第38話:空の王者
俺の獰猛な笑みに呼応するように、グリフォンは姿勢を低くし、苦痛と怒りの入り混じった威嚇の声を上げた。
(よし、奇襲は成功。空の王者を地面に縛り付けた。ここまでは上々だ!)
戦況はこちらが優勢。このまま押し切るッ!!
俺が追撃のタイミングを計るより早く、ガロードが動いた。
無言のまま、幅広の長剣を構え、最短距離でグリフォンへと突っ込む。それに対し、グリフォンは獅子のそれのように強靭な四肢で大地を蹴り、巨大な前足をガロードめがけて叩きつけた!
ガロードはそれを長剣で正面から受け止める。だが、Bランク魔物の膂力は伊達ではない。
ミシリ、と嫌な音を立ててガロードの膝が地面についた。
(クソッ、重ぇな!さすがはBランクか!)
「オラッ!〈シャドウバインド〉!」
影のロープが、ガロードを抑えつけていたグリフォンの頸を締め上げながら、横から引き下げる。
地面に頭を叩きつけるつもりだったのだが、圧倒的な体幹を前にそれは叶わなかった。
しかしながら、体勢を崩すことには成功し、その隙にするりとガロードは転がるようにして退避する。
ブチ...ブチ...!
地面から伸びる影のロープは、グリフォンの大きな羽ばたきによって、引きちぎられる。
「くっ…!」
反動でグリフォンの上体が持ち上がる。
その瞬間、シュパンッ!と乾いた音が響き、グリフォンの首筋に、深々と鋼鉄の矢が突き刺さった。
(〈ミラージュ〉か!あの野郎、いつの間に回り込んでやがった!)
音もなく姿を現したジーンが、矢継ぎ早に二の矢を放つ。グリフォンは苦痛に身を捩るが、その動きによって射線がずれ、矢は狙いとは違う翼へと突き刺さった。
しかし、マノン特製の鋼鉄矢は、この距離であれば奴が纏う風の防護をものともせず、その分厚い筋肉を容易く貫く。
「グッロロロロロ…ッ!」
獣の咆哮というより、断末魔に近い苦悶の声を上げ、グリフォンが突き刺さった矢を引き抜かんとばかりに翼を薙いだ。
凄まじい暴風が巻き起こり、地面の土や小石を巻き上げながら、近くにいたジーンを容赦なく吹き飛ばす。
巻き上げられた礫のいくつかは鋭利な刃となって、ジーンの革鎧を裂き、その肌に赤い線を走らせた。
(チッ、派手にやられやがって!だが、これで奴の翼はズタボロだ!)
このままこちらが張り付いていれば、そう簡単には飛び立てないはずだ。
己の翼によって生じた死角からガロードが潜り込み、渾身の一刀がグリフォンの胴体に深々と刻まれる。
「ギュィィイイア!!!」
たまらずグリフォンが悲鳴を上げる。それでも闘争心が萎えないのは上位者の自負だろうか?
おびただしい血液を吹き出しながらも、身を捩り、横薙ぎの暴風でガロードを弾き飛ばす。
好機は逃さない。燃え盛る二振りの剣を構え、一気に距離を詰める。
「次は、こっちだ鳥公!!」
再び火剣が、もはや無惨に傷ついたグリフォンの翼を切り裂く。傷口から噴き出すはずの血は、炎によって瞬時に焼き固められるが、残った羽毛に僅かに火が燃え移り、グリフォンはさらに身を捩って苦しむ。
俺たちは順繰りに、休む暇を与えずに攻撃を続け、グリフォンの飛行を阻止している。それぞれが勝手に動いているものの、結果としては連携らしい動きが成立している。
(いける──!!このまま押し切るぞ!)
俺が切り返しの二撃目を叩き込もうと、さらに一歩踏み込んだ、その刹那だった。
「グロロロロロ......!!」
今までとは明らかに違う、グリフォンの異様な動きに、俺の本能が警鐘を鳴らす。
グリフォンは苦しげに身を捩りながらも、傷ついた翼を、まるで空気を鷲掴みにするかのように、通常とは真逆の軌道で内側へと大きく、そして異常な速度で羽ばたかせた。
(な、なんだ、この動きは!?クソッ、何か来るぞ…!)
俺がそう直感した瞬間、周囲の空気が、まるで巨大な肺に吸い込まれるかのように、グリフォンの両翼の間へと、猛烈な勢いで吸い寄せられていくのを感じた。地面に落ちていた枯れ葉の切れ端や小石、砂塵が、渦を巻いて奴の周囲に舞い上がる。
「うぐ、カヒュ……!?」
直後、俺の肺から、強制的に空気が根こそぎ引きずり出されるような、強烈な圧迫感が襲った。息を吸おうとしても、吸うべき空気が喉の周りに存在しない。声にならない悲鳴が、喉の奥でひゅうと潰れる。
(なんだ!?息が…!)
視界の端で、グリフォンの強靭な後ろ足が迫ってくるのが見えたが、酸欠で麻痺した体は反応できない。
(まずいっ…!)
衝撃とともに、俺の体は軽々と吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がった。
ようやく呼吸が戻り、堰を切ったように激しく咳き込む。
「……ッ、…げほぉっ、がはっ!」
(なんだ!?今のは一体…)
「大丈夫かい!?アリアちゃん?!」
ジーンが駆け寄ってくる。その肩や腕からは、先ほどの暴風で負った傷から血が流れている。
「くそっ、なんだ今のはっ!?」
肺から空気が吸い出されたみてぇな…いや、違う。この周辺一帯から、一瞬、空気そのものがなくなったような感覚だった。
(ぐっ…まずい…!!三人で畳み掛けてやっと地面に張り付けてるってのに俺とジーンが攻撃の手を休めちまったら…!!)
その時、ガロードが動いた。奴の前に、周囲の空気を猛烈に吸い込み圧縮する、見慣れた透明な球体が現れる。
(〈バアルスフィア〉か!?)
キュィイィ……ぱすん…。
だが、極限まで圧縮される前に、その空気の塊はまるで陽炎のように揺らめき、霧散してしまった。
(チッ、やられたか!)
風を操るグリフォンにとって、大気の流れを乱すことなど容易いのだろう。そう簡単に、あの大技を使わせてはくれないらしい。
今度は逆に、グリフォンが翼を一度だけ力強く内側に羽ばたかせた。
ガロードの頭上に、先ほど俺が味わった真空状態とは真逆の、高密度に圧縮された不可視の空気塊が形成され、彼を押し潰さんとばかりに襲いかかる!
「……ッ!?」
ガロードも即座に、風を盾のように展開する防御魔法〈エアシールド〉で対抗する。
高密度の風同士がぶつかり合い、空気が軋むような凄まじい音が周囲に響き渡った。
「うおっ…!?」
まるで突風。ぶつかり合った余波だけでこの威力だ。
一体、どれ程の圧力がガロードを襲っているのか。
ガロードは歯を食いしばり、地面に深く足を踏ん張って必死に盾を維持しようとするが、Bランク魔物の圧倒的なパワーとの地力の差は明らかだ。
ミシミシ、と風の盾に亀裂が走り、やがて甲高い音を立てて砕け散った!
〈エアシールド〉が威力を大きく削ぐことには成功したものの、残った衝撃がガロードを地面に叩きつける。
奴は片膝をつき、ふらつきながらも剣を杖代わりにどうにか立ち上がった。だが、その片目は急激な空気圧の変化に耐えきれなかったのか、真っ赤に充血し、内出血を起こしている。
(これがBランクの魔物…!)
奇襲に成功し、これだけこちらに有利な状況を作り出したというのに、いとも容易く、戦況をひっくり返してきやがる。
こちらの一手がズレただけで、即座に三人を各個撃破してくるとは。
あの〈鐡喰い〉と相対した時にも感じた絶望感と恐怖。
そしてそれを上回る高揚感。
(やべぇ……)
痛みを堪えつつも僅かに歪む顔。
決して闘争心を切らさないようにと必死に睨みつける目。
ほんの少しの畏怖。
(そんな場合じゃねぇってのに……)
そんな俺の複雑な心情とは裏腹に、俺の口角だけは不思議と吊り上がっていた。
手負いとなったグリフォンも、これ以上の戦闘は不毛と判断したのだろう。
だが、駆け出したその動きには、明確な目的があった。
獲物への、異常なまでの執着。
一度狩ると定めた己の獲物を、巣に持ち帰らずにはいられないらしい。
「くそっ、逃がすかよっ!〈シャドウバイ…っ!?」
拘束しようと踏み込んだ俺の足が、一瞬だけ鉛のように重くなる。
まただ!一瞬の真空状態!
肺が圧迫され、詠唱が強制的に中断される。足が止まりそうになる。
その隙に、グリフォンはオックブル……エステルが名付けた『二代目ウシさん』を、羽ばたく直前に、その巨大な前足でがっしと掴み上げた。
動けない。
どころか、さっきより拘束時間が長い。
気を失いそうだ…ッ!!
(く、そ…逃げられ……)
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*本イラストは生成AIを使用しています




