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自由のアリア  作者: カラノニジ
第三章:赤熱する鋼鉄(ハート)と穿つ狩人
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第20話:心当たり

 周囲を見渡すと、そこは第三坑道よりもさらに広く、そして活気のある空間だった。

 多くの鉱夫たちが、様々な場所でカンカンと音を立てて岩を掘り進めている。


 俺は返し忘れていた〈双子の腕輪〉をポーチから取り出して魔力を込めると、一本の光がもう一方の持ち主の方向を指し示す。


「チッ……あのジジイ! 相変わらず、うろちょろ動き回りやがってっ……! こっちか、行くぞ」


 ふらふらと興味の赴くままに歩いていこうとするエステルを引っ掴み、興味無しと言わんばかりに座り込もうとするガロードを引き摺って光の方へと進む。


 そして、少し離れた場所で、数人の鉱夫たちに、身振り手振りを交えながら何やら大声で指示を出している、見慣れた赤い髭のドワーフの姿を見つけた。


(いたいた、あの騒々しい赤ヒゲ……オロンだ)


 俺たちの姿に気づくと、オロンは作業を中断し、目を丸くしながらこちらへドタドタと、その短い足で走ってきた。


「んん!? なんだお前さんらか!? また来たのか! 前回の嬢ちゃんに、そっちの兄ちゃん! おいおい、今度は何しにきた! まさか、また何かヤベェもんでも出たのか!? いや違うか! そうなら連絡が来てるはずだもんな! ワシは何も聞いてねえぞ! そうだよな!?」


 相変わらず、人の返事を待たずに、マシンガンのように一方的に捲し立ててくる。


 こっちが口を挟む隙もない。


 だが、俺が何か言う前に、隣にいたエステルが「まぁ!」と感嘆の声を上げた。


「なんて見事で、なんと立派なお髭ですこと! その艶やかさ、その芸術的な編み込みの緻密さ! いったい、どのようなお手入れをなさっていらっしゃるの!?」


 オロンは、いきなり自分の自慢の髭を褒めちぎられたことに一瞬驚いたようだが、すぐに顔を綻ばせ、満更でもないといった表情になった。



「んん? なんだなんだ? こっちは見ねぇ顔だな! 嬢ちゃんの連れか? 新入りか?」



「わたくし、エステルと申しますの! 『ただのエステル』ですわよ! よろしくお願いいたします!」



 エステルは一応、俺の言いつけを守ってそう名乗った。



「ほう、エステル嬢ちゃんか! なかなか見る目があるじゃねぇか! よし、気に入ったぜ! このワシの、ドワーフ一族に伝わる、この自慢の髭の艶を保つためにはな、まず何よりも、朝晩の『糠アロエ』を使った丁寧な手入れが欠かせんのじゃ……!」



「まぁ! やはり! 想像通り、素材からして特別なものをお使いでいらっしゃるのですね! 糠にアロエとは、わたくし初めて耳にいたしましたわ! やはり本場のお髭のお手入れは、奥が深いということですわねっ! 素晴らしいですわ!」



「そうだとも! この糠アロエはな、ただの糠とアロエじゃねぇ! ワシらドワーフが代々、門外不出で受け継いできた、秘伝中の秘伝の配合があってだな……!」



「わたくしも使用人……ではなくて知り合いに、お髭の素敵な方がおりまして、お手入れには、昔から大変気を使っておりましたわ! その滑らかな手触りの秘訣を教えてあげれば、きっと喜びますわぜひ……!」



「わはは! そうだろう、そうだろう! 女子供には、この髭の魅力は分からんだろうと思っていたが、嬢ちゃんは違うな!」



「まあ! そんな! わたくしなど、まだまだですわ!」



「わははは!」



「うふふふ!」



 …………なんだ、この状況は。


 オロンもエステルも、お互いの話を全く聞いちゃいない。

 ただ、自分の言いたいことを、同時に、しかも実に楽しそうに、延々と喋り続けているだけだ。

 周りの鉱夫たちも、呆れたように、しかしどこか面白そうに、この奇妙な光景を眺めている。


(どっちが先に息切れするか、賭けてみるか……? いや、やめだ。下手すりゃ、日が暮れるまでやってそうだ。埒が明かねぇ……!)


 俺は、この永遠に続きかねないカオスな会話劇場に、強制的に幕を下ろすべく、二人の間に割って入った。


「おい!! ジジイ! エステルもだ、少し黙れ!!」


 俺が腹の底から声を張り上げると、ようやく二人は喋るのをやめ、キョトンとした顔でこちらを見た。


「俺はな、アンタに用があって、わざわざここまで来たんだよ、オロン!」


 俺はオロンを真っ直ぐに見据え、単刀直入に、本来の目的を切り出した。


「まずはこの腕輪だ、返す前に帰りやがって……」


 そう文句をいいながら腕輪を押し返す。


「それから……」と一拍前置きし、それでいて割り込まれないようにすぐさまもうひとつの話題を切り出す。


「腕のいい鍛冶屋を探してる。武器の修理と、ちょっと特殊な素材の加工を頼みたいんだ。アンタ、ドワーフなら知り合いに腕の良い職人に心当たりはねぇか?」


 俺が腕のいい鍛冶屋を探していると伝えると、オロンは顎の赤い髭を扱きながら、「ふぅむ」と唸った。


「鍛冶屋だぁ? ンなモン、このファルメルにだってそれなりに腕の良いのならいるぞ? 掃いて捨てるほどな! だがな、本当に『腕のいい』、しかもワシらドワーフの、となると話は別だな!」


 オロンはチラリと俺の腰の曲剣に目をやった。


「……ん? ああ、なるほどな。お前さんら、こないだのあのデカブツの素材か? アレを加工してぇってのか。たしかに、アレはとんでもねぇ代物だったからな。デカいし、何より硬かったろう? なるほどなるほど……うーん、まぁ、一人だけ……心当たりが、居なくもねぇが……」


 珍しい。あのオロンが言葉を濁し、言い淀んでいる。

 ……何かワケありなのか?


 俺がさらに問い詰めようとした、その瞬間。

 隣にいたエステルが、オロンの太い腕になんとも馴れ馴れしくしがみつき、潤んだ瞳で上目遣いに訴え始めた。


「お願いしますわ! オロンおじさま! わたくしたち、本当に困っておりますのっ……! どうか、その素晴らしい腕を持つというお方を、わたくしたちにご紹介してくださいまし! ねっ? ねっ?」


 素でやっているのか、もはや俺には判別不能なその迫真の演技に、さすがのオロンも「うぐっ……」と一瞬怯んだように見えた。


「…………んんーーっ、しょうがねぇなぁ! エステル嬢ちゃんに、そこまで頼まれちまったら、このワシも断るわけにはいかねぇか!」


 オロンは観念したように、大きな溜息をついた。


「だがな、先に言っとくが正直言ってあんまり気は進まねぇんだ。客を連れてくとアイツはすこぶる機嫌が悪くなるからな……。いいか、紹介してやる代わりに、条件がある!」


 オロンは人差し指を立てる。



「まず、酒だ! 持ってるか? それも、とびきり上等なヤツだ。安物のエールなんぞじゃダメだぞ! それがねぇと、アイツは話すら聞いてくれねぇ! 酒を用意して、明日の昼までに、カマド村まで来い!」



(酒? しかも上等なヤツ……? 明日カマド村? なんでそんな面倒な……)



 カマド村?

 ファルメルの近くにある、狩人や山師が数人住んでる小さな村じゃなかったか?

 そんな辺鄙な場所に、腕利きのドワーフ鍛冶がいるというのか?


「一体、どこのどいつなんだ? そんな村にいるっていう、腕利きの鍛冶屋ってのは」


 俺が尋ねると、オロンはバツが悪そうに、しかしぶっきらぼうに答えた。



「…………ワシの、姉だ」



(はぁ!? 姉!?)



「よし! 話は終わりだ! ワシは仕事に戻る! じゃあな!」



 オロンはそれだけ言い放つと、さっさと背を向けて、鉱夫たちへの指示を再開してしまった。

 これ以上、詳しい話を聞かせてもらえる雰囲気ではない。


 俺はオロンの背中に向かって声を張り上げる。



「……ああ、分かった! 恩に着るぜ、ジジイ!」



(姉……オロンの姉貴が鍛冶屋? それで、なんであんなに紹介するのを渋ってたんだ……? よっぽど気難しいヤツなのか……? いや、オロンの女版と思えば厄介なのには間違いないだろうが……)



 ますます謎が深まる。


「まあ? オロンおじさまのお姉様ですの? それなら安心ですわねっ! きっと、お優しい方に違いありませんわ!」


 隣でエステルは全く見当違いの安心をしている。

 どこからその自信が出てくるんだ……。


 そして、エステルはさらに続けた。



「そうだわ! お酒はわたくし、あまり得意ではありませんけれど、代わりにわたくしの得意なハーブティーと、昨日パン屋さんで見つけた、とっても美味しいクッキーも一緒に持っていきませんこと? きっとお姉様もお喜びになりますわ!」



「紅茶とクッキー!? アホか! 酒を持ってこいって、はっきり言われただろうが!!」



 俺が頭を抱えていると、それを聞いたガロードが、隣でコクコクと、実に分かりやすく頷いているではないか!


「お前ら……本当に……食い物のことしか頭にねぇのな……」


 俺はもはや、ツッコむ気力も失せていた。クッキーが食いたいだけだろうが、この食いしん坊どもめ。


(……酒か。ドワーフとなると、相当な酒豪かもしれんな。どんな酒が好みなんだ? 強い蒸留酒か? それとも、年代物のエールか……?……また出費かよ……)


 明日はカマド村か……。

 一体、どんなヤバい姉貴が待ってるんだか。

 前途多難なのは間違いないが、他に選択肢もない。


「……まあいい、街に戻って酒屋を探そう」


 ガロードとエステルを促し、来た道を引き返す。




 帰りも、あの忌々しいトロッコに乗る羽目になった。




 隣では、エステルが「今度はあちらの壁の模様が素敵ですわ!」とか何とか、懲りずに喋っているが、俺の耳にはもはや騒音でしかなかった。



 ガタンゴトン、ガタゴトン……ゴットンゴットン……!



 行きで四つに割れたかと思った尻が、帰り道で完全に八つに砕け散るんじゃないかと本気で心配になるほどの、凄まじい振動と衝撃。


 エステルとは対照的に全く動じず、腕を組んで静かに座っているガロード。



(くっ……よく平然と座ってられるな…………って、まさかコイツ!?)



 よーく目を凝らすとガロードのケツは僅かに座席から浮いている。


 やっぱりだ!


 コイツ、しれっと自分だけ〈エアクッション〉で揺れの衝撃を吸収している!



「ガロード! テメェ! 一人だけずるいぞ!!」


 俺は思わず立ち上がりかけるが、その瞬間、ガンッとトロッコが大きく揺れ、再び座席に尻を打ち付ける羽目になった。


(うぐぐっ……! もう……二度と乗るか、こんな鉄屑……!)


 ようやく地獄のトロッコ移動が終わり、ファルメルの街の門が見えてきた。



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