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自由のアリア  作者: カラノニジ
第六章:忌むべき道は過ぎ去りし道程
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第49話:活き餌作戦

挿絵(By みてみん)

*本イラストは生成AIを使用しています

 そして、翌日。



「……というわけで、これより『活き餌』作戦を開始する!」


 ギルドの〈ジョーカー〉占有テーブルにて、発せられた俺の高らかな宣言に、ニーコとエステルが、まるで鏡合わせのように同じ表情で固まった。



「「ふぇええええ(ですわ)!?」」



「…なんか言いたそうだな、ジーン」


 俺が胡乱な目つきで水を向けると、ジーンはやれやれと肩をすくめ、芝居がかった仕草で話し始めた。


「…いや、アリアちゃん。昨日の今日で、よくもまあそんな悪魔的な作戦を思いついたものだなって。その……意外と『クレバー』なんだね」


「『文無し』から抜け出すにはこれしかねぇからな」


「代わりに『人で無し』になりそうだね」


 くつくつと笑うジーンに俺は「うるせぇよ」と一喝する。


「とはいえ……ボクとしては、可憐でか弱い乙女二人を囮として使うのは、どちらかといえば反対の立場を取りたいかな」


「大丈夫だ、ちゃんと考えてある」


 俺はそう言って、ギルドへの道すがら武具屋〈鉄細工・鉄心〉で購入してきたブツをテーブルにゴトン、と置いた。

 硬質な木材を金属でぐるりと補強した、取り回しのしやすい標準的な円盾ラウンドシールドだ。軽くて丈夫、そして何より安い。


「それと、鎧もな。…全身を覆うようなリッチなもんじゃねえが」


 鎧は高価だ。俺がなけなしの金で用意できたのは、急所を最低限守るための防具一式。動きを阻害せずに太い血管や臓器を守るための、いわゆるポイントアーマーというやつだ。


「ニーコ。お前には、今日から前衛(フロント)に立ってもらう」


「え、わ、わたしが…ですか!?」


「いいか?作戦はこうだ」



 俺はテーブルの上に指で図を描きながら、昨日の夜考えた作戦を全員に説明する。

 まず、エステルとニーコを使い、狙いの魔物の群れをおびき出す。

 次に、開けた場所までその群れを誘導する。

 ある程度固まったところで、ガロードの範囲魔法で一気に数を減らす。

 最後に、生き残った手負いの連中を、俺とジーンで確実に処理する。



「それでも数によっては抜け出すやつもいるかもしれない。そのときはこの盾の出番だ」


「昨日の戦い方を見て思った。お前は魔法はテンパっちまってからっきしだが、防御に関しては冷静だった。攻撃に対する対処に迷いがない」


(痛みを感じないっていうのが、攻撃を受ける恐怖心を薄れさせてるのかもしれねぇが)


 その間、ニーコは自身とエステルの安全を確保することだけに集中する。


「いいか、ニーコ。お前は攻撃魔法を使わなくていい。というか、使うな。ひたすら、その盾で防御にだけ集中してくれればいい」


「その間に、俺たちが必ず、全ての魔物を倒しきる。…分かったな?」


「…は、はひぃ!」


 俺たちが向かうのは、先日ニーコが騒動を起こしたという岩山だ。



 道すがら雪山を歩いていると、索敵に反応があったのか、ガロードは左前方を指差す。

 目を凝らすと白い雪に紛れてなにやら動く集団がいる。


「オッオウッ」

「オッオウオッ」


 不快な鳴き声がきこえてきた。


 白く長い毛に覆われ、人間よりは一回り小さな雪猿……エブラオッカが縄張りに侵入してきた俺たちのご尊顔を拝みにきたとでもいうかのように、子分を引き連れ偵察にやってきたようだ。


「まぁ!お猿さんですのねっ!かわいいですわ~!」


「ふふっ、可愛らしいのは君さ、エステル。あんな化け猿にも等しく寵愛を振り撒くなんて、君の美しい博愛精神にはボクの輝きも薄れてしまうよ……っ!」


 ガロードがニーコにアイツらは食えるのか?と尋ねるように指を指す。


「えっ……!?ええと……美味しくは……ないかと……」


 目を泳がせながら律儀に答えるニーコ。


「ニーコ、そいつの問いを真面目に取り合うな、バカがうつるぞ」



「申し訳ありませんわ~お猿さんたち~!わたくしバナナは持っていませんの~!」


 エステルが、まるで旧知の友人にでも会ったかのように、ぶんぶんと手を振りながらコミュニケーションを図ろうとする。



(……猿語がわかんのか?いや、コイツならあり得るかもしれん……)


「あ、あわわ、なんだかものすごく怒っていませんかぁ!?」


 ニーコの言う通りだった。

 ひときわ大きなボス猿…ボスエブラオッカが、けたたましく威嚇の声を上げると、それまで様子を窺っていた取り巻きたちが、一斉にこちらへ突撃してくる。


 雪に紛れ、音もなく接近してくるが、その程度の隠密行動などガロードの索敵範囲の前では無意味だ。

 食えないなら用はない、とばかりに、ガロードの周囲の空気が揺らぐ。

 次の瞬間、圧縮された空気の奔流〈エアブロウ〉が、轟音もなく雪原を薙ぎ払った。雪ごと軽々と打ち上げられ、空に舞い上がったエブラオッカたちを、ジーンの矢が次々と的確に撃ち落としていく。


「ふふっ、いつものことながら荒々しいねっ、ガロード君は!」


 残ったボスエブラオッカは、仲間がやられたことに逆上したのか、奇声を上げながら子分を引き連れて、なおも突撃してくる。


「ニーコ、エステルを頼んだ!」


「ふぇあ、はいぃっ!」


(逃げずに向かってくるなんてな……早速、活き餌が効いてんのか?)


「〈エンチャント・フレイム〉」


 向かってくる子分どもを灼炎の剣で瞬時に斬り伏せる。

 その勢いのまま、ズッ…と身体が脱力したように沈み込む。


「──〈シャドウステップ〉」


 その次の瞬間には、数歩先へと進み終わっている。


 いわゆる縮地と呼ばれる技法だ。


 脱力によって落ちるエネルギーをそのまま前進する力へ変換することで爆発的な初速を得る。

 さらに闇属性の魔法で影を操作し、網膜に残る残像が、まるで瞬間移動したかのように相手の間合いを狂わせる。


 いきなり目の前に現れた俺にボスエブラオッカは驚愕の表情を浮かべるが、声を上げる間もなく、炎を纏った曲剣の切っ先が口内を通り過ぎていった。


「ウッオ゛……!!」


 喉から血の泡を吹き、その場に崩れ落ちる。力が抜けたのを確認し、剣を振るって血糊を払った。

 ボスを失ったエブラオッカたちは、蜘蛛の子を散らすように尻尾を巻いて山へと帰っていく。


「わぁ!アリア様!すごいですわっ!今、わたくしアリア様が二人に見えましたのっ!!」


「ボクの目にも一瞬だけ残像がぶれて見えたよ!流石はアリアちゃん、ボクたちのリーダーなだけあるね!どういうカラクリなんだい?」


「ああっ、もう!うるせぇ!くっつくんじゃねぇよ!」


 騒ぎ立てるエステルとジーンを払い除け、軽く説明する。


「ありゃただの技術だ、それを闇魔法で少し補強しただけ……」


「すごい………」


 ふと、ニーコがぽつりと呟いた。

 しかし、その賞賛の言葉とは裏腹に、彼女の表情は昏く沈んでいる。


「あん……?ニーコどうした?」


 俺が声をかけると、ニーコはハッとしたように慌てて表情を取り繕った。


「い、いえ…!み、皆さんすごいなぁって……私なんかと全然違って……」


 盾のフチを指でイジイジしながら俯いてしまう。


 ハァ…と、俺はわざとらしく息をつくと、ニーコの頬を両手で掴み、むぎゅっと押し潰した。


「ネガティブ禁止な、そんなんだからいつまでも舐められんだぞ」


「は、はひぅ……」




 それからしばらくして、俺たちは件の岩山へと辿り着いた。

 ロックワームが岩を喰らいながら掘り進んだのだろうか、灰色の山肌には、まるで巨大な虫食い跡のように、無数の穴が不気味な口を開けている。

 そして、その穴を新たな住処として、コボルトが棲みついていた、と。


「ほ、本当にやるんですのね…?」


 エステルが、不安げに俺の服の裾を掴む。俺はそんな彼女の頭を軽く小突いた。


「『脱☆無能』。てめえが言い出しっぺだろうが。やるぞ」


 作戦通り、まずニーコとエステルが二人で、最も大きな洞穴の入り口へと慎重に近づいていく。



「やーい………えぇと……おバカですわーーーっ!!」


「か、かかって、きやがれ、ですぅうっ!!」



(なんなんだ……その罵倒の語彙力は……)


 エステルがこれみよがしに大声を上げ、ニーコはその場でぴょんぴょんと足踏みをして振動を起こす。

 内容はともかく、洞穴内にキンキン響く声は単純だが、原始的な魔物には効果的な挑発だ。


 ゴゴゴゴゴ……!

 すぐに、地鳴りのような低い音が洞穴の奥から響き渡った。


「き、来ましたわぁ〜!」

「あわわ……一、二、三…まだ来ますぅ~っ!?」


 エステルの悲鳴に混じって、地中から全長十数mはあろうかという巨大なミミズのような魔物…ロックワームが、うねりを上げて這い出してくる。

 一匹、二匹…最終的に五匹もの群れが、その巨大な顎を開閉させながら、日光の下へと姿を現した!


「今だ!ガロード!」


 俺の合図と共に、待機していたガロードの周囲の空気が揺らぐ。圧倒的なプレッシャーが、魔力の奔流となって前方へ解き放たれる。

 轟音と共に砂塵が舞い上がり、先頭にいた一匹が背後の岩山に激突してのたうち回っている。

 しかし、残りの四匹は、その衝撃に体勢を揺らがせながらも、怒りに突き動かされ、一直線にこちらへと向かってくる!



「チッ、しぶてぇな!」



 ヒュン!と、ジーンの放った矢が、ロックワームの硬い甲殻を避け、節の間の柔らかい部分を正確に射抜く。


 動きを鈍らせるが巨体に弾かれた石礫がジーンに向けて飛散する。

 ニーコが「ひゃっ!」と短い悲鳴を上げながら掲げた盾がそれを防ぐ。


「助かるよ、ニーコちゃん!」


 とキザったらしくウィンクする。…ニーコは見ていないが。

 身を躱す必要のなくなったジーンはそのまま弓を構え直すと、その奥のロックワームの眼球をストンストンとリズムよく撃ち抜いていく。


(よし、安物だが盾も役に立ってるようだな!)


 横目で戦況を追いながら、俺は狙いを定めた手前の一匹に飛び掛かる。

 円形に無数に生えた、ヤスリのような牙が並ぶ顎門が眼前に広がるが、身を反らしながら躱すと、すれ違い様にその胴体へ曲剣の刃を突き立てた!


 その隣では、ガロードがブロードソードを轟音唸らせながら振り下ろしている。

 ゴシャッ!と、肉が潰れる鈍い音。

 ロックワームの甲殻ごと、その下の肉体を力任せに叩き潰している。凄まじい威力だ。


(風を纏って軽量化に加えて推進力まで追加してんのか?相変わらず器用なこった!)


 だが、その時だった。


 ミシ……ボコボコ……突如、岩肌に亀裂が入ると、一匹のロックワームが地中から飛び出すや否や、真っ直ぐにエステルへと迫る!



(しまった…!もう一匹隠れてやがったかっ!)


「っ……〈ファイアボルト〉!」


 俺は咄嗟に詠唱する!


 炎の矢がロックワームの頭部を打ち抜き、その勢いを殺そうとする。

 しかし、僅かに怯んだだけで、目標を変えることなく、ニーコとエステルに飛びかかるように突進を続けた!



「ふ、ふえええぇぇ!?」

「え、エステルさんっ!」


 ニーコは一歩も引かなかった。いや、引けなかったのかもしれない。

 ただ、身体に染み付いた防御反応が、彼女を動かしていた。

 エステルの前に割り込むように立つと、あの安物の円盾を、祈るように構える!



 ジャリジャリジャリジャリッ!!



 あまりにも不格好な構え、盾術など心得があるはずもない。

 ロックワームの口内に生えた円形の歯が、盾の表面を削り取る、耳障りな音を響かせる。ニーコの小柄な身体がぐっと押し込まれるが、彼女は倒れない。

 日々の暴力によって培われた受け身の技術が、無意識に衝撃をいなしていた。

 まともに受けず、一歩だけ後ろに下がり、受け止めた衝撃を斜め後方へと逸らす。


 すると、勢いを殺しきれなかったロックワームは、そのままゴロゴロとバランスを崩し、無防備な側面を俺たちの前に晒した。

 この好機を、俺たちが見逃すはずもなかった。


 即座に〈エンチャント・フレイム〉によって、赤熱した俺の曲剣がロックワームを開きにした。



 サァ……っと砂のように肉体が粒子化し甲殻と魔石を残して消え失せる。


「無事か!?」


「ひゃいっご、ごめんなさい!盾のお陰でほとんど無傷ですっ!」


(なんでお前が謝るんだよ……)


 盾も幾分か表面を削られ、凹みもあるが十分に役目を果たしたようだ。


「いやぁ、しかし……凄まじいね。Dランクの魔物をものの数分で6匹も呼び込むなんて……」


 ジーンが拾い集めた魔石をヒョイと投げ渡してくる。


(同感だな)


 だが、今回のように地中から攻撃してくるようなロックワームを相手にするのは得策ではないかもしれない。

 地中ではガロードの索敵範囲にもかからないし、ジーンの弓矢の効きもいまいちだ。


 今回はニーコがうまく捌いてくれたが…… 『事故』る可能性がある。


「ニーコさん!すごいですわっ!カッコいいですわ!!巨大なワームの突進をものともせず……こうして、こうっ!」


 エステルが胸の前で手を合わせぴょんぴょん跳ねている。


「作戦は大成功ですわねっ!それでは、もう一度……!」


 逸るエステルをひっつかまえて制止させる。


「いや、今日はここまでだ、安物の盾が持ちそうにない」


「す、すみません私のせいで……」


「んなことねぇだろ、お前はよくやったよ。エステルを守って、なお無傷だこれ以上があるか?」


「で、でも……」


「安盾がぶっ壊れたくらい問題ねぇよ。十分稼いだ」


 これはニーコの気遣った嘘でも、誇張でもない、正直な評価だ。

 エブラオッカが十二匹、ロックワーム六匹。

 EランクとDランク。魔石だけでも2,000ガルド、素材を合わせれば最低でも3,000ガルドには届くだろう。




「お前のその体質も、使い方次第で役に立つんだな」




 と何気なしに声をかけた、その瞬間だった。


「……っ」


 ぞわっ……と首筋に冷たいものが走る。身の毛が逆立つのを感じた。




 ニーコの瞳はまるで光の届かない深淵の底を覗くかのように昏く、深い、深い失望の色に沈んでいた。




 それは見間違いだったのではと思うほどに、ほんの一瞬のこと。

 彼女はすぐにいつもの弱々しい笑みを浮かべると…。


「えへへ……そんなことないですよぉ……」と力なく答えた。



(なんだったんだ……?今のは……?成功を喜ぶどころか…)





(…失望…だと?)





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