第Ex話:受付嬢アネットの受難その⑤『食欲と拭えぬ汚名』
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「はぁ……大丈夫かしら……ジーン様……」
〈ジョーカー〉の面々がグリフォン退治に旅立ってからというもの、私の胸中はそのことでいっぱいだった。
いくらあの〈鐵喰い〉を倒したアリアさんが一緒とはいえ、相手は『B-ランク』のグリフォンだ。
私はカウンターの奥で、ギルド規約の「魔物等級表」を広げ、指で等級表をなぞる。
魔物のランク。それはギルドが長年の犠牲と統計の上に築き上げた、絶対的な危険度の指標だ。
『Fランク』は害獣レベル。単体なら武器さえあれば一般人でも処理できる程度。
『Eランク』からが、所謂「魔物」の領域。戦闘心得がなければ大怪我をする。
『Dランク』になると危険度は跳ね上がる。一般人では到底対処不可。冒険者だって、一瞬の油断で命を失う。
ここまでは、まだ「日常」の範囲内だ。だが、ここから先は世界が変わる。
『Cランク』からは、個の力では対処しきれない。普通であればパーティ連携が前提となる。
『Bランク』……もはや怪物だ。熟練の冒険者パーティが入念な準備を行い、あるいは複数のパーティが合同で取りかからなければならない。一度暴れれば、街規模で被害が出るレベルにも発展しうる。
そして『Aランク』以上は、もはや冒険者の手には余る。軍隊が出動し、都市そのものが存亡を賭けて戦う災害の領域。『Sランク』に至っては、歴史書の中でしかお目にかかりたくない国家規模の厄災だ。
この指標に、さらにその魔物の凶暴性や特殊能力を加味し、起こりうる被害想定を±の三段階で評価したものが、最終的なランクとなる。
私は手元の資料をペラペラと捲り、ファルメル周辺の依頼書に記載された魔物たちのランクを見比べる。
E-、D+、F+、D、E-、E、C-、E、F、F……。
(日常的に現れる魔物は、まあ、そんなものよね……)
こうして並べて見ると、改めてアリアさんとガロードさんが、たった二人でB-ランク相当の〈鐵喰い〉を討伐したことの異常性が浮き彫りになる。
二人は間違いなく実力者だ。でも、Bランクの魔物というのは、そういった「実力者」の前評判を幾度となく叩き潰し、前途有望な冒険者を再起不能に追いやってきたのだ。
(熟練パーティが徒党を組んで倒す魔物を、たった四人で……?)
……いや、待って。
あのエステルちゃんは戦力に数えていいの?
冒険者ギルドに、お嬢様然としたコスプレでやってきた胆力は認めるが、見た目は華奢で完全に保護対象の少女だ。
……ということは、実質三人?
ジーン様も弓使いだから後衛……前衛はガロードさんとアリアさんだけ?
(……普通に考えたら、自殺行為じゃない……!)
本当は、しがみついてでも止めるべきだったのかもしれない。
「死にに行くようなものです!」と、受付嬢として毅然と立ちはだかるべきだった。
少なくとも、私は必死に止めました!
……と、後で言い訳できるような形だけでも作っておくべきだったのだ……!
しかし、あのときの私は、ジーン様という運命の相手(仮)との出会い、そしてパーティ〈ジョーカー〉が再び大きなヤマに挑むという状況に、完全に舞い上がってしまっていた。
『もしもグリフォン討伐に成功したなら、無かったことになった〈鐵喰い〉討伐の分の評価を、再度取り戻せる!』
『そして、それが私の首都本部への返り咲きに直結する!』
そんな、甘い、甘すぎる皮算用。
(だ、大丈夫よね……目撃証言はあったとはいえ、Bランクの魔物になんてそうそう出会えるものじゃないもの。「いませんでしたー」って帰ってくる可能性だってあるし……)
そう自分に言い聞かせながら、震える手で書類にペンを走らせる。
インクが滲んだ。私の心のようだ。
「受付嬢が制止しなかったせいでパーティが全滅した」
……なんてことになったら、栄転どころか始末書ものだ。査定に大きく関わるのは言うまでもない。
ああっ……!想像したくもない!
「ああ……せめて、せめて怪我だけはしないでくださいね……!」
そして、どうか……
(私の責任問題に波及しませんように……!!)
──
─
……なんて、必死に祈っていたのに!
「……う、嘘でしょう!?本当に、本当に倒してきたんですか!?」
ギルドの買取カウンターで、私は声を裏返らせていた。
目の前に積まれたのは、見事な冠羽根に、鋭利な鉤爪。
……間違いなく、空の王者グリフォンの素材だ。
目玉であるグリフォンの魔石は装備更新に使うため査定に出てこなかったのは残念だけれど…。
(やった……!やってくれたわ!)
私は心の中でガッツポーズをした。
有言実行。Bランクの魔物を、たった一つのパーティで討伐するなんて、この辺境では数年に一度あるかないかの大金星だ。
さすがジーン様!さすがアリアさん!
これでもう、誰に」も彼らを「問題児集団」なんて呼ばせな……
「おいガロード!さっさとその肉も出せ!」
「……(フルフル)」
私の目の前で、信じられない光景が繰り広げられていた。
アリアさんが、ガロードさんの腕を掴んで揺さぶっている。
ガロードさんは、マジックポーチを赤子のように抱きしめ、頑として首を横に振っている。
「だから!どうせそんなにあっても食えねえだろうが!」
「……(食える)」
無言の圧で反論するガロードさん。
その瞳は、「肉は命より重い」と語っている。
(そんなことよりも……)
オックブルの肉……?グリフォンの肉は?
高級食材としてかなりの値がつくのだけれど……。
「……あの、アリア様?グリフォンのお肉は……?」
「ああ?全部コイツとエステルが食っちまったよ!骨までしゃぶり尽くしてな!」
「ええええええ!?」
私の悲鳴は、ギルドの喧騒にかき消された。
グリフォンの肉といえば、王侯貴族が祝宴で供するような超高級食材だ。
それを……野営の焚き火で?串焼きにして?食べ尽くした!?
「チッ…ガキかテメェはよっ!」
ドンッ!とアリアさんが苛立ち紛れにカウンターを叩く。
結局、持ち込まれたのは羽根や爪などの素材と、道中で狩ったオックブルやアイアンアントの素材だけ。
本来なら、もっととんでもない買取額になるはずだったのに……。
その時、背後のテーブルから、ヒソヒソと嘲笑うような声が聞こえてきた。
「おい……聞いたか?アイツら……グリフォンをやったらしいぞ」
「マジかよ、大儲けじゃねえか」
「いや、それがよ。どうやらあの〈沈黙〉のやつが全部食っちまったらしい」
「はぁん?それであんなに喚いてるわけか。やれやれ、やっぱり〈ババ抜き〉ってことか……くくっ」
(……ピキッ)
私のこめかみに、青筋が浮かぶ音がした。
〈ババ抜き〉。
最近、ギルド内で定着しつつある、アリアさんの不名誉な二つ名。
次々と厄介な「ババ(問題児)」を引き当ててしまう、という意味らしいけれど……。
「……次の方〜〜♪」
私は、ニッコリと目は笑わないままに口元だけは微笑んで、噂話をしていた冒険者たちを手招きした。
「あ、俺たちか。頼むわ、アネットちゃん」
「はいはい。……あら?この依頼達成報告書、記入漏れがありますね」
「え?どこだよ」
「ここです。日付の字体が崩れていて読めません。書き直し」
「はぁ!?読めるだろこれくらい!」
「読・め・ま・せ・ん。公的書類なんですから、丁寧に書いていただかないと受理できませんよー?」
突き返された書類を見て、男たちが「チッ、今日は機嫌わりぃな……」とぼやきながら書き直しに戻る。
ふん……!
私の推しと将来の旦那様候補を悪く言う奴には、ギルドの厳格な事務手続きという鉄槌を下してやるわ。
……とはいえ。
私は、カウンターの奥で頭を抱えるアリアさんと、ひたすら肉を守るガロードさん、そして「グリフォンのお肉、ジューシーでしたわ〜!」と能天気に笑うエステルちゃんを眺めながら、深いため息をついた。
(〈鐵喰い〉に続いてグリフォンまで倒したのに……どうしてこう、締まらないのかしら……)
本来なら英雄扱いされてもおかしくない実績だ。
なのに、彼らから漂うのは「凄み」よりも「珍妙さ」。
そして、あの〈ババ抜き〉という二つ名。
「……悔しいけど、否定しきれないのが辛いわ……」
だって、事実だもの。
無口な大食らい、コスプレお嬢様、軽薄なキザ男。……いえ、そこが素敵なのだけれど。
手札は見事にジョーカー…もとい、『ババ』だらけ。
そして、その最初の一枚…ガロードさんという最強のババを、アリアさんの手札にねじ込んだのは、他ならぬ私なのだから。
「ぐぬぬ……確かにガロードさん(ババ)を引き渡したのは私だけれども……!」
私がまいた種が、アリアさんの手の中で立派な大樹に育ってしまっている。
責任の一端を感じつつも、私はただ祈ることしかできなかった。
どうか、これ以上変なカード(ババ)が増えませんように、と。
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*本イラストは生成AIを使用しています




