第3話:勅命
「……おい」
低く、ドスの利いた声で言い放つ。
「今の、聞かなかったことにしろ」
「俺は、あのクソチビの代わりなんざ、引き受ける気はサラサラねぇんだよ」
「あのチビが、勝手に喚いて逃げただけだ。俺は一切関係ねぇ。……分かったな?」
言葉の一つ一つに、明確な拒絶と威圧を込めて、受付嬢に叩きつけた。
「〈勅命〉ならまだしも、だ」
俺は一歩、身を乗り出す。
「たった今、消えたばっかの話。手続きの印もまだだ。なら、決定じゃあねぇよな?」
〈勅命〉ってのは冒険者を縛りつける奥の手だ。
そんなものをホイホイ振り回してれば、他の冒険者からも反感が噴き出す。
正規の段取りを経ていない〈勅命〉なんてものは論外だ。
「そ、そうはいいましても……」
受付嬢は、俺の剣幕に一瞬怯んだものの、すぐに困り顔ながらもどこか腹を括ったような表情を見せた。
……どうやら、あの〈沈黙〉とかいうヤツの昇級は、ギルドの上――つまり、一介の職員が逆らえねぇレベルの決定事項らしい。
受付嬢は、俺がさっきまで見ていた洞窟調査の依頼書にチラリと視線を落とすと、少しだけ強気な口調で続けた。
「……こほん、あなた様がご希望のこちらのクエストですが……失礼ながら、銀等級とはいえ、一人でお受けになられるには、少々……いえ、かなり不安が残るかと存じます」
ハッ、と俺の口から乾いた笑いが漏れた。
(……脅してきやがったな、このクソアマ……!)
〈勅命〉にはしない。
……だが、〈沈黙〉っていう爆弾を連れて行かねぇなら、この調査の依頼は受理しないぞ、と。
そういうことかよ。胸糞悪ぃにも程がある。
「……もちろん、ガロード様とご同行いただけるのでしたら、ギルドから特別報酬をお支払いいたします。基本報酬に、さらに二割上乗せで、いかがでしょうか?」
したり顔で、そんなことを抜かしやがる。
「……ハッ、二割増しだと?」
思わず、嘲るような声が出た。
「イカれた爆弾抱えて、たったそんだけかよ。舐めてんのか? てめぇらは俺に、命懸けでイカれ野郎のお守りをしろって言ってんだぞ?」
ギリッと奥歯を噛みしめる。
周りを見渡すが、さっきまで同情の目を向けていた他の冒険者たちは、蜘蛛の子を散らすようにサッサと自分の用事に戻っていく。
他所者のために、わざわざ面倒事に首を突っ込みたくはないらしい。
(……チッ、どいつもこいつも薄情なヤツらだ。完全に孤立無援かよ!)
クソッ……!
完全にハメられた。
ここで意地を張って依頼を蹴るか?
……いや、この調査依頼は悪くねぇ。金も必要だ。
だが、あの〈沈黙〉……? フィリスの話が本当なら、そいつと組むのは火薬樽抱えて焚き火に突っ込むようなもんだ。
魔物の前で仲間ごと吹き飛ばすようなヤツだぞ?
下手すりゃ、俺まであの世行きだ。
(ああ、クソッ! どっちに転んでもクソだ!)
俺は目を閉じてうなだれるように、頭をガシガシと掻きむしる。
顔をあげながら忌々しげに受付嬢を睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「……ああ、分かったよ! 受けりゃいいんだろ、受けりゃあ!!」
「こちらのクエストですね!」
俺の返事を聞くなり、受付嬢はさっきまでの困り顔が嘘のように、パッと顔を輝かせて手を合わせた。
(このクソアマ! マジで変わり身が早ぇなッ!)
その現金さに、さらに腹の底でイラつきが募る。俺の苦労なんざ、コイツにとっちゃどうでもいいらしい。
受付嬢は、テキパキと依頼内容を説明し始めた。
「こちらのクエストは、ブラックロックマウンテンの坑道を掘り進めていたところ、大きな空間と横穴に繋がったとのことで、その内部の予備調査、及び、もし鉱夫の安全を脅かす危険が存在した場合、その排除をお願いするものです」
話によれば、坑道の先にかなりデカい空間が見つかったが、それが本当にただの洞窟なのか、あるいは何かの生物の巣なのかも分かっていない。
もちろん、広さも、中に何がいるかも不明。完全な手探り状態ってわけだ。
(……何が潜んでるか分かったモンじゃねぇな。完全にギャンブルじゃねぇか)
「……不安定要素が多いことから、報酬額は10,000ガルドと、やや高めに設定されております」
受付嬢が続ける。
基本報酬10,000ガルドはガロードと折半。そこへ俺には特別報酬2,000ガルドが乗る。
7,000ガルド。
金額だけ見れば、悪くない。
戦闘があれば、素材と魔石も自分たちの取り分だ……。
(……だが、『イカれた爆弾とセットで』だ。果たして割に合うのか? ……クソッ)
「なお、同行いただくガロード様ですが……おそらく、いつもの……〈陽の果て亭〉という食堂にいらっしゃるかと」
(食堂? ハッ、呑気な野郎だぜ)
思わず、深いため息が漏れた。これから、その喋らねぇ問題児を探し出して、面倒な依頼の打ち合わせをしなきゃならねぇのか。気が重すぎる。
説明を続けながら、受付嬢が差し出した依頼書の羊皮紙を、ひったくるように受け取り、乱暴に内容へ目を通す。
そもそもが予備調査依頼だ。ろくな情報は書かれてはいないが、案内役に鉱山関係者がつくらしい。
「……フン」
忌々しげに受付嬢を睨みつけ、最後の捨て台詞を吐いてやる。
「せいぜい、俺が爆弾処理に失敗しねぇよう、祈ってな」
チッ、と舌打ちを残し、俺はカウンターに背を向けた。
ギルドの喧騒を後に、外の冷たい空気を吸い込む。
周囲を見渡し、食堂がありそうな方向へと、重い足取りで歩き始めた。
(チッ……〈沈黙〉ってのは、一体どんなツラしてやがるんだ?)
圧倒的な面倒くささを抱えながら、俺は問題の同行者が待つであろう食堂へと向かった。
──
─
ギルドを出て少し歩くと、すぐに目的の〈陽の果て亭〉は見つかった。
思ったより小綺麗な店構えだ。
木の扉を開けば、温かい空気と美味そうな匂いが流れてくる。
昼時だからなのか、店の中は多くの客でごった返しており、店員が料理を両手に持って忙しなくテーブルの間を動き回っている。
酒場の喧騒とは違う、健全な賑わいってやつか。
(へぇ、結構流行ってんじゃねぇか。あんなクソみたいなギルドの近くで、よくやるもんだ)
キョロキョロと店内を見回し、目的の人物を探す。
あの受付の女が言っていた特徴は……『一番皿を積んでるのがガロード』だったか?
(…………どんな特徴だよ)
視線をカウンター席の方へ向けると、すぐに見つかった。
一番隅の席。
黒い短髪の男が一人、黙々と食事をしていた。
俺より頭一つほど高い。細身には見えるが、服の上からでも無駄なく筋肉がついているのが分かる。
なんというか……思ったよりも普通だ。
少なくとも、仲間ごと魔物を吹き飛ばすイカれ野郎には見えねぇ。
……まあ、冒険者にとっちゃ、見た目なんてのは何の指標にもならねぇがな。
だが、尋常じゃねぇのは、その手元に積み上げられた空の大皿の塔だ。
軽く見積もっても、五……いや、六人前は軽く平らげている。
しかも、店員がさらにデカい肉の塊が乗った皿を、その男の前に運んできたところだった。
(……うわぁ。あの皿の量……人間か? つーか、よく金がもつな、アレ……)
受付嬢の言っていた特徴とピタリと一致する。
間違いねぇ、コイツが〈沈黙〉のガロードだ。
仲間ごと敵を吹き飛ばすイカれた野郎で、ギルドの厄介者で――。
……これから俺が組まなきゃならねぇ、クソ面倒な同行者。
(見た目は普通だが……やっぱ、どこかズレてやがるな、コイツは)
苛立ちがため息に混ざって吐き出される。
この上ない面倒くささを抑え込み、カウンターへと向かう。
他の客を避けながら、ガロードの隣のスツールにドカリと腰を下ろす。
ガロードは、隣に誰が座ろうが全く意に介さない様子で、ひたすら目の前の肉塊にかぶりついている。
顔はこちらに向けようともしない。
(……さて、どうすっかな。声かけたって、どうせ返事もねぇんだろ? まさか、本当に指差しだけで会話するつもりか? 面倒くせぇ……マジで面倒くせぇ……)
俺は短く息を吐き、間を置いてから口を開いた。
「コホン……おい、お前が〈沈黙〉のガロードか?」
俺は懐から依頼書を取り出し、積み上げられた皿の塔の隣――ヤツの視界へ確実に入る場所へ、ドンと置く。
俺が置いた依頼書を、ガロードはチラリと横目で見た。
……だが、次の瞬間には完全に無視して、目の前の肉塊にかぶりつきやがった。
(……無視、だと?)
こめかみがピクリと引きつる。
ムカついて、何か言おうと口を開きかけた、その時。
ガロードがスッ、と俺の言葉を遮るように手を前に出した。
そして、ちょうど運ばれてきた追加の皿……デカい鳥の脚の丸焼きみてぇなやつを、当たり前のように受け取る。
「はいよ、モコドリレッグね!」
店のオヤジだろう、恰幅のいい男が皿を手渡しながら陽気に声をかける。
「お嬢さん、何の用事か知らないけど、この人、食べ終わるまではテコでも動かないよ! まぁ、おかげでウチは儲かって助かるんだけどね! へへへ」
人の気も知らずに、能天気に笑いやがる。
(……マジかよ。こんだけ食っといてテコでも動かねぇって、どんだけ食う気なんだ、コイツは……!)
呆れて、言葉も出ねぇ。
どうやら、本当にコイツが満足するまで待つしかねぇらしい。クソッタレが。
俺はカウンターに頬杖をついて、目の前でひたすらモコドリの肉にかぶりつくガロードを横目で睨みつける。
空いた指先は無意識にカウンターをコツコツと叩き始める。
(クソ……いつまで食ってんだ、この野郎。こっちまで腹減ってきたじゃねぇか……)
このまま黙って待ってるのも癪だ。
酒の入ってない果物ジュースを適当に頼んで空きっ腹に流し込む。
少しでも情報を引き出してやるか。
俺は、カウンターの中で他の客の相手をしていた店主に、低く声をかけた。
「おい、オヤジ」
顎でガロードを示しながら尋ねる。
「あの食い意地の張ったヤツ、マジで一言も喋んねぇのか? いつもああやって、アホみてぇに皿積み上げてんのか?」
「んー、うちで喋ってるところを見たことはないなぁ」
店主は顎に手を当てて、「うーん……」と思い出すように言った。
「あっ、いや最初! 初めて来たときに一言だけ……たしか、『うま』って言ってた気がするねぇ。それっきりだよ」
(……は? 『うま』……?)
思わずこめかみがピクピクする。
なんだそりゃ。赤ん坊か何かか?
「それからは、依頼の後にはずっと通ってくれてる、ウチの常連さんよぉ! ……ちょっと変わってるけどね。ああやってもりもり食べてくれると、こっちも気合いが入るってもんで!」
店主はガロードを好意的に見ているらしい。ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべている。
(へぇ……こんなワケわからんヤツが常連ね。ま、これだけ食ってくれりゃ、店としては上客か……)
「消耗によっちゃ、もっとすごいけどねぇ」
「……これで、いつもどおりなのかよ」
「今日はまだ普通の方だね。多分、もうそろそろ食べ終わるんじゃないかな」
(……やっとかよ)
店主のその言葉に、わずかな希望の光が見えた気がした。
*本イラストは作者本人のものです




