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自由のアリア  作者: カラノニジ
第五章:天を墜とすは折れた翼
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第43話:報告

 

「よし、着いたぞ。さっさとマノンの姉貴に報告だ」


 俺は、また何か余計なことをしでかしかねないメンバーを促し、村外れにある煤けた工房へと足を向けた。


 ドンドン! と扉を叩く。

 ピィピィと小鳥の鳴き声。


 しばらくして、中からくぐもった、しかし明らかに不機嫌な声が聞こえてきた。



「んあぁ……? あんだい、騒々しいねぇ……! 今いいところなんだよ、邪魔すんじゃないよ……!」



(まーた、このパターンかよ……)



 俺が深いため息をつくと、エステルが「マノンお姉様ー! わたくしたちですわー!」と、やけに明るい声で呼びかける。


 やがて、ギィ……と重い音を立てて扉が開き、中から肩に小鳥のピースケを乗せ、顔を真っ赤にしたマノンが姿を現した。

 その手には、安物のエールが入っているであろう、大きなジョッキが握られている。


「あんだい、嬢ちゃんたち戻ったのかい。何の用だい、ヒック……あたしゃ今、世紀の発明に向けて瞑想してたんだよ……!」


 呂律が怪しい。

 どうやら、俺たちが持っていった〈竜火酒〉はまだ残っているようだが、あれはドワーフにとってもそうガブ飲みできる代物ではないらしい。

 普段はこうして、安い酒で酔っ払っていると見える。



「報告に来たんだよ、マノン姐さん」



 俺は呆れながらも、単刀直入に切り出した。



「約束のブツ、手に入れてきたぜ」



「ほぉ! やったのかい!?」



 マノンはエールのジョッキを手に持ったまま、乗り出すようにして聞いてくる。

 その目は、まだ少し赤いものの、先ほどまでの酔っ払いのそれとは違う、爛々とした職人の光を宿していた。


「ああ!」


 俺は少しだけ得意げに相槌を打つと、勝手知ったる他人の家と言わんばかりに、部屋の奥に進み、この前と同じ、散らかったテーブルの前に腰を下ろした。


 そして、マジックバッグから取り出した、ずしりと重い翠色の塊を、ゴトリとテーブルの上に置いた。



「これで、俺たちの装備を強化できるか?」



「コイツは上物だ! やるじゃないかい、嬢ちゃんら!」



 マノンの目の色が、明らかに変わった。

 頭につけていたルーペをカチカチと動かして目に合わせ、まるで恋人でも見るかのような熱心な眼差しで、魔石の鑑定を始める。

 その横で、エステルが、待ってましたとばかりに胸を張った。


「みなさま、大活躍でしたのよ! ジーン様の神業のような弓術と、ガロード様の全てを吹き飛ばす風の魔法! まさに一進一退の、手に汗握る攻防……! そして、上空に攫われた、ウシさんとわたくし! それを颯爽と助けに駆けつけたアリア様! 最後はアリア様の灼熱の炎で、どーーーん!! と大爆発でしたのっ!」


 きゃっきゃ、と身振り手振りを交えて、やや……いや、かなり誇張して報告するエステルに、マノンはルーペを上げた。



「ほう、そりゃ大冒険だったねぇ。グリフォンを爆破とは、ずいぶん景気がいいじゃないかい」



「……あー。それなんだが、実は……」



 俺はバツが悪いのを隠しもせず、正直に白状することにした。マノンに渡すつもりで追加で買った、あの〈竜火酒〉をぶちまけて、大爆発を引き起こしたことを。


「あ、あんだってぇ!? 〈竜火酒〉を火薬代わりに使ったぁ!? なんて勿体ないことしてんだい、この大バカ者どもがぁ!!」


 マノンは、それまでとは比べ物にならないほどの剣幕で怒鳴りつけた。工房中に響き渡る怒声に、エステルがビクッと肩を震わせる。



「わ、わるかったって……」



「ふん、まぁ……元々、追加報酬なんてもんを受け取るつもりはなかったけどね」



 マノンは忌々しげに舌打ちすると、やがて、くっくっく……と喉を鳴らして笑い始めた。


「なんというか……常識破りな奴らだねぇ、お前さんらは。面白いじゃないか!」


 そして、テーブルの上の翠色の魔石を、力強く指差した。


「装備の強化! このあたし、マノンが確かに承ったよ!」


 マノンは、ニカッと、実に楽しそうに笑った。


「マダム・マノン」


 それまで黙って成り行きを見守っていたジーンが、重々しく口を開いた。

 そして懐から、報酬として受け取ったグリフォンの風切り羽根を取り出すと、まるで騎士が女王に忠誠を誓うかのような、演技がかった、大仰な身振りでマノンへと差し出した。

 だが、その所作にはいつもの軽薄さは感じられず、不思議と様になっており、なんというか……絵になっていた。


 マノンは、その風切り羽根を無言で受け取ると、指先でくるくると回し、品定めするような素振りを見せる。


「……ふん。あの下手くそだった狩りも、ちっとはマシになったじゃないかい」


 マノンはぶっきらぼうにそう言うと、俺たちに背を向けながら続けた。


「ボクはまだ……」


 ジーンは何かを言いかけるがマノンは割って入る。


「あたしゃこれから、嬢ちゃんらの装備に取り掛からなきゃなんないからねぇ。さぁ! 邪魔者は出ていってくんな!」


 有無を言わさぬ口調で、俺以外の全員を工房から追い出そうとする。


「あぁ、アリアの嬢ちゃんだけは、方針の相談があるから残っておくれ」


 エステルはオロオロと、ジーンとマノンの顔を交互に見比べていたが、俺が「行ってろ」と目で合図すると、何も言わずにジーンとガロードと共に工房の外へと出ていった。


 バタン、と重い扉が閉まる。


「……雪兎を狩るのにズタボロになってたガキンチョが、今やグリフォンかい」


 マノンは、まるで独り言のようにポツリと話す。その目には、暖炉の火の光とは違う、僅かな潤みが浮かんでいるように見えた。


 ……俺は、見ないふりをした。



「ああ、ジーンから聞いたよ。昔の話」



「ふん、よっぽどお前さんらが気に入ったんだろうねぇ、アイツも」



「そうかな?」



「そうじゃなけりゃ、話さないよ」



 どかり、とマノンは俺の向かいの椅子に深く腰掛ける。



「アイツはね、わざと軽薄に振る舞って、他人が自分の中に入ってくるのを嫌がってるのさ。もう失いたくないってね。大切なものを増やさないようにしてんのさ」



「仮面を被って尊大に振る舞う一方で、その内側では小さく縮こまっちまってる、なんとも後ろ向きで情けないやつだろう?」



 マノンはテーブルに肘をつき、手に顎を乗せる。

 ふぅー……っと息を吐き、呟く。



「……あのバカは、役に立ったかい?」



「ああ。アイツがいなけりゃ、グリフォンは狩れなかった」



「……アリアの嬢ちゃん」



 マノンの声が、少しだけ低くなる。



「追加の報酬は要らないって言ったがね。その代わりといっちゃあなんだが、一つ、頼まれてくれないかい?」



「……」



「ジーンのバカさ。アイツは、もう十年も前の恩に縛られて、こんなチャチな村から出ていこうともしない。あの腕なら、冒険者でも軍でも、どこにでも行けるってのにね」



 マノンは、ジーンが置いていったグリフォンの風切り羽根を、指先でくるくると回しながら続ける。


「アイツは、この村に来た時には……折れちまってた。そりゃあ、目も当てられない酷いもんさ。でも、アイツは自分で起き上がって、弓一本で立ち直った。翼は、もうとっくに治ってる。……なのに、飛び立とうとしないのさ」


 コイツと一緒だよ、とピースケの頭を指でつつくように撫でる。

 羽根を机に置き、マノンは俺に真っ直ぐ向き直った。その目は、恩人であり、そして呪いでもあることを自覚している者の目だった。

 かつては支える添え木であり、癒す包帯であり、守るギプスだったとしても。

 治ったあとは、重りにしかならない。


「アイツは、ここにいるべきじゃない。だから、この通りだ、嬢ちゃん。あのバカを……ジーンを、連れて行っちゃあくれないかい?」


 マノンは、ドワーフの誇りも何もかもかなぐり捨てるかのように、深く、深く、頭を下げた。


「ま、待ってくれ、頭を上げてくれよ!」


 俺は慌てて立ち上がって、マノンの肩を支えた。


(……ったく、とんでもねぇ頼み事を押し付けやがって……)


 俺は頭をガシガシと掻きむしりながらも、腹は決まっていた。

 もちろん、俺としてもジーンの弓の腕はパーティに欲しい。

 あのグリフォンとの戦いで、その実力は嫌というほど見せつけられた。

 それに、あの軽薄さの裏にある妙な義理堅さ。

 エステルの件を知られたとしても、面白がって協力はすれど、他人にベラベラと言い触らすような男じゃないだろう。



「……わかったよ。誘うだけ、誘ってみるさ。でも、ジーンが来るって言うかどうかは、わからねえからな?」



「行くさ。アイツに必要なのは、きっかけだけさね」



 マノンは、確信に満ちた目で力強く頷いた。


「ふぅ、あの色ボケ野郎とも、やっとおさらばだと思ったってのによ……」


 俺が忌々しげに悪態をつくと、マノンはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「ふふん、まあ精々こき使ってやんな」


 マノンはテーブルに置かれたグリフォンの魔石を持ち上げ、職人の目でその輝きを確かめる。


「〈魔鉄〉については下準備はしておいたからね。まったくクセの強い素材だから、成形に時間がかかっちまったが、こっから仕上げと、コイツを使った〈刻〉だ。……まあ……数日はかかるね」


 俺たちの「魔石を手に入れてくる」という言葉を、ただの景気づけとは思わず、信じて準備を進めていてくれた。

 その信頼が、なんだか妙に嬉しかった。

 ファルメルにある鍛冶屋〈鉄細工・鉄心〉のハゲ店主だって腕は悪くないはずだ。その熟練の職人が数ヶ月かかるって言ってた案件を、数日か。

 ……全く、頭が下がるぜ。



「よろしく頼んだぜ」



「あいよ」



「ピィピィ」



 俺は預けていた素材を工房に残し、扉をくぐった。

 バタン、と重い扉が閉まり、薄暗く、鉄と石炭の匂いが染みついた工房から、日の光が差す外へと出た。

 工房の外の木陰には、なんとも奇妙で、そして平和な光景が広がっていた。ガロードとエステルが、ピクニックの準備をしていたのだ。


「あっ! アリア様! お話は終わりましたの? わたくしたちは、ちょうど昼食の準備をしておりましたのっ!」


 エステルが、屈託のない笑顔で手を振ってくる。見ると、大きな布の上に、焼いた肉と野菜を挟んだパンが並べられている。


(今日の昼メシは、サンドイッチか)


 具材がはみ出しているものはガロード作、形のやや歪なものはエステル作だろう。どちらも大皿の上に仲良く積み重なっている。



「ジーンは?」



「ジーン様は、お知り合いに挨拶に行くと、あちらの方へ……」



「……また女かよ」



 やれやれと天を仰ぎ、深いため息をつきながら、俺はジーンを探して村の中心へと歩いていった。




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