第30話:ピクニック準備
数分後、ジーンが「やぁ、お待たせ」と、実に満足げな、そしてどこか達成感に満ちた顔でこちらに戻ってきた。
「少し話し込んでしまったけどね、有益な情報はしっかり引き出せたよ、ボクの可愛い子猫ちゃんたち」
俺はジーンを睨みつけながら、報告を促す。
「まず、グリフォンの目撃証言だけど、どうやら噂は本当だったようだね。ここ最近……大体この一週間くらいで、このファルメル周辺や、君たちが目星をつけているタリア平原の方角で、数件ほど有力な報告が上がっているみたいだ。かなり活発に動き回っていると考えていいだろう」
(ほう……やはり、この近くにいるのは間違いなさそうだな)
「そして、オックブルの方だけど、これもビンゴだったよ。どうやら今は繁殖期の直前でね、彼らは『渡り』と呼ばれる大移動……まぁ、彼らにとっては集団お見合いみたいなものかな? その準備のために、あちこちの小さな群れが合流して、かなり大きな集団となって、草原で草を食んでいるらしい」
ジーンの長い指が地図をすーっと撫で、タリア平原の南側で止まるとトントンと二回、軽快な音を立てる。
「場所は……まぁ、おおよそアリアちゃんの考え通り、タリア平原の、この辺りのどこか、って感じだね」
(……やるじゃねぇか。ちゃんと必要な情報は引き出してきたか。しかも、俺の推理を裏付ける情報まで……)
この手の交渉限定かもしれんが、ジーンの有能さを……非常に、非常に不本意極まりないが、認めざるを得なかった。
何にせよ、これでタリア平原へ向かう目的と価値は、十分すぎるほどに高まった。
(だがな……)
俺は、報告を終えて得意げな顔をしているジーンを、改めてギロリと睨みつけた。
「……アリア『ちゃん』はやめろっつっただろうが」
低い声で、だが、はっきりと警告する。
「次、その呼び方したら、そのチャラついた金髪、一本残らずむしり取って、暖炉の焚き付けにしてやるからな。覚えとけ」
俺の殺気立った警告を、ジーンは「ふふっ、照れちゃって。可愛いねぇ、アリアちゃんは」などと嘯きながら、優雅に肩をすくめて受け流しやがった。
(……照れてる!? 誰がだ!! このクソキザ野郎、マジで人の神経を逆撫でする天才か!? もう殴る気力も失せるわ……!)
俺は、コイツに何を言っても無駄だということを、骨身に沁みて悟った。
今は、目的を達成することだけを考えよう。
ジーンの話が確かなら、グリフォンの目撃情報はこの一週間で数件。
そして、奴の主食であるオックブルは、繁殖期前の『渡り』で、今、タリア平原に大集結している、と……。
(なるほどな。グリフォンにとっちゃ、まさに絶好の狩りのシーズンってわけか)
逆に言えば、この時期を逃したら、オックブルの群れも散り散りになって、グリフォンがどこを狩場にするか、見当もつかなくなる。
俺は地図と情報を頭の中で組み立て、結論を出す。
(……やるなら、今しかねぇ!)
(ファルメルからタリア平原まで、徒歩で余裕を見て二日ってところか。結構な距離だな……。もっとも、隣にいるエステルとかいう野生動物は、これに近い距離を夜通しかけて、たった一日で走破したみたいだが……。本当に、コイツの体力はどうなってんだ……?)
俺が決意を固めている、まさにその時。隣から、実に呑気で、場違いな声が聞こえてきた。
「まぁ! ということは、これからタリア平原までハイキングですのね〜っ! ピクニックですわ! 素敵ですわ~!」
エステルが、目をキラキラと輝かせている。
(……ハイキング? ピクニック? コイツ、これからBランクの魔物を狩りに行くっていう自覚、本当にミリもねぇな……!)
「ねぇ、ガロード様っ!」
エステルは隣のガロードに話しかける。
「お弁当は何にいたしましょうか! わたくし、サンドイッチも捨てがたいですけれど、やっぱり遠足といえば、おにぎりですわよね!」
さっきまでボーッと遠くを見ていたはずのガロードが、その「お弁当」という単語を聞いた途端、ぐいっと前のめりになり、コクコクと力強く頷いているではないか!
(お前ら、お弁当のことしか頭にねぇだろ……)
俺の頭痛が、ギシギシと警鐘を鳴らし始める。
俺はこの、ピクニック気分で浮かれてお弁当談義を行うアホ二人を半ば無視して、冷静に懸念点を口にした。
「……まだ、問題は残ってるぞ。グリフォンは魔物の中でも、特に頭がいいっていうじゃねえか。いくらオックブルの群れっていう、美味そうなエサが目の前にぶら下がっていても、だ。武器を持った俺たちがウロウロしてたら、警戒して近寄ってこない可能性も十分にあるんじゃねぇか?」
このバカどもより、よっぽど賢いだろうからな、グリフォンは。
すると、その時、ジーンが自信満々に胸を張り、俺に向かって言った。
「おいおい、子猫ちゃん。ボクを誰だと思っているんだい?」
その、やけに自信ありげな態度に、俺は一瞬だけ、本当にほんの一瞬だけ、期待してしまった。
(そうか……! コイツは、自称はともかく、腕利きの狩人だ! 獲物に気配を悟られずに接近する方法とか、巧妙な罠の張り方とか、そういう、本物の狩りの知識や技術を持っているのかもしれん!)
だが、俺のその淡い期待は、次の瞬間に、木っ端微塵に砕け散った。
ジーンは、人差し指をチッチッと振りながら、得意げに、そしてうっとりとした表情で続けたのだ。
「ちっちっ……甘いねぇ、アリアちゃん。ボクはただの狩人じゃない……このボクは、『愛の狩人』さ!」
…………。
……………………。
(…………ああ……そうだった…………コイツは、ただの、どうしようもなく、救いようのない、バカだったわ…………)
もはや、絶望を通り越して、無性に泣きたくなってきた。
なんで俺は、こんな奴らを頼らねばならんのだ……。
狩りの知識じゃなくて、女を口説く知識しか、コイツの頭には詰まってねぇんじゃねぇか……?
(本当に、本当に大丈夫か、このパーティ……? 俺一人で、このバカ三人をまとめ上げて、グリフォンなんていう強敵を、本当に倒せるのか……?)
俺の心は、かつてないほどの不安と絶望に、深く、深く沈んでいくのを感じた。
(とにかく、方針は決まった。次は準備だ)
グリフォン討伐は、ギルドからの正式な依頼じゃねぇ。だから、成功しても直接的な依頼報酬が出るわけじゃない。
最も価値の高いであろう奴の魔石は、俺たちの〈魔鉄〉装備を完成させるために必要で売却できない。
となると実質的な収入は、羽や爪、あるいは肉といった素材。
遠征費を賄えるだけの利益を確保できるかは……正直なところ微妙だ。
だが、B級魔物討伐っていう『実績』は、俺たち〈ジョーカー〉の名声を上げ、忌々しい〈ババ抜き〉なんて不名誉な二つ名を払拭し、そして最終目標である金等級への道を開くための、重要な一歩になるはずだ。
(……挑戦する価値は、十分にある!)
「じゃあ、早速だが。準備が整い次第、今日の昼には出発するぞ」
俺がそう宣言すると、
「まぁ! では、わたくし、ガロード様とご一緒に急いでガロード様の行きつけのお料理屋さんへ特注のお弁当を作ってもらえるようお願いしてまいりますわっ! ハイキングには、美味しいお弁当が欠かせませんものね!」
エステルが目を輝かせる。
ガロードも、もちろん異論はない様子……いや、むしろ少しワクワクしているようにすら見える。
食いしん坊どもは、軽い足取りで、さっさとギルドを出て行った。
(ピクニックじゃねえつってんだろうが……! ま、あいつらにとっちゃ、それが一番のモチベーションなんだろうな……)
腹が減っては戦はできぬ……か。
それで、ガロードのやる気が出るというなら安いもんだろうか。
「それじゃあボクは、出発前に少し街の様子を見てくるとしようかな。何か面白い発見があるかもしれないからね。特に……街角に咲く、美しい花とかね」
明らかに別の目的……おそらくは『愛の狩り』とやらを匂わせながら、キザな笑顔でウィンクを残して、ジーンも立ち去ってしまった。
(……ったく、どいつもこいつも、これからBランク魔物狩りに行くっていう緊張感が、微塵もねぇな!!)
結局、真面目に準備するのは俺だけかよ……。俺は深い溜息をつき、必要な物資を頭の中でリストアップし始めた。
(タリア平原まで、片道徒歩で二日。往復で四日。グリフォンを探して、戦闘して、解体して……余裕を見て、最低でも七日分は必要になるか……? となると、水と保存食料は必須。野営になる可能性が高いから、テントと寝袋も必要だ。夜の明かりと焚き火用の燃料も。それから、回復用のポーションと、念のための解毒剤あたりもいくつか持っていくべきだな……)
リストアップしていくうちに、その荷物の量に気づき、眉をひそめる。
(……結構な量になるな。これを全部、俺一人が背負っていくのか……? 以前の一人旅なら、食料も寝袋も、極限まで切り詰めて、ほとんど何も持たずに行くようなもんだったが……)
そこで、ふと、ガロードの腰にぶら下がっている、あの便利なポーチの存在を思い出す。
(……ガロードの、あの〈マジックポーチ〉……マジで便利だよな)
あれがあれば、テントや寝袋だって余裕で運べるし、食料だって、もっとマシなモンを、十分な量持っていける。
何より、帰りの荷物だ。
あの〈鐵喰い〉の時だって、本当はもっと色々な部位……あの硬い爪とか、丈夫そうな皮とかも持ち帰りたかったんだ。
ポーチさえあれば、全部持ち帰れたはずなのに……惜しいことしやがって……。
そして、今回のグリフォン。
(奴だって、魔石だけじゃなく、立派な羽や鋭い爪、もしかしたら他の部位も、高く売れる素材になるかもしれん。それを全部持ち帰るには……やっぱり、俺も買うべきなのか? 〈マジックポーチ〉を……?)
購入への欲求が、むくむくと湧き上がってくる。
(だが、問題は値段だ。一番安い、小さいヤツだって、数千ガルドはくだらねぇはずだ)
今、手元には、俺がコツコツ路銀のために稼いだ僅かな貯蓄とこの間の〈鐵喰い〉の報酬がある。
……とはいっても、これから必要となる金は、この遠征費用だけではない。
ジーンへの報酬。活躍いかんによっては、それなりの額を提示するのが筋だ。
武器防具の加工費……マノンはタダでやってくれると言ったが、加工によっちゃ他の素材や追加費用がかかるかもしれんし、そうでなくても、好意に甘え続けるってのもむず痒い。せめて礼の酒くらいは用意するべきだろう。
それから、俺と……エステルの生活費。怪我すりゃ治療費もかかる。そこからパーティ運営費まで考え始めたら、とんでもなく大きな出費になる……。
俺は、懐の財布の重みを確かめながら、激しく葛藤した。
(……でも、これからのパーティ活動、特に、本気で金等級を目指すっていうなら、これくらいの投資は、必要経費なのかもしれん……。毎回、素材の輸送で悩むわけにもいかねぇしな……)
(……よし、決めた)
俺は、腹を括った。
まずは、必要な物資……水、食料、薬なんかを買い出しに行く。
そのついでに、マジックポーチを扱ってる店……大きな道具屋を覗いてみよう。
値段と、性能を見て、今の俺に買えそうなら……買う!
これは、未来への投資だ!




