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自由のアリア  作者: カラノニジ
第一章:繋がれぬはずの銀の首輪
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第4話:〈沈黙〉

挿絵(By みてみん)


 改めて、隣のガロードに視線をやる。

 ちょうど、最後のモコドリの骨を皿に置き、水をグッと飲み干したところだった。

 食べるペースは、確かに落ちていたようだ。


 俺はカウンターに肘をつき、手の甲に頬を預けた。再び深くため息が漏れる。

 そしてガロードの座る席との間に置いたままの依頼書を指でトントンと叩く。


(さあ、腹一杯になったんだろ? いつまで知らんぷりしてやがるつもりだ、この野郎……)


 一定のリズムで動く指が、イラ立ちを刻みながら、〈沈黙〉のガロードが、食事以外の行動を起こすのを待った。


 早くこの面倒な時間から解放されたい、その一心で。



 ガロードは、俺が指で示した依頼書と、俺の顔を、ゆっくりと交互に見比べた。

 そして、心底不思議そうな……まるで「なに、これ?」とでも言いたげな表情を、こちらに向けやがった。


(……『なに?』じゃねぇよ! こっちはてめぇが飯食い終わるのを待ってたんだろうが!)


 その能天気な表情に、俺の額にピキリと青筋が浮かぶ。



「おい、〈沈黙〉!」



 まずは、そのふざけた二つ名で呼びつけてやる。



「その依頼書だ。見りゃ分かんだろ」



 カウンターに置かれた羊皮紙を、指でトンと叩く。



「ギルドからの"勅命"だ、俺とてめぇへのな」



 正規の手順を踏んでいない"実質的な"という但し書きのために、言葉にわざと力を込める。


「内容は、坑道内の洞窟の調査と、そこに潜むかもしれねぇ危険の排除。場所はブラックロックマウンテンの第三坑道の奥だ」


 簡潔に、だが一切の遠慮なく説明する。


「で、だ」


 俺は自分自身を親指で指差した。


「クソ面倒なことに、この俺が! てめぇの『お守り役』兼『監視役』として、この依頼に同行することになった」


 忌々しさを隠そうともせず、吐き捨てるように続ける。


「あの金髪チビ……フィリスとかいうアマが、てめぇの世話はもうゴメンだって逃げやがったからな。その厄介事が、運悪く俺に回ってきたってわけだ」


 ギリッと奥歯を噛みしめる。


「……分かったか? これはギルドの決定事項だ。てめぇにも、俺にも、拒否権はねぇ。とっとと準備しやがれ。これから俺と一緒に行くぞ」


 言い終えると、俺は腕を組み、カウンターにふんぞり返って、ガロードの反応を待った。


 俺の言葉を、ガロードは心底どうでもよさそうな顔で聞いていた。

 そして、全て言い終わると、面倒くさそうにヒラヒラと手を振った。


「はいはい」という肯定なのか、ただの「あっち行け」なのか、さっぱり読み取れやしない。


(……なんだ、その態度は!? 分かってんのか、分かってねぇのか、ハッキリしやがれ、この野郎!)


 イラつきを隠しもせず睨みつけていると、ガロードはスクッと音もなく席を立ち上がった。


「112ガルドでい!」という店主の声に、こともなげに腰の革袋からジャラリと硬貨を取り出して支払う。


 軽く十人前は食ってたはずだが、思ったより安い……。


(……って、感心してる場合か!)


 支払い終わると、ガロードはそのまま何の合図もなく、ふらふらと店を出ていっちまった。


「おい! 待て! てめぇ!」


 俺も慌てて自分の飲み物代の硬貨をカウンターに叩きつけ、店を飛び出す。

 だが、ガロードの向かう先は、街の門とは逆方向…商店が立ち並ぶ通りだった。


(あの野郎……! どこ行く気だ!?)


 舌打ちしながら後を追うと、ガロードはある露店の前で足を止めた。そして、無言で肉の串焼きを指差す。


(……一本、二本……って、おい! 二十本!? マジかコイツ!?)


 露店の親父も慣れた様子で、手際よく二十本の大振りな串焼きを包んで渡す。

 ガロードはその場で熱々の一本にかぶりつき、残りを腰に下げた〈マジックポーチ〉に吸い込ませやがった。


 つーか、まだ食うのかよ……。

 俺はもう、呆れを通り越して、なんだか眩暈すらしてきた。

 コイツの胃袋はどうなってやがるんだ。


 ようやく買い食いを終えたのか、ガロードは今度こそ街の門がある方向へと歩き出した。

 俺も、イライラと腹の虫が収まらないまま、その後ろをついていく。



 その時だった。

 前方から歩いてくる集団に、見覚えのある……そして、今一番会いたくない顔があった。



(ゲッ……! あの女……!)


 金髪ツインテール〈星砕〉のフィリスだ。

 隣には、ゴツい鎧を着た戦士風の男と、魔法使いらしきローブ姿の女がいる。

 どちらも、胸には俺と同じ銀等級のプレートが光っていた。

 コイツらが〈暁の剣〉の残りのメンバーか。


 フィリスは、俺と、その前にいるガロードの姿を認めると、「……あら?」と声を上げ、足を止めた。

 その隣にいた魔法使いの女は、ガロードの姿を見た瞬間、「ひっ」と小さく悲鳴のような声を上げ、怯えたように戦士の後ろに隠れた。



(……あの魔法使いのビビりよう。話に聞いた通り、とんでもねぇ目に遭わされたらしいな)



 フィリスの「まさか本当に引き受けたの?」とでも言いたげな、面白がるような、同情するような視線が突き刺さる。


 どっちにしろ、見られたくない姿だった。



 ……てめぇのせいだからなッ!

 と射殺さんばかりの目で睨み付ける。



 だが、今はコイツらに構っている暇はねぇ。

 目の前の問題児が、また勝手にどこかへ行ってしまわないとも限らない。

 俺はフィリスたちを睨み返しつつも、前を歩くガロードの背中に向かって、怒鳴りつけた。


「おい! 聞いてんのか、〈沈黙〉! 勝手にフラフラしてんじゃねぇ! さっさと門に行くぞ!!」


 フィリスとその仲間たちは、まるで親の仇でも見るような目でガロードを睨みつけている。

 特にあの魔法使いの女は、本気で怯えきっている様子だ。

 だが、睨まれている当の本人は、全く意に介さず、ふぁ〜あと大きな欠伸を噛み殺しやがった。



(このクソ野郎…! 目の前でメンチ切られてんのに、欠伸だと!? 信じらんねぇ…!!)



「さっさと来い、この木偶の坊!!」



 ガロードの後ろ襟を鷲掴みにし、そのまま力任せに門の方へと引きずっていく。

 ズルズルと雪の上を引きずられるガロード。

 特に抵抗する様子もなく、むしろ楽だと言わんばかりに、引きずられながらも平然と串焼きを齧り続けてやがる。


(食ってんじゃねぇ!! 少しは歩けよ! 重いんだよッ!)


 後ろから、フィリスの声が聞こえてきた。



「あっ、ねえ! そいつ、風属性の魔法をところ構わずぶっぱなすから気を付けなさいよー!」



 声には、いつものキツさの中に、ほんの少しだけ……罪悪感のような響きが混じっている……気がしなくもない。


(……『風属性』ね。それで巣ごと味方ごと吹き飛ばしたってわけか。なるほどな。チッ、今更そんな情報よこしやがって……!)



「ご忠告どうも……!覚えてやがれ……!」



 門番たちの好奇と憐憫の入り混じった視線を浴びながら、俺はガロードを引きずったまま門を通過する。

 街を出るときは、特にお咎めも手続きも必要ないらしい。


 門を抜けて、街の喧騒が遠ざかったあたりで、俺は掴んでいた手を乱暴に振り払った。


「おい、てめぇ! いつまで引きずられてんだ! 自分の足で歩け!」


 ガロードは一瞬よろめいたが、すぐに体勢を立て直し、何事もなかったかのように、またマジックポーチから新しい串焼きを取り出して齧り始めた。

 マジでコイツの神経はどうなってやがるんだ……。


(風属性をぶっぱなす……? 最悪じゃねぇか。洞窟調査だぞ? 密閉空間でそんなことになってみろ、命がいくつあっても足りやしねぇ!)


 ファルメルの街を背に、俺たちはブラックロックマウンテンの麓へと続く雪道を進み始めた。

 道は硬く踏み締められているが、両脇には人の背丈ほどもある雪の壁ができている。

 遠くには、黒々とした鉱山の施設や、ゴツゴツした岩山が見えた。

 空気はシンと冷え切っていて、吐く息が真っ白になる。


 俺は、ガロードから数歩距離を取り、常にヤツの挙動に注意しながら歩いた。

 いつ、また何か突拍子もないことをしでかすか分かったもんじゃない。



(ったく、なんで俺がこんなワケわからんヤツと組まなきゃならねぇんだ……! 洞窟調査っつっても、コイツがいるだけで難易度が爆上がりしてやがるじゃねぇか……!)


 一方のガロードは、相変わらず黙々と串焼きを食い続けている。

 時折、マジックポーチに手を突っ込んでは新しいのを取り出している。


 ……まさか、あの二十本、全部食うつもりか?



 気まずい、というより一方的に俺がイラついているだけの沈黙が続く。



(だが……引き受けちまったもんは仕方ねぇ。やるしかねぇんだよ……クソッ!)


 覚悟を決め、俺は前を見据えた。目指すは、ここから半刻の距離にある坑道の入り口だ。


 雪の中を街道に沿って進む。

 この木偶の坊が急に何かをしでかさないか警戒し、常に視界の端に入れながら、だ。



 ……勿論、道中でコイツから言葉が発せられることはなかった。



(まあ、馴れ合うつもりもねぇけどよ……)



 これじゃ連携もあったもんじゃない。

 そう考えると足裏にへばり着いた雪がより一層重く感じられた。


 ──

 ─


 吹雪で視界は悪いものの、幸いにもなだらかな道が続くだけで、等間隔に並ぶ魔力灯の燭台が道案内をしてくれる。

 こいつを辿っていくだけで迷わず目的地に着いた。


 坑道の入り口には、腕組みをした一人のドワーフが仁王立ちしていた。

 依頼書にあった特徴通りの男だ。あれが案内人だろう。

 赤々と燃えるような髭は丁寧に編み込まれているが、それでも腹のあたりまで伸びている。

 身長は俺の胸あたりまでしかないが、その体は樽のように太く、脂肪ではなく硬い筋肉で出来ているのが一目でわかった。


 俺たちの姿を認めると、ドワーフはカッと目を見開き、一方的に捲し立ててきた。



「おおおっ! 来たか! ん? いや、ちがうか? うん? 冒険者か? プレートが見えるな! 冒険者だな! よし! じゃあついて来い!」



(……コイツが案内役のオロンか。依頼書通りだな。にしても、なんだこいつは……人の話を聞く気ゼロかよ!)



 呆気に取られている俺たちを尻目に、オロンは身分や依頼内容の確認すら省略し、短い足をえっほ、えっほと動かして、さっさと坑道の中へと走り込んでいっちまった。


「あっ、おい! 待てって!」


 思わず声をかけるが、ドワーフは振り返りもしない。


「チッ…! クソせっかちなジジイだ!」


 俺は悪態をつきながら、慌ててその後を追う。

 後ろを振り返り、相変わらず無表情で突っ立っているガロードに怒鳴りつけた。


「おい、〈沈黙〉! 聞こえてんだろ! ボサッとしてっと置いてかれっぞ! さっさと動け!」


 ガロードがのそりと歩き出すのを確認し、俺は再び前を向いてオロンを追った。


*本イラストは作者本人のものです

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