に、あの速度で矢を番える弓兵に、一射ずつ付与魔法をかけるなんてのは、あまりにも現実的じゃない。

 そんな手間をかけるくらいなら、俺自身が前に出て剣を振るった方がよっぽど効率がいい。


(この件は、なんかいい案がねぇかマノンの姐さんにでも、また相談してみるとするか…)


 ちらり、とジーンを見る。


(ま、後でコツだけでも教えてみるか…。魔力を通しにくい鋼鉄の剣と違って、木製の矢柄なら、なんとかなるかもしれねぇしな……)


 俺がそんなことを考えていると、それまでガタガタと震えていたエステルが、意を決したように椅子から立ち上がった。




「わたくしっ!今回の依頼は、お留守番いたしますわっ!!」




 ぷんすか、と頬を膨らませ、腕を組んでそっぽを向く。そんなに嫌なのか、おばけが。



「バカ言え!ものの十分も一人で留守番できねぇくせに、何言ってんだ!」



「できますわ!」



「嘘つけ!この前、俺がちょっと買い出しに出た隙に、路上販売の訳わかんねぇ壺を買おうとしてただろうが!」



「あ、あれは芸術的なフォルムでしたの!」



「お前を一人で宿に置いていったら、次は何をやらかすか分かったもんじゃねえ!そっちの方が、よっぽど怖ぇよ!」



 俺たちがそんな不毛なやり取りをしている間も、ニーコは俯き加減に、軽く下唇を噛んで、ただ嵐が過ぎ去るのを待っているようだった。その姿が、また俺の癇に障る。



「おい、ニーコ。聞いてんのか。お前も行くんだよ!」



「えっ!?ええっ、で、でも、私なんかが行っても、足手まといに…」



 視線が合わない。怯えたように瞳が左右に泳いでいる。


 その姿を見て、自分の身の安全を確保する、より確実な方法を思いついたのだろう。

 敗色濃厚だったエステルが、ぱっと顔を輝かせ、ターゲットを俺からニーコへと変更した。



「ニーコさんっ!お願いしますわっ!わたくし、おばけ、とってもおそろしいんですのっ〜!」



 がしっと、エステルがニーコの手を掴み、涙ながらに訴えかける。



「どうか、わたくしについて来てくださいましぃ〜!そして、わたくしをお守りくださいましぃ〜!」



 すがりつく勢いで詰め寄るエステルに、ニーコの小さな身体がぐらぐらと揺れる。



「わ、わ、わかりましたぁ!わかりますから、そんなに揺さぶらないでくださいぃっ!」



 エステルの猛攻に根負けしたように、ニーコは叫んだ。

 こうして、半ば無理やりではあったが、ここにいる全員で墓所へ向かうことに決定したのだった。


読んでくれてありがとうございます。

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