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自由のアリア  作者: カラノニジ
第三章:赤熱する鋼鉄(ハート)と穿つ狩人
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第27話:大事な仲間(釣り餌)

「ま、待て!」


 俺はハッとして、思わずその背中に呼び止めようとした。


(クソッ…!あの腕は絶対に必要だ!)


 その時だった。


「アリア様〜〜〜っ!」


 間の抜けた、しかし今はどこかホッとするような明るい声と共に、工房の方からエステルが、ニコニコと笑顔で手を振りながら、こちらへ駆け寄ってきた。


「マノンお姉さまが、剣の修理、もうすぐ完成するからって、お呼びですわよ〜っ!」


 その、屈託のないエステルの姿を認めた瞬間。

 去ろうとしていたジーンの動きが、まるで魔法か何かで石にされたかのように、ピタリと止まった。


 その顔からは、さっきまでのキザで自信満々な笑みが完全に消え、まるで信じられないもの、あるいは、この世のものとは思えない美しいものを見るかのように、目を大きく見開いて、エステルを凝視している。



「……ラ……」


(…ラ?)


 そして、ポトリと。

 さっきまで自慢げに肩にかけていた、串刺しのガリオンバードの束が、力なく地面に落ちた。


「……っ……か、可憐だ…………」


 ジーンは、なにかを言いかけたが、まるで言い直すかのように、そうか細く呟いた。


(は……?可憐……?誰が?……エステルのことか!?このアホお嬢様が!?)


 次の瞬間、ジーンはまるで何かに憑りつかれたかのように、エステルに向かって駆け寄った!

 そして、驚いて固まっているエステルの目の前で、騎士物語に出てくる王子様もかくや、というような、実に芝居がかった仕草で、恭しく片膝をつき、その手を取った!


「ああっ……!麗しの君……!なんという奇跡……!貴女に、このボクに、今、この場所で出会えたことこそが、今日までボクが生きてきた、ただ一つの理由だったのだと、たった今、この瞬間に理解したよ……!」


 その目は、さっきまでの冷たさや計算高さは微塵もなく、熱っぽく潤み、エステルだけを映しているように見える。


「どうか……どうか、明日からのボクの生きる理由を、このボクと、共に探してはくれないだろうか……!」


(うわぁぁぁ…………!!サブイボが止まんねぇ……!!なんだそのクサすぎるセリフは!聞いてるこっちの身が縮むわ!!)


 俺が強烈な嫌悪感と寒気に襲われていると、当のエステルは、突然のことに完全にパニックを起こし、ジーンに手を取られたまま、怯えたようにブルブルと震え始めた。


「ふぇぇぇ!?な、な、な、なんですの、いきなり!?ち、近いですわ!きっと人違いですわ!?こ、怖いですわ、アリア様〜〜っ!!」


 エステルは、涙目で俺に助けを求めてきた。


(怖いですわ…?よかった……!!コイツ、こういうキザで押し付けがましいタイプには、ちゃんとドン引きするのか!まともな感性持ってて、心底安心したぜ!)


 そして、同時に、俺の頭に悪魔的な閃きが走った。


(……待てよ?ジーンは、エステルに完全に一目惚れ状態……?あのアホお嬢様に?……これは……使える!!)


 俺は、怯えるエステルの肩をそっと抱き寄せ、彼女を自分の後ろに庇うように、跪いたままのキザ野郎、ジーンの前に立った。そして、ニヤリと、実に意地の悪い笑みを浮かべて、言ってやった。


「……ほう?俺の『大事な仲間パートナー』に、何か御用かな?狩人さんよぉ」


 さあ、絶好の交渉チャンスだ。この色ボケ野郎を、どう料理してやろうか。


 俺がエステルを庇うように前に立つと、エステルは俺の後ろに隠れながら、ひょっこりと顔だけ覗かせた。

 その仕草は、まるで怯える小動物のようだ。


(……黙ってさえいれば、本当に顔だけは良いんだよな、コイツは。黙ってさえいれば……)


「な、なんですのっ?アリア様……あ、あの方は…?なんだか……わたくしを見ていないような……」

 エステルは、小声で俺に囁きかけてくる。


(コイツも、ジーンには警戒ちゃんとするのか。あのオロンやマノンには、あんなに初対面から馴れ馴れしかったくせに。意外と、見る目がある…のかもしれんな。まぁ、あのキザ野郎の異常さに、本能的に危険を感じ取っただけかもしれんが)


 そんなエステルの怯えた様子を見て、ジーンはうっとりとした表情で天を仰ぐような仕草で言った。


「ああっ、そんなに怯えないでおくれ、ボクのエンジェル。ふふっ……無理もないか。このボクは、愛を狩る狩人……その鋭い眼光と、溢れ出る魅力に、か弱い君が射竦められてしまうのも、ある意味では仕方のないことかもしれないね」


(………………………………バカだ、コイツ。マジモンの、救いようのない、ド級のバカだ………………)


 俺は確信した。

 エステルもガロードも大概だが、やはりコイツも、その二人と肩を並べるバカかもしれん。


 なんで俺の周りには、こうも規格外のバカばっかり引き寄せられるんだ……。

 エステルにガロード、ジーン……。


 そして、こんなやつらに頼らないといけねえ状況ってのが、なんともやるせねぇぜ…。


(まさか、俺自身が、そういうのを呼び込む体質だとでもいうのか……?いや、考えたくもねぇ…!)


 本気で自己嫌悪に陥りそうになるのを、必死で堪える。今は、目的を達成することが最優先だ。


 俺はエステルに小声で囁き返した。


「いいか、エステル。苦手なのは分かる。正直に言って、俺だってコイツのこと、腹わたが煮えくり返るくらい嫌いだ。ぶん殴りてぇ。だがな、空飛ぶグリフォンを倒すには、どうしてもコイツの弓の腕が必要なんだ。だから、少しだけ我慢して、俺に協力しろ」


「で、でも……あんな誠実そうな、お方を騙すのは…」


(何を言ってんだ!どう見ても誠実とは正反対だろうが!)


 誠実の対義語の欄にジーンって書き加えてもいいくらいだ。

 全くこいつの感性はよくわからん。


「これは、お前の『牢屋行き』を回避するための、重要な作戦でもあるんだぞ!」


 最後の言葉が効いたのか、エステルは渋々ながらも、しかし決意を秘めた目で、小さく頷いた。よし。


 俺は再び、まだポーズを決めているジーンに向き直った。


「さて、ジーン」


 俺は、わざとらしく、芝居がかった口調で切り出した。


「お前に話があると言ったな。実はな……この、か弱くも、天使のように美しいお姫様……エステルは、あの忌々しいグリフォンと、それはそれは深~~~~~~い、悲しい因縁があってだな?」


 俺は、意味ありげに言葉を切り、ジーンの反応を窺う。


「……奴に、かけがえのない、とても大切な『友人』を、無慈悲にも奪われたんだ。なぁ?エステル」


 俺が目で合図を送ると、エステルは一瞬キョトンとしたが、すぐに思い出したように、みるみるうちに顔を曇らせ、大きな瞳に涙を溜めて訴え始めた。


「そ、そうですわ!思い出すだけでも胸が張り裂けそうですのっ…!あの恐ろしくて、無慈悲なグリフォンは…っ!わたくしの大切な、大切なお友達……ウ、ウシさんを……っ!」


(…って、おい!コイツ、演技じゃなくて、本気で悔しがってやがる!その牛のこと、マジで友達だと思ってたのかよ!?純粋すぎるだろ……!…ま、まぁ、結果的に好都合だが…)


「わたくしの目の前で、無抵抗のウシさんを、あの鋭い爪で掴み上げて、空高く連れ去って……!わたくし、何もできませんでしたわっ!何より、何よりもっ…あの時の無力だった自分が、悔しくて、許せませんの!うぅ……!」


 エステルの本気の悲痛な訴えを聞いたジーンの顔色が、劇的に変わった。さっきまでのキザな笑みは完全に消え、代わりに深い同情と、燃えるような怒りがその顔に浮かんでいる。


(……相手は牛だけどな)


「な、なんだって!?ああっ、なんてことだ!こんなにも可憐で、か弱く、そして天使のように美しい君の、その純粋な心を傷つけ、悲しみの涙を流させるような、そんな邪悪な存在が、このイドリアの空を舞っているというのか!許せん!ボクが、この愛の狩人ジーンが、断じて許さんぞ、グリフォン!!」


 ジーンは本気で憤慨し、ギリギリと拳を握りしめている。


(……チョロい!チョロすぎるぞ、コイツ!エステルの悲劇に、完全に感情移入してやがる!バカと純粋は、ある意味最強かもしれん…)


 そして、このバカばっかりの状況に、俺の頭も本気で痛くなってきた……。


 俺は、この茶番劇を早く終わらせたい一心で、最後のダメ押しをする。


「……そうだ。だから、頼む、ジーン!俺たちに協力してくれ!この子の…エステルの、奪われた笑顔と、亡き友ウシさんの無念を晴らすために…!」


(……オエッ、なんだこのクサすぎるセリフは!俺、今、自分で何言ってんだ!?恥ずかしくて死にそうだ……!!早く終わってくれ……!!)


 俺は、自分で言っておきながら、猛烈な自己嫌悪と羞恥心に襲われていた。だが、自分でも恥ずかしくなるようなクサい説得は、目の前の色ボケナルシスト野郎には驚くほど効果があったらしい。


 ジーンは芝居がかった仕草で胸に手を当て、熱っぽく宣言した。


「……わかった。ボクに任せてくれたまえ。キミの、そして、このボクの心を射抜いた、か弱くも美しい天使の涙のために……このボクの神聖なる矢が、必ずや、その空を穢す邪悪なグリフォンを打ち砕いて見せるさ!」


(……よし、落ちた!なんて間抜けなやつなんだ…!チョロすぎる!!相手は牛なのに!!)


 俺が内心でガッツポーズしていると、周りの村娘たちが「そんなっ!ジーン!」「私たちのそばにいて!」「行かないで!」と、最後の抵抗とばかりに騒ぎ立てる。


「止めないでおくれ、ボクの可愛いレディたち」


 ジーンは、悲劇のヒーローを気取って、彼女たちに手を広げて見せた。


「ボクは今……か弱き者を守るという、騎士道にも似た、聖なる義憤に燃えているのさ!この地に蔓延る邪悪を討ち払い、必ずや、この村に、そしてボクの天使の心に、平穏を取り戻してみせるさ……!それまで、どうかボクのことを、ここで健気に待っていておくれっ……!」


(あー…………もう、いい加減にしてくれねぇかな、この茶番劇……。早く終わってくれ……。つーか、エステルはどうした……早速浮気かよ)


 俺は心底うんざりしながら、このクサいメロドラマが早く終わるのを待った。


「よしっ、話は決まったようだね!」


 すっかりその気になったジーンは、やる気に満ちた表情で俺たちに向き直る。


「早速出発しようじゃないか!その忌々しいグリフォンの根城は、一体どこなんだい!?」


 息巻くジーンに、俺は冷静にそして、かなり疲れた声で答える。


「まぁ待て、そんなに焦るな。まずは、俺の武器を受け取りに、さっきの工房に戻る。それに、いきなりグリフォンに突っ込むわけにもいかねぇだろ。ちゃんと作戦会議も必要だ」


「工房?ああ、マダム・マノンの所かい?」


 意外にも、ジーンはあっさりと頷いた。


「奇遇だね、ボクもちょうど、このガリオンバードを彼女に届けに行くところだったのさ。マダムの弓の調整はボクが見ても惚れ惚れするほどの完璧さだが、ちと気難しくてね。こういう手土産が、機嫌を取るのに効果的なのさ。いいだろう、同行しようじゃないか」


 そう言って、ジーンはキラリと、爽やかな…と本人は思っているであろう笑顔をこちらへ向けてきた。


(マダム・マノン?コイツ、マノンと知り合いだったのか。しかも鳥を届けに?狭い村の住人だ。知ってて当然っちゃ当然か……まぁ、都合がいいが……)


 俺の後ろに隠れていたエステルが、ひょっこりと顔を出した。


「そうですわ!あのウシさんの仇を取るためですもの!よろしくお願いいたしますわねっ、ジーン様っ!」


 そう言って、エステルはジーンに向かって、にこりと笑顔を見せた。


「はう……っ」


 ジーンは奇妙な声を上げ、まるで心臓を撃ち抜かれたかのように胸を押さえ、よろめいた。完全に、エステルの笑顔にノックアウトされている。


(うわぁ……マジかよ……チョロすぎるだろ、このキザ野郎……)


 一方、そんなジーンの過剰な反応を見て、エステルは困ったように俺を見る。


(そりゃそうだよな!キモいもんな!よしよし、それでいい!まともな感性で安心したぜ!)


 てか、なんなんだこのメンバーはよ…!

 食い意地しかねぇバカ、世間知らずのアホ、節操なしの色ボケ…!


 グリフォン退治だぞ?ほ、本当に大丈夫なんだろうな……!?

 前途多難すぎる……!


 俺は、悪化していく頭痛に耐えながら、深い深い溜息をついた。


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