第Ex話:受付嬢アネットの受難その④『恋は盲目、地図はタダ』
____________________
失意のどん底にいた私に、一筋の光が差し込んだのは、それから数日後のことだった。
(はぁ……今日も雪か……)
朝のギルド。まだ冒険者もまばらなホールで、私は頬杖をついて窓の外を眺めていた。
首都への栄転は夢のまた夢。
残されたのは、雪かきと書類仕事だけの灰色の毎日。
私の人生、このままここで枯れていくのかしら……。
「おやおや。そんなに深く溜息をつくと、君の周りだけ春が遠ざかってしまうよ?」
ふと、頭上から甘く、鈴を転がすような声が降ってきた。
顔を上げると、そこには見慣れない金髪の青年が立っていた。
整った顔立ちに、意志の強そうな瞳。
身につけた狩人の装備は使い込まれているが、どこか品がある。
この辺りのむさ苦しい冒険者たちとは、明らかに毛色が違った。
「あ、あら……いらっしゃいませ。ギルドへようこそ」
私は慌てて居住まいを正し、営業スマイルを浮かべる。
「ふふ、そんなに畏まらなくていいさ。ボクはジーン。しがない愛の狩人さ」
青年――ジーン様は、カウンターに肘をつき、身を乗り出すようにして私を見つめた。
その距離の近さに、心臓がトクンと跳ねる。
「ジーン様……ですね。私は受付のアネットと申します。本日はどのようなご用件でしょうか……?」
「用件?そうだね……」
彼はふわりと微笑むと、私の胸元のネームプレートに視線を走らせ、そして再び私の瞳を覗き込んだ。
「本当は野暮な換金に来ただけだったのだけれど……君という美しい花を見つけてしまってね。どうやら目的が変わってしまったようだ」
「えっ……?」
「教えてくれないか、アネット。君のような可憐な花が、なぜこんな最果ての地で、寂しげに咲いているのかを」
その言葉は、私の凍りついた心に、熱いスープのように染み渡った。
私の孤独を、寂しさを、この人は一目で見抜いてくれたの?
次の瞬間、彼の熱っぽい瞳が、獲物を狙うように細められた。
「ああっ、麗しのレディ・アネット。あなたのその、夜空に輝く星々を閉じ込めたかのような麗しい瞳に見つめられると、このボクのハートは、狩りの獲物のように激しく高鳴ってしまうのさ……」
ジーンは、熱っぽい瞳で私を見つめ、こう続けた。
「今宵、ボクと二人きりで、熱い夜の狩りに出てみないかい?」
「……っ!」
私の心臓が、久しぶりに高鳴った。
これよ。これなのよ!
辺境の荒くれ者たちからは絶対に聞けない、ロマンチックな言葉の数々。
若い頃なら「軽薄そう」と一蹴していたかもしれない。
でも、今の私には、その言葉が乾いた砂漠に染み渡る水のように心地よかった。
「まあ、ジーン様ったら!そんな、皆さんがいらっしゃる前で……!」
私は頬を染め、恥じらう乙女のように身をくねらせた。
聞けば彼は、あの〈ジョーカー〉の臨時メンバーになったという。
やはりアリアさんは私の幸運の女神。
こんな素敵な王子様まで連れてきてくれるなんて!
そう、私が夢見心地でいた、その時だった。
「……朝っぱらから、女を口説いてんじゃねぇ、この色ボケ野郎が!!」
地獄の底から響くようなドスの利いた声。
振り返ると、鬼の形相をしたアリアさんが立っていた。
やっぱり私、口説かれていたのね......!
「いっったたた!?な、何をするんだい、アリアちゃん!レディの前で、なんて乱暴な!」
「てめぇは、さっさとこっちに来い、この色ボケが!」
アリアさんは遠慮なくジーン様の耳を引っ張り、奥のテーブルへと引きずっていった。
ああん、私の王子様が……!
でも、あの強引なアリアさんも素敵……!
私は、彼らがテーブルで騒がしく会議…いや、喧嘩?を始めるのを、遠くから熱い眼差しで見守っていた。
すると、アリアさんがつかつかとカウンターへ戻ってきた。
「おい。この辺り一帯の、精密な地図の複写をくれ」
ぶっきらぼうな注文。
本来なら、詳細な地図の提供は銀貨2枚…20ガルドをいただく有料サービス案件だ。
だが、今の私にとって彼女は「推し」であり、恋のキューピッド(予定)だ。
「……ふふ、アリア様。今回だけ、特別ですよ?」
私は机の下から、精度の上等な地図を取り出し、筆記セットと共にこっそりと渡した。
推しのパーティへの援助?いや、これは「先行投資」だ。
彼女たちが活躍すれば、私の評価も上がり、あわよくばジーン様との仲も……。
「……助かる」
アリアさんは地図を受け取ると、再びテーブルへ戻り、なにやら深刻な顔で議論を始めた。
地図にペンで書き込みをしている。何かを探しているようだ。
(頑張って、アリアさん!ジーン様!)
私がカウンターの下でこっそり応援していると、しばらくして、信じられない光景が目に飛び込んできた。
アリアさんが、ジーン様に何かを耳打ちし、顎でこちらを指したのだ。
そしてジーン様が、ひらひらと手を振りながら、再びこちらへ向かってくる!
(き、来たわ!)
「やぁ。また会えたね、子猫ちゃん」
ジーン様は、実に気安く、そして馴れ馴れしい態度で話しかけてきた。
カウンター越しに身を乗り出し、私の肩に手を置く。
さらには、私の手を取って、その甲にキスをするような仕草まで……!
「じ、ジーン様……近いですわ……」
私は顔を真っ赤にして、精一杯の理性を総動員して体で距離を取ろうとする。
でも、心臓は早鐘を打っていた。
「少し話し込みたいところだけどね……君のような賢明な女性なら、きっと力になってくれると信じているよ」
彼が甘い声で求めたのは、情報だった。
オックブルの群れの移動情報。
そして、グリフォンの目撃情報。
どちらも、ギルドに集まる情報の中でも鮮度が命の重要なネタだ。
(……グリフォン?まさか、彼らは……)
一瞬、危険な予感が頭をよぎった。Bランクの魔物だ。
「そんな…グリフォンだなんて…本来なら熟練パーティが複数で取り掛かるような相手ですよ…?」
「ふふっ、心配してくれるのかい?だけどもねボクの弓の前にはグリフォンどころかエンシェントドラゴンですら地に伏すことになるさ!」
だが、目の前の彼の瞳を見ていると、そんな不安は吹き飛んでしまった。
「……ここだけの話ですよ?」
私は声を潜め、とっておきの情報を彼に囁いた。
「ここ一週間で、ファルメル周辺やタリア平原の方角で、有力な目撃報告が数件上がっています」
「そしてオックブルですが、今は繁殖期直前の『渡り』の時期です。あちこちの群れが合流して、タリア平原のこの辺りに集結しているはずですよ」
「なるほど、ビンゴだね。ありがとう、レディアネット。君は僕の女神だ」
ジーン様は満足げに微笑み、ウインクを残してアリアさんの元へ戻っていった。
(はぁ……素敵……)
私は、彼が触れた自分の手を胸に押し当て、ため息をついた。
確かに、彼は酒場の娘やすれ違う女性冒険者にまで声をかけている「愛多き男」かもしれない。
でも、三十路手前の私に、選り好みしている余裕なんてないのよ!
妥協?いいえ、寛容さと言って!
顔がいい。優しい。実力もある。
グリフォン討伐さえ成し遂げれば、〈ジョーカー〉の名声は不動のものになる。
そうすれば、彼もきっと私を迎えに来てくれるはず……!
この株は、絶対に手放さない。
私はそう心に誓い、彼らの背中を見送った。
(頼みますよ、アリアさん。私の婚期がかかっているんですから……!)
読んでくれてありがとうございます。
ご意見、感想、誤字報告助かります。
X(旧Twitter):https://x.com/karanoniji
告知、設定メモなどを投稿する予定です。
イラストなどあげていますので、こちらもよろしくお願いします。
*本イラストは生成AIを使用しています




