第29話:〈ババ抜き〉
ここから第四章です。
そして翌朝。
「ふぁあ……あと5分だけ……お母さま……」
「誰がお母さまだ! 寝ぼけてねぇでさっさと起きろ」
隣のベッドで、まだよだれを垂らして寝ぼけているエステルを、遠慮なく叩き起こす。
洗面台につれていき、キンキンに冷えた水をぶっかけ、手拭いで乱雑に顔を拭き取る。
髪を整え……
(って、俺はオカンか!!)
櫛をぺしりと床に叩きつける。
とにかく、手早く身支度を済ませた俺たちは冒険者ギルドへと向かった。
目下の最重要課題……グリフォン討伐の作戦会議のためだ。
ギルドの扉を開けると、朝だというのに、ホールはやけに騒々しかった。
(なんだ、この騒ぎは……また何か問題でも起きたのか?)
うんざりしながら中を覗き込むと、その騒ぎの中心には……見慣れたバカがいた。
「ああっ、麗しのレディ・アネット。あなたのその、夜空に輝く星々を閉じ込めたかのような麗しい瞳に見つめられると、このボクのハートは、狩りの獲物のように激しく高鳴ってしまうのさ……今宵、ボクと二人きりで、熱い夜の狩りに出てみないかい?」
「まあ、ジーン様ったら! そんな、皆さんがいらっしゃる前で……!」
(……ジーンかよッ!!! 朝っぱらから、女を口説いてんじゃねぇ、この色ボケ野郎が!!)
しかも、受付嬢も満更でもなさそうなのが、さらに俺の神経を逆撫でする。節操ってもんがねぇのか、ここの職員は。
そして、視線を別のテーブルに向けると……。
(………こっちもウチのバカだったか………!)
ガロードが、大きなテーブル一つを完全に自分の城として占領し、その上に、昨日買い込んだであろう大量のサンドイッチやらパンやらクッキーやらを広げ、周囲の視線など一切気にすることなく、黙々と朝食ビュッフェを開催している。ギルドで朝食を取るな。
(ったく、朝から揃いも揃って、手のかかるヤツらだ!!!!)
俺はまず、受付嬢にデレデレしながら口説き文句を垂れ流しているジーンの耳を、遠慮なく、力いっぱい引っ掴んだ!
「いっったたた!? な、何をするんだい、アリアちゃん! レディの前で、なんて乱暴な!」
「てめぇは、さっさとこっちに来い、この色ボケが!」
ジーンをガロードが陣取るテーブルへと引きずっていく。
「おい、ガロード! バカ食いすんのは後にしろ! 会議だ!」
ガロードは迷惑そうにしながらも、テーブルに並んだ食いもんを、守るようにして手前に寄せる。
(……ん? そういえば、エステルはどこ行った?)
さっきまで隣にいたはずだが……。
周囲を見回すと……いた!
あろうことか、先日ガロードによってボコボコにされたのであろう、修復痕の残る鎧を着た〈暁の剣〉のいかつい顔の戦士に、ニコニコと人懐っこい笑顔で話しかけているではないか!
「ご機嫌よう、戦士様! まあ、なんて勇ましくて、歴戦の証のような鎧の傷ですこと! きっと、数々の恐ろしい魔物との激戦を、その槍と屈強な体で潜り抜けてこられたのですわねっ! 素晴らしいですわ!」
「……」
(アホぉぉ!!! それはガロードがお前らを巻き込んで魔法ぶっ放した時についた傷だっつーの! 墓穴掘ってどうすんだ!!!)
俺は血の気が引くのを感じ、エステルの元へ駆け寄ると、このアホがこれ以上、何か余計なことを言う前に、文句を言わせる間もなく、その細い体をヒョイと小脇に抱え、テーブルまで強制連行した!
「きゃっ!? あ、アリア様!? いったい何を……!?」
「……なんでこんなにもコイツらは……!」
俺が、ようやく三人のバカとアホとボケをテーブルに無理やり集め終え、頭を抱えていると、周囲の冒険者たちのヒソヒソ声が、嫌でも耳に入ってきた。
「おい、見ろよ、あれって……」
「ああ、噂のパーティ〈ジョーカー〉だろ?」
「リーダーの、ほら……〈ババ抜き〉のアリアだ」
「あのキザな弓使いも新メンバーになったのか? さすがは〈ババ抜き〉……また面倒そうなのを引きこんだな……」
(…………………………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ゛っ!?!?!?!?)
俺は耳を疑った。聞き間違いか?
いや、違う。
アイツら今、確かに俺のことを……。
(ババ抜き!? 俺の二つ名が〈ババ抜き〉だと!? この厄介者どもを、俺が次々と引き当ててるってか!? ふざけんな!!!! 誰がそんなクソみてぇで不名誉な名前を!!!! しかも、的を射てるだと!? うるせぇ!!!! 殺すぞ!!!!)
怒りで、目の前が真っ赤になる。血管が切れそうだ!
(〈超新星〉の方が、まだ百万倍マシだったわ! いや、それだって相当ダセェけどよぉぉぉ!!)
(クソッ……! 俺の評判、どうなってんだ、この街で……! 〈ババ抜き〉のアリアだぁ? 最悪だ……! これじゃ、笑い者じゃねぇか!)
だが、ここでキレ散らかしても、状況は悪化するだけだ。
俺は奥歯を噛み砕くほど強く食いしばり、沸騰する怒りを、無理やり腹の底に押し込めた。
そして、テーブルについた三人の……どうしようもなくマイペースで、どうしようもなく手のかかるメンバーたちに向き直った。
「…………よし! 聞け、お前ら!! これから、グリフォン討伐の作戦会議を始めるぞ!!!!」
この最悪な二つ名を払拭するためにも!
そして、この地獄のような状況から一刻も早く抜け出すためにも……!
このグリフォン討伐依頼を絶対に成功させてやると、俺は固く、固く、心に誓った。
(……例え、このメンバーが、どうしようもねぇ、ババの集まりだったとしてもだ!)
俺はギルドの受付で、この辺り一帯のかなり精密な地図の複写をもらい、それをホール中央の大きなテーブルいっぱいに広げた。
俺、エステル、ガロード、そしてジーンの四人が、その地図を囲むように席に着く。
ガロードは相変わらずテーブルに肘をつき、パンを齧っているが、一応は聞いているらしい。
俺は筆記セットからペンを取り出し、インク壺にペン先を浸すと、地図の上に直接情報を書き込みながら状況を整理していく。
「まず、俺たちが〈鐵喰い〉を倒したブラックロックマウンテンの坑道は、このファルメルから見て東だ」
地図上のブラックロックマウンテンに×印をつける。
「次に、ガロード、お前があのフロストウイングをぶっ飛ばした場所……そして、エステルがその爆発に巻き込まれた地点は、ファルメルから見て、だいたいこの南西あたりだな?」
ファルメルの南西に、小さく円を描く。
エステルが「あの時の衝撃は、今思い出しても恐ろしいですわっ……!」と呟いているが、無視する。
「そして、エステル。お前が俺の宿の部屋に落ちてきたのは、宿の窓から見て北西の空からだった」
昨日、再確認したので間違いない。
宿があったであろうファルメルの中心あたりから、北西に向かって矢印を引く。
「この落下してきた方角……北西の線を、逆に南東へ、地図の端まで伸ばしていくと……」
俺は近くにあった誰のかもわかんねえ酒瓶を定規代わりに当てて、直線を引いてみる。
「……ほら見ろ。南東の先にあるのはガリア山脈だ。そして、反対の北西側には……広大なタリア平原が広がってる」
俺はタリア平原のあたりを、ペン先でトン、と叩いた。
「エステルの話……『緑一面に広がる草原』で、あのオックブルとかいうデカい牛と一緒にいたって話と、これで完全に一致する。つまり、エステルとあの牛は、このタリア平原でグリフォンに攫われた。まず間違いねぇだろう」
俺の推理通りにパチリとピースがハマり、俺は「よし」と小さく呟き、満足げに頷いた。
だが、地図上で改めてエステルの移動経路を辿ってみて、俺は別の事実に気づき、愕然とした。
(待てよ……? 地図で見ると、あのワイバーンの巣があった南西の爆心地点から、オックブルといたタリア平原の北西まで……これ、結構な距離じゃねぇか?)
方角的には、ほぼ真北へ。
……このアホお嬢様は……野生的な勘なのか?
モノ・ソルの影響で暖かい方向に向かって、一直線に。
この距離を一日で進んだってのか……!?
途中でアイスウルフの群れに追われたり、アイアンアントの巣に落ちたりしながら、だぞ!?
それで、最終的にグリフォンに攫われて落ちてきてもピンピンしてるって……コイツ、本当にただの貴族の娘か!?
「草原はとても綺麗でしたわ! 水辺もあってその畔にはお花も咲いておりましたし……」
などと当の本人は呑気に言っている。
見た目に反して、野生動物並みの生存本能と、ゴキブリ並みの生命力。
そして悪運だけは、異常に持ってやがる……!
ある意味、ガロードやジーン以上に、このエステルという存在が、一番理解不能で、ヤバい存在なのかもしれない、と本気で思った。
(……まぁ、コイツのことは、もう深く考えるのはやめだ)
俺は思考を切り替える。
……これ以上、エステルについて考えても頭が痛くなるだけだ。
今は目の前の問題に集中する。
「……とにかく、グリフォンの狩場はタリア平原で確定と見ていいだろう。問題は、このオックブルの群れが、今どこにいるか、だ。その正確な情報が必要になる」
俺はテーブルのメンバーを見回す。
「冒険者どもから噂を聞くか、掲示板の依頼から断片的に情報を拾っていくか……あるいは、金を払ってでも、事情通から確実な情報を集めるか…………んっ?」
そこで、俺はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、隣で自分の髪をいじっているキザ野郎に視線を向けた。
「……なぁ、ジーン。そういや、さっき受付嬢……レディ・アネット……だっけ? と、随分と親しげにイチャついてたじゃねぇか。お前、ああいう、女を口説き落とすのは得意中の得意なんだろ?」
俺は受付カウンターの方を、顎でクイッと示す。
「ちょっと、あのねーちゃんから、オックブルの群れの最新の移動情報とか、ついでにグリフォンの目撃情報がないかどうか、お前のその『愛の狩人』のテクニックで、上手~~~~~く聞き出してきてくれよ。な? お前のそのキラースマイルとやらでさ」
利用できるものは、とことん利用させてもらう。
俺が冗談交じりに受付嬢からの情報収集を提案すると、ジーンは意外にも、ふっと真面目な顔をして言った。
「やれやれ、アリアちゃん。いくらキミの頼みとはいえ、レディの純真なハートを弄ぶような真似は、このボクの美学に反する相談だよ」
「なっ……!?」
(ま、真っ当なこと言いやがったぞ、コイツ……!)
予想外の正論と、不快極まりない呼び方に、俺は一瞬、ぐうの音も出ずに固まってしまった。
(ジーンのくせに、生意気な……! しかも、さっきから、なんだその『アリアちゃん』って馴れ馴れしい呼び方!? 気持ち悪ぃんだよ! 全身に鳥肌が立つわ!)
だが、ジーンはすぐにいつもの胡散臭いキザな笑みに戻る。
「まぁ、彼女と、ちょっとした世間話を楽しむだけなら、吝かではないけれどね」
パチンとウインクを飛ばし、ひらひらと手を振りながら受付カウンターへと優雅に向かっていった。
そして、受付が空いていることをいいことに、例の受付嬢アネットに実に気安く、そして馴れ馴れしい態度で話しかけ始めた。
時折、わざとらしく肩に手を置いたり、あろうことか、その手を取って甲にキスするような仕草までしている!
(誰がそこまでやれっつったんだ、この色ボケ野郎が!! 見てらんねぇ!)
俺は呆れ果てつつも、情報が取れるかどうかが気になり、固唾を飲んでカウンターの様子を見守っていた。
受付嬢のほうは、ジーンのあからさまな口説き文句に、まんざらでもない顔をしながらも、時折恥ずかしそうに顔を赤らめ、体で距離を取ろうとしている。
「お? 照れてる照れてる! いいぞ、その調子だ! もうひと押しだ、ジーン! 落とせ! 陥落させて、必要な情報を全部引きずり出せ! そこだ! 殺れ!!」
(……って、何考えてんだ俺は!! クソッ! なんでジーンを応援してんだ!?)
自分の実況中継に気づき、カッと顔が熱くなる。その時、ふと隣から突き刺さるような視線を感じた。
見ると、ガロードが、そんな俺の様子を、実に冷ややかで、どこか侮蔑するような目で見つめていた。
(……!? な、なんだよ、その目は……! べ、別に、俺は、その、何も変なことは考えてねぇぞ! 断じて!!)
俺は慌ててガロードから視線を逸らし、咳払いをして誤魔化した。気まずすぎる……!




