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自由のアリア  作者: カラノニジ
第五章:天を墜とすは折れた翼
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第44話:巣立ち

 ジーンがいる場所は、探すまでもなくすぐにわかった。

 村の小さな広場で、わーきゃあうるさい村娘たちが、餌に群がるアリのように騒いでいたからな。


 俺が近づいていくと、その中心で上機嫌に喋っていたキザな狩人──ジーンが、俺に気づいた瞬間、話の途中でピタリと口を噤んだ。


「…グリフォンが上空からオックブルを攫おうと油断した、まさにその刹那、ボクの放った一本の矢は、風を切り裂き、寸分の狂いもなく、翼の急所を正確に──…」


 そこで言葉を切ると、ジーンは芝居がかった仕草で、ゆっくりと俺の方へと向き直った。


「おや?アリアちゃん、ボクに何か用でもあるのかな?…ふふん、ひょっとして、さっき別れたばかりだってのに、もうボクに会いたくなってしまったのかな?」


 そう言うと、ジーンは自分の金髪の前髪を、指で軽くクイッと跳ね上げ、極めつけに、パチンッ、と効果音が聞こえてきそうな、実にわざとらしいウインクまでしてきた。


(………………………………はぁ)


 ここで最初に出会ったときと全く同じシチュエーション。狙って演出してるのだとしたら本当に根っからの色ボケ野郎だ。


(懲りないねぇ、コイツも)


「またあの馴れ馴れしい女…!」

「ちょっと!順番守りなさいよ!」

「ジーン、今日は私と話してくれるって言ったじゃない!」


 などと、ギャーギャー騒ぎ立てるのが、さらに俺の苛立ちを増幅させる。


(なんというか、こいつらのやりとりも慣れて……うるせぇボケェ!!)


 俺はこのやかましい取り巻き連中と、目の前のキザ野郎をまとめて無視し、ジーンを真っ直ぐ睨みつけて、単刀直入に本題を話す。



 ジーン。

 お前がそうやって無駄に凝った演出でくるなら、俺からの口説き文句はこうだ。



「マノンの姐さんから言付けだよ」


「マダムはなんと?」


「『出ていけ』ってさ」


 その言葉に、ジーンは静かに目を閉じた。ほんの数瞬の沈黙。そして、ゆっくりと目を開けると、「……そうかい」とだけ呟き、すくりと立ち上がった。


「…ジーン?」

「出ていくって…え?」


 俺たちにしかわからない言葉のやりとりに、村娘たちは困惑の表情を浮かべる。


「やれやれ、この天才を世界に放逐するとはね!」


 ジーンは、悲劇の主人公を演じるかのように大袈裟に両手を広げてみせる。



「すぐにでも偉大な冒険者として、その名を大陸中に轟かせてしまうだろうけれど…しかし困ったな。このボクという天才が収まるような、相応しい場所があればいいのだけれど!」



(はっ、やれやれ。お前みてぇな問題児が所属できるとこなんて、ウチ以外にねぇよ)


「働き場所が必要だってんなら、ウチは募集中だぜ、〈無職〉の色ボケジーン」


「おやおや、〈無職〉よりも〈無敵〉だとか〈無頼〉の方がボクに合いそうだけどね。それに、ククッ、ムショク(無色)なのに色ボケというのは面白いジョークだね」


 またしてもくだらないジョークでくつくつと笑っている。


「いいのかい?ボクなんかを引き入れて。また〈ババ抜き〉って呼ばれてしまうよ?」


「はっ、確かにお前の色ボケにはウンザリするが、この旅でわかった」


 俺はニヤリと、不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「ちゃんと切りどころさえ分かってりゃ、ただのババも最強の〈ジョーカー〉になるってな」


 コイツも、ガロードも……まぁ、エステルも。

 一枚ずつ見りゃ、とんでもねぇハズレクジ──ババだ。


 だが、それは『ババ抜き』で勝負した場合だけの話。


 なら、勝負の仕方を変えちまえばいい。

 ババだらけだろうが、ポーカーなら…あるいは、それ以上の何かになる。


 この手札で、最強の役を揃えてやるさ。


「ふふっ、よろしく頼むよ、マイリーダー」


 ジーンを取り囲んでいた村娘たちが、口々に悲鳴にも似た声を上げた。


「冒険者だなんて野蛮よ!」

「ジーンは私と一緒にこの村で…!」

「お願い、行かないで!」


 ジーンは、そんな彼女たちに向かって、いつもの芝居がかった調子で手を広げてみせる。


「ああっ、わかっておくれ、ボクの可愛い子猫ちゃんたち!ボクの存在を、この世界が求めているのさ!罪深いこのボクを、どうか赦しておくれ…!」


(……まーた、始まったよ…)


 ジーンと村娘たちの、この演劇じみたやり取りに、これ以上付き合ってられるかとばかりに、俺は深いため息をついた。


「ジーン、早くこいよ」

 それだけを告げると、俺はさっさと踵を返す。

「それじゃ、またね」と、ジーンも名残惜しそうにしながらも軽く手を挙げ挨拶とすると、小走りで俺を追ってきた。


 そして、エステルとガロードの待つ木陰へと戻る。

 ジーンの姿を見て、エステルは期待に満ちた目でジーンを見て、それから俺を見た。


「ジーン様…!アリア様っ、もしかして!?」


「ああ。ジーンが、正式に〈ジョーカー〉へ加わることになった」


 ぱぁっと、エステルの顔が太陽のように明るくなる。

 ガロードは、ちらりとこちらに視線をやるだけだ。


「ふふ、ボクが加入したからには大船に乗ったつもりでいてくれ。もう英雄への道は、確約されたも同然だからねっ」


「まぁ!ジーン様っ!わたくし、またご一緒できてとっても嬉しいですわっ!」


「ああっ、エステル!愛しの君!そんなにもボクを求めてくれていただなんてっ…!」


 ジーンは感極まったように、その場でエステルの前に跪き、恭しくその手を取った。


「え?えぇ…そういうわけでは…アリア様っ!」


 困り果てたエステルが、助けを求めるように俺に顔を向ける。

 俺は、ジーンの後頭部に、軽くチョップを叩き込んだ。


「ガロードが『待て』出来てる間に、昼飯くっちまおう」


 ガロードは、ジーッと「早くしろ」と目で訴えてきている。


「そうですわっ!ジーン様の歓迎パーティですもの!サンドイッチで乾杯ですわねっ!」


(なんだそりゃ…まぁ、いいか)


「「「かんぱーい」」」


 その言葉を合図に、ばくばくと、凄まじい勢いでガロードがサンドイッチを食べ始める。


「おいっ、やべぇ!早く食べねえと、こいつに全部食われちまうぞっ!」


「あらあら、お紅茶も淹れましたわよ~」


「ああ、エステル、ボクのために手作りのサンドイッチを作ってくれるなんて、君のその優しさは、まるで六大精霊に仕える聖女のようだね」


 静かなカマド村に、やけに騒がしい一団の声が響いていた。


 ───

 ──


 騒がしく喚きながら遠ざかっていく一団の声を聴きながら。


「ふんっ、うるさくてかなわないね」


 窓から遠巻きにその姿を眺めるマノン。その手には、エステルからお裾分けしてもらったのであろう、少し歪なサンドイッチが握られていた。


「ピーピー!」


 肩の上で、ピースケが小さな鳴き声を上げる。

 マノンはサンドイッチのパンくずを指先でつまみ、その嘴に与えながら、指で小鳥の頭を軽く小突いた。


「アンタのアニキは、ここから出ていくってよ。アンタもいつまでもこんなとこにいないで、そろそろ出ていきな」


 そう言うと、マノンは工房の小さな窓をギィ、と音を立てて開け放った。

 ピースケは、窓枠へ飛び移ると、一度だけ躊躇うように外を見渡し、意を決したかのように飛び立った。

 だが、長く飛ばなかった翼は、すぐには風を掴めず、バランスを崩して落下しそうになる。


 マノンが「あっ」と声を漏らし、窓から乗り出そうとした、その瞬間。ピースケは力強く羽ばたき、今度こそ、ふわりと空へ舞い上がった。



「……なんだい、飛べるじゃないかい」


「ピーピーピーピー!」


 ピースケは、まるでお礼を言うかのように、工房の上空をしばらく旋回していたが、やがて、迷いを振り切るように、青空の彼方へと飛んでいった。


 ───

 ──


 カン、カン、と規則正しい槌の音が工房に響く。


「ふぅ」


 鍛冶を中断し、ぐびり、と安酒を煽る。

 いつもの軽口も、甲高い鳴き声も聞こえなくなって、いつもよりも部屋が広く、そして静かに感じる。


「ふん、静かでいいね」


 もう一口、酒を含もうとジョッキを傾けかけたとき、窓の外から聞き慣れた鳴き声が聞こえた。


「ピーピーピーピー!」


「ピースケかい!?」


 慌てて窓に駆け寄ると、そこにはピースケがいた。


「なんだいアンタ、もう戻って来たのか……い?」


 ふと、その隣に視線をやると、もう一羽。

 寄り添うように佇む、少しだけ体の小さな鳥。メスだろうか。


「……出ていったかと思ったら、女連れて帰ってくるなんて…ジーンに似たのかね」


 マノンは呆れたように、しかし、その口元には確かな笑みが浮かんでいた。

 ピーピーと鳴きながら、小首をかしげるピースケ。



「全く、餌代がかかってしょうがないね」



第五章:天を墜とすは折れた翼(完)

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