第31話:〈マジックバッグ〉
俺は、プレートに記された記帳の中身を計算しながら、ファルメルの商業地区へと、今度は物資調達のために歩き出した。
金はいくらあっても足りない。だが、強くなるため、そして、このクソみたいな状況から抜け出すためには、必要な投資もあるはずだ。俺は、そう自分に言い聞かせた。
(…さて、と。準備、準備…)
現在の俺の所持金は、この街に来る前からの貯蓄と〈鐵喰い〉の一件の報酬から……ギルドに預けている分も含めて、大体残り18,700ガルド…。
宿代やら治療費やらエステルのアホの生活費やらパーティ登録費用に〈竜火酒〉…これだけの出費を重ねてもまだ残っているっては、あの〈鐵喰い〉との死闘も、無駄じゃなかったってわけだ。
(だが、これで安心できるわけじゃねぇんだよな…)
エステルと俺、二人分の当面の生活費。昨日登録したばかりのパーティ〈ジョーカー〉の運営費。それに、今回のグリフォン討伐だって、タダで済むわけじゃねぇ。
(そうだ、マノンの姐貴にも、もう一本くらい…上等な酒を持っていった方がいいかもしれん。ドワーフの職人ってのは、気分良く仕事してもらうのが一番だからな。仕上げの肝心な時に、また酔っ払ってフラフラされても困るし、機嫌取りは重要だ)
それから、ジーンだ。
あいつ、金はいらねぇとかカッコつけてたが、グリフォンの魔石は、俺たちの〈魔鉄〉装備のために使うんだ。本来なら、素材を売った金を山分けするところだ。
Bランクの魔石の価値を考えれば、相当な額になる。その分は、きっちり金で補填してやらねぇと、後で何を言われるか分かったもんじゃねぇ。あの手のタイプは、後腐れないようにしておくのが一番だ。
俺は溜息をつく。
(…いっそ、報酬の代わりにエステルを…厄介払いもできて一石二鳥じゃねーか?...いやいやいや!さ、流石にそれは、人としてダメだろう…多分。いくらアホで、とんでもねぇ厄介者でも、一応は人だしな…。それに、万が一、エトノーシアのエリュクシオン家とやらにバレたら、今度こそ国際問題だ……)
俺は、一瞬頭をよぎった邪?な考えを、慌てて頭から追い出した。危ない危ない。
(クソッ、やっぱり金はいくらあっても足りねぇな…)
そんなことを考えながら、物資調達のためにファルメルの商業地区を歩いていると、ひときわ大きく、そして他の店とは明らかに違う、小綺麗で立派な店構えの道具屋が目に留まった。
看板には、洒落た字体で〈ウィックス百貨店〉と書かれている。そして、その名前の横には、見覚えのある、帆船と天秤を組み合わせたような特徴的な紋様が、誇らしげに刻まれていた。
(……ウィックス百貨店?この紋様は……間違いない、アイラン皇国の大商会、あの〈ウィックス商会〉の系列店か)
こんなイドリアの辺境、それも鉱山の街にまで支店を出しているとは、さすがは世界中に根を張る大店だ。
(そういや、最近イドリアとアイランは、最近、妙に交流が活発だって話だったな。なんでも、アイランが得意な砂上船の造船技術と、イドリアの魔道具技術を組み合わせて、『空飛ぶ船』なんつー、とんでもねぇモンを共同開発してるって噂だ。ウィックスのタヌキどもも、そこに一枚噛んで、たんまりと資金提供してるって話も聞いたことがある)
「いらっしゃいませ」
店の入口で、品の良い制服を着た店員に丁寧な挨拶で迎えられた。店内は広く、明るく、そして驚くほど商品が整然と並べられている。武器、防具、回復薬や魔法のスクロール、テントやロープといった冒険用の道具まで、百貨店と名乗るだけあって、品揃えはファルメルにある他のどの店よりも豊富そうだ。何人か、俺と同じような冒険者の姿も見える。それなりに利用されているらしい。
(へぇ、思ったよりちゃんとした店だな。ウィックス商会、さすがと言うべきか。これなら、必要なモンは大体ここで揃いそうだ)
値段も、ちらりと見た感じでは、べらぼうに高いというわけでもなさそうだ。むしろ、他の個人商店なんかより安いものもあるかもしれん。大商会の、太い流通ルートってやつが効いてるんだろうな。さすがだ。
俺は目的の品…〈マジックポーチ〉を探して、店内を歩き回る。そして、奥まった一角にある、ガラスケースの中に、様々な形と大きさのポーチが、まるで宝石のように丁重に並べられているのを見つけた。
(あった!これだな…!)
逸る心を抑え、値札を確認する。そして、その数字に思わず目を見開いた。
(……たっっっけぇ!!!!)
一番小さい、それこそ巾着袋みてぇなヤツですら、数千ガルドの値がついている。そして、ガロードが持っているのと同じくらいのサイズは……。
(い、15,000ガルド!?マジかよ!?あいつ、あんな目ん玉が飛び出るほど高ぇモン、平気な顔して持ち歩いてたのかよ!ただの移動食料庫のくせして、生意気な!)
俺がその値段に打ちのめされていると、ふと、その隣に置かれている、一回りも二回りも大きい、リュックサックのような形をした、背負い型のマジックバッグが目に留まった。まず目を引くのはクソダサ…コホン、可愛らしい花の刺繍。特価新古品、現品かぎり。と書かれている。値段は……。
(12,000ガルド!!さっきのより安いじゃねぇか!なのに、容量は……なんだこれ、説明書きによると『標準的な納屋一つ分程度』!?三倍以上入るじゃねえか!)
容量に対する価格が、明らかに安い。破格と言ってもいいかもしれん。
(これなら、テントも寝袋も、数日分の食料と水も余裕で入るし、マノン姉貴に頼む酒だって運べる!それに、グリフォンの素材だって、魔石や羽だけじゃなく、もっと大きな部位も持ち帰れるんじゃねぇか……!?これは……掘り出し物だ!)
俺の心は、一気にこのデカい背負い型バッグに傾いた。
(……だが、待てよ。こんなデカいバッグ、戦闘中に背負ってたら、邪魔でしょうがねぇ。動きは鈍るし、いい的になる。それに、とっさに中から物を取り出すのも大変そうだ……)
購入を躊躇しかけた、まさにその時だった。
(…………いや、逆だ。なぜ、俺がこれをわざわざ背負う必要があるんだ?)
俺の頭に、悪魔的とも言える閃きが走った。
(そうだ!ウチには、戦闘じゃ全く役に立たねぇ、歩く『お荷物』が一人いるじゃねぇか!)
あの能天気な顔が脳裏に浮かぶ。
エステルに、このデカいマジックバッグを背負わせりゃいいんだ!
どうせアイツは、戦闘中は俺らの後ろに隠れて震えてるか騒いでるだけだろう。
デカい荷物の一つや二つ背負ってたって、大して問題はねぇ!
これなら、俺は身軽なまま、この大容量を活用できる!
完璧な解決策に思えた。…だが、すぐに、エステルのあの荒唐無稽な冒険譚が頭をよぎる。
(……いや、待て待て待て!それは、あまりにも危険すぎるかもしれん!)
そういえば、あいつ……怪鳥にリュックごと攫われた、って言ってたよな……?
このクソ高いマジックバッグごと、また何かのアクシデントで無くしやがったら……?
中身は、これから手に入れるであろうグリフォンの貴重な素材や、俺たちの命綱である物資…金以外の、ほぼ全ての財産が収まるんだぞ!?
下手すりゃ、一文無しどころじゃ済まねぇ、致命的な大損害になりかねない!
背筋に、冷たい汗が流れる。
(不吉すぎる……!やめておくべきか……?だが、この大容量は、あまりにも魅力的すぎる……!これからのパーティ活動、特に金等級を目指すなら、絶対に必要になるはずだ……!)
俺は、ガラスケースの前で、数分間、腕を組み、眉間に深い皺を寄せ、激しく葛藤した。リスクを取るか、安全策を取るか…。
(…………ぐぬぬぬぬ…………どうする!?……いや、もう選択肢はねぇ!ここで日和ってる場合じゃねぇんだ!この大容量は、俺たちの未来のために、絶対に必要だ!こうなったら……!)
俺は、覚悟を決めた。
(エステルごと、このマジックバッグを、俺が死ぬ気で守り抜くしかねぇ!!そうすりゃ、問題ねぇはずだ!……たぶん!)
俺は近くにいた店員を呼び止め、決然とした表情で、大きな背負い型のマジックバッグを指差した。
「……すまん、これを見せてくれ。買うかもしれん」
店員は、俺が大きな背負い型のマジックバッグを指差したことに少し驚いたようだったが、すぐに丁寧な口調で説明を始めた。
「おおっ、お客様、そちらのバッグでございますか!さすが、お目が高い。こちらは内部の空間拡張率で考えますと、非常にお求めやすい価格設定になっておりまして、大変お得な品でございますよ。ですが……」
店員は少しだけ言い淀む。
「見たところ、お客様は冒険者を生業とされているご様子。失礼ながら、戦闘中のことを考えますと、咄嗟に物を取り出す際や、動きやすさを考えますと、こちらのもう少し小さなポーチタイプの方が、おすすめではございますが……いかがなさいますか?」
(ほう、無理に高いのを売りつけようって魂胆じゃねぇのか。ちゃんと客の心配までして、デメリットも説明するとはな。ウィックス商会、見直したぜ……って、これで今日だけで何度目だ、この感想も)
俺は内心で店員の誠実さ?に感心しつつ、「ああ、心配は無用だ」とだけ、ぶっきらぼうに答えた。
「戦闘での取り回しについては、特に問題ない。こいつにする」
(なぜなら、これを戦闘中に背負うのは、俺じゃねぇからな!あの足手まといのお嬢様だ!)
まぁ、本当の問題は、そのお嬢様がこれを無くさないかどうか、なんだが……。
店員にケースから出してもらい、実際に背負ってみる。
(……重さは、普通の空っぽの革製バッグと変わらねぇな。これなら、エステルでも文句は言わずに持てるだろう。作りも、さすがウィックスの看板を掲げてるだけあって、革は厚く丈夫だし、革製の紐も太くて頑丈そうだ。……側面に、施された自己主張の激しい花の刺繍は解せねぇが……まぁ、機能には関係ねぇか)
そして、その容量だ。説明書きには『標準的な納屋一つ分に相当』とある。
(小部屋が、丸ごとこの中に入るってことかよ!デカい!デカすぎる!これならマジで何でも放り込めるぞ!)
俺は、そのとんでもない大容量に、改めて興奮を覚えた。これさえあれば、今後の物資輸送の問題は、ほぼ解決するだろう。
「でもよ、なんでこんなに安いんだ……?」
ふと、浮かび上がった疑問をそのまま店員ぶつける。
「ええ、こちらの商品…… 容量こそ大きいのですが、総重量の上限は高級品と比べるとそれほど高くございません。鉱石や水樽のような重い物を大量に詰める用途には向きませんし、口も広くありませんので、商会の輸送用としては少々扱いづらい品でございます。もちろん野営道具や食料、魔物素材程度なら問題はありません、戦闘と持ち運び条件さえ合うのであれば……掘り出し物かと」
なるほど、冒険者には元々のバッグがデカすぎる。商人やらポーター相手には容量、重量が物足りない。保存性能もそこそこ。箸にも棒にもかからんというやつか……。
「それから…この商品は書かれてある通り『新古品』でして…。というのも、もともとオーダーで作ったバッグに製作者が勝手に花の刺繍デザインを加えてしまい……注文主は怒って受け取り拒否し...そうして行き場を失ってしまったものが回りまわって……もちろん!使用には影響はありません!」
そして、このデザイン。自分が背負うにはちょっと気恥ずかしさが勝つ。……だが、これを背負うのはエステルだ。
「よし、これにする…!」
俺は購入を決意した。
「それと、ついでだ。これから数日、野営になるかもしれんからな。4人分の水と、保存食…できるだけ美味いヤツを頼む。それから、野営用のテントとエステルの分の寝袋も必要か。夜の明かりと焚き火用の燃料も多めに。回復用のポーションもいくつか。念のための解毒剤と、あと頑丈なロープもだ。必要なモンを、ここで全部揃えていく」
俺がリストを告げると、店員は「かしこまりました!」と、さすがの手際の良さで、次々と商品を集めてきてくれた。そして、それらを全て、俺が購入したばかりの、大きなマジックバッグの中へと、手際よく収納していく。
かさばるはずのテントや大量の食料が、まるで小さな渦に吸い込まれるように、次々とバッグの中へと消えていく様は、見ていて壮観ですらあった。そして、あれだけの物資を飲み込んでも、バッグの重さは、最初に背負った時と全く変わらない。
(……すげぇな、マジックポーチってのは。これを発明したヤツは天才か、あるいは悪魔だな)
「はい、こちらで全てでございますね」店員が全ての品物を入れ終え、にこやかに言う。
「マジックバッグと合わせまして、合計で13,020ガルドでございますが……本日は大きなお買い上げ、誠にありがとうございます。ささやかですが、端数20ガルドはサービスさせていただきます。13,000ガルドちょうどで結構ですよ」
(13,000ガルド……!!イッテェ……!!)
財布が一気に軽くなる……!だが、これで当面の物資と、何よりこの大容量の運搬手段は確保できたんだ。
これは、必要経費だ……!




