第Ex話:受付嬢アネットの受難その②『祈る相手はあくまでも』
※二章読了を想定した番外編です。初めての方は第1話からどうぞ。
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フィリスたち〈暁の剣〉とガロードが出発してから、二日。
私は、ギルドのカウンターで通常業務をこなしながらも、内心はずっとソワソワしていた。
(……大丈夫よね。フィリスさんなら、きっとうまくやってくれるはず……)
フロストウイング(C-ランク)の討伐。〈暁の剣〉の実力なら、問題なく達成できるはずだ。そして、その過程でガロードに協調性の重要さを教え込み、もういくつか実績を積ませ、無事に銀等級への昇格条件をクリアする……。
完璧な計画のはずだった。
「アネットさん…ちょっといいですか?」
同僚の声に、私は顔を上げた。
「どうしたの?」
「…いえ、さっき商人護衛の依頼から帰ってきた冒険者の方から報告が入りまして……昨日、未明に〈暁の剣〉がフロストウイングの討伐に成功したと…」
「…ほんとう!?」
(よかった…!フロストウイングはC-!パーティとの連携実績として申し分ない!これなら、あと一件くらい実績を…)
「ただ…その山岳地帯で、大きな爆発音がしたって」
「……は?」
嫌な予感が、背筋を走った。
「爆発……?場所は?」
「えっと……ファルメル南西の…件の…フロストウイングの巣がある辺りだそうです」
その瞬間、私の脳裏に最悪のシナリオが浮かんだ。
(まさか……何かあったの……!?)
慌てて、緊急連絡用の魔道具を手に取ろうとした、その時だった。
ガチャン!
ギルドの扉が勢いよく開け放たれ、怒り心頭といった様子のフィリスが飛び込んできた。
ベコベコに凹んだ黒鉄の鎧。全身泥だらけ。髪も服もボロボロ。
(……ああ、やっぱり……!)
「ふっっざけんじゃないわよっ!!」
フィリスの金切り声が、ギルド中に響き渡った。
私は、反射的にカウンターの下に身を隠しそうになるのを、必死でこらえた。
(落ち着いて……落ち着くのよ、アネット……!)
フィリスは、カウンターに乗り出さんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「アンタ!聞いてんの!?信じられる!?アイツは合図もなくフロストウイングと巣を吹き飛ばしたのよ!?"私らごと"ね!!」
周囲の冒険者たちが、一斉にこちらを注目する。
(……ええっ!?味方ごと!?そんな……!)
私の顔が、サッと青ざめる。
「そ、そうはいいましても……」
「しかも雪と瓦礫に埋もれた私たちを救助するでもなく、ボーッと座って串焼きを食べてたのよ!?アンタら正気!?腕はどうかしらないけど、アイツを銀等級に推薦なんて絶対おかしいわ!」
(串焼き……?仲間が埋もれてるのに……?そんな……そんなこと……!)
内心で頭を抱えながらも、私は必死に取り繕う。
「あ、あの、フィリスさん……討伐自体は成功したんですよね……?」
「そういう問題じゃないのよ!と・に・か・く!私らはもうゴメンよ!銀等級が必要なら、他をあたるのね!」
そう吐き捨てて、フィリスが踵を返した、まさにその瞬間――
彼女の視線が、ホールの片隅で止まった。
私も、その視線の先を追う。
そこには、銀髪、深紅の瞳、そして首元に光る銀のプレート。
銀等級冒険者。一人で来て、一人で登録を済ませ、特に誰とも話すことなく掲示板へ向かっていった、ミステリアスな女性冒険者だ。
そして、次の瞬間。
「ああ、そうよ!ちょうどいいところに代わりがいたわ!そこのアンタ!銀等級でしょ!?見たところ暇そうだし、アイツのお守り、アンタに引き継いだから!じゃあね!!」
(ええええええっ!?ちょ、ちょっと待って……!)
私が止める間もなく、フィリスはキコキコと軋む鎧の音を響かせながら、嵐のようにギルドから去って行った。
残されたのは、呆然と立ち尽くす、銀等級の女性冒険者――アリアだけ。
ホール中の視線が、彼女に集まる。好奇と、同情と、そして少しの嘲りが混じった視線。
そして。
彼女の、燃えるような赤い瞳が、真っ直ぐに私を捉えた。
(……ま、まずい……!)
「おい」
低く、ドスの利いた声。
アリアは、ゆっくりと、だが確実にカウンターへと近づいてきた。
一歩、また一歩。
その足音が、私の心臓の鼓動と重なる。
(ど、どうしよう……!)
「今の、聞かなかったことにしろ」
「俺は、あのクソチビの代わりなんざ、引き受ける気はサラサラねぇんだよ」
「あのチビが、勝手に喚いて逃げただけだ。俺は一切関係ねぇ。……分かったな?」
「〈勅命〉ならまだしも、だ」
アリアがまた一歩、身を乗り出す。
私は一歩後ずさりそうになる。
「今消えたばっかの話だ。手続きの印もまだだ。なら、決定じゃあねぇよな?」
アリアは、カウンターに両手をつき、威圧するように私を見下ろした。
その迫力に、私は思わず身を引いた。
…痛いところを突かれた。
〈勅命〉というのは銀等級以上の実力者を縛りつける奥の手だ。言うことを聞いてもらう代わりにギルドからの厚待遇を受けられる。だからこそ〈勅命〉は義務。
…だけど、だからといって制度に縛られるのを嫌う冒険者たちに何度も使えば、反感を買う。他所のギルドに逃げてしまうかもしれないし、もっと悪ければギルドを介さずに仕事をし始めるかもしれない。
正規の手続きを経ていないのに〈勅命〉なんてものは論外だ。
(怖い……!でも……でも、ここで引き下がったら……!)
「そ、そうはいいましても…」
本部への異動。
都市部での生活。
そして、婚期。
全部、全部が、この任務にかかっているのだ。
(……ごめんなさい。でも、これしか方法がないの……!)
私は、意を決して、彼女が先ほど見ていた依頼書――坑道内の洞窟調査、報酬10,000ガルド――に視線を落とした。
私は、心を鬼にして言葉を続ける。
「…こほん、あなた様がご希望のこちらのクエストですが、失礼ながら、銀等級とはいえお一人で受けられるには、少々…いえ、かなり不安が残るかと存じます」
アリアの顔が、見るからに険しくなる。
その視線が、まるで刃物のように私を刺す。
(……ご、ごめんなさい……!)
でも、止まらない。止まれない。
「…もちろん、ガロード様とご同行いただけるのでしたら、ギルドから特別報酬をお支払いいたします。基本報酬に、さらに20%上乗せで、いかがでしょうか?」
そう、したり顔で言ってやる。
内心は、罪悪感でいっぱいなのに。
「…ハッ、20%増しだと?」
アリアの、嘲るような声。
「イカれた爆弾抱えて、たったそんだけかよ。舐めてんのか?てめぇらは俺に、命懸けでイカれ野郎のお守りをしろって言ってんだぞ?」
うぐっ……その通りよ!わかってる!わかってるけど……!
私の裁定じゃ20%が本当にギリ…!これでも報告書の山を作らされるんだからっ!!
(でも、私の婚期が……!三十路が、目前に迫ってるのよ……!)
周囲の職員たちも、誰も助けてくれない。みんな、この面倒事に関わりたくないのだ。
退かない、退けない…!
フィリスが逃げた今、代わりの銀等級を探すなんて、もう不可能だ。
それに、フィリスの話を聞いた後では、誰もガロードと組みたがらないだろう。
そして、最終的に。
「…ああ、分かったよ!受けりゃいいんだろ、受けりゃあ!!」
アリアは、忌々しげに依頼書を受け取った。
(……やった……!)
内心でガッツポーズ。
でも、同時に、胸の奥に重い罪悪感が沈殿していく。
(……アリアさん、本当にごめんなさい……)
私は、依頼の詳細を説明しながら、必死に笑顔を保った。
そして、アリアとガロードを、坑道調査という名目の訓練任務に送り出す手配を整えた。
これはブラックロックマウンテン管理者からの依頼。
事前聞き取りでも現場責任者のドワーフの説明が要領を得ず、依頼の危険度を測りかねていた案件。
とはいえ黒鉄採掘はこのファルメルにおいても重要な事業。滞ればその損失は計り知れない。軍はガリア山脈のフロストサラマンダー討伐に取られているし…早期解決をはかる意味でも銀等級向けに破格の価格設定を行っていた。
「せいぜい、俺があの爆弾処理に失敗しねぇよう、祈ってな」
ええ!祈りますとも!
精霊様にも、ご先祖様にも、アリア様にも、悪魔にだって!
祈れる相手なら全部に祈ります…!
どうか…!
(どうか私の婚期を…!!)
私は、一人、ギルドで書類仕事をしながら、今日の出来事を反芻する。
(……脅迫よね、あれは。完全に……)
アリアに依頼を押し付けたこと。
フィリスに勅命を出したこと。
全部、全部、私の都合のため。
(……でも、仕方ないじゃない……!)
私は、ペンを強く握りしめた。
二十八歳。
このまま、この辺境で三十路を迎えるわけにはいかない。
本部に戻らなければ。都市部で、素敵な人と出会わなければ。
そのためには、どんな手段を使ってでも、ガロードを銀等級にしなければならないのだ。
(……アリアさんとガロードさんなら、きっと大丈夫。二人とも実力者だもの……)
そう自分に言い聞かせて、私は書類仕事を続けた。
窓の外では、また雪が降り始めていた。
冷たい、冷たい雪が。
まるで、私の心を映しているかのように。




