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自由のアリア  作者: カラノニジ
第三章:赤熱する鋼鉄(ハート)と穿つ狩人
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第24話:風の魔石

 マノンは、床に置かれた〈鐵喰い〉の顎の破片を注意深く観察しながら、手にしたショットグラスの竜火酒をクイッと呷った。


「ふぅむ……こういう、生まれながらにして魔力を宿した金属のことを、世間じゃあ魔法金属なんて大層な名前で呼んだりするがね。まぁ、そのほとんどは、魔力を通しやすい銀を元にして自然にできる〈魔銀〉だ。『ミスリル』って言や聞いたことくらいはあるだろう?だが、こいつは違う。鉄が元になってやがる。いわば、〈魔鉄〉…『アダマンタイト』ってぇ呼ばれる、代物さね。鉄は魔素を吸着しにくいからねぇ、出土は非常に珍しいんだがね。硬さも、魔力の通りも、そこらの鉄とは比べモンにゃならねぇよ。加工次第じゃ、とんでもねぇモンになる可能性を秘めてるよ、こいつは」


(魔法金属〈魔鉄〉……相当なモンらしいことは分かった。お宝、か)


 素材の希少性と価値を再認識し、俺は少しだけ気分が高揚するのを感じた。


 マノンは、そんな俺の顔を見てニヤリと笑う。


「で?素材は、この顎の破片だけかい?いや、まだあるんだろう?このサイズから言って相当なデカブツだ、これだけのはずがねぇ。甲殻はねぇのかい?」


「ああ、それもある」


 俺は頷き、再びガロードの腰からマジックポーチをもはや遠慮なく、まさぐり、回収しておいた黒鉄混じりの甲殻片をいくつか取り出して、マノンの前に並べた。


「ほう、こっちも上等じゃねぇか」


 マノンは甲殻片の一つを手に取り、感心したように眺める。


「これだけ素材がありゃあ、嬢ちゃんたちの希望次第だが、武器も防具も、一通りは新調できるさね」


(一通り!?武器も防具も、か!?マジかよ!)


 マノンの言葉に、俺の期待は一気に高まった。これなら、攻防両面で大幅な戦力アップが見込めるかもしれん!


「ま、作るモンを決める前に、だ」


 マノンは甲殻片を置き、言った。


「まずは、あんたらが今使ってる獲物を見せてみな。話はそれからだ」


 言われるがままに、俺は腰に差していた二振りの曲剣を抜き、マノンに手渡した。ガロードも長剣を、黙ってマノンに差し出した。



 マノンはまず、俺の曲剣を手に取り、光にかざしたり、指で弾いて音を聞いたりしながら、矯めつ眇めつ眺め始めた。その眼差しは、さっきまでの酔っ払いのものとはまるで違う、真剣な職人のそれだ。


「……ふむ。こいつは、なかなか手痛くやられたようだねぇ、嬢ちゃん」


 マノンは、刃についた細かな欠けを指でなぞりながら、溜息交じりに言った。


「見たところ、刃こぼれも酷いが……それだけじゃねぇ。こりゃ、芯まで歪んじまってるよ。これじゃあ、本来の切れ味なんざ出せねぇし、下手に力を込めりゃ、いつポッキリ折れちまってもおかしくねぇ状態だね」


(芯まで……!?マジかよ……そんなに酷かったのか……!)


「火の魔法と闇の魔法を〈エンチャント〉してるのかい?熱で焼き付けが狂っちまってるし、軸のズレは闇魔法による崩壊が原因だね、こりゃ」


「そこまでわかるのか?」


 驚く俺に、マノンは短く「まあね」と答える。


 見た目以上の深刻なダメージを指摘され、俺はショックを受けた。あの〈鐵喰い〉との戦いが、いかにギリギリだったかを改めて思い知らされる。修理は必須、いや、もはや作り直した方がいいレベルかもしれん。


 マノンは、俺の驚きをよそに、自信ありげにニヤリと笑って続ける。


「ま、あたしレベルの職人になるとね、剣のすり減り具合や傷の入り方を見りゃ、持ち主のクセやどんな戦い方をしてるかまで、大体お見通しなんだよ」


(……酔っ払ってたのが嘘みてぇだ。やっぱり、コイツ、腕は本物かもしれん……!)


「まぁ!すごいですわっ!剣を見ただけでそんなことまで分かるなんて!まるで魔法使いのようですわね!」


 隣では、エステルが目をキラキラさせてマノンの手元を覗き込んでいる。


(……コイツは相変わらずだな……)


 俺は、マノンの腕前を確信し、改めて依頼内容について相談することにした。


「……ああ、そうか。分かった。修理が必要だってのは、よく分かったよ。それで、だ」


 俺は、床に置かれた〈魔鉄〉の顎と甲殻に視線を移す。


「この剣の修理と、できればこの〈魔鉄〉を使って強化するのと……あるいは、この素材で全く新しい剣を一から作るのと……アンタの見立てじゃ、どっちがいいんだ?」


 そして、付け加える。


「それと、この甲殻を使えば、やっぱり防具も作れるのか?正直、防御力も上げたいんだ。特に、頑丈な鎧…その上で、できるだけ動きを阻害しないのが欲しいんだが……」


 最後に、一番重要なことを尋ねる。


「……もちろん、金の話もある。俺たちの今の予算で、どこまでできるのか……。アンタの意見を聞かせてくれ」


 全ては、このドワーフの職人の腕と、俺たちの財布の中身にかかっている。


 俺が予算について恐る恐る切り出すと、マノンは手に持っていた竜火酒のグラスを再びクイッと呷り、ケラケラと笑い飛ばした。



「ん?ああ、金かい?金なんざ、いらねぇよいらねぇよ!」



(は!?いらねぇ!?マジかよ!?)


 予想外すぎる申し出に、俺は思わず目を丸くする。


「アンタらが持ってきたこの極上の酒も気に入ったし、そっちの嬢ちゃんがくれたクッキーも、まぁ、悪くなかったしね。それより何より、この素材だよ!」


 マノンは床に置かれた〈魔鉄〉の顎を、愛情のこもった目で見つめる。


「こいつは面白い!久々に、あたしのドワーフ職人としての血が騒ぐってもんさね!こんな極上の素材をいじれるんだ、手間賃なんざ、その喜びだけでお釣りがくるってもんだよ!」


 マノンはそう言って、ニカッと笑った。職人気質なのか、単に酒と面白い素材があれば満足なのか…よく分からんが、とにかく金銭的な問題がクリアになったのは、とてつもなくデカい。


「これを使えばお嬢ちゃんの〈エンチャント〉の問題も解決できる強力な武器に仕上げるのはわけないさね」



「ただね…」



 マノンは表情を引き締める。


「問題は、こいつが…この〈魔鉄〉が、とんでもなく『重い』ってことだ。鉄のくせして、とんでもねぇ密度をしてやがる」


 重い…か。自分の戦闘スタイルと照らし合わせれば軽いことに越したことはないが…。

 ヒョイっと欠片を持ち上げる。


 ……確かに鉄に比べてもずっしりしている気はするが、この程度…多少の重さなら〈闘気〉でカバーできると思うが…………。


「重いのはわかるけどよ?これくらいなら〈闘気〉で賄える範囲じゃねぇか?」


「そのままの状態ならね」


「…?」


「その〈魔鉄〉に魔力を通してみな」


 マノンは酒の瓶とグラスを退避させてからそう言う。


「あ?ああ…」


俺は訝しみながらもスッと魔力を込めてみる。


その瞬間!


ズン…!ゴッ…!


「痛って!?」


 俺の手は押しつぶされるようにテーブルとの間に挟まれる。

 不意を突かれたから手をぶつけたが持ち上がらないほどではない…だがこれは……。


(な、なんだこりゃ!?)


「わかったろう?これで普通のサイズの鎧なんぞこしらえた日には、重すぎてあんた、一歩も動けなくなっちまうよ。武器にしてもそうだ。強度や鋭さ、魔法伝達力は良くても、重すぎてまともに振り回せねぇだろうね」


(『重い』…!こりゃ確かに動けねぇよ、致命的な欠陥じゃねぇか…!)


 せっかくの強力な素材も、使えなきゃ意味がない。


「ごく少量だけ使うって手もあるがね」マノンは続ける。


「せっかくこれだけの『お宝』が手に入ったんだ。ケチケチ使わずに、全部使って、あんたを頭のてっぺんから爪先まで、この〈魔鉄〉で武装させた、とびきりの逸品を作ってみたいじゃねぇか、職人としてはね」


「そうは言っても、さっき自分でも言ってたじゃねぇかよ……とてもじゃねぇが、この重さで全身鎧なんて…」


 いかに防御力が高かろうが、動けないのではただの的にしかならない。動けなければ敵に攻撃を当てることすらも難しい。そんなものなら安物の革鎧の方が万倍マシだ。


「まぁ、何事にもやり方はあるってことさね」


 マノンはニヤリと、挑戦的な笑みを浮かべる。


「……〈刻〉っていうんだが、相性のいい属性の魔石で文字を刻み込むことで、その特性を変化させられるんだ。まあ、原理的には〈スクロール〉なんかと同じさね。軽くしたり、逆にさらに硬くしたり、魔力伝導率を高めたり…とね。この〈魔鉄〉の場合、その重さを打ち消すなら、風属性の魔石だろうね。風の軽やかな力で、この重たい金属を軽くできるかもしれん」


(風の魔石で、軽く…?なるほどな、そういう手が…)


 坑道で〈鐵喰い〉相手に風魔法を使ってツルハシを棒切れのように振り回していたガロードの姿が俺の頭の中に思い返されていた。


「……まぁ、ただの風の魔石じゃ効果は"薄い"だろうけどね」


 マノンは付け加える。


「これだけの質量の〈魔鉄〉を軽量化するとなると、それなりに質も大きさも兼ね備えた、"濃い"上等な魔石が必要になるだろうさ。当然、上等なヤツほど、軽くする効果も高いはずだ。」


 マノンはコンッとショットグラスを机に戻して腕を組む。


「……で?嬢ちゃん、持ってんのかい?風属性の、それもとびきり上等な魔石なんていう、都合のいい代物をさ」


 マノンの言葉に、俺は首を振るしかなかった。


「いや……生憎、そんなもんは持ち合わせが……」


「となると、買い付けか……そうなってくると結構な費用になるね」


 出来ることなら費用は抑えたい。それに俺らは冒険者だ。必要なら狩る。それがシンプルな答えだ。


 …とはいえ、これから標的を探すにしても、上級の風属性の魔物なんて、そうそう都合よく……



(…………いや、待てよ?)



 脳裏に、あのエステルの突拍子もない冒険譚が、稲妻のようにフラッシュバックした。



『大きな牛さんを見つけまして……近づいたら今度は空からグリフォンが!牛さんにしがみついたまま、またしてもはるか上空へ……』



(………グリフォン!?)



 そうだ!エステルが最後に遭遇したとかいう、魔獣グリフォン!奴らは、強力な風属性の魔力を持つことで知られている!ランクで言えばB-…!高位の魔物だ、その魔石なら質も大きさも申し分ないはずだ!

 しかも、エステルが落ちてきたのが、このファルメル近郊だってんなら…!


(あのグリフォンが、この近くの山のどこかに、巣くってる可能性は十分にある!そいつを狩れば……十分な"濃さ"の風属性の魔石が手に入るかもしれねぇ!!)


 目の前が、パッと開けたような気がした!〈魔鉄〉の重さという、最大のネックに対する、完璧な解決策じゃねぇか!


 俺は、隣で呑気に紅茶とクッキーを楽しんでいる元凶…いや、幸運の女神エステルに、複雑な視線を送った。


(……結局、またコイツかよ……。厄介事の種でありながら、同時に、解決の糸口まで、ご丁寧に持ってきやがって……。なんなんだ、こいつは……)


 俺はマノンに向き直り、込み上げてくる興奮を抑えながら尋ねた。


「……なぁ、マノンの姐さん。仮の話だが……もし……もし、だ。グリフォンの魔石があったとしたら、どうだ?そいつを使えば、この〈魔鉄〉を、使い物になるくらいまで軽くすることはできるか?」


 同時に、俺の頭の中は、新たな目標…グリフォン討伐の計画で、急速に回転し始めていた。まずは、エステルからあのグリフォンについて、もっと詳しい話を聞き出すことから始めねぇと…!


 マノンの言葉は、俺に希望と同時に厳しい現実を突きつけてきた。


「ほぉ!グリフォン!大きくでたね。この〈鐵喰い〉を討伐しただけのことはあるってことかい。もちろん、そんな上等な魔石が手に入るなら、十二分に〈刻〉めるだろうさ」


(よし!グリフォンの魔石さえ手に入れれば、この〈魔鉄〉で最高の装備が作れる…!)


 一瞬、目の前に輝かしい未来が見えた気がした。だが、すぐに冷静な思考が追いつく。


(…だが、相手はグリフォンだ。B-ランク…あの〈鐵喰い〉と同格か、あるいはそれ以上かもしれん。奴は地面を這うだけの鈍重なトカゲだったが、グリフォンは空を飛ぶ。空からの急降下攻撃、鋭い爪と嘴…厄介さのベクトルが全く違う。今の俺と〈沈黙〉の二人だけで、本当に勝てるのか…?)


 〈鐵喰い〉だって、ガロードの、あの常識外れの〈ダウンバースト〉がなければ、どうなっていたか分からなかったのだ。空を自在に飛び回るB級魔物となれば、さらに厳しい戦いになるのは間違いない。


(何か……特別な策でもなけりゃ、返り討ちに遭うのがオチだ)


 そして、それ以前に、もっと根本的な問題がある。


(しかも…!)


 俺は、マノンの手の中で無残な姿を晒している、自分の二振りの曲剣を思い出す。


 俺の武器は、芯まで歪んで、いつ折れてもおかしくないポンコツらしい。

こんなナマクラで、B級の空の王者とやり合う?

無茶だ。グリフォン討伐の話どころか、戦いのスタートラインにすら立てちゃいない。


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