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自由のアリア  作者: カラノニジ
第五章:天を墜とすは折れた翼
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第39話:火気厳禁

 

 その時!

 空気が、ゴボリと音を立てて肺に戻ってくる。


「…っかは!?はぁ…っ、はぁっ…」


(送風…!ガロードか!)


 視界の端で、片目から血を流しながらも、奴がこちらを睨んでいるのが見えた。


 その目から、「絶対に焼き鳥を逃がすな」という、ブレようのない強い意志がヒシヒシと伝わってくる。


(…本当に、お前はそれだけだなっ!!)


 度重なる気圧の乱高下に、頭と肺が悲鳴を上げる。


 だが、足を止めるわけにはいかねぇ!


 俺は咄嗟に片方の剣を投げ捨て、大地を蹴る最後の力を振り絞って、飛び立とうとするグリフォンの尻尾に飛びついた!


 ガッシリと掴んだものの、凄まじい揺れに体が煽られ、ダメージで痺れていた方の手から、もう一振りの剣が滑り落ちていくのが、やけにゆっくり見えた。


(しまっ…!)


 翼が風を掴む。浮遊感。


(まずいっ!)


 掴まれた『二代目ウシさん』と、グリフォンの尻尾にしがみつく俺の体は、なすすべもなく、ぐんぐんと上空へと連れ去られていく。


 飛行中のグリフォンの周囲では、奴自身を巻き込むように風が暴れ狂っている。


 やみくもに魔法で攻撃しようにも、霧散させられるのがオチだ。


 諦めて手を離す?今ならまだ着地できる。



(バカ言え...!この瞬間のためにどれだけ準備したと思ってる!?)



 どうする?



 どうするっ?



 どうすりゃいい!?




「ぷはっ…ああっ、ようやくおしゃべりできるようになりましたのね!!」



「…………へっ?」



(…………う、嘘だろ?)



 今まで二代目ウシさんの巨体が死角になって見えてなかった。

 だが、そこには、あろうことか、エステルがオックブルの背中に馬乗りになるようにして、必死に、必死にしがみついていた。



「って…ま、また飛んでますわぁぁあああああああっ!!?」



「このアホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!?」



 俺の悲鳴にも似た絶叫が、空に響く。

 それで、ようやくエステルも俺の存在に気づいたらしい。


「ア、アリア様!?どうしてそんなところに、しがみついていらっしゃいますのっ!?」


「そっくりそのままこっちの台詞だ、このアホエステル!!」


「わたくし、怪我をした二代目ウシさんの手当てをしようと思って、ずっと背中に……」



 まずい…!


 まずいまずいまずい…!


(なにか、なにか手は…!?)



 そんな俺たちの、あまりにも間の抜けたやり取りを嘲笑うかのように、地面はあっという間に遠ざかり、俺たちの体は、どこまでも広がる青空の中へと、ぐんぐんと高度を上げていった。


(クソッ、手は…手はねぇのか!?)


 焦る俺の脳裏に、ふと、あの忌々しい買い物の記憶がよぎった。



(……!!)



「エステル!バッグの中だ!〈竜火酒〉を出せ!」



「お、お酒ですの!?」



 この状況でなぜ?という顔でエステルが叫び返す。

 そうだ、マノンへのお礼のために追加で買った、あのバカ高い酒!


 店主が『火気厳禁』だと、あれだけ念を押していた、とんでもなくアルコール度数の高い代物だ。1,500ガルド!!


 グリフォンが、鬱陶しそうに尻尾を激しく振り、俺を振り落とそうとする。

 片手でしがみつき、歯を食いしばってなんとか持ちこたえる。


 エステルは慌てて、背負っていたマジックバッグの中をかき回し始めた。



「ありましたわ!これをどうすれば!?」



「開けろ!」



「わたくし、お酒は得意では…」



「この状況で飲むか、このアホが!開けてグリフォンにぶっかけろ!!」



「は、はいっ!わかりましたわ!!……か、固いですわっ!」



 エステルが、オックブルの背に脚を絡め、片手で必死にしがみついたまま、固く締められた瓶の栓に悪戦苦闘している。



「くそっ、貸せっ!」



 俺は必死に手を伸ばして、エステルからボトルをひったくるように受け取る。



(とはいえ、痺れた左手じゃ、このクソ固い栓は…!)



 ボトルを振り上げ、どうやって開けるか一瞬だけ思考を巡らせた、その時。



 俺の視界の端で、地上から放たれた何かが、太陽の光を反射してキラリと光った。




 次の瞬間、俺はニヤリと口の端を歪めていた。




(くそっ、いいとこ持っていきやがって!!)




「ナイスだ!ジーン!!」



 俺が叫ぶのと、振り上げた酒瓶がパリンッ!と甲高い音を立てて砕け散るのは、ほぼ同時だった。

 こちらから迎えて微調整する必要すらなく、寸分の狂いなしに飛来した矢が、俺の手にしたボトルだけを正確に射抜いたのだ。


『ふふ、次は外さないって言ったからね』


 地上から、風に乗って、ジーンのキザな声が聞こえた気がした。



 瓶の中身…強烈なアルコールが、グリフォンの纏う風の防護によって巻き上げられ、頭に、背中に、翼に、雨のように降りかかっていく!


 揮発した酒精が風の流れで一気に拡散していく。

 循環する風に突然混入した刺激物に驚愕したのか、あるいは強烈な度数に酔っ払ったのか、制御を失うグリフォン。




「エステル!」




 俺はタイミングを見計らい、飛び移るようにして、まだ何が起きたか分かっていないエステルの手を強く掴む!



「えっ?えっ?ま、まさか…!?」



「行くぞ!」



「ま、またですの〜〜〜~~~っ!?」



 俺たちは、エステルの情けない悲鳴と共に、遥か上空から、広大な平原めがけてスカイダイビングを決行する!


 落下しながら、俺は真上にいるグリフォンを見据え、魔力を練り上げた。



「焼き鳥になりやがれ!!〈フレイムビット〉!」



 俺の指先から放たれた小さな火種が、アルコールを浴び、潤沢な空気の供給を受けているグリフォンに触れた瞬間。




 チュドォォォオオオオオンッ!!!!




 さながら爆弾のような轟音を立てて、グリフォンが燃え盛った!



(………………なんてもん飲んでんだ、ドワーフはよ!?)



 奴がその身に纏っていた風が、逆に燃料を煽り、爆発的な炎となって巨体を包み込む。



「ギャアアアアアアアアアッッ!!!」



 断末魔の叫びを晴れ渡った空に響かせながら、炎の玉と化したグリフォンが、俺たちのすぐ横を、黒い煙を引きながら猛スピードで地上へと墜落していった。



(やっべぇ、思ったより高え!!)



 落下しながら、俺の視界の端で、燃え盛る火球と化したグリフォンが、凄まじい速度で平原へと激突するのが見えた。


 ズドォォン!と地響きがここまで届き、土煙が上がる。


 その様は……もはや落下というよりも着弾だ。



 あの巨体が原型を留めているかも怪しい。

 自分たちの末路を想像し、俺の顔からサッと血の気が引いた。




「ひゃあああああああああああ!!!」

「きゃあああああああああああ!!!」




 俺とエステルの、間の抜けた絶叫が空から地上へ落ちていく。




 ぽふっ




 だが、地面に叩きつけられるはずだった衝撃は、まるで分厚い羽毛布団にでも飛び込んだかのような、柔らかい感触に変わった。


 ガロードが発生させた〈エアクッション〉が、俺たちの落下の勢いを完璧に吸収し、体がぽよん、と軽く宙に跳ねる。



 そして───



 どすっ



 …バウンドして、無様に地面に落ちた。



「痛いですわぁあ!?……はっ!!ということは生きていますのね!?わたくし!!」


 エステルが、叩きつけられた尻をさすりながら、すぐにケロリとした顔で叫んでいる。


「いたた…、おい、最後まで受け止めろよ!」


 俺も悪態をつきながら、ようやく周囲を見渡す余裕ができた。



(生きてる……)



 少し離れた場所に、黒焦げになり、ありえない方向に手足が折れ曲がったグリフォンが、ピクリともせずに転がっている。


 その無残な亡骸を見て、ようやく実感が湧いてきた。



(あ…ああっ)



「やった…倒した…!よっしゃ、倒したぞ!これで魔石が手に入った!!」



 込み上げてくる興奮と達成感に、俺は思わず拳を突き上げてはしゃいだ。



 ……だが、その喜びを分かち合う仲間は、どこにもいなかった。



 ガロードは、俺が勝利を噛みしめるより早く、既にグリフォンの亡骸に駆け寄り、懐から解体用のナイフを取り出して、今夜の焼き鳥…もとい、肉のどの部位が一番美味そうか、真剣な目で見定め始めている。


 エステルは、グリフォンの犠牲となったオックブルの亡骸に駆け寄り、その亡骸にすがりついて涙を流している。


「ウシさん、二代目ウシさん、仇はとりましたわよ…!あなたがたの尊い犠牲、わたくし、決して忘れませんわ……!」


 そしてジーンは、そんなエステルの後ろ姿に、うっとりとした表情で愛を囁いていた。


「ああ、エステル……君のその、友を思う優しい心…そして、その涙ですら、なんて美しいんだろう。ボクの放った最後の一矢、ちゃんとその目に焼き付けてくれたかな?」




 …………なんだ、この温度差は。




 さっきまで勝利にはしゃいでいた自分が、急激に……とてつもなく恥ずかしくなってきた。


 俺は、ズキズキと痛み始めたこめかみを、手のひらでぐりぐりと押さえる。



(……ったく、どいつもこいつも、マイペースにも程があるだろ……)



 また大きくため息をつこうかとすぅと息を肺に溜めるが、そのままフッと笑うと、アイツらの元へ駆け寄っていく。



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