第45話:銀の首輪
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「アリアンナ・メルジュエル」
軍学校の教育課程を終え、俺の黒鉄の鎧には、イドリア帝国軍の所属となったことを示す「太陽」のエンブレムが取り付けられる。
これからは軍人としての規範を守る必要がある。
「はい!」
「そなたの働きに期待しておる。メルジュエル家も、きっと安泰であろう」
イドリア帝国の女皇帝、ウルエシア・イドリアより直々にお言葉を賜り、俺は深々と頭を下げる。
その傍らには、皇配オーリム・ハロン・イドリア。さらに、双子の皇女殿下と皇子殿下の姿もあった。
「勿体なきお言葉、感謝いたします」
「次!クロシーナ・デリュン」
代表数名と皇族との間で、形式ばった挨拶が交わされる。
──これも貴族の務めだった。
「よー、アリアンナ。お前ともお別れか」
「テイラン、お前のふざけたツラを見なくて済むと思ったら心が軽くなるぜ」
軍の訓練所では基本的な訓練を行う。
白兵戦最強を謳うガルドア王国騎士団の練度に対抗するためには、こういった教育機関による土台作りが重要なのだという。
だが、俺は実戦に投入されるコイツとは向かう先が違った。
──メルジュエル。
イドリア帝国の中級貴族の家名だ。
治める領土は中央寄り、やや西方に位置する街スキュグラとその周辺地域。
領土の面積だけで言えば下級貴族とそう変わらない。
だが、その名を軍の人間が聞けば顔を顰め、貴族が聞けばそそくさと立ち去るだろう。
なぜならメルジュエルの家業は──処刑人。
国賊の処断、逃亡者の処断を専門とする軍属の処刑人家系。
貴族と軍の人間がほとんどの訓練所では、俺は鼻摘まみものだった。
……俺も貴族の『淑女としての嗜み』ってやつを学んでいたし、実際に活用していた。
でも、その完璧なマナーを持ってしても誰も寄り付かず、完璧な言葉遣いをマスターしても誰からも話しかけられることはなかった。
この身の程知らずのバカ──テイラン・アトランジオを除いて。
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「なー、お前さ友達いねぇの?」
「な、何ですか?いきなり!失礼でしょう!?わたしにだって…ご友人くらい」
「あ、そう?なんだかいつも暗い顔しやがってさ、それで近づき難いっていうか?喋り方も硬いしよー」
「なっ…!?これが…貴族として正しい口調…」
「ここは軍学校。俺は平民。な?貴族の喋り方なんて必要ないだろ?」
「は……?何を言って……やがるんですか……」
「ぷっ……なんだよ、その喋り方、ふざけてんのか?」
「ふ、ふざけてなんかねぇでしょ!?」
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テイランは平民上がりの訓練生で、実技試験の優秀さを買われ、士官実習も受けていた。
「おいおい、未来の将軍様に向かってそんな口聞いていいのか?んー?」
「なってから言え、バーカ」
貴族らしからぬ振る舞いをするのはコイツとのやりとりだけだ。
いつも、いずれ将軍になると夢見がちに語っていた。
生まれた瞬間から、将来の『行き先』を決められていた俺にとって、それは羨ましくもあり……それ以上に眩しくて、尊く思えた。
平民から将軍になる。馬鹿げているとは切り捨てられないのがこの国だ。
〈黒牢〉ボルザック・ダドリケル。
この国の〈勇者〉、兼、大将軍が、かつては奴隷階級として扱われていたドワーフ種とのハーフだからだ。
昨今のドワーフ差別が緩和されたのもボルザックの影響が大きいという。
実力と実利さえ証明できれば相応しい地位を得ることができる。
それがイドリア帝国だ。
そんな英雄譚にあてられて平民の軍属希望者は殺到、今なお、熱おさまることなく…。
まあ、コイツもその中の一人ということだ。
手柄を立て、成り上がる。
実にわかりやすいシステムだ。
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「アリアンナ。お前も今日から、メルジュエル家が代々執り行ってきた『職務』に就いてもらう」
「はい、父上」
平民の志願者が増えるのは良いことばかりではない。
大きな国同士の戦争は起こっていないが、それでも小競り合いは発生し、長引くこともある。
その度に、近隣住人に対して危害を加える軍律違反者や逃亡者は現れる。
戦場から逃亡した兵は士気を下げるだけでなく野盗に身をやつす。
そうなれば治安は乱れ、さらなる不幸を生む。
誰かが手を下さなくてはならないのだ。
臆病風に吹かれた雑兵を始末するのはそう難しいことではない。
初めての任務では命乞いする無抵抗の男の首を落とした。
自分の魔力で強化された剣は、ほとんど抵抗なく……その役目を果たした。
皮を裂き、肉に食い込み、骨の硬さを通過した感覚が手に残る。
「ハァッ…ハァ…ハァ…うぐ、ぼぇ……」
胃をひっくり返されるような嫌悪感があった。
この国で唯一、同胞を殺しても許される存在。
『許される』ということは『贖えない』ということ。
罪には問われず、咎だけが自分の胸に溜まっていく。
「…ハァ…ハァ…なんでっ、俺は味方を殺してんだろうな…?」
……だが人は慣れる。
慣れてはいけない一線と知りつつも、慣れることで自分を守り、そして自分の任務に『誇り』を持つことで自分を守った。
何人殺したか?
数えることはしなかった。
ただ毎日を過ごすたびに人の殺し方だけが上手くなっていった。
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ある時、やぶれかぶれで反撃してきた兵がいた。
配給も行き届いていなかったのか、既に痩せ細り、大した力もなかった。
平民出身の軍人。
夢見たはいいが、思っていたのと違った。
(……よくある話だ)
同情しないように、相手の心境からわざと距離を置く。
そうすれば、その後ほんの少しだけ、自分の気持ちに重みを感じなくて済むから。
このまま逃しても、野盗崩れになるだけだ。揉み合いになりながら相手のフードが捲れる。
絶句した。
「お前は出世して将軍になるんじゃなかったのかよ……」
……テイランだった。
気迫も気力も失った目。
(…ああそうか、軍の仕事なんていうのはくそったれだ)
そして、そこから逃げ出すやつを
首輪がかかったまま、
番犬気取りで始末していた俺も、
くそったれだ。
「……………行け」
「アリアンナ…」
「行けよ!!!」
変わり果てたかつての友人が豆粒より小さくなるまで、俺は動くことができなかった。
そして、家に戻ると当然、叱責があった。
いや、叱責で済むはずがない。
任務の失敗ではない。
逃亡兵の『逃亡幇助』だった。
こともあろうに処刑人であるメルジュエルが、だ。
「誇り高いこの務めを放棄し」
(父の話を聞いて、この人もそう思わなくてはやっていけなかったのかなどと思った)
「メルジュエル家の家名に泥を塗っただけでなく」
(くだらない)
「処断するべき罪人を世に解き放ったのだ」
(何もかも)
「どんな咎があっても不思議ではない!」
(全部、ぜんぶ、ぜんぶ!)
「聞いているのか!」
(くそったれだ!)
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結果、実家は「俺の独断であり、メルジュエル家が関与していない」というスタンスを貫き、俺は勘当されたのちに、軍部から追われることとなった。
その場で処断されなかったのは甘さだろう。
淑女たれと長い間育てた、自らの髪を切り捨て、家を出た。
アリアンナという名前を捨てて、代わりに『アリア』という仮の名を名乗った。
冒険者として活動するのは気が楽だった。
……魔物を狩るのは胸が痛まない。
剣二振りだけを抱えて、無一文。
くそったれな環境から、マシなクソを目指していたら、いつのまにか銀色の首輪がかかっていた。
だが、鎖には繋がっていない。
どこにだって行ける。
「チッ…クソ寒い…」
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「…さまっ」
「アリア様!」
はっと目覚めると、いつもの宿だった。
こちらを覗き込むように心配そうに見つめているエステル。
「大丈夫ですの?なんだかうなされていたようですけれど…」
夢の中で握っていたはずの剣の感触は、もう手の中にはない。
代わりに、首元の銀色のプレートだけが、冷たく肌に触れていた。
「ん…ああ、大丈夫だ。グリフォンを倒してちょっと気が緩んでたみたいだ」
あのエステルよりも後に起きるなんてグリフォン戦の疲れが溜まっているに違いない。
とはいえ、すでに治療院には行っている。肉体的な怪我や疲労は取り除いてもらったが、張り詰めていた気というのは、思った以上に精神をすり減らすらしい。
(ふぁ……ギルドへ向かうべく準備を整えないとな……)
欠伸を噛み殺しながらベッドから這い出る。
グリフォンの討伐を終えた俺たちはカマド村を後にし、ファルメルへと帰還していた。
疲労困憊の身体を引きずり、手に入れた素材を換金すべく、真っ直ぐに冒険者ギルドの買取カウンターへと向かう。結果、提示された金額は8,800ガルド。命がけでB級の魔物を倒した対価としては、あまりに寂しい数字だった。
それもそのはず。今回の最大の戦利品であり、マノンの姐さんが求めるグリフォンの魔石は、当然ながら売却できない。おまけに、装備の加工に使えそうな部位も、あらかじめ姐さんへと引き渡している。
カウンターに並べたのは、討伐証明となる見事な冠羽根と、価値の高い風切り羽根が数本、そして爪や嘴といった素材だけ。どれもあの大爆発のせいで焼損激しく、大した価格がつかなかった。売却益の半分以上は、道中で掃討したアイアンアントやオックブルの素材と魔石によるものだ。
(くそっ…ガロードのやつがオックブルの肉を売るのに反対しなけりゃもっと稼げてたんだ!)
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「だから!どうせそんなにあっても食えねえだろうが!」
ガロードはぎゅっと自分のポーチを抱きしめ、離さない。
「……」
ぷいっとそっぽを向くガロードに、俺の堪忍袋の緒はあっさりと切れた。
「チッ…ガキかテメェはよっ!」
素材売却のカウンターをドンと拳で苛立たしげに叩く。
ヒソヒソと会話が聞こえてくる。
「おい…聞いたか?アイツら…〈ジョーカー〉がグリフォンをやったらしいぞ」
「グリフォン!?おいおいB級じゃねえか!マジかよ、そりゃ大儲けだろうぜ」
「いや、それがよ。どうやらあの〈沈黙〉のやつが全部食っちまったらしい」
「はぁん?それであんなに喚いてるわけか、やれやれやっぱり〈ババ抜き〉ってことか…くくっ」
「おい、聞こえるぞ…!」
(聞こえてんだよっ!クソが!)
どうやら噂に尾ひれどころか、巨大な翼まで生えているらしい。
実際、グリフォンの肉は珍味としてかなり高価に取引されていたようだ。
(確かに旨かったもんなぁ、ちくしょう!)
「そうですのよ!あのグリフォンのお肉!とっても美味しくてジューシーでしたわ〜!」
それをあろうことかパーティで全て消費してしまったことで〈ジョーカー〉はグリフォン討伐の名声以上に好奇の注目を浴びることになった。
(クソッ…グリフォンを討伐して〈ババ抜き〉だとかいうふざけた汚名を返上するプランが…!)
ガシガシと頭を掻きむしりたいのを我慢する。
8,800ガルドでも十分な収益だ。
決してはした金ではない。
だが、四人で山分けし、これからのパーティ運営費として貯蓄することを考えれば、金というものは、いくらあっても足りるものではない。
……にも関わらず、だ。
グリフォン討伐以降、これといって『旨い』依頼はなく、俺たちは完全に稼ぐあてを失っていた。
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*本イラストは作者本人のものです




