第25話:どうやって
俺がそんな絶望的な考えに囚われかけていると、マノンが俺の剣をひらひらとさせながら、事もなげに言った。
「ま、その前に、まずは嬢ちゃんのこの獲物をどうにかしなきゃ話にならねぇだろうねぇ」
マノンは、俺たちが持ち込んだ〈鐵喰い〉の破損した甲殻の欠片に目をやる。
「武器は、甲殻片の方を使って修理してやるくらいなら、すぐにできるさね。顎ほどじゃねぇが、こっちだって相当な強度を持ってる。コイツで補強すれば、あんたの剣が戦闘中に折れたり歪んだりする心配は、まずなくなるだろうよ」
マノンはニヤリと笑う。
「……まぁ、その分、ちいとばかし重くはなるだろうがね。そこは、嬢ちゃんの腕と気合でカバーするんだね」
(甲殻片で補強修理…か。たしかに、あの〈鐵喰い〉の甲殻は異常に硬かった。あれを剣に組み込めば、強度は格段に上がるはずだ。多少、重くなるのは…この際目を瞑るしかねぇ。今の、いつ壊れるか分からないポンコツ状態よりは、一万倍マシだ!)
俺は、マノンの提案に、現状を打破するための唯一の現実的な光を見た。
「……ああ、分かった!」
俺は、目の前のドワーフの職人を真っ直ぐに見据え、力強く頷いた。
「その修理を頼む、マノンの姐さん!その甲殻を使って、俺の剣を、すぐにでも戦える状態にしてほしい!」
「おう、"すぐに"終わる!茶でも飲んで待ってな!」
マノンはそう言うと、俺とガロードの剣を小脇に抱え、工房の奥へと続く、煤けた裏口の扉の向こうへと消えていった。ガチャンと重い扉が閉まる音が響く。
部屋に残された、俺と、エステルと、ガロード。
「ひっく……んぐぅ……美味ぇ酒だ……」
オロンはテーブルに突っ伏して、寝言を呟きながら、完全に寝落ちしてしまっている。
(……まぁ、酔い潰れてくれた方が、静かでいいかもしれんが)
あのマノンが異常なだけで、ドワーフにとっても、あの〈竜火酒〉は相当キツい酒だったらしい。
何にせよ、邪魔者はいなくなった。
(今のうちに、エステルからグリフォンの情報を引き出すぞ。あの突拍子もない話の中から、使える情報を、一つでも多く抜き出さねぇと……)
俺は、隣で小鳥を肩に乗せて指で撫でているエステルに向き直った。
「おい、エステル。さっきの話の続きだ。詳しく聞かせろ」
「はい、なんでしょう、アリア様?」
エステルはキョトンとした顔でこちらを見る。
「グリフォンの話だ。そうだな…お前が最後にしがみついてたっていう、あのオックブル…ええと、ウシさんか?そいつとは、どこで出会ったんだ?どんな場所だったか、できるだけ詳しく思い出せ」
「ええと……」
俺の真剣な表情に、エステルも少しだけ緊張した面持ちになる。
「どこ…と、はっきりとした地名はわかりませんわね……」
思い出すように、口元に指を当てて綺麗な眉を寄せながら宙を見上げた。
「けれど……でも、とても広々とした、見渡す限り緑の草原でしたわ!空がとっても広くて、青くて……!少し風が冷たくて肌寒かったですけれど、オックブルさんの背中は、太陽の匂いがして、とっても温かかったですの!」
エステルは、少しだけ遠い目をして語る。
(イドリア国内で……緑の草原……肌寒い……見通しが良い……)
俺は頭の中に、おぼろげながら記憶しているイドリア帝国の地図を広げる。
ガルドア平原は……違うな。
昨日のフロストウイングの一件から考えても、徒歩のエステルが国境を越えてガルドアまで行ったとは考えにくい。
首都エテル・イドリア周辺にも草原はあるが…『肌寒い』ってのが引っかかる。
あそこならモノ・ソルのお陰で温暖なはずだ。
……となると、かなり候補は絞られてくる。
(イドリア内陸部の、標高が少し高い平原地帯か……?)
そして、あの夜の出来事を思い出す。
宿の窓……あの時、エステルが落ちてきたのは、たしか北西の空からだったはずだ。
グリフォンがそこから、牛を掴んで真っ直ぐ飛んだと仮定すれば、奴の巣があるのは……南東方向。
(方角的に、グリフォンの巣はガリア山脈にある可能性が高い……!)
だが、すぐにその考えを打ち消す。
クソッ、ガリア山脈なんかに巣があったとしても、どうやって見つける?
あんな、切り立った岩と氷と、常に暴雪が吹き荒れてるような場所だぞ?
そもそも、あんな場所でB級のグリフォンと戦えるか!足場も悪いし、滑落でもしたら一巻の終わりだ。巣の直接探索は、現実的じゃねぇ!
(いや、待てよ……巣を狙う必要はないんじゃねぇか…?)
俺が再び盤をひっくり返して考える。
グリフォンは、何を食うために飛んでいた?
餌……あのオックブルだ。
なら、オックブルが群れで生息している場所……それが、奴の『狩場』のはずだ!
考えが繋がった。
(イドリア内陸部の草原地帯……オックブルの生息してそうな地といえば……タリア平原か!あそこなら、方角的にもエステルの話とも一致するかもしれん!)
昔に詰め込まれた知識が役に立った。
実家の教育様様ってカンジでおもしろくねぇがな。
(よし、決めた。ガリア山脈なんぞに命懸けで登るより、タリア平原でオックブルの群れを探す方が、よっぽど現実的だ。そこで、餌を求めてやってくるグリフォンを探し出して……いや、待ち伏せして、叩き落とす!)
具体的な作戦の骨子が見えてきた。これなら、勝機はあるかもしれん。
まずは、マノンが剣を直し終わるのを待つ。
それから、ギルドに戻って、タリア平原とオックブル、そしてグリフォンの目撃情報について、詳しく調べる必要があるな。
ガロードとエステルにも、次の目標…グリフォン討伐について、ちゃんと伝えておかねぇと……。
俺は、新たな目標に向けて思考を整理し始めた。
工房の奥からは、時折、金属を打つカンカンという音と、それに合わせるかのように鳴くピィピィという小鳥の鳴き声が聞こえてくる。オロンの規則正しいイビキだけが響く部屋の中で、俺たちの次なる戦いの輪郭が、少しずつ、しかし確実に見えてきた気がした。
だが、マノンの「すぐ終わる」という言葉を信じた俺がバカだった。ドワーフの時間感覚は、人間のそれとは違うのか?オロンはあんなにせっかちだったくせに。
工房の奥からは、カンカンと金属を打つ音が聞こえてくるが、一向に出てくる気配はない。こりゃあ、まだかかりそうだ。
(チッ…手持ち無沙汰だぜ…)
工房の中じゃ、エステルがマノンに喋りかけ続けている。
「ピースケさんは飛ばないんですの?」
たしかにピースケは羽ばたくものの飛び回ったりせずに物から物に跳び移るだけだ。
「コイツはね……翼を怪我をしていたところを拾ったんだがね。怪我はとっくに治ったってのにそれがわかってるのか、わかっていないのか…飛んで行こうとしないんだよ」
「まあっ、ピースケさんもきっとマノンお姉さまに恩を感じて離れたくないのでしょうね」
「ピィピィ、ピィピィ」
「……はんっ。迷惑な話だよ、毎朝ぴーぴーと…」
カンカンッ。言葉の端に鎚を打ち付ける。
(…アイツのせいで遅くなってないだろうな)
頼むから邪魔だけはしないでくれよ、と祈るしかない。
流石のガロードも…食い続けて腹が膨れたのか、工房の入口近くの壁に寄りかかったまま、座った姿勢で完全に寝落ちしている。
オロンも、さっきからテーブルに突っ伏したまま、時折大きなイビキをかいている始末だ。結局、この中でまともに起きてるのは俺だけかよ。
仕方なく、俺は工房の外に出て、カマド村の殺風景な景色を眺めながら、忌々しいグリフォンの対策でも練ることにした。
(問題は、どうやって空を飛ぶ相手を仕留めるか、だ。ヤツが地上に降りてきてくれりゃ話は早いが、そう上手くいくとは限らねぇ。空から一方的に攻撃されたら、俺たちに勝ち目はねぇ)
俺は腕を組んで考える。
エステルは論外。
戦力外もいいところだ。
ガロードの風魔法…〈エアブロウ〉や、あの〈ダウンバースト〉は強力だが、相手も風属性のグリフォンだ。どこまで効果があるか、わからん。そもそも、空を高速で飛び回る相手に、正確に当てられるのかも疑問だ。
(…となると、残るは俺の火か闇魔法か…?)
中距離くらいまでなら、当てられなくもないかもしれないが…。
正直、遠距離から…しかも素早く動く的を正確に撃ち抜くほどの精密射撃は、俺の魔法じゃ厳しいかもしれない。
だからといってやみくもに火球を連射しても、当たる前に避けられるのがオチだろうしな…。
(クソッ…どうする?何か、策はねぇのか…?このままじゃ、まともに戦闘に入ることすらできねぇ!グリフォン討伐どころじゃねぇぞ…)
手詰まり感に、思わず舌打ちが出た、その時だった。
村の入口の方が、やけに騒がしくなった。
何事かと視線を向けると、数人の若い村娘たちにキャーキャーと黄色い声を浴びながら、一人の男が村の外から歩いてきている。
……まるで凱旋だ。
男は、狩人にしては妙に着飾っている。上等そうな革鎧はピカピカで、髪も油か何かでツヤツヤと丁寧に整えられている。そして何より、その顔には自信と、女どもをからかうような、やけにキザったらしい笑みが浮かんでいる。
(…なんだ、あのチャラチャラした男は。狩人の格好してるが…こんな辺境の村にしちゃあ、浮きすぎてるだろ。それに、あの女どもの騒ぎよう…村のアイドルか何かか?アホらし……)
俺は、そのいかにも軽薄そうな雰囲気に、生理的な嫌悪感を覚えて顔をしかめた。
男は、肩にかけた太い棒に、仕留めた獲物らしい鳥を何羽かぶら下げている。
ガリオンバード…この辺りじゃ、よく食用にされる鳥だ。まぁ、狩りの成果なんだろう、と俺は特に気にも留めずにいた。
…だが。
(……ん?)
俺は思わず目を凝らした。
棒にぶら下がっているガリオンバードは三羽。そして、その三羽全てを、たった一本の矢が、まるで串刺しにするかのように綺麗に貫いている。
「……は?」
(ま、待て……一矢で、三羽だと!?マジかよ……!!)
普通、狩りの獲物は、すぐに血抜きのために矢を抜くのが常識だ。
だが、この男は、明らかに自分の腕前を見せびらかすために、わざと矢を抜かずに持ち帰ってきたのだろう。その自己顕示欲の強さには呆れる。
もしかしたら自己顕示のためのヤラセの可能性もある、それでも。
(……マジなら……尋常じゃねぇ。曲芸レベルだぞ……!)
三羽の鳥を、空中で、あるいは木の上で、一瞬で正確に射抜くなど、並大抵の腕前じゃない。
そして、俺の頭の中で、閃きが走った。
(……弓……正確無比な、遠距離攻撃……!コイツだ!)
空を飛ぶグリフォン。こちらの攻撃が届かない、厄介な敵。だが、もし、あの弓使いの腕があれば……!
(コイツの弓なら、空を飛ぶグリフォンだって、射落とせるかもしれねぇ!)
遠距離攻撃手段の欠如という、最大の懸念に対する答えが、今、目の前に現れたのだ!
(……見た目も、性格も、いかにも軽薄そうで、反吐が出るほど好かんタイプの男だが……あの弓の腕だけは、間違いなく本物だ。利用しない手はねぇ!)
俺は決めた。マノンの修理が終わるまでの、この退屈な待ち時間を使って、あの弓使いに接触してみるか…。
たしか、村の娘たちが「ジーン」とか呼んでたな。




