第23話:ティーパーティ
(…………はぁ!?帰れだと!?マジかよ……)
「おい!オロン!どうなってんだ!?」
俺はオロンに詰め寄る。まさかあそこまで取り付く島すらないとは思ってもみなかった。
「ふんっ!言ったはずだ!俺も気が進まねぇってな!言ったよな…?言ったぞ!」
目の前で閉ざされた扉を見つめ、俺は完全に脱力した。
「せっかく、土産にあのバカ高い〈竜火酒〉まで買って持ってきたってのにっ!……全部無駄かよ……。チッ…帰るか……」
俺が諦めて、隣のガロードとエステルに向かってそう呟き、踵を返そうとした、その時だった。
「…………酒かいっ!?」ガチャ!
閉まったはずの扉が、再び勢いよく開いた!さっきまでの泥酔っぷりが嘘のように、マノンの目がギラリと光っている!そして、俺が諦めて下ろしかけていた、布に包まれた角瓶に気づくと、その目は信じられないというように、さらに大きく見開かれた!
「そ、そいつは……まさか、〈竜火酒〉じゃないかい!『ドラゴン潰し』か!?な、なんだい、それをお客さんが持ってきたってのかい!?」
マノンは、先程までの門前払いが嘘のように、顔中に人の良さそうな実に胡散臭い笑みを浮かべた。
「なーんだい!お客さんなら、そうと早く言ってくれればいいのに!全く、うちの弟も気が利かないねぇ!」
オロンが隣で何か言いたげにしているが、マノンは完全に無視している。
「さあさあ、こんな所で立ち話もなんだ!入んな、入んな!その極上の酒を酌み交わしながら、あんたの話、じっくり聞こうじゃないか!」
マノンは上機嫌で扉を大きく開け、俺たちを中へと手招きした。
(…現金なヤツだな、まったく。いや、ただの筋金入りのアル中か…?まぁ、なんでもいい。とにかく、これで話を聞いてもらえるなら…)
俺が中に入るのを促されていると、隣からエステルが「まあ、よかったですわね!お姉さま!」と喜び勇んでマノンに駆け寄った。
「あの、お姉さま!わたくし、お酒はいただけませんけれど、こちらに、とっても美味しいクッキーもございますのよ!よろしければ、お酒のお供にご一緒にいかがかしら?」
そう言って、昨日ガロードが買い込んだのであろうクッキーの包みの一つを、にこやかに差し出した。
(おい!また余計なことを……っていうか、クッキーかよ!酒のつまみにクッキーって組み合わせはどうなんだ?)
俺が呆れていると、マノンは意外にも「クッキーぃ?ほう、珍しいねぇ」と興味を示した。
「甘いツマミも、まぁ、たまには悪くないねぇ。よし、貰おうじゃないか!」
そう言って、エステルからクッキーの包みをひょいと受け取った。後ろでは、ガロードがその様子を、じっと見ている。
(………受け入れるのかよ!?流石はオロンの姉…もう、わけわかんねぇ……)
俺は、このあまりにも混沌とした状況に、もはや思考を放棄しかけていた。
だが、目的は果たせそうだ。俺は、この酔っ払いの気が変わらないうちに、と、マノンに促されるまま、工房兼住居らしい家の中へと足を踏み入れた。エステルと、その後ろからクッキーに目を輝かせているガロードも、ぞろぞろと続いて入ってくる。
マノンは、まるで自分の足元がどこにあるかも分かっていないような千鳥足で、部屋の中へと入っていく。途中、床にゴロゴロと転がっていた空き瓶をガシャン!と景気よく蹴飛ばしたが、本人は全く気にする様子もない。
「ピィピィピィピィ!」
「んぁ、ピースケ安心しな客だよ」
「まぁ!小鳥さん可愛いですわっ!」
(……ひでぇ部屋だな。物が散乱してるし、そこら中に空き瓶が転がってやがる。本当にここでまともな仕事ができるのかね、この酔っ払いは……それに、小鳥までいんのかよ)
部屋の中央には、古びて傷だらけの木のテーブルとバラバラのデザインの椅子がいくつか置かれていた。
椅子が足りないのを見ると、ガロードは当然のように、テーブル近くの壁際にドカリと腰を下ろし、エステルから受け取ったクッキーを、サクサクと音を立てながら齧り始めた。
(おい、床に座るなよ……って、まぁ、コイツは食いモンさえありゃどこでも満足なんだろうな。知ったこっちゃねぇ)
一方、エステルは目をキラキラと輝かせ、クッキーを包んでいた綺麗な風呂敷を、テーブルの上に丁寧に広げ始めた。テーブルクロスにするつもりらしい。そして、その上に、昨日ガロードが買い込んだ大量のクッキーを、まるで祭壇に供物を捧げるかのように、綺麗に、そして山盛りに並べていく。
(何やってんだ、お前は!?これから真面目な話をするってのに!)
「あとは、美味しいお紅茶ですわねっ!わたくし、とっておきの茶葉もちゃんと用意してありますのよ!」
エステルは自信満々に言うが、この煤けた工房のどこを見回しても、ティーカップはおろか、まともな食器すら見当たらない。隅の方に、黒ずんだヤカンが一つ転がっているだけだ。
「あらあら、ですが抜かりはありませんわっ!ガロード様!」
エステルがガロードに声をかけると
「……!」
壁際でクッキーを齧っていたガロードが、無言でマジックポーチに手を突っ込んだ。そして、中から、どこでどうやって手に入れたのか、小綺麗なティーポットと、人数分の小洒落たカップを取り出し、テーブルの上に置いた。
(は?おい、その小洒落た茶器セット、いつの間に!?昨日買ったのか!?エステルが買わせたのか!?ていうか、こいつら、俺の知らねぇところで、いつの間にそんな仲良くなってやがんだ!?)
俺が内心でツッコミの嵐に見舞われている間に、エステルは「ガロード様、ありがとうございます!さっそくご用意いたしますわ!」と大喜びでポットとカップを受け取ると、驚くほど手際よく、隅にあったヤカンでお湯を沸かし、紅茶を淹れ始めた。その優雅な所作だけは、さすが貴族のお嬢様というべきか。
やがて、全員分の紅茶がこの場に似つかわしくない上品なカップに注がれ、エステルも満足げに席に着いた。オロンも、いつの間にかちゃっかり椅子を確保し、部屋の酒棚を物色している。
さて、これでようやく話ができるか……。
「それじゃあ……」俺が切り出そうとするのをエステルが遮るように声を上げる。
「それでは素敵なティーパーティの始まりですわねっ!」
「よーし、まずは景気づけに、かんぱーい!」
マノンが、まだ蓋も開けていない〈竜火酒〉の角瓶を高々と掲げる。
「おおっ!こいつぁ〈苔角酒〉じゃねえか!開けていいか?!いいな?」
オロンが口いっぱいにクッキーを頬張りながら酒棚から瓶を引っ張り出して叫ぶ。
「触んじゃないよ!オロン!!」
そして、ガロードは、そんな喧騒などどこ吹く風とばかりに、床に座ったまま、クッキーを紅茶で黙々と流し込んでいる。
「ピースケさんにもクッキーを差し上げますわねっ」
エステルは小さく砕いたクッキーを小鳥に与える。
(………………………………)
五人いる。この空間には五人いるのに、全員が、全く別の方向を向いて、全く別のことをしている。なんだ、この、統率のかけらもない、混沌とした状況は。
俺は、激しい眩暈と、こめかみを針で刺すようなズキズキとした痛みを感じながら、天を仰いだ。
(ダメだ……こいつら、まともじゃねぇ……!一人残らず、まともじゃねぇ!!俺が!俺がしっかりしねぇと、話が一ミリたりとも進まねぇ……!!!)
俺がテーブルをバン!と叩いて場を仕切ろうとした、まさにその瞬間、隣にいたオロンが「まぁ待て、嬢ちゃん」と、俺の腕を掴んで制した。
何事かと思えば、オロンは向かいに座るマノンを顎で示す。見ると、マノンは俺が持ってきた〈竜火酒〉の角瓶の厳重な封を、実に慣れた手つきで開け放ち、そのまま小さなショットグラスに注ぐ…と、グイっと喉を鳴らす音が部屋に響く。
(人間なら一口でぶっ倒れるらしいシロモンを……ショットグラスとはいえ、ストレートで一気とは…)
「……ふぃ~~~~……効くねえェ!やっぱ、きっつい酒じゃねぇと、あたしゃシャキッとしないんだよ……!」
実に満足げな息をつくと……驚いたことに、さっきまでの焦点の合わなかった虚ろな目は消え、顔の赤みも少し引き、カッと鋭い、理性の光を宿した瞳で、こちらを真っ直ぐに見据えてきたのだ!背筋も、心なしかシャンと伸びている。
(…………は?酒が入ると、逆にシャキッとするタイプ!?なんだそりゃ!?さっきまでのベロベロの酔っ払いはどこ行ったんだ!?)
俺がその急激な変化に呆気に取られていると、マノンは落ち着いた、しかしどこか風格ある職人らしい声で言った。
「……それで?あたしに仕事の話だってね?オロン、お前がわざわざ客人を連れてくるくれぇだから、それなりに骨のある案件なんだろうねぇ?」
「ん?おおっ、そうだった!嬢ちゃんらは悪いやつらじゃねえ。ま、酒の礼に話くらい聞いてやってくれ」
「ふん、受けるかどうかはあたしが決めるからね!で?なにがほしいんだい?」
(……話が通じるようになったのはいいが……)
俺は少々面食らいながらも、「ああ、そうだ」と頷いた。そして、床に座り込んでいるガロードに声をかける。
「おい、ガロード。ポーチから、仕留めたアレの素材を出せ。あのデカい顎の一部だ」
だが、ガロードは俺の言葉などまるで聞こえていないかのように、床に座ったまま、クッキーを齧るのに夢中で、全く反応しない。
(あー、ダメだ…食ってる時はなに言っても聞きやしねえ…!)
「………ったく、この食いしん坊が!!少しは協力しろってんだ!」
仕方なく、俺はガロードの腰から、半ば強引にマジックポーチをまさぐり目的のブツ……あの〈鐵喰い〉の巨大な顎の一部を取り出した。
ガロードは一瞬だけ迷惑そうな顔をしたが、すぐにクッキーに意識を戻した。
ズシンッ!と重い音を立てて床に置くと、年季の入った木の床がミシリと軋んだ。
「ほぉ……こいつはまた、随分と大物だねぇ」
マノンは強い興味を示し、その顎の破片に近づき、しゃがみ込んで観察を始めた。片手には、いつの間にか注がれた竜火酒の杯を持ち、クイッと一口呷る。
そしてニヤニヤと笑い始める。
「いいじゃないか…!面白い!見た目は石竜の顎にそっくりだが……」
マノンは頭につけていた古びた革製のゴーグルを下ろし、倍率の高いルーペになっているのだろう片方のレンズで、顎の断面や表面を食い入るように観察し始めた。
「……こりゃあ、魔法金属だね。『元は』間違いなく黒鉄だ。もっと硬く、そしておそらくは魔力を効率よく通す、魔法金属に『変質』してると見たね。こいつは……天然ものじゃ、そう目にかかれない『お宝』だよ!それも、とんでもなく純度が高い……。オイ、嬢ちゃん、こいつは一体なんだい?どこで拾ってきた?」
(〈魔鉄〉……)
「拾ったんじゃねぇ。俺たちが仕留めたんだ」俺は答える。
「そいつは、俺たちがブラックロックマウンテンの坑道で見つけた魔物…ロックドレイクの変異体みてぇだった。普通の岩じゃなく、黒鉄鉱石を食ってたんで、俺たちは〈鐵喰い〉って呼んでる」
「〈鐵喰い〉……ね。鉄を食う石竜か……ふぅん」
マノンは再び顎の破片を丹念に覗き込み、竜火酒をまた一口。
「なるほどねぇ……ただでさえ上等な黒鉄鉱石を、そのデカブツが一度その腹に取り込んで、不純物を取り除き、さらに自身の魔素と結合させて、体内で再構築した……ってとこかねぇ。だからただの鉱石じゃなく半精練状態で結合してるのか……あたしも長年やってるが、これだけの純度で纏まった量の〈魔鉄〉をみるのは初めてさね」
(〈魔鉄〉…?)
マノンはゴーグルをカチャリと上げ、値踏みするような、それでいて職人としての好奇心に満ちた目で俺を見た。
「……で?お嬢ちゃんは、この『お宝』で、一体何を作りたいんだい?新しい武器かい?それとも、頑丈な防具?ま、こんだけの代物だ。ただ溶かして、アンタの今の得物に混ぜ込むだけでも、相当な強度アップにはなるだろうがねぇ。ちいと勿体ない気もするが」
具体的な提案をされ、俺は改めて考える。
(武器か、防具か……あるいは、今の武器の強化か……)
腰の二本の曲剣と、先日の戦闘で〈ダウンバースト〉の余波を食らった時の、あの壁に叩きつけられた衝撃を思い出す。
(剣も新調してぇ。だが、あの爆発を考えると、やっぱ頑丈な鎧も捨てがたい……どっちを優先すべきか…)
俺は悩んだ末に、この酔っ払いだが、腕は確かそうなドワーフの……プロの見立てを聞くのが、一番確実だと判断した。




