第48話:〈加護〉か〈呪い〉か
オックブルの極上肉が焼ける香ばしい匂いと、パチパチと心地よく爆ぜる焚き火の音。
穏やかな時間が流れていた。
ガロードという名の猛獣を完全に手懐けたニーコに、俺は改めて向き直る。
「…お前の料理の腕がすげぇってことはよく分かった。だが、聞きてえのはそっちじゃねえ」
俺は食べ終わった肉の骨を焚き火に放り込みながら、本題を切り出した。
「昼間の、あのアイスウルフの群れだ。オックブルの時にしたってそうだが。お前のその体質……魔物を引き寄せるっつっても、ありゃ異常だろ。一体何なんだ?」
俺の問いに、ニーコは楽しげだった表情をすっと消し、俯いて自分の膝を見つめた。
エステルとジーンも、興味深そうに彼女の言葉を待っている。
ガロードだけは我関せずといった様子で、ニーコが焼き上げたばかりの分厚いオックブルステーキに黙々と喰らいついている。
やがて、ニーコはぽつり、ぽつりと、まるで古い物語を語るかのように、自らの身の上を話し始めた。
「……わたしが生まれたのは、ガルドア王国の外れにある、小さな村でした」
その声はか細く、焚き火の音にかき消されそうだ。
「この体質については、よく分かってはいないんです……。昔から、なぜか動物には懐かれないし、魔物もよく寄ってきて…。村の子たちからは、よく石を投げられたりしました。呪われてるって。両親さえも私のことをよく思っていなかったと思います…。そういう…誰からも『嫌われる〈呪い〉』。でもある日…わたしが森に薬草を摘みに行った日、いくつかの魔物の群れが合わさってできた〈スタンピード〉が起きたんです。村は…それで…」
「きっと…きっと私のせいなんです…」
言葉を詰まらせ、震える肩を抱きしめるニーコ。
「まあ…!なんてことですの…!ニーコさんは、その…ご家族も…」
エステルが、今にも泣き出しそうな顔で身を乗り出す。
ニーコは、それに小さく頷きを返した。
「村で生き残ったのは、ほんの数人でした。私は近くにいた冒険者パーティに助けられて、運良く助かって…。周りの人を不幸にしてしまう私なんかが生き残ったのには何か意味があるんだって…!イドリアに来て、治癒院の研修を受けたんです。私も誰かを助けられるようになりたくて…もう誰も、あんな思いをしないようにって。私には光属性と地属性の適性がありました。でも…私の〈ヒール〉は、他の人にはほとんど効果がなくて…。結局、治癒士にはなれませんでした」
悲劇のヒロインを演じるかのような、完璧な独白。
その全てが、同情を誘うように計算されているかのようだ。
「それで…何もできないままじゃいけないって、冒険者になったんです。スタンピードの時、助けてくれたのが冒険者の人たちだったから。でも…ご存知の通り、私は〈厄病神〉だから…。いつも、みんなに迷惑をかけるばかりで…」
そこまで言うと、ニーコは自嘲するように力なく笑った。
エステルは完全に同情しきっているし、ジーンも「…君は何も悪くないさ。運命が少しだけ、君に悪戯をしただけだよ」などとキザな慰めの言葉をかけている。
確かに、筋は通っている。
だが、俺の胸の奥で燻る、あの棘のような違和感は消えない。
俺は、昼間の戦闘で感じたもう一つの疑問を口にした。
「……それだけじゃねえだろ。お前、昼間、狼に腕を裂かれてたはずだ。なのに、大した悲鳴も上げなかった。平然としすぎだ。痛みを感じないとか言ってたが、それは…?」
すると、ニーコは「ああ、それですか」と、まるで他人事のように呟いた。
「わたし、昔から、あんまり痛みを感じないんです」
「小さい頃から、周りの人たちに色々されてて…。石を投げられたり、殴られたり、蹴られたり…。そういうのが日常だったので、いつの間にか、痛いっていう感覚が、よく分からなくなっちゃって」
淡々と、しかし聞く者の罪悪感を的確に抉る言葉。彼女はこともなげに、衝撃的な事実を付け加える。
「もちろん、不死身ってわけじゃないですよ?骨が折れれば腕は動かなくなるし、斬られれば血も出ます。ただ、痛くないから、痛みでパニックにならないだけで。だから、怪我をしても、落ち着いて自分に〈ヒール〉をかけられるんです」
その言葉に、俺は二つの光景を思い出していた。
タリア平原で、腕が明後日の方向に曲がっていたにもかかわらず、平然と俺たちの心配をしていた彼女の姿。
そして、つい数時間前、アイスウルフの牙に抉られた傷をものともせず、エステルを守り続けていた、あの異様な光景。
全てのピースが、カチリと音を立ててはまった気がした。
「………そうかよ」
俺は、それだけを短く返す。
納得は、した。
理屈の上では。
だが、なぜだろう。
壮絶な過去を語る彼女の横顔が、焚き火の光に照らされて、ほんの一瞬だけ、満足そうに微笑んだように見えたのは。
その隣で、ガロードがオックブルの肉を全て食べ終え、巨大な骨を名残惜しそうにしゃぶっていた。
──
─
世の中には、魔法とは別の特殊な力を持つ奴が、稀にいるらしい。
その者に福音をもたらすものを〈加護〉…ギフト。
災いを呼ぶものを〈呪い〉…カース、と。
まあ、眉唾物の与太話だ。
どこからどこまでが神の恩寵で、どこからが呪いなのかなんて、誰にも分かりゃしない。
例えば、やたらと運がいい奴がいる。そいつが勝負で勝った。それは〈加護〉か?
逆に、とことん運が悪い奴がいる。そいつが勝負で負けた。それは〈呪い〉か?
勝った奴は、ただ人知れず理論を学び、血の滲むような努力をした結果かもしれない。
負けた奴は、その〈呪い〉とやらを言い訳にして、勝つための努力を放棄しているだけじゃねえのか?
本人の努力ではどうにもならない絶対的な理不尽であると同時に、本人の努力そのものを否定してしまう、実に都合のいい言葉だ。
夕暮れの赤い光が薄れ、森が暗くなったころ、俺たちはファルメルへと帰還した。
結局、あの後もニーコは最後までぺこぺこと頭を下げ続け、それが何故か、俺の神経を妙に逆撫でした。
漠然としていて、言語化できない違和感。
腹立たしさにも似た、この感情の正体は一体なんなのか。
(…これが、いわゆる『嫌われる〈呪い〉』って奴なのかね…)
ニーコと別れ、定宿である〈白羊の夢〉に戻った俺とエステルは、それぞれ風呂で冷えた身体を温めると、自室のベッドに転がり込んだ。
ギシリ、と安物のマットレスが軋む。
「アリアさま、わたくし、やはりニーコさんのお力になってあげたいですわ…」
天井を見つめながら、エステルがぽつりと呟いた。
「あのな、エステル。お前の目に入る可哀想な奴ら全員を、いちいち救ってやることなんてできねえんだよ」
(ただでさえ、うちのパーティはバカどもと無理難題で手一杯だってのに、これ以上、面倒なお荷物を抱えてたまるかってんだ…)
「そんな!ニーコさんは、わたくしたちの大切なお友達になるかもしれない方ですのに!」
「俺たちは金等級を目指すのもそうだが、お前を無事に家に帰すために、国を跨ぐだけの旅費も蓄えなきゃならねえ。今日はたまたま稼げたが、石等級なんかに構ってる暇は…」
そこまで言って、俺はふと口を噤んだ。
今日の稼ぎを、ざっくりと頭の中で計算する。
討伐依頼ではないためギルドからの報酬はないが、アイスウルフ8頭分の毛皮と魔石、そして素材。全て売却すれば、2,000ガルドは堅い。
(ただの偵察のつもりが、思わぬ災難だったが…これは悪くない臨時収入だ)
その思考は呼び水となり、さらなる思考を引き寄せる。
(………………)
俺は、自分の口元に浮かんだ、悪魔的な笑みを隠すように、そっと手を当てた。
(エステルの、なぜか魔物との遭遇率が異常に高い体質……それに、ニーコの、魔物を確実に引き寄せ、その執着心を一身に集める力……この二つを組み合わせれば……)
狙った獲物を、狙った場所へ、確実に誘い込める。
最高の『活き餌』が完成するのではないか。
(その効果は……今日、身をもって証明されたとおりだ)
「………。」
俺は、自分の思考の冷酷さに、一瞬だけ背筋が寒くなる。
ダメダメ、ダメだ。
いくらなんでも、エステルとニーコにそんな危険な真似をさせるわけには――!
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*本イラストは作者本人のものです




