第46話:〈厄病神〉
今日も今日とて、稼ぎにギルドへ繰り出さなくてはならない。
(やれやれ、まったく世知辛い世の中だぜ…)
「そういえば、アリア様」
「んー?」
宿からギルドへ向かう道すがら、エステルが思い出したかのように珍しく小声で話しかけてくる。
「…わたくしたちの秘密を、皆様にお話ししておかなくてもよろしいですの?」
「ああ、そのことか……」
このアホ……エステル。いや、『エステル・リーゼロッテ・エリュクシオン』が実はエトノーシア法国のどこかしらの良家のお嬢様で、こともあろうか魔物に連れられて空から密入国してきた不法入国者であるということだ。
もちろん共有しておくに越したことはない。
エステルのアホがボロを出しかけてもフォローしてもらえるかもしれないしな。
(……とはいえ)
ガロードには話しても興味を持たないだろう。
……よって話す意味もない。
ジーンは言い含めておけば秘密は守るだろうが……。
……いや、ハニートラップに引っ掛かって、ポロリしないとも限らねぇな……。
結局のところ、秘密を管理するには人数は少なければ少ないほどいい。
…というのが俺の結論だ。
「…それは俺とお前、二人だけの秘密だ。……しばらくはな」
「まあっ!まあっ!♡二人だけ!秘密!なんて甘美な響きでしょう!……で、でも、お仲間に隠し事なんて……」
俺は歩みを一時止め、エステルに向き直り、その華奢な両肩に手を置く。
「あのな、エステル。これは信用できる、できないだけの話じゃねえ。俺とお前二人が仲良く牢屋にぶち込まれるかどうかって話だ」
「ろ、牢屋……」
エステルは思い出したかのように身体をびくりと弾ませる。
「そ、そうですわねっ…!二人だけの秘密ですわっ!!ふふっ…ですけれど、アリア様と二人で牢屋に入れられるのでしたらきっと楽しい獄中生活になりますわっ!」
「こっちは絶対に御免だ、アホ…」
メンバーには、説明するべき時がきたらその時に。
旅の終わりまでしなくて済めばそれが一番リスクが低い。
表向きの〈ジョーカー〉の目標は金等級を目指し、国家間依頼で世界を巡ることだ。
ギルドにつくと、早速〈大看板〉に張り付く。
ここ数日、ギルドの依頼掲示板と睨めっこを続けているが、状況は芳しくない。依頼というものには波がある。一度依頼が薄くなると、誰もが少ないパイに殺到する。
結果、全体の消化率は変わらなくても、俺たちのような新参パーティが入り込む隙は、どんどんなくなっていく。
「やれやれ、無職の身としては、リーダーには新しい仕事を早く用意してもらいたいところだけどね」
いつのまにか隣に来ていたジーンは、女性冒険者の腰に手を回しながらそんな軽薄な皮肉を飛ばす。
「あら、ジーンそれなら私と一緒にクエストにいかないかしら!きっと良い夜…いえ、稼ぎになるわ…!」
「ふふっ、そうだね。鍛え上げられた君の槍術を見てみたいとボクも…痛たたたっ」
ジーンの耳を引っ張って引き剥がす。
「バカなこと言ってねぇで、てめえも頭を使え!どうするか作戦会議だ!」
どかりと音を立てて椅子に腰掛ける。
このテーブルはもはや〈ジョーカー〉の専用となったかのようにいつもガロードが食事を広げ、エステルは談笑しながら紅茶を注いでいる。
(ギルド併設の酒場の店主の視線が痛い…営業妨害もいいところだ)
両手で勢いよくテーブルを叩いて場を仕切る。
「聞け!これより緊急会議!『〈ジョーカー〉資金問題』についてだ!この三無しども!」
「三無し、というのは?」
ジーンが芝居がかった仕草で首を傾げる。俺はびしりと指を突きつけ、一人ずつ順に滑らせていく。
「無職」
「おやおや、手厳しい」
「無言」
「………(もぐもぐ)」
「無能」
「シンプル暴言ですわっ!?」
ぷんすかと頬を膨らませるエステルを無視して、言葉を続けようとした瞬間、ジーンが愉快そうに口を挟んだ。
「ついでにリーダーのアリアちゃんは『文無し』で、仲良く四無だね…ふふっ」
「ぐっ……とにかくだ!俺たちはここ数日、雑用みたいな依頼しか受けてねえ!ここらでドカンと稼ぎたいじゃねえか!」
「あの迷子のスノーキャットちゃん、飼い主のおばあさまの元に帰れてよかったですわね〜」
(テメーが『可哀想ですわ!』とか言って聞かねえから、渋々受けたんだろうがよ!)
だが、エステルが壁から拾ってくる、ああいった採算度外視の雑用クエストは、ギルドにとっては不良債権のようなもので、いち早く片付けたい案件らしく、貢献度としては意外と高く設定されているらしい。
そのおかげか、グリフォン討伐の実績も相まって、〈ジョーカー〉は皮肉にも、すでに銅等級パーティへとランクが引き上げられていた。
(報酬はお使いレベルだったけどな!)
もちろん、依頼を受けずとも、野生の魔物を狩って素材を売るという手もある。
だが、魔物というのは、常にどこにでもいるわけではない。
目撃証言という確かな情報がある依頼と違って、一から獲物を探すというのは、時間と労力に見合わないことも多く、それを当てにするというのはあまりにもリスキーな博打だった。
「……というわけだ。何かいい稼ぎ話はねえか、このスカタンども」
俺が忌々しげにテーブルの仲間たちを見回し、ガロードが骨付き肉を齧る音だけが虚しく響いた、まさにその時だった。
ガヤガヤとしたギルドの喧騒を裂くように、入り口近く、ちょうど依頼掲示板の前あたりで、何やら言い争うような怒声が上がった。なんだなんだ?と、エールを呷っていた冒険者たちが好奇の視線を向ける。その視線の先には、見覚えのある、そしてあまり関わりたくはない顔があった。
「だからよぉ、ニーコ!お前がいるとロクなことになんねぇんだよっ!」
「そうそう!ただのコボルト退治がお前のせいでロックワームの巣を突っつく羽目になったじゃねぇか!」
「どう責任取ってくれるんだ!?この〈厄病神〉が!」
数人の鉄等級と思しき、いかにも場末の冒険者といった風体の男たちが」、一人の小柄な魔法使いの少女を取り囲み、唾を飛ばさんばかりの勢いで口汚く罵っている。
黒みを帯びた艶やかな紅髪を丁寧に編み込み、それを押さえつけるように三角帽子を目深にかぶった少女。
…先日、タリア平原でオックブルの大群を引き連れてきた、あのニーコとかいう女だった。
「ご、ごめんなさい……わざとじゃ、なくて……」
「うるせぇ!言い訳すんな!お前がいるだけで依頼の難易度が理不尽に跳ね上がるんだよ!」
リーダー格の男が肩を突き飛ばした勢いで、ニーコは「きゃん」と短い悲鳴を上げてよろめき、背後の壁にドン、と鈍い音を立てて打ち付けられる。
血の気の多い連中が集まる冒険者ギルドだ。
喧嘩沙汰や、こういった弱者へのイビりなんざ日常茶飯事。
ギルドの職員も、備品さえ壊さなければ私闘には、不干渉を決め込んでいる。
怪我をしようが死にさえしなければ、高価な治療費を払えば治療院で治せる。
そういう常識が、冒険者の倫理観や心理的ブレーキというものを根こそぎ取っ払っているのかもしれない。
だからこそ、冒険者は舐められたら終わりだ。ああやって一度目をつけられれば、面倒事が延々と続くだけ。
(ちっ、またアイツか。タリア平原の時と全く同じじゃねぇか。学習しねぇヤツだな…)
俺が面倒くさげに舌打ちし、重い腰を上げようとするよりも早く、エステルがテーブルから勢いよく飛び出した。その顔には、正義感と怒りが燃え盛っている。
「おやめなさいまし!なんて卑劣な行いですの!皆様で寄ってたかって、一人をいじめるなんて、それでも殿方ですの!?冒険者の風上にも置けませんわ!」
エステルの凛とした、しかし場違いに丁寧な声がホールに響き渡る。
男たちが「な、なんだぁ、このガキは…」と一瞬たじろいだ。
(あーあ…案の定、首突っ込みやがった、このアホが…)
「やれやれ、紳士たるもの、か弱きレディが困っているのを見過ごすわけにはいかないね」
ジーンが芝居がかった仕草で立ち上がり、俺の耳元で囁く。
「リーダー、ボクの華麗なる弁舌で、彼らを言いくるめてこようか?」
「てめぇは黙ってろ。火に油を注ぐだけだ」
俺は深い溜息をつき、騒ぎの中心へと重い足取りで向かった。エステルがニーコの前に庇うように立ち、少しも怯むことなく男たちをむんっと睨みつけている。
「ちっ、お前ら、さっさと失せろ。そいつに文句があるなら、俺たちが聞く」
俺は男たちの肩に手を置き、顔を寄せる。
「ああ?んだと?テメェらは関係ねぇだろ」
「それとも何か?この前のグリフォンみてぇに、てめぇらも串焼きにされたいのか?」
ガロードに喰わせちまうぞ、と俺が低い声で凄むと、男たちは銀等級である俺と、その後ろで無表情にパンを齧るガロードの姿を認め、バツが悪そうに顔を見合わせた。
「……けっ、覚えてろよ、ニーコ!」
リーダー格の男は、捨て台詞を残し、仲間たちとそそくさとその場を去っていった。
「だ、大丈夫ですの、ニーコさん!」
エステルが心配そうにニーコの肩に手を置く。
「あ、ありがとうございます……ご、ごめんなさい、またご迷惑を……」
ニーコは俯いたまま、痛々しく微笑み、か細い声で呟くだけだった。
その陰気な様子に、俺の眉間の皺がまた一段と深くなる。
「チッ……そんなんだから舐められんだよ。行くぞ、ここで話すのもなんだ。こっちのテーブルに来い」
俺は、まだうじうじしているニーコの腕を半ば強引に掴み、俺たちの根城と化したテーブルへと引きずっていった。
「……それで?今度は何をやらかしたんだ?」
テーブルに着くなり、俺は腕を組んでニーコを問い詰めた。ニーコは怯えたように肩を震わせながら、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。
「え、えっと……岩山の洞穴に住み着いたコボルトを退治する依頼をあの人たちと受注することになって……コボルトを攻撃しようとしてテンパっちゃってっ、わたし……!外した〈ストーンバレット〉が休眠中のロックワームを刺激しちゃったみたいで……その……っ、あの人たちは悪くないんですっ!」
やはり、彼女の魔物誘引体質のせいで、簡単な依頼がことごとく大惨事になっているらしい。
「わ、わたしがいると、みんな不幸になるんです……私は、〈厄病神〉だから……」
「不幸ねぇ……」
同情しないでもない。
だが、その「わたしってば可哀想でしょ?」とでも言いたげな、ねっとりとした自己憐憫に満ちた物言いに、俺の中で、イラつきが無性に込み上げてきた。
まさにその時だった。
エステルが、その憐憫の空気を吹き飛ばすように、ニーコの両手を力強く握りしめた。
「そんなこと、決してありませんわ!今のニーコさんに足りないのは、自信と!そして、圧倒的な鍛錬ですのよ!」
「へ?」
ニーコが間の抜けた声を上げる。
「修行ですわっ!!」
「……はぁ?」
ダメだ……こうなったらエステルは話を聞かない。
(ああもうめんどくせぇな!!コイツに構っても一ガルドにもなんねぇってのに!)
読んでくれてありがとうございます。
ご意見、感想、ブックマーク、よろしくお願いします!
誤字報告も助かります。




