第28話:修理完了
「おっ、戻ったかい。ちょうど終わったところだよ」
工房に戻ると、マノンが煤で少し汚れた顔で、しかし満足げな表情で俺たちを出迎えた。
テーブルでは目を覚ましたオロンが、まだ少し赤い顔で欠伸をしており、壁際ではガロードがむくりと起き上がったところだった。
「やぁ、マダム。少し早かったかな? こちらが今日の獲物だよ」
ジーンが、持ってきていたガリオンバードの束をマノンに差し出す。
「おや、ジーン。戻ったかい。いいって言ってるのに……まったく懲りないねぇ。ふん、上等な鳥なのはいいが、血抜きくらいしたらどうだい?」
「ふふん、マダム。このガリオンバードはね、水辺で油断し魚を食らった、その刹那を――」
「そこに置いといてくんな」
マノンはジーンの扱いには慣れた様子で、獲物を受け取ると、作業台の隅に置いた。
「それで? あんたも弓の修理かい? つい、この間、念入りに調整したばかりだと思うけどね」
(なるほどな……ジーンの、あのバケモノじみた複合弓はマノンが作ったのか。道理で強力なわけだ。……そして、手入れの代金の代わりに、こうやって定期的に狩りの獲物を届けさせてる、と。持ちつ持たれつってわけか)
「いいや、マダム」
ジーンは芝居がかった仕草で胸を張る。
「ボクはこれから、このレディたちと共に、空を穢す邪悪なグリフォンを撃ち倒しに、短い旅に出るのさ」
「……グリフォンだって? ほう、なるほどねぇ」
マノンは俺を見て、ニヤリと笑った。
「アリアの嬢ちゃん、なかなか面白い判断をするじゃないか。たしかに、コイツは、見ているこっちの頭が痛くなるほどのバカだがね、弓の腕だけは、このあたしが保証するよ。連れていくのは、あながち間違った判断じゃないさ。……まぁ、バカだけどね」
(……知ってるっつーの。嫌というほどな)
「ジーン! この嬢ちゃんはあたしの客だ、しっかり協力してやんな!」
「おやおや、マダムが客を取るなんて珍しいね。でも、元よりそのつもりさ」
「ふうん? ま、いいさね。さて、お喋りはこれくらいにして……嬢ちゃんたちの得物、仕上がったよ」
マノンはそう言うと、工房の奥から、見違えるようになった二振りの剣を持ってきた。まず、俺の曲剣だ。
「ホレ、嬢ちゃんの剣だ。歪んじまってた芯は、しっかり叩き直しておいたからね。〈鐵喰い〉の甲殻の欠片……〈魔鉄〉で薄く覆って、刃と峰を補強しておいた」
マノンから手渡された曲剣は、見違えるように生まれ変わっていた。
黒光りする刀身に、甲殻由来の青白い輝きが混じって、まるで星屑を散りばめたかのような光が走っている。
「なかなかいい景色になったろ? 魔力の伝導率も多少改善してるだろうから〈エンチャント〉にも前よりは耐えられるだろうさ」
手に取ると、確かにほんの少しだけ重みが増している。
だが、重心がわずかに手元寄りに調整されたおかげか、驚くほど手に馴染み、振り抜きやすくなっている。
そして何より、その刃から放たれるオーラが違う。
見るだけで、以前とは比べ物にならない切れ味を秘めているのが分かった。
(すげぇ……! これが、ドワーフ鍛冶師……いや、マノンの腕か……! これなら!)
俺は、新たな力を得た愛剣を握りしめると、興奮で胸が高鳴るのを感じた。
「こっちのニイちゃんの剣は、思い切って形を変えちまったよ。ロクに手入れしてなかったんだね、元々ついてた傷も酷かったしね」
マノンはガロードの長剣を差し出した。
だが、その形状は、マノンの言う通り預ける前に比べてやや幅広く、刃渡り自体も明らかに長くなっていた。
幅広長剣……いわゆるブロードソードに近い形に打ち直されていた。
「かなりの重量になったはずだが、こっちのニイちゃんには、前のひょろっとした剣じゃ、ちと軽すぎたみたいだからね。風魔法が使えるんだろ? 元の剣見りゃわかる。振れるなら、この重さも、強力な武器になるはずさ」
ガロードは無言で剣を受け取ると、その場で軽く振るってみる。
ズシリと重いはずなのに、その動きには危なげなさが全くない。
おそらく、あの時ツルハシにしたように、風魔法で重量を操作しているのだろう。
(風で軽くして、重さで威力を増す……か。なるほどな、ガロードの戦い方に合わせた改造か)
「それから、これはエステル嬢ちゃんにだ。おまけだよ、端材だけどね」
エステルに渡されたのは、〈魔鉄〉の鉄線を編み込み磨き上げて作ったのだろうか、淡い、不思議な輝きを放つ、繊細な細工の髪飾りだった。
無骨な武器だけでなく、こんな細やかな装飾品まで作れるとは、さすがはドワーフの手先の器用さというべきか。
「まあ! なんて素敵な髪飾り! まるで夜空に瞬く一番星のようですわ! 本当に、本当に嬉しいです! ありがとうございます、マノンお姉様!」
エステルは大喜びで受け取り、早速、髪につけてはしゃいでいる。
ここまで完璧な仕事を金も取らずに。
それどころか、エステルの分まで、それぞれに合わせた品まで用意してくれるとは……。
マノンの仕事ぶりと、そのぶっきらぼうではあるが根は優しい心遣いに、俺は素直に頭が下がる思いだった。
「……マノン姐さん。あんた、すげぇよ。本当に……ありがとうな」
俺が心からの感謝を述べると、マノンは「ふん、礼なんざいいさね」と、少し照れたように鼻を鳴らした。
「ジーン、あんたもグリフォン狩りに行くってんなら、コイツを使ってみな。前にお遊びで作ってみた『鋼鉄矢』だ」
マノンは工房の隅に立てかけてあった、重そうな十本ほどの矢束をジーンに手渡した。
矢羽根以外は、鏃も柄も全て鉄でできている。
ずっしりとした鉄の塊のような矢だった。
これをあの複合弓で射るというのか。
そりゃ、とんでもない破壊力を生み出しそうだ。
「普通の弓じゃ、重すぎてまともに飛ばせねぇだろうが……まぁ、あんたの腕と、あたしが作った弓なら、どうにかなるだろ。普段使ってる矢とは、感覚が違うだろうから、慣れは必要だろうがね。威力だけは保証するよ」
「へぇ……面白いじゃないか。試させてもらうよ、マダム」
ジーンも珍しく真剣な顔で、その特殊な矢を受け取っていた。
「さっさとそのグリフォンとやらを仕留めてきな。あたしゃ、その上等な風の魔石と、あんたらの武勇伝を最高のツマミにして、また美味い酒が飲みたいんだからねぇ」
そう言って、マノンは悪戯っぽく笑った。
(……ああ、やっぱり。初対面でエステルが『優しそうな方』って言ったのは、あながち間違いじゃなかったのかもしれねぇな……)
「チッ……代金は要らねぇって言ってくれたけどよ……これじゃ〈竜火酒〉をもう一本くらいは差し入れておかねぇと俺の気がすまねぇな……」
俺は、少しだけ温かい気持ちになりながらもそうボヤく。
新しくなった武器を手に、少しだけ頼もしく思えてきた仲間たちと共に、工房を後にする準備を始めた。
まずは一旦ファルメルへ戻り、作戦会議と物資の準備だ。
工房を出る前に〈鐵喰い〉の素材をマノンへ預けておいた。
持ってても荷物になるし、あらかじめ加工の準備をしておいてもらったほうが効率的だしな。
グリフォンを狩り、その魔石を届ければ、この〈魔鉄〉を使った最高級の装備一式が手に入る……。
(取らぬグリフォンの皮算用にはさせねえぞ! 絶対に仕留めてやる……!)
「いやー、よかったな、嬢ちゃんら!」
見送りに来たオロンが、なぜか自分のことのように嬉しそうだ。
「あんなに上機嫌なマノンは、ワシも生まれてこの方、初めて見たぜ! よっぽどあの〈魔鉄〉って素材が気に入ったんだな! 初めてか? そうだな、ワシの記憶では初めてだ!」
(……そんなに普段は不機嫌なのかよ、あの姉貴は……。やっぱり、とんでもねぇ気難し屋なんだな)
俺はオロンの言葉に、マノンの普段の様子を想像して苦笑いするしかなかった。
「それで、次はグリフォン狩りか?」
オロンが尋ねてくる。
「ああ、とりあえずファルメルに戻って、ギルドで情報収集だな」
俺は頷きながら答える。
頭の中にあるおぼろげな地図だけじゃ、タリア平原の正確な場所も、オックブルの群れが今どこにいるかなんて分かりゃしない。
まずはギルドに戻って、地図と最新の情報を確認しないとな。
グリフォン自体の目撃情報は、期待できねぇかもしれねぇが……オックブルの群れの移動情報さえ掴めれば、奴の狩場をある程度絞り込めるはずだ。
……金は惜しいが、確実な情報が欲しいなら、ギルドの情報屋を使うのも検討するか。
「そうか! 気をつけて行けよ! 何かあったら、またワシに言え!」
オロンはそう言って、ワハハと力強く俺の肩を叩いた。
「エステルの嬢ちゃんも気をつけてな!」
「はいっ! オロンおじさまもお身体とお髭をお大事になさってくださいませっ!」
俺たちはオロンに今度こそ本当に別れを告げ、再び乗り合い馬車に乗ってファルメルへと戻ることになった。
工房を出る頃には、日は大きく西に傾き、空は燃えるような茜色に染まっている。
もうすぐ夜だ。
馬車の中は、行きとはまた違う種類の喧騒に包まれていた。
エステルは、マノンにもらった淡く輝く髪飾りを夕日に透かして、キラキラと反射させている。
「あぁ、本当に綺麗ですわぁ~……。おばさま、こちらは、カマド村にいらっしゃる、かの名工マノン様が~」
いつの間にか、隣に座ったおばさん乗客相手に、身振り手振りを交えて、今日のおそらく大幅に脚色された冒険譚を熱心に語っている。
(……また喋ってるよ、コイツは……。まぁ、壁に話しかけるよりはマシか……)
ガロードは、どこからともなく取り出した、やけに硬そうなバゲットを、バリバリ、ゴリゴリと音を立てて齧っている。
一日中物を食い続けられるその顎の強さに素直に感心する。
(……お前は本当にブレねぇな、その食い意地……)
そして、一番騒々しいのがジーンだ。
さも当然かのように、エステルの隣の席を確保し、「その髪飾りは、まるで夜空に輝く君の瞳を映しているようだね!」だの、「ああ、その笑顔! ボクの矢よりも正確に、ボクのハートを射抜いてしまうよ!」だの、エステルの語りに合いの手を入れている。
聞いているこっちの背中が痒くなるような、激甘でクサすぎるセリフを、周りの迷惑も顧みず、大声で連発している様子に辟易とする。
自分は赤の他人だと言い聞かせながら、窓の外を流れていく夕暮れの景色を、ただぼんやりと眺めた。
(…………こいつら、少しは静かにできねぇのか……公共の場だってのに)
〈鐵喰い〉との死闘、オロンとマノンとの交渉、エステルの奇行、ガロードの沈黙と食欲、そしてこのキザな弓使いとの協力……。
ここ数日……いや、この一日だけでも、とんでもない量の出来事が目まぐるしく起こりすぎた。
(疲れた…………マジで、疲れた…………)
馬車の、ガタゴトという単調な揺れが、まるで子守唄のように感じられる。
重くなった瞼が、ゆっくりと落ちてくる。
抗いようのない眠気が、俺の意識を、深い闇の中へと誘っていく……。
ファルメルに戻り、ガロードとジーンと別れた後、俺は半分寝ぼけているエステルを引きずるようにして、宿〈白羊の夢〉へと帰り着いた。
俺自身も、もう気力も体力も使い果たしたようだ。
装備と服を床に放り捨てると、エステルを連れて軽く湯を浴びる。
ベッドに倒れ込むと、身体の境界が布団に溶けていくような感覚に陥り、そのまま泥のように眠りにつくのだった。
第三章:赤熱する鋼鉄と穿つ狩人(完)




