第18話:〈ジョーカー〉
二人がそれぞれのペースで食事を終えたのを見計らい、俺はパンパン、と手を叩いて二人の注意を引いた。
「さて、と……」
俺が切り出すと、二人の視線がこちらに向く。
「腹も満たされたようだし、本題に入るぞ。これから俺たちは、ギルドに正規の冒険者パーティとして登録する。例の計画の第一歩だ」
俺は続ける。
「そのためには、まず、俺たちのパーティの名前を決めなきゃならん。何かいい案はあるか?」
さて、どうしたものか。俺は腕を組んで考える。
(ギルドの連中が言ってた〈超新星〉は、自意識過剰すぎて却下だ……。かといって、〈厄災処理班〉とか〈借金返済同盟〉じゃ、士気が下がる……。うーん……)
全く良い名前が思い浮かばない。こういうのは、どうにも苦手だ。面倒くさい。
(いっそ、コイツらに決めさせるか……?いや、エステルは絶対メルヘンチックな変な名前をつけそうだし、ガロードはそもそも反応しねぇだろうしな……)
俺は、半ば投げやりな気分で、二人に尋ねてみた。
「……どうだ?何か、これだって名前はねぇか?エステル、お前はどう思う?……ガロード、てめぇも何か考えろよ。どうせ聞くだけ無駄だろうがな」
さて、この珍妙なメンバーから、一体どんな名前が出てくるのやら……。
俺がパーティ名を尋ねると、エステルは待ってました!とばかりに、パァッと顔を輝かせ、胸の前で両手を組みながら、自信満々に提案してきた。
「はいっ!それでしたら、わたくし、素晴らしい名前を思いつきましたの!その名も……〈絶対友情☆お茶会同盟〉というのはいかがでしょう!?」
キラキラとした効果音まで聞こえてきそうな勢いだ。
(………………は?)
俺は一瞬、自分の耳を疑った。絶対…友情…お茶会…同盟…?しかも☆付き?
「これから、わたくしたち三人の間で、さらに、さらに深まっていくであろう、この熱い友情の絆!そして、いつの日か必ずや開かれるであろう、優雅で素敵な、わたくしたちだけのお茶会!それを目指す、希望に満ちた同盟!まぁ!なんてわたくしたちの輝かしい未来を表した、素晴らしい名前ではございませんか!?」
エステルは自分のネーミングセンスにうっとりと酔いしれ、目を輝かせている。俺は、あまりのセンスの壊滅っぷりに、言葉を失い、ただただこめかみがヒクヒクと引きつるのを止められなかった。
隣を見ると、ガロードが、実に分かりやすく、無言でゆっくりと、しかし断固として首を横に振っていた。
満場一致で却下だ。
「えぇーーっ!?ですわっ!?なにがいけないんですのっ!?こんなに完璧で、わたくしたちの未来を表した素敵な名前なのに……自信がありましたのに……っ」
エステルは本気でショックを受けたらしく、ガックリと肩を落として俯いてしまった。
「もういい、俺が決める……」
(……やっぱりな。コイツらに任せたら、絶対にロクなことにならねぇと思ってたぜ……)
俺は深く、深ーく溜息をついた。こいつのセンスは、ある意味、才能かもしれん。悪い方のな。
だが……。
(……『目的を名前にする』って考え方自体は、もしかしたら悪くねぇかもしれん)
俺たちの目的。
それは、あの『ウルトラCプラン』だ。
この不法入国お嬢様、エステルを無事にエトノーシアへ送り届けるという、普通じゃ絶対に不可能に近い、無茶苦茶な計画。
正規ルートも、国境破りも、アビス越えも、どれも現実的じゃない中で、唯一見出した細い道筋。
まさに、最後の『奥の手』……『切り札』みてぇなもんだ。
(切り札か……トランプで言えば……『ジョーカー』)
その言葉が、妙に頭にしっくりとハマった。
(ジョーカー……どんなカードにも化けられる、予測不能なワイルドカード。ゲームのルールすら、時にひっくり返す存在……)
今の俺たちの状況。
そして、この何をしでかすか全く分からない、イカれたメンバー構成。
まさに、〈ジョーカー〉みてぇなもんじゃねぇか?
(……よし、決めた)
俺は、まだ「お茶会同盟…」と呟いて落ち込んでいるエステルと、相変わらず壁のシミでも眺めているかのようなガロードに向かって、短く、だが決定事項として告げた。
「パーティ名は、〈ジョーカー〉だ」
そして、付け加える。
「文句はねぇな?」
反論は、聞く気もなかったが。
さっきまで落ち込んでいたエステルは、「まあっ!」と小さく声を上げ、すぐにパァッと顔を輝かせた。
「ジョーカー!なんだか、とってもミステリアスで、秘密めいていて…それでいて、かっこいい響きですわ!さすがアリア様!素晴らしいネーミングセンスですわね!」
どうやら、共通のパーティ名が決まった、という事実だけで嬉しいらしい。
現金というか、単純なヤツだ。まぁ、あの〈絶対友情☆お茶会同盟〉よりは百万倍マシだろう。
一方のガロードは、俺の言葉に一瞬だけ視線をこちらに向けたが、すぐに興味を失ったかのように、干し葡萄をパクパク食べ始めた。
まぁ、反対じゃなけりゃ、それでいい。異論は認めん。
「よし、決まりだな。俺たちのパーティ名は、今日から〈ジョーカー〉だ」
俺は改めて宣言する。
「早速だが、明日は、ギルドへ行って、このパーティ〈ジョーカー〉を正式に登録するぞ。お前らも来い」
(パーティなんて、別に名乗りたいヤツが勝手に自称するだけでもいいんだが…俺たちの目的、あのウルトラCプラン…エステルをエトノーシアへ送り届けることを考えれば、話は別だ。特に、正規の手段で国境を越えるには、ギルドに正式登録されたパーティとしての身分が絶対に必要になる。金等級まで成り上がれば、の話だがな……)
俺は内心で計画を反芻する。
(…クソッ、パーティの登録費用で、また3,000ガルドか。本当に、金がいくらあっても足りねぇぜ…!あの報酬も、あっという間に消えそうだ)
頭痛がぶり返してくる。
登録が終わったら、次は鍛冶屋だな。
俺の曲剣も、あの〈鐵喰い〉との戦いで相当ガタがきてるはずだ。
それに、持ち帰ったあの黒鉄混じりの甲殻と顎…あれは、腕のいい鍛冶屋に頼めば、とんでもない代物になるかもしれん。それを見つけるのも、また一苦労だが……。
やるべきことは山積みだ。だが、進むしかない。
━━━━━
━━━
翌日、ガロードと合流する。
「行くぞ。グズグズするな」
俺は、まだ「ジョーカー!ジョーカーですわ!」と小声で繰り返して嬉しそうにしているエステルと、相変わらずどこ吹く風といったガロードを促し、朝から喧騒渦巻く冒険者ギルドへと向かう。
まずはパーティ登録。そして、実績と名声の積み重ね。それから、金策と装備強化。
険しい道のりになるのは間違いない。だが、少しずつ、確実に、計画は動き始めている…はずだ。俺は、そう自分に言い聞かせた。
ギルドの受付カウンターで、俺はパーティの新規登録用紙を受け取った。思ったより簡素な書類だ。まぁ、冒険者なんて読み書きすら怪しいような連中もいるんだ、これくらいじゃなきゃ務まらねぇか。
このザルな入り口と、ギルドに保証された戦力としての価値。
この制度の穴…というより、制度の『都合』に相乗りする。
リーダーである俺の欄に、名前を書き込み、銀等級の冒険者プレートを提示する。パーティ名は、昨日決めた〈ジョーカー〉。これを記入し、次はメンバーの署名だ。
俺は『アリア・ロアン』と自分の第二の名前を書いた後、エステルにペンを渡した。エステルは「はいっ!お任せくださいまし!」と元気よく返事をすると、優雅な仕草でペンを手に取り、申請用紙に向かった。そして、見るからに達筆な、流れるような文字ですらすらと書き始めた。
「エステル・リーゼロッテ・エリュクシ……」
(!?このアホがァァァァァ!!!!)
俺はエステルが、その長ったらしいフルネームを全て書き終える寸前で、反射的にその柔らかそうなほっぺたを、思いっきり、ねじり上げるように強くつねった!
「あででででででっ!?いたたたたた!あ、あいあひゃま(アリアさま)!な、なにをひまふの!?」
エステルが涙目で抗議してくるが、知ったことか!俺は書きかけの署名を指差して怒鳴る。
「『エステル』だけでいいっつっただろうが!余計なこと書くな、このスカタン!」
結局、続くロッテとエリュクシオンの記入は防いだものの、署名欄には「エステル・リーゼ」という、なんとも中途半端な名前が残ることになった。
はぁはぁ……まぁ、フルネームで登録されるよりはマシか。俺は深く溜息をついた。
次はガロードだ。俺が黙ってペンを差し出すと、ヤツは無言で受け取り、慣れた手つきで、しかし驚くほど綺麗で整った文字で、署名欄に名前を書いた。
『ガロード・プラレス』
(……へぇ、ガロード・プラレス、ね。それにしても、字、キレイじゃねぇか。見た目によらねぇな。やっぱり、普段は筆談でもしてんのかね?)
ともかく、これで書類は完成だ。俺がその申請用紙を受付嬢に提出すると、彼女だけでなく、いつの間にかカウンターの周りに集まっていた他の冒険者たちまで、唖然とした表情で俺たち三人を見ていた。
無理もないだろう。
その悪名と近づき難さから、誰もまともにコミュニケーションを取ろうとしなかった〈沈黙〉のガロード。
そのガロードに、なぜか異様なまでに馴れ馴れしく話しかける、場違いな雰囲気の謎のお嬢様風の少女エステル・リーゼ。
そして、そんなワケの分からん二人をまとめているように、周りには見えているのだろうよそ者。先日、未知の強敵〈鐵喰い〉を討伐したばかりの、俺、アリア。
異色なんて言葉じゃ生温い、まさにカオスとしか言いようのない組み合わせだ。昨日から、俺たちがこのファルメルのギルドで、一番の話題の中心になっているのは間違いなかった。
受付嬢は、申請用紙と俺たちの顔を何度も何度も見比べ、やがて観念したように、しかし明らかに困惑した様子で、受理のスタンプを押した。
「…………パ、パーティ名〈ジョーカー〉、リーダー、アリア様。メンバー、エステル・リーゼ様、ガロード・プラレス様。……以上で、正式に登録を受理いたします……」
そして、絞り出すように付け加えた。
「………あの、……よろしいんですか?」
…………。
よろしいですか?ではなく『よろしいんですか?』ね……。
最後の言葉は、明らかに心の底からの本音が漏れ出ていた。
だが、その戸惑いの裏に、ギルド側の計算高い思惑が透けて見える気がした。
(なるほどな。俺に、このギルドにとっても扱いに困る…〈沈黙〉の手綱を握らせたい、と。厄介を押し付けられたってわけか。利用されてるみてぇで、反吐が出るが……まぁいい。利害の一致ってやつだ)
俺は、内心の苛立ちを押し殺し、ぶっきらぼうに答えた。
「ああ、問題ない」
「それでは、こちらに……」
〈魔紋認証〉登録のためにプレートにそれぞれ指を押しあて、登録する。
これでパーティプレートに触れればその人物の名前が浮かび上がるように設定された。
魔力にはそれぞれ固有の波長みたいなもんがあるらしい。それを読み取って照合するのが〈魔紋認証〉の大まかな仕組みだ。機能としては単純だが、単純故に偽装も難しい。
だが、このウルトラCプランは登録情報そのものを誤魔化している。
パーティプレートも個人の冒険者プレートと同じく、作成したときの情報を証明するものだ。
俺が『アリア・ロアン』で通せているのも、この冒険者プレートが身分証明になってくれているからこそではあるが……その実、このプレートは『俺自身』の身分証明ではなく、『アリア・ロアン』の身分証明にしかなっていない。
「それでは、〈ジョーカー〉は正式なパーティとして認証されました。こちらが〈ジョーカー〉のパーティプレートです」
個人のものとは別にパーティのランクを示す明灰色のプレートが手渡される。
これで俺たち〈ジョーカー〉は晴れて石等級のパーティとなったわけだ。
…………。
……なってしまったわけだ。
第二章:厄災は空からふるふる聖女の涙(完)




