第44話:巣立ち
ジーンがいる場所は、探すまでもなくすぐにわかった。
村の小さな広場で、わーきゃあうるさい村娘たちが、餌に群がるアリのように騒いでいたからな。
俺が近づいていくと、その中心で上機嫌に喋っていたキザな狩人──ジーンが、俺に気づいた瞬間、話の途中でピタリと口を噤んだ。
「…グリフォンが上空からオックブルを攫おうと油断した、まさにその刹那、ボクの放った一本の矢は、風を切り裂き、寸分の狂いもなく、翼の急所を正確に──…」
そこで言葉を切ると、ジーンは芝居がかった仕草で、ゆっくりと俺の方へと向き直った。
「おや?アリアちゃん、ボクに何か用でもあるのかな?…ふふん、ひょっとして、さっき別れたばかりだってのに、もうボクに会いたくなってしまったのかな?」
そう言うと、ジーンは自分の金髪の前髪を、指で軽くクイッと跳ね上げ、極めつけに、パチンッ、と効果音が聞こえてきそうな、実にわざとらしいウインクまでしてきた。
(………………………………はぁ)
ここで最初に出会ったときと全く同じシチュエーション。狙って演出してるのだとしたら本当に根っからの色ボケ野郎だ。
(懲りないねぇ、コイツも)
「またあの馴れ馴れしい女…!」
「ちょっと!順番守りなさいよ!」
「ジーン、今日は私と話してくれるって言ったじゃない!」
などと、ギャーギャー騒ぎ立てるのが、さらに俺の苛立ちを増幅させる。
(なんというか、こいつらのやりとりも慣れて……うるせぇボケェ!!)
俺はこのやかましい取り巻き連中と、目の前のキザ野郎をまとめて無視し、ジーンを真っ直ぐ睨みつけて、単刀直入に本題を話す。
ジーン。
お前がそうやって無駄に凝った演出でくるなら、俺からの口説き文句はこうだ。
「マノンの姐さんから言付けだよ」
「マダムはなんと?」
「『出ていけ』ってさ」
その言葉に、ジーンは静かに目を閉じた。ほんの数瞬の沈黙。そして、ゆっくりと目を開けると、「……そうかい」とだけ呟き、すくりと立ち上がった。
「…ジーン?」
「出ていくって…え?」
俺たちにしかわからない言葉のやりとりに、村娘たちは困惑の表情を浮かべる。
「やれやれ、この天才を世界に放逐するとはね!」
ジーンは、悲劇の主人公を演じるかのように大袈裟に両手を広げてみせる。
「すぐにでも偉大な冒険者として、その名を大陸中に轟かせてしまうだろうけれど…しかし困ったな。このボクという天才が収まるような、相応しい場所があればいいのだけれど!」
(はっ、やれやれ。お前みてぇな問題児が所属できるとこなんて、ウチ以外にねぇよ)
「働き場所が必要だってんなら、ウチは募集中だぜ、〈無職〉の色ボケジーン」
「おやおや、〈無職〉よりも〈無敵〉だとか〈無頼〉の方がボクに合いそうだけどね。それに、ククッ、ムショク(無色)なのに色ボケというのは面白いジョークだね」
またしてもくだらないジョークでくつくつと笑っている。
「いいのかい?ボクなんかを引き入れて。また〈ババ抜き〉って呼ばれてしまうよ?」
「はっ、確かにお前の色ボケにはウンザリするが、この旅でわかった」
俺はニヤリと、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「ちゃんと切りどころさえ分かってりゃ、ただのババも最強の〈ジョーカー〉になるってな」
コイツも、ガロードも……まぁ、エステルも。
一枚ずつ見りゃ、とんでもねぇハズレクジ──ババだ。
だが、それは『ババ抜き』で勝負した場合だけの話。
なら、勝負の仕方を変えちまえばいい。
ババだらけだろうが、ポーカーなら…あるいは、それ以上の何かになる。
この手札で、最強の役を揃えてやるさ。
「ふふっ、よろしく頼むよ、マイリーダー」
ジーンを取り囲んでいた村娘たちが、口々に悲鳴にも似た声を上げた。
「冒険者だなんて野蛮よ!」
「ジーンは私と一緒にこの村で…!」
「お願い、行かないで!」
ジーンは、そんな彼女たちに向かって、いつもの芝居がかった調子で手を広げてみせる。
「ああっ、わかっておくれ、ボクの可愛い子猫ちゃんたち!ボクの存在を、この世界が求めているのさ!罪深いこのボクを、どうか赦しておくれ…!」
(……まーた、始まったよ…)
ジーンと村娘たちの、この演劇じみたやり取りに、これ以上付き合ってられるかとばかりに、俺は深いため息をついた。
「ジーン、早くこいよ」
それだけを告げると、俺はさっさと踵を返す。
「それじゃ、またね」と、ジーンも名残惜しそうにしながらも軽く手を挙げ挨拶とすると、小走りで俺を追ってきた。
そして、エステルとガロードの待つ木陰へと戻る。
ジーンの姿を見て、エステルは期待に満ちた目でジーンを見て、それから俺を見た。
「ジーン様…!アリア様っ、もしかして!?」
「ああ。ジーンが、正式に〈ジョーカー〉へ加わることになった」
ぱぁっと、エステルの顔が太陽のように明るくなる。
ガロードは、ちらりとこちらに視線をやるだけだ。
「ふふ、ボクが加入したからには大船に乗ったつもりでいてくれ。もう英雄への道は、確約されたも同然だからねっ」
「まぁ!ジーン様っ!わたくし、またご一緒できてとっても嬉しいですわっ!」
「ああっ、エステル!愛しの君!そんなにもボクを求めてくれていただなんてっ…!」
ジーンは感極まったように、その場でエステルの前に跪き、恭しくその手を取った。
「え?えぇ…そういうわけでは…アリア様っ!」
困り果てたエステルが、助けを求めるように俺に顔を向ける。
俺は、ジーンの後頭部に、軽くチョップを叩き込んだ。
「ガロードが『待て』出来てる間に、昼飯くっちまおう」
ガロードは、ジーッと「早くしろ」と目で訴えてきている。
「そうですわっ!ジーン様の歓迎パーティですもの!サンドイッチで乾杯ですわねっ!」
(なんだそりゃ…まぁ、いいか)
「「「かんぱーい」」」
その言葉を合図に、ばくばくと、凄まじい勢いでガロードがサンドイッチを食べ始める。
「おいっ、やべぇ!早く食べねえと、こいつに全部食われちまうぞっ!」
「あらあら、お紅茶も淹れましたわよ~」
「ああ、エステル、ボクのために手作りのサンドイッチを作ってくれるなんて、君のその優しさは、まるで六大精霊に仕える聖女のようだね」
静かなカマド村に、やけに騒がしい一団の声が響いていた。
───
──
騒がしく喚きながら遠ざかっていく一団の声を聴きながら。
「ふんっ、うるさくてかなわないね」
窓から遠巻きにその姿を眺めるマノン。その手には、エステルからお裾分けしてもらったのであろう、少し歪なサンドイッチが握られていた。
「ピーピー!」
肩の上で、ピースケが小さな鳴き声を上げる。
マノンはサンドイッチのパンくずを指先でつまみ、その嘴に与えながら、指で小鳥の頭を軽く小突いた。
「アンタのアニキは、ここから出ていくってよ。アンタもいつまでもこんなとこにいないで、そろそろ出ていきな」
そう言うと、マノンは工房の小さな窓をギィ、と音を立てて開け放った。
ピースケは、窓枠へ飛び移ると、一度だけ躊躇うように外を見渡し、意を決したかのように飛び立った。
だが、長く飛ばなかった翼は、すぐには風を掴めず、バランスを崩して落下しそうになる。
マノンが「あっ」と声を漏らし、窓から乗り出そうとした、その瞬間。ピースケは力強く羽ばたき、今度こそ、ふわりと空へ舞い上がった。
「……なんだい、飛べるじゃないかい」
「ピーピーピーピー!」
ピースケは、まるでお礼を言うかのように、工房の上空をしばらく旋回していたが、やがて、迷いを振り切るように、青空の彼方へと飛んでいった。
───
──
カン、カン、と規則正しい槌の音が工房に響く。
「ふぅ」
鍛冶を中断し、ぐびり、と安酒を煽る。
いつもの軽口も、甲高い鳴き声も聞こえなくなって、いつもよりも部屋が広く、そして静かに感じる。
「ふん、静かでいいね」
もう一口、酒を含もうとジョッキを傾けかけたとき、窓の外から聞き慣れた鳴き声が聞こえた。
「ピーピーピーピー!」
「ピースケかい!?」
慌てて窓に駆け寄ると、そこにはピースケがいた。
「なんだいアンタ、もう戻って来たのか……い?」
ふと、その隣に視線をやると、もう一羽。
寄り添うように佇む、少しだけ体の小さな鳥。メスだろうか。
「……出ていったかと思ったら、女連れて帰ってくるなんて…ジーンに似たのかね」
マノンは呆れたように、しかし、その口元には確かな笑みが浮かんでいた。
ピーピーと鳴きながら、小首をかしげるピースケ。
「全く、餌代がかかってしょうがないね」
第五章:天を墜とすは折れた翼(完)




