第34話:第一回お弁当会
ファルメルを出発して、まだ数時間。
昼にしては少し遅いが、俺たちはひとまずの休息予定地として定めていた、少し開けた岩場に到着した。
タリア平原までは、まだ丸一日以上は歩かなければならないだろう。
(……やっと昼休憩かよ。まだ全然進んでねぇ気がするぜ……先は長いな……)
俺がこれからの道のりを考えてうんざりしていると、隣でエステルとガロードが、互いの健闘を称え合っていた。
「長かった雌伏の時もようやく終わりを告げましたのね…!では、ガロード様!いよいよお待ちかねの時間ですわ!」
「……(コクコク)」
ガロードは力強く何度も頷いた。
「皆様、お待たせいたしました!」
そして、エステルは高らかに宣言し、背負っていた『俺の』マジックバッグから、〈陽の果て亭〉特注の、それはそれは巨大な弁当の包みを取り出し始めた。
ガロードも待ってましたとばかりに、自分のマジックポーチから、これまたおびただしい量の食料…お弁当…を取り出し、地面に広げたレジャーシートの上に、次から次へと並べていく。
「こ、こんなに食べるのかい…?ガロードくん?」
そのあまりの量にジーンもさすがに驚いている…というか引き気味の様子だ。
あっという間に、俺たちの足元は、豪華絢爛な、そして、明らかに過剰な食料で埋め尽くされた。
その光景を見て、俺は確信した。
(…………俺がウィックス百貨店で、わざわざ人数分、数日間の行程を計算して買ってきた、あの大量の保存食料…………完全に、1ミリグラムたりとも、いらなかったな…………)
ガックリと、これ以上ないほどに肩を落とす。
さらに追い打ちをかけるように、ジーンが爽やかな笑顔で水魔法を使い、ケトルに水を充填すると皆に冷たい水を振る舞い始めた。
「さあさ、皆さん、まずは喉を潤したまえ!」
(…………み、水まで……!俺が用意しておいた革袋いっぱいの水も、全くの無駄だったってか!?)
ぐぬぬ……。
(……まぁ、いい。どうせマジックバッグに入れたモンは、そう簡単に腐るわけじゃねぇしな。この旅で使わなくても、いつか……いつか、役に立つ時もくるだろうさ……。そう思わねぇと、やってられん……!)
俺は、半ば無理やり、そう自分に言い聞かせた。
「それでは皆様、準備はよろしいかしら?」
エステルが、水の入ったコップを高々と掲げ、まるでピクニックの始まりを告げるかのように、高らかに宣言する。
「わたくしたちの、記念すべき最初の旅路と、美味しいお食事に、カンパーイですわっ!」
(……カンパイ、ねぇ……。まだ目的地にも着いてねぇし、これからBランク魔物を狩りに行くってのに、こいつら、完全にハイキング気分じゃねぇか……。頭が痛ぇ……)
俺は深い、それはそれは深いため息をついた。
だが、まぁ、歩き通しというわけにもいかねぇし、昼休憩が必要なのは確かだ。
それに、この食いしん坊どもに、ここで腹一杯食わせておかないと、後で「お腹が空きましたわ~」だのなんだの、うるさくなるかもしれん。
俺も、エステルが広げたレジャーシートの上に、渋々腰を下ろした。
そして、目の前に並べられた、どう考えても4人では食いきれない量の料理の中から、一番手近にあったおにぎりを手に取った。
今は、この束の間の……そして、あまりにも場違いで能天気な、平穏な昼食の時間を、受け入れるしかないのだろう……。
俺は、遠い目をして、〈陽の果て亭〉特製のおにぎりを、ただ黙々と齧り始めた。
さすがは〈陽の果て亭〉だ。
米の炊き加減も、中の具材のフロストサーモンの塩加減も絶妙だ。
エステルが「初めて食べましたけれど、やはりピクニックには、おにぎり!先人の知恵ですわね!」とわけのわからないことを言いながらやけにデカいおにぎりを齧っている。
(……美味い。これは、たしかに美味いな……。あの食いしん坊どもが、狂ったように食料を確保するのも、分からんでもないかもしれん)
俺が、この場違いなピクニック気分と、意外な美味さに毒されかけていた、まさにその時だった。
(……ん?なんか、地面が微妙に、小刻みに揺れてるような……?)
俺が眉をひそめると、すぐ近くの地面の一部が、もこもこ、もこもこと不自然に盛り上がり始めた!
「ギチギチ……ギチギチ……!」
硬いものを無理やり擦り合わせるような、実に嫌な音が聞こえてきたかと思うと、盛り上がった土の中から、銀色に鈍く金属光沢を放つ、体長1mほどのアリが、その巨大な顎をカチカチ鳴らしながら、ぞろぞろと這い出てきたではないか!
「……アイアンアント!?」
クソッ、こんな開けた場所で、運悪くヤツらの哨戒通路の真上に陣取っちまったらしい!
単体ではE+ランクだが、数が厄介だ!
「あっ!ありさんですわ~っ!?お弁当に釣られて土の中からこんにちは、ですのね!?」
エステルが呑気な声を上げる横で、俺は即座に戦闘態勢に入る!
食べかけのおにぎりを口の中に放り込み、マノンに打ち直してもらったばかりの曲剣を抜き放つ!
だが、俺よりも早く動いたヤツがいた。
ガロードだ!
ヤツは、自分たちが広げた大量の弁当に、無遠慮に近づこうとした、不届き極まりないアイアンアントの一匹を認めると、目にも止まらぬ速さで〈エアブロウ〉を放った!
ドンッ!と鈍い衝撃音!
アリは哀れにも、あらぬ方向へと猛スピードで吹き飛んでいき、岩に叩きつけられて動かなくなった。
「おい!加減しろ!」
弁当を守るのはいいが、その衝撃で、周りの弁当まで砂まみれになってんだろうが!
俺も、目の前のアリに斬りかかる!
新しくなった曲剣を、鋭く振り抜く!
ズパンッ!!
まるで熱したナイフで柔らかい獣脂でも切るかのように、アイアンアントの硬いはずの外皮が、何の抵抗もなく、綺麗に両断された!
(……おぉっ!?すげぇ切れ味だ……!それに魔力の通りもいい…!)
予想以上の切れ味と、手に吸い付くような感覚。
重心が調整されたおかげか、以前より格段に扱いやすい!
(いい仕事しやがるぜ、マノン姐さん!)
……アイアンアントといっても、ヤツらの外皮は本当に鉄でできているわけではない。
鉄みたいな色で硬いからそう呼ばれてるだけだ。しかし、格段に切れ味が上昇したのは間違いない。
武器への信頼感が、確かなものになる。
「やれやれ……楽しい食事の時間を邪魔するとはね。美しくないにも程があるよ、アリ君」
いつの間にか弓を構えていたジーンも、ヒュン!と軽い音と共に矢を放つ。
その矢は、寸分の狂いもなく、一体のアリの頭部を、正確に貫いた!
ストン、と音もなく、そのアリは動きを止める。
(……キザな野郎だが、腕は確かだな、やっぱり。ムカつくが)
俺たち三人の的確な攻撃で、ぞろぞろと地面から這い出てきたアイアンアントの群れは、あっという間に数を減らし、残りは危険を察知したのか、慌てて巣穴へと逃げ帰っていった。
撃退自体は、実に容易かった。
……が。
戦闘が終わって周囲を見渡すと、そこには……。
風魔法の余波で無残に散らばったサンドイッチ。
潰れて原型を留めていないおにぎり。
そして、砂と土にまみれた山積みの弁当箱が……。
それを見たガロードが、ガックリと両膝をつき、ワナワナと拳を地面に叩きつけている。
その目には、うっすらと涙すら浮かんでいるように見える。
(……膝ついて悔しがってるよ、アイツ。どんだけ食い意地張ってんだ……マジで……)
「ガロード様……!なんてことですの……!わたくしたちの、大切なお弁当が……!」
エステルも、ガロードの肩に寄りかかって、口元を押さえ悲痛な叫びをあげている。
「で、でも、気を落とさないでくださいまし!やりましょうっ……いつか必ずっ……第二回お弁当会を!ねっ!」
悔しさを噛み締めるように立ち上がると、ポンポンとガロードの肩を叩いて励ましている。
「…………!!」
ガロードはエステルの言葉に、涙を拭い、力強く、何度も何度もコクコクと頷いている。
(第二回!?約束してんじゃねぇよ、このアホどもが!)
……そもそも、てめぇのエアブロウの余波が、被害を拡大させた元凶だろうに。
俺は、もはや声に出す気力もなく、内心だけで、激しくツッコミを入れた。
「はぁ……まだ食えるモンもあるか。無事だったヤツとか、土を払えばなんとかなりそうなヤツとか……。捨てるのはもったいねぇしな」
俺たちは、無事だった弁当や、まだ食べられそうなパンなどを拾い集め、少し侘しくなった昼食を再開した。
もったいない精神は大事だ。
アイアンアントの襲撃という、昼食時のちょっとした小遣い稼ぎ……じゃなくて、トラブルはあったものの、その後は特に大きな問題もなく……。
いや、騒ぐエステルのせいで低級の魔物が何度か襲ってきたが。
俺たちはひたすら北西へと向かって歩き続けた。
エステルは相変わらず何かを見つけては騒ぎ、ガロードは時折マジックポーチから食いモンを取り出しては齧り、ジーンはエステルと俺への愛の言葉を囁き続けていたが……もう、慣れた。
いや、慣れてたまるか。
ただ、いちいち反応するのに疲れただけだ。
──
─
太陽が西の山々の稜線へと沈みかけ、空が深い茜色から藍色へと変わり始める頃。
俺たちはようやく、比較的なだらかで、風を避けられそうな岩陰のある場所へとたどり着いた。
今日の野営予定地点だ。
(……やっと、今日の行程は終わりか……。エステルのアホのせいで少し遅れたかと思ったが、なんとか予定通りか……。しかし、疲れた……。マジで、体よりも精神が持たねぇ……)
俺は、もはや溜息をつく気力すら失せかけていた。
「よし、今日はここまでだ。ここで野営する。さっさと準備すんぞ!」
俺は地図の写しで位置を確認しながらメンバーに声をかけ、エステルが背負っている『俺の!』マジックバッグから、手際よく野営用の備品を取り出し始めた。
折り畳み式のテント、丸められた寝袋、調理用の鍋や食器、燃料、魔石ランタン……これだけの荷物が、あのバッグ一つにすっぽり収まっているのだから、改めてその便利さには感心する。
(このバッグ、やっぱり買って正解だったな。12,000ガルドは痛かったが、これがあれば、今後の旅もだいぶ楽になる……はずだ。エステルが無くしさえしなければな……)
俺は、取り出した荷物を広げながら、メンバーに役割分担を指示する。
「エステル、お前はジーンと一緒に、その辺で焚き火に使えそうな枯れ枝を拾ってこい。燃料は多めに持ってきてるが、拾えるもんは拾っといた方が、後々のためだ」
「まぁ!薪拾いですのね!キャンプのようで素敵ですわ!お任せくださいまし!」
エステルは、雑用になぜか目を輝かせて張り切っている。
「ジーン、お前はエステルの護衛だ。いいな?この辺りも、暗くなればどんな魔物が出るか分からん。ちゃんと周りを警戒して、エステルから絶対に目を離すなよ。それと……」
俺はジーンを睨みつける。
「エステルに、余計なこと……主に口説き文句は言うな。するな。分かったな?」
「もちろんさ、マイ・リーダー」
ジーンは芝居がかった敬礼をする。
「このボクが、我らがエンジェル・エステルを、夜の闇に潜むどんな脅威からも、命に代えても守り抜いてみせよう!そして、ボクの語る言葉は、いつだって愛と真実だけさ!」
(……やっぱりダメだ、コイツは……)
「……ガロード」
俺は、丸太の上に座り込んでいるガロードに声をかけ、目で合図する。
「お前は俺とテントを立てるぞ。手伝え」
ガロードは、めんどくさそうにしながらも黙って頷き、テントのポールを手に取った。
結局、こいつとの作業が、一番気が楽かもしれん。……消去法でな。
俺たちは手早く、二つの小型テントを設営した。二人で一つずつ。
一つは男用、ガロードとジーンのテント。そしてもう一つは俺とエステル用のテントだ。
エステルと同じテントで寝るなんて、絶対に安眠できそうにないが、男女で分けるとなると、こうするしかねぇからな……。
テントを立て終え、空を見上げる。
星が、昨日よりもずっと多く、そして強く瞬き始めている。それだけ空気が澄んでいるということだろうが、同時に、気温も急速に下がってきているのを感じた。
(半日歩いたとはいえ、まだイドリアの端から少し北へ進んだだけだ。首都エテル・イドリアからはまだ遠いし、モノ・ソルの影響もほとんどねぇだろう。夜は、相当冷え込むぞ、こりゃ……)
焚き火は、絶対に絶やさないようにしないと、本気で凍え死にしかねん。用意してきた寝袋も、ちゃんとした厚手のヤツで良かったぜ…。
寒くて眠れないのだけは勘弁だ。
……ここだけはこだわらせてもらったからな。
俺は、設営したテントの前に腰を下ろし、深く、深く息をついた。
薪拾いに行った、あの騒がしい二人組が戻ってくるまで、ほんの少しだけ休息だ。
夕食は、また動く食糧庫のガロードから引き出した昼の弁当の残り。
それにジーンがどこからか捕まえてきた雪うさぎをスープにしたものが加わった。
エステルは「おやめくださいましっ…!おやめくださいましっ…!」と最初こそ、うさぎを守るように喚いていたが、スープが完成すると「ホッとするような、心が落ち着く味ですわ〜っ♡」と心がわりしていた。
読んでくれてありがとうございます。
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*本イラストは生成AIを使用しています




