第2話:大看板
冒険者ギルド名物〈大看板〉。
ギルドの規模を測る指標になるってくらいだから、三つありゃそれなりにデカいギルドだってのは一目で分かる。
第一、第二、第三…と分かれて、第一から順に"掲示料金"が高い。依頼者からすりゃその分、目につきやすく早期に解決される可能性も高まるってわけだ。
だから第一に貼られる依頼は、至急のものか、危険度の高いものが多い。
すぐにでも稼ぎたい俺みたいな冒険者からみれば、狙い目の美味しい仕事となる。
(やれやれ、分かりやすくて結構だけどよ。世の中、何をするにも所詮は金次第ってことか……)
第二は第一の掲示期間が過ぎたものが降りてくる。あるいは掲示料金をそこそこに抑えたものだ。それでもかなり美味しい仕事が入っていることは多い。
第三ともなれば常駐含めた一般的な依頼だ。一番掲示料金も安いため個人からの依頼もちらほら。
そして、第三にすら残れなかったものは壁際にまとめられる。
単純に報酬が釣り合わないもの、危険すぎるもの……様々だが、なんにせよ『ウォール(壁依頼)』は誰も受けなかった依頼だ。何らかの問題があるってのが相場だ。
好んで壁依頼を受けるヤツはよっぽどの善人か、変わり者か。
俺はまず、一番手前の第一看板の前に陣取った。デカいコルクボードには、真新しい羊皮紙から少し黄ばんだものまで、依頼書が隙間なく貼られている。インクの匂いがツンと鼻をつく。『緊急』『高額報酬』なんていう、いかにもな謳い文句が並んでいる。
指先で顎を撫でながら、一つ一つの依頼に目を通していく。
「ガリア山脈中腹、フロストサラマンダー(Cランク)合同討伐…報酬20,000ガルド。依頼主、イドリア帝国鉱山管理部ねぇ」
思わず口の端が歪む。イドリアの軍連中が匙を投げた案件か。そりゃあヤバいに決まってる。相性なんかもあるが、Cランクを相手取るとしたら入念な準備と有利な地形確保が大前提だ。
報酬こそデカいが、切り立った岩山、豪雪吹き荒ぶガリア山脈。ここまで悪条件の揃った相手の土俵で戦うなんて危険すぎる。命あっての物種だ。そもそも軍と関わりたくない。却下だ。
「ウィックス商会の輸送隊護衛…ガルドア王国ユーレイル行き……経路危険度高、支度金4,000ガルド+成功報酬8,000ガルド…か。ウィックスの商人どもが専属だけじゃなく、わざわざギルドに頼むってことは、相当ヤバいブツか、ルートか、厄介な追手がいるか…これも面倒くせぇかもな」
依頼ついでにガルドア王国向けに出立できるってのは悪くないが、厄介事に巻き込まれるのは避けたい。
「行方不明の調査隊捜索…極東凍土地帯…報酬は情報次第、最低保証4,500ガルド…フン、死体探しかよ」
どれもこれも、中級向け…いや、それ以上の危険な匂いがプンプンする。悪くねぇ報酬だが、今の俺が単独で手を出すにはリスクが高すぎるかもしれん。
第一看板から離れ、隣の第二看板へ移動する。こっちは第一より少し落ち着いた依頼が多いが、それでも銅等級あたりじゃ躊躇するような内容が並んでる。
「雪原周辺のアイスウルフ(D-ランク)の討伐。最低十頭…報酬6,000ガルド。……狼退治か。悪くはねぇが、素材と魔石は自分の取り分になるとはいえ…十頭で6,000ガルドはちと渋いか?」
「鉱山洞窟の予備調査。危険度未知数のため高額報酬…報酬10,000ガルド。確かに予備調査の割には高額だな…。…洞窟ねぇ。大抵ロクなモンが眠ってねぇんだよな、ああいう場所は」
次に第三看板。ここは一気に報酬額が下がって、雑多な依頼が増える。薬草集めだの、害獣駆除だの、人探しだの…。一般人からの依頼も多いらしく、子供が書いたような拙い文字の依頼書も混じってる。
最後に、壁際に追いやられた売れ残りの依頼書にチラリと目をやる。埃をかぶって、インクも掠れたような紙切れが数枚。
「迷子のスノーキャット探し、200ガルド…やってられるか」
「チンピラ退治、500ガルド…ガキのお守りじゃねぇんだぞ」
(…問題外だな。こんなの受けるのは、よっぽどのお人好しか、死にたがりのバカだけだ)
さて、どうする。第一看板のデカいヤマは魅力的だが、危険な内容や時間がかかるものが多い。かといって、第三の雑用で小銭を稼ぐのも性に合わねぇ。第二のアイスウルフか、高額な洞窟調査あたりが妥当な線か…?
他の冒険者たちも、俺と同じように看板の前で唸ったり、仲間と相談したりしている。中には、俺が目を付けていた依頼書に手を伸ばそうとしているヤツもいる。
(…チンタラしてると、マシな依頼は他のヤツに取られちまうか)
もう一度、第二看板の洞窟調査の依頼書に目を戻す。
(…洞窟調査ねぇ。10,000ガルドは破格だ。何が出るか分からんが、雪にまみれて狼を追い回すよりはマシかもしれん)
よし、決めた。この依頼について、受付で詳しく話を聞いてみるか。
俺は依頼書を剥がすと掲示板の前から離れ、受付カウンターに向かって歩き出す、まさにその時だった。
「ふっっざけんじゃないわよっ!!」
ギルドの喧騒を切り裂くような、甲高くヒステリックな怒声がホールに響き渡った。思わず足を止め、声のした方…カウンターに鋭い視線を向ける。周りの冒険者たちも、何事かと一斉にそちらに注目した。
視線の先には、金髪を派手なツインテールに結んだ小柄な女が、受付カウンターに乗り出さんばかりの勢いで受付嬢に詰め寄っていた。その体に不釣り合いなほどゴツい黒鉄の鎧は、まるで巨大なハンマーで何度も殴られたみたいに、あちこちがベコベコに凹み、無数の傷がついている。顔を真っ赤にして、まさに怒り心頭といった様子だ。
(…なんだぁ?あのチビ、随分と景気よく喚いてるじゃねぇか。あの鎧…黒鉄製か?にしちゃあ、ひでぇ有様だが)
隣で同じように看板を眺めていた、年季の入った革鎧の髭面の冒険者が、呆れたように仲間と囁き合っているのが聞こえてきた。プレートの色からして二人とも鉄等級か。
「なんだぁ…?フィリスのやつ、あんなに怒って…」
「〈沈黙〉の野郎の"お守り"から帰ってきてたのか。アイツも短気だからな、やっぱり揉めたか」
(フィリス…?〈沈黙〉…?"お守り"ねぇ…)
面倒事の匂いがプンプンする。さっさと自分の用事を済ませたいところだが、あの黒鉄製のボロ鎧と、妙な単語が少しだけ引っかかった。
俺は、隣でひそひそ話していた鉄等級の髭面男に、顎でカウンターの方をしゃくってみせた。
「おい、アンタ」
ぶっきらぼうに声をかける。
「アレ、なんだ?あのギャンギャン喚いてるチビは。何か知ってんのか?」
「おいっ…!」
突然デカい声で遮られ顔をしかめるが、鉄等級の髭面は慌てたように、口元に人差し指を当ててやがる。
「フィリスに聞かれたら半殺しになるぞ!ここらじゃそれなりに有名なパーティ〈暁の剣〉のリーダー、銀等級の〈星砕〉のフィリスだぜ?…って、あんたも銀等級かい」
俺の首元のプレートに気づいたのか、後半は少しだけバツが悪そうな顔になった。
(〈暁の剣〉の〈星砕〉フィリス…銀等級ねぇ。あのチビが……)
髭面は、周りを気にしながらも小声で続けた。
「いや、俺らも詳しくは知らねぇがよ…〈沈黙〉の…ガロードの野郎の『お守り』で、ギルドの勅命クエストを受けて出ていったのが昨日だ」
話によれば、その〈沈黙〉のガロードってのは銅等級の冒険者で、マジで一言も喋らねぇヤツらしい。
喋れねぇのか、喋らねぇのかは知らんが、依頼の打ち合わせも一切せず、討伐依頼だけを黙々とこなす。指差しと顔だけで意思疎通するってんだから、徹底してる。
そのくせ腕は確かで、ギルドが銀等級に引き上げるために、フィリスのパーティに"教育係"を勅命で押し付けた、と。〈勅命〉ってのは断ればペナルティ付きの、クソ面倒なやつだ。
(…なるほどな。ギルドもロクでもねぇこと考えやがる。そんで、このザマってわけか)
髭面たちが再びひそひそと話し始めた。
「いや、でもよ。ターゲットのフロストウイング(C-)は討伐したって聞いたぜ?」
「いや、だが見ろよあの黒鉄鎧、出ていく前はピカピカだったのにあの様子じゃ相当苦戦したんじゃないか…?」
フロストウイング…レッサーワイバーンの一種か。そりゃ大物だ。
その時、カウンターのフィリスが再び金切り声を上げた。
「信じられる!?アイツは合図もなくフロストウイングと巣を吹き飛ばしたのよ!?『私らごと』ね!!」
(…ハッ)
思わず鼻で笑っちまった。マジかよ。仲間ごと目標を吹っ飛ばすたぁ、景気がいいじゃねぇか。そりゃあ、あのチビもキレるわな。
(イカれてやがるぜ、その〈沈黙〉って野郎は…)
ある意味、大物かもしれねぇが、絶対に関わりたくねぇタイプだ。
フィリスがまだギャンギャン喚いているのを横目に、少し離れた隣のカウンターへと移動する。こっちの受付嬢は、必死にフィリスから目を逸らして、自分の仕事に集中しようとしてるみたいだ。
腕を組み、壁に寄りかかって、カウンターが空くのを待つ。ついでに、あのフィリスがどうなるか、少しだけ見物してやるか。どうせ、俺が受けようとしてる依頼だって、すぐには決まらねぇだろうしな。
「しかも雪と瓦礫に埋もれた私たちを救助するでもなく、ボーッと座って串焼きを食べてたのよ!?アンタら正気!?腕はどうだか知らないけど、アイツを銀等級に推薦なんて絶対おかしいわ!」
フィリスの金切り声は止まらない。カウンターをバンバン叩きながら喚き散らす。
(…仲間が埋まってんのに串焼き?ククッ…マジかよ、その〈沈黙〉ってのは。イカれてるにも程があるぜ…)
不謹慎にも、そのぶっ飛び具合に少し感心すらしてしまった。と、フィリスが受付嬢に最後の言葉を叩きつける。
「と・に・か・く!私らはもうゴメンよ!銀等級が必要なら、他をあたるのね!」
そう吐き捨てて、フィリスが勢いよく踵を返した、その瞬間。
バチリッ。
最悪なことに、その怒りに燃える瞳と、俺の視線が真正面からぶつかった。
(…ゲッ!?しまった…!)
嫌な予感が背筋を駆け上がる。フィリスの目が、獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと光った。そして、その細い指が、真っ直ぐに俺を指差した。
「ああ、そうよ!ちょうどいいところに代わりがいたわ!そこのアンタ!銀等級でしょ!?見たところ暇そうだし、アイツの"お守り"、アンタに引き継いだから!じゃあね!!」
俺が何か言う間もなく、フィリスはそれだけを一方的にまくし立てると、キコキコと軋む鎧の音を響かせながら、嵐のようにギルドから去って行った。頭一つ分は小さい体躯だが、その去り際のピリついた〈闘気〉のオーラは、確かに銀等級の実力者のものだった。
「…………は?」
呆然と立ち尽くす俺。何が起きた?あのクソチビ、今なんつった?
「おいっ!クソチビ!!待ちやがれ…っていねぇ!?」
振り返ったときには既にフィリスの姿はなく、ギルドの戸がわずかに揺れているだけだった。
(に、逃げられた…?)
ホールにいた他の冒険者たちの、好奇と嘲りの入り混じった視線がグサグサと突き刺さるのが分かる。クソッ、面白がってやがるな、どいつもこいつも。
そして、悪夢は続く。
ふと視線を上げると、目の前の受付嬢とバッチリ目が合ってしまった。さっきまでフィリスに詰め寄られてオドオドしていた受付嬢の顔に、ほんのわずかだが…安堵の色が浮かんだように見えた。
(…このアマ、俺に厄介事を押し付けられたと思ってやがるな!?)
チッ、と大きく舌打ちが漏れる。腹の底から、苛立ちがマグマのように込み上げてきた。
俺は受付カウンターに一歩詰め寄り、怯えた顔の受付嬢を燃えるような赤い瞳で真正面から睨みつけた。




