第40話:モンスタートレイン
まずは、素材回収が先決だ。
軽い止血と応急処置だけを済ませ、ガロードが既に始めていた解体作業に、俺も加わる。
「おい、ジーン!てめぇも手伝え!」
「やれやれ、ボクのこの美しい手が、血糊で汚れてしまうじゃないか」
憎まれ口を叩きながらも、ジーンは手際よくグリフォンの巨大な翼の解体を手伝い始める。
こいつの狩人としての知識は、こういう時に役に立つ。
そして、ガロードが心臓部と思しき箇所に解体用のナイフを丁寧に突き刺すと、ゴロン、と鈍い音を立てて、直径15cmほどの球体が転がり出てきた。
(これか…!グリフォンの魔石!)
翠色に透き通り、内側から淡い輝きを放っているそれは、もはや未加工のままでも宝玉と見まごうほどの、不思議な引力を持っている。
Bランク魔物から得られる魔石は、少なくとも10,000ガルド以上の価値がつく代物だ。文句なしのお宝だ!
「おい、見ろ!やったぞ!」
俺は魔石を高々と掲げ、全員に見せつけた。
これで、俺たちの苦労も報われる。討伐の成功を、改めて実感する。
ジーンは、キザに髪を整えながら、しかし満足げに無言で頷く。
「やりましたわねっ、アリア様!とっても素敵ですわ!」
エステルは手を叩いてはしゃいでいる。
ガロードは…チラッと魔石を見ただけで、すぐに興味を失ったかのように、黙々と肉をブロック状に切り分けながら、せっせと解体を続けている。
(…まぁ、コイツにとっちゃ、宝より肉か)
呆れつつも、俺の口からは自然と笑みがこぼれた。
「やった、これで…」
ドドドドドド……
微かに、しかし確実に、地面が揺れている。地震か?
いや、違う。
周期的な振動だ。
これは……なんだ?
「どどどおどど、どどどいてくださああああああああいっ!!!」
甲高い、半泣きの絶叫と共に、平原の向こうから、一人の女が猛然とこちらへ向かって走ってくるのが見えた。
黒みを帯びた深く艶やかな紅色の髪をなびかせ、小柄な体に不釣り合いな両手杖を抱えている。
三角帽子を被り、いかにも魔法使いといった風貌だ。
その、半べそをかきながら必死に走ってくる姿は、同情を誘うものがあった。
(なんだ?困りごとか?)
今の俺は上機嫌だ、話を聞いて、場合によっちゃあ協力してやっただろう。
「わわっ!ひぃふぅみぃ…いっぱい!ウシさんがいっぱいですわぁ!!?」
あの女の後ろから、地響きを立てて迫ってくる、巨大なオックブルの団体に追われていなけりゃあ、な!!
嗚呼…察した。
これは、いつもの、厄介ごとの匂いだ。
「おいおい……オイオイオイオイオイ!!ガロード!ジーン!素材を守れ!!」
(ふざけんなよ、コイツ!何だってよりによってこっちに走ってきやがる!?)
俺の絶叫に、ジーンが即座に反応する。
先頭集団の何匹かの脚を、立て続けに矢で射抜き転倒させる。
それにつまずいて、雪崩のように後続が折り重なって転んでいく。
女とオックブルたちの距離は少し開いたが、それでも怯むことなくオックブルの群れの勢いはおさまらない。
それを見たガロードの目の色が変わった。
奴は無言で立ち上がると、抑揚のない、しかし有無を言わせぬ声で呟く。
「〈バアルスフィア〉」
キュイイイィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!
あの、耳を劈くようなけたたましい音が、再び平原に響き渡る。
(あっ……やべぇ、あの女死んだかも)
「ふぇええええん!ご、ごめんなさぁああい!!」
半泣きの女の悲鳴が聞こえる。
「おい!!身を守れ!!伏せろ!」
俺が怒鳴ると、女は一瞬だけ「ごめ……ふぇ!?」と間の抜けた声を上げた。遅い!
「…〈ダウンバースト〉」
十数秒の発動準備の後、ドウッ、と地を揺るがす音を立てて、極限まで圧縮された空気の球は破裂した。
「ひぃ!……ふぉ、〈フォートレス〉!」
女が叫ぶのと、吸い寄せられていた空気が凄まじい暴風となって逆流するのは、ほぼ同時だった。
「加減しろバカが!!」
とっさに叫んでみたものの、そんな余裕がなかったのは確かだ。
Eランクとはいえ、あの数のオックブルの巨体が、まるで木の葉のように宙を舞うほどの威力。
爆心地の草は、ごっそりと抉り取られ、丸く禿げてしまっている。
どう見ても人を巻き込んで使っていい魔法の威力じゃない。
ジーンも、その常軌を逸した光景に顔を引き攣らせて目を白黒させている。
「……ガロードくん、喋れたんだね…」
(そっちじゃねえだろっ!)
幸い、風で吹き飛ばされたグリフォンの素材は、少し離れた場所で無事に転がっていた。
肉は…まぁ、泥まみれになってしまったが。
……とにかく、一番重要な魔石が無事だったのは、不幸中の幸いと言っていいだろう。
「ご、ごほっ…げほっ…し、死ぬかと思いましたぁ」
オックブルの折り重なった山の下から、さっきの臙脂色の頭髪の女が這い出してきた。
腕は脱臼したのか、それとも折れているのか、力なくぶら下がっている。
服はボロボロ、杖は無残に折れてしまっているようだが、どうにか生きてはいるらしい。
(……同情はしねぇ)
魔物を引き連れて他のパーティになすりつける行為は、法で決まっているわけではないが、冒険者間の暗黙のルールでは御法度だ。
この女、どう落とし前をつけてくれようか。
「おい、てめえ!」と俺が怒鳴りつけようとするよりも早く、横からエステルが駆け寄っていく。
「ひゃあ!?腕が!腕が大変なことになっていますわぁ!?そこのあなた、大丈夫ですの!?」
「ああっ、なんてことだ。このボクが近くにいながら、君のような可憐で儚げなレディを危険な目に遭わせるなんて!だが、ボクの矢は君の窮地を颯爽と…」
「オイ」
(……ったく)
怒りの向け先が分散したことで、逆にこっちの怒る気が失せてくる。
ガロードは泥まみれになった肉を前に、ガックリと膝をついている。
(だから加減しろっつったんだ…。まぁ、洗えば食えるか)
「あ、ああっあのっ、みなさん!ごめっ、申し訳ありませんでしたぁ!決してわざ、ワザとではなく、私はだ、大丈夫なのでっ」
「いいから落ち着け。大丈夫じゃねえだろ、腕が折れてんだから」
ちっ、仕方ねぇ。治してやるか。
「ああっ、わ、私のせいで怪我を!」
女は、グリフォンにつけられた俺の腕の傷を見て、縋り付いてきた。
「わわっ、寄るな!これは…」
説明するよりも早く、女の手が淡く発光する。
「〈ヒール〉!」
おお?と思ったが、傷が塞がる前に、女はぜぇぜぇと息を上げ始めた。
「はぁはぁ…やっぱり、他人を回復するのは得意ではなくて…」
(……一応使えるってだけで、ヒーラー適性はなさそうだな)
とにかく、わざとじゃないのは分かった。
怯えきった様子を見ていると、何だか哀れにすら思えてくる。
すっかり毒気を抜かれてしまった。
ガロードは、まだ泥肉を前にムスッとした表情で睨みつけているが。
「光の回復魔法が使えるのか。まぁ、自分を治すのは難しいだろ?そんな大怪我してると、痛みで集中力が続かねぇからな。俺が〈リバース〉で治してやるよ」
「あっ、お、お構いなくっ!!〈アタッチ〉...〈ヒール〉!」
女がそう唱えると、みるみるうちに、ありえない方向に曲がっていた腕が正常な位置に戻り、傷が塞がっていく。
……光属性と地属性の共有特性である〈収束〉は回復魔法としても有効だ。
地属性の〈アタッチ〉による骨接合。
光属性の〈ヒール〉による傷と欠損の修復。
ちゃんと段階を踏んだ回復魔法だ。
「すごいですわ!優秀なヒーラー様ですのね!わたくし、尊敬いたしますわっ!」
エステルが目を輝かせる。
「ああ、わたくしはエステルと申しますの!エステル・リ…こほん、ただのエステルですわっ!」
「わ、私はニーコです。ヒーラーだなんてそんなっ…私なんて、ただの石等級の冒険者で…よく怪我をするので、自分のヒールだけは得意なんです、えへへ。あっ!あっあっ、も、もちろん、さっきのも手は抜いてませんよ!?他人を治癒すると、緊張してどうにもうまくいかなくてっ!」
「わかったわかった。それでニーコ、何でオックブルに追われてたんだ?」
比較的おとなしいはずのオックブルが、明らかに興奮した様子だった。
まるで群れ総出で、危険な外敵を縄張りから追い払うかのような、鬼気迫る感じだった。
ちょっとやそっとの挑発行為で、ああなるとは思えねぇ。
「あっ、あの…いや、特には…」
「はぁ?んなわけねえだろっ、別に隠す必要もねえだろうが」
煮え切らない態度に、何だかイライラしてくる。
「ひぃ、ご、ごめんなさいっ!違うんですぅ!本当に!オックブル討伐依頼のために、群れから外れた個体を狙ってたら…!き、急にバァン!!って大きな音がして…!」
(スマン……それは俺たちのせいかもしれん)
「わ、私それにびっくりして…〈ストーンバレット〉を暴発しちゃってぇ…わ、わざとじゃなかったんですぅ!でも、周りのオックブルまで急に怒り出しちゃって…!」
「だからって、それであんな規模にはなんねえだろっ!」
「ご、ごめんなさいぃ!い、いつも、そうなんですっ!私が近寄ると魔物が暴れ出しちゃって…魔法使いなのに、真っ先に取り囲まれちゃうからっ、いつもパーティも組んでもらえなくてぇ〜!私がグズでノロマなのが悪いんですぅ!!うぇ〜ん!!」
ニーコはとうとうその場でわんわんと泣き出してしまった。
「アリア様!言い過ぎですわっ。ニーコさんはグズでもノロマでもありませんわっ!」
「俺は"まだ"なんも言ってねえだろ!」
「ああああ!もういい!依頼なんだろ!?そこに転がってるオックブル持っていけ!」
「そっ、そんなぁっ!これ以上ご迷惑をかけるわけには…グス…っ、ありあさんっ!!あなた、いい人ですぅぅ!!」
「よかったですわね!ニーコさん!ふふっ、アリア様は口はお悪いですけれど、本当はお優しいですのよっ」
「うるせぇ!これ以上関わるんじゃねーぞ!!」
泥まみれになったグリフォンの肉を、ジーンに作ってもらった水球で洗っていたガロードが、目を見開いて抗議の視線を向けてくる。
「ガロード…そんな目で見るな。どうせ肉全部は持ち帰れねえだろうが…」
ガロードは、仕留めた獲物をニーコに渡すことが信じられない、という顔をしている。
グリフォンの肉だけでも相当量だろうが…。
ぺこぺこと頭を下げながら、肉のブロックと魔石をいくつか拾ってニーコは去っていった。
はぁ…なんだったんだ、あいつは。




