第14話:精算
「お待ちしておりました!アリア様、ガロード様!」
俺たちがカウンターに着くと、あの受付嬢は昨日とは打って変わって、満面の営業スマイルで出迎えた。そして、分厚いファイルを取り出して開く。鑑定結果が出たらしい。
俺は内心で厄介事を押し付けた恨み節を吐きながら、受付嬢の説明に耳を傾ける。
「魔石、及びお持ち帰りになった素材を鑑定いたしました結果、やはりロックドレイクを基とした変異体で間違いないかと。魔石の魔力容量を計測しましたところ、B-ランク相当と判定されました。これほどの強敵を、しかも変異体であることを考えれば、お二方での討伐は、ギルドとしても賞賛に値する功績ですわ」
(やはり変異体…B-ランクか。道理で硬ぇわけだ)
「よってこの功績を持ってガロード様を銀等級へ昇格いたします!おめでとうございます!」
すでに用意された銀色のプレートに銅プレートが差し替えられる。
ガロードは食えないものには興味はないとばかりに無感動にもさっさと懐にしまい込む。
(チッ…まんまとギルドの思惑通りってわけか…おもしろくねぇ…)
「さて、今回の依頼に関する報酬ですが、基本報酬が10,000ガルド。そしてアリア様には、先日お受けいただいた…ガロード様の同行任務に対する特別報酬、及び危険手当として、合わせて2,000ガルドが加算されます。まずはこちらの依頼達成報酬をお受け取りください」
受付嬢は、金が詰まって重そうな袋を二つ、カウンターに置いた。俺の取り分は…基本報酬の半分の5,000ガルドに、特別報酬2,000ガルドを足して、7,000ガルド。ガロードは5,000ガルドか。
俺は自分の分の袋を掴み、ズシリとした重みを確認する。
「はわぁぁ…すごいですわ!物語の一小節が目の前に…」
エステルは感動の瞬間を見たとでも言うように両手を口元にあてて、小さくため息をついている。
(いちいちオーバーなやつだな、コイツは…)
「続きまして、素材の評価額です!」と受付嬢は興奮した様子で続ける。
「魔石は非常に質が高く、希少性も考慮して14,000ガルド。甲殻片は、黒鉄との融合が見られ、状態が非常に良いもの、こちら4点で4,000ガルド、残りの破損の激しいものはまとめて2,000ガルド、合わせて6,000ガルド。そして、下顎の端材ですが、こちらは特殊な金属を含んでおり、加工の余地があるとのことで、12,000ガルドの値がつきました!」
「なっ…!?」
(魔石が14,000ガルド!?甲殻が6,000、顎が12,000…素材だけで、合計32,000ガルドだと!?)
俺は思わず手を口元にあて息を呑んだ。とんでもない金額だ。
(っと…いけない、エステルと同じ反応してどうする!)
こほんと咳払いして小さく頭をふる。
「こちらの素材の扱いはどうされますか?この場でギルドが買い取ることも可能です。一部でもお売りいただける場合は、今回の鑑定料は無料となります。もしも、一度全てお持ち帰りになる場合は、鑑定料として500ガルドを頂戴いたしますが…」
(全部売れば32,000…二人で割って16,000ガルド。俺の取り分は、依頼報酬と合わせて…7,000+16,000=23,000ガルドか!!)
二万ガルド!その金額に、俺の心は激しく揺さぶられた。これだけあれば、当面の生活費どころか、一流の装備だって新調できる。だが…。
(待てよ…B-ランクの変異体の素材だぞ?特に、あの黒鉄混じりの甲殻と顎…これを腕のいい鍛冶屋に持ち込めば、とんでもない逸品が出来上がるかもしれねぇ……)
即金か、将来的な戦力アップか…究極の選択だ。
俺は隣のガロードを見た。ヤツは自分の報酬袋を無感動に受け取り、懐にしまっている。
俺は「どうする?」と目で問いかけた。
「お前のその長剣も相当痛んでるぜ?ここらで上等なものに持ち替えるってのも悪くないとは思うが…」
ガロードは、俺を一瞥しただけで、全く興味なさそうに、どこからか取り出した干し肉を齧り始めた。
(……だろうな。コイツに相談するだけ時間の無駄か)
結局、俺が決めるしかないらしい。熟考の末、俺は腹を括った。
「…よし、魔石は売る!14,000ガルドだ。俺とコイツに等分してもらう。甲殻と顎の素材は保留だ。一旦、返却してくれ」
これなら、依頼報酬7,000と魔石7,000ガルド合わせて14,000ガルドもの金が俺の手元に入る。
ひとまずの金としては十分すぎる額だ。それに、貴重な素材も確保できる。
コイツを鍛冶屋に持ち込んで装備に使えるか確認する。
手付金と加工費を払ったとしても手持ちの金には十分だろう。
それでも余った素材は、また鑑定にかけ直して売却すればいい。
「これで、鑑定料は無料だな?」
俺が確認すると、受付嬢は頷く。
「はい、かしこまりました!魔石の代金14,000を半分にわけ各人7,000ガルドはプレートに記帳しておきますね。引き出しはギルド換金所で行えます。返却の素材をお持ちさせますので少々お待ちを!」
手際よく係に指示すると台車に積んだ甲殻片と顎の端材が運ばれてくる。
受け取ったはいいが、まさかこのまま持ち運ぶわけにはいかねぇ。
倉庫代わりにガロードのポーチにぶち込みなおしておく。
……ギルドの倉庫を借りるとそれはそれで保管料がかかるからな。
後処理が終わるまでは、コイツにも付き合ってもらわねぇとな……。
ズシリと重い、7,000ガルドが入った袋。
プレートに記帳された魔石の売却代金7,000ガルドと合わせれば、14,000ガルドになる。…大金だ。
そんなことを考えていると、周囲の冒険者たちの視線が妙に気になる。さっきまでの驚嘆だけでなく、明らかに羨望や、中には妬みのような感情が混じっているのが分かる。
(チッ…こういうのは後々面倒くせぇことになるんだよな。逆恨みされて絡まれたり、カモにされたり…)
俺はため息をつき、二階にいる酒場の給仕に向かって大声で注文する。
袋から硬貨を数枚取り出し、カウンターにジャラリと置く。
「おい、このホールにいるヤツら全員に、エール一杯ずつ!俺の奢りだ!」
250ガルド。安くはねぇ出費だが、これで変な恨みを買わずに済むなら安いもんだ。それに、少しは「話の分かるヤツ」だと思わせておけば、今後の情報収集にも役立つかもしれねぇ。処世術ってやつだ。
「まぁ!あの方がウェイターさんだったのですのねっ!では、わたくしからも皆さまにいっ…」
俺は慌ててエステルの口を塞ぐ。
「テメェは金持ってねえだろうがっ!」
さっきまではきょろきょろと見回すだけでおとなしくしていたのに油断も隙もねぇ。
「…おい、早くしろ」
給仕は一瞬目を丸くしたが、すぐに「へ、へい!かしこまりました!」と威勢よく返事をし、カウンターの奥へと駆け込んでいった。
ホールが一瞬静まり返り、すぐに大きな歓声と口笛が上がった。
「おい、聞いたか!?あの銀等級の嬢ちゃんが奢りだってよ!」
「マジか!〈鐵喰い〉討伐の祝いってか!太っ腹じゃねぇか!」
「ヒュー!アリア様、ごちそうさまですぜ!さすがは期待の〈超新星〉!」
口々に礼や賞賛の声が飛んでくる。中には、さっきまで妬みの視線を向けていたヤツも、バツが悪そうに、しかし嬉しそうにエールを受け取っている。
(フン、現金なヤツらだ。まぁ、これで少しはマシになったろ)
俺は隣で相変わらず干し肉を齧っているガロードを見た。ヤツの腰には、あの便利な〈マジックポーチ〉がぶら下がっている。
呑竜ドンゴラの胃袋を使った空間拡張ポーチ。
空間だけでなく時間も引き延ばされているから、見た目の何十倍も物が入るうえ、時間がゆっくり流れるから、生モノも腐らねぇし、温かいモンも冷めねぇ。
ガロードが使ってるポーチサイズですら、軽くワードローブくらいは入りそうな容量だ。
ありゃ、10,000ガルド以上はするだろうな……。
(俺もいつかは欲しいもんだが……)
俺は改めて、これからやるべきことを考える。
返してもらった甲殻と顎で、武器と防具の強化…。
腕のいい鍛冶屋を探して、依頼して…。
当然、金がかかる。それに、あのウルトラCプラン。
パーティの開設登録にも金がいるし、運営していくにも金がいる。
(……今回の報酬だけじゃ、全然足りねぇな)
金が、金がいくらあっても足りない。
だが、やるしかないんだ。
エステルを無事にエトノーシアに送り届け、そして俺自身がしがらみなく自由に生きるためには。
俺は、決意を新たに、ギルドの喧騒…エールに沸く冒険者たちの声を背中で聞きながら、今度こそ、休息のために宿へと向かった。
ギルドでの一連の手続きと、不本意極まりない大盤振る舞いを終えた俺は、ようやく宿〈白羊の夢〉へと戻ってきた。目を離すたびに店の呼び込みに引っかかるエステルを掴んでは引き戻す作業に、もはや心身ともに疲労困憊だ。
エステルの分は別部屋で取れば、今度こそ、一人でゆっくり休める…そのはずだった。
宿屋の主人に渡された鍵の番号はなぜか隣に移動していた。
怪訝な表情を浮かべながらも、鍵を開け、中へ足を踏み入れた瞬間、俺は凍りついた。
ベッドが二つ。布団も腰掛けも。何もかもがペアになっている。
しかも、部屋は明らかに昨日借りた部屋よりも広く小綺麗な二人部屋に変わっている。
「まぁ、アリア様!うふふ、驚きになられましたか?素敵なお部屋ですわよね!」
背筋に、昨日とはまた違う種類の、冷たい汗が流れた。嫌な予感が的中しすぎている。
俺はすぐさま踵を返し、階下の受付へと駆け下りた。
「おい!どういうことだ!なんで俺の部屋が変わってんだ!?しかも二人部屋になってるじゃねぇか!!」
カウンターで帳簿をつけていた宿の主人は、俺の剣幕に少し驚いた顔をしたが、すぐにやれやれと言った面倒くさそうな表情になった。
「ああ、お客さん。あんたの"お連れ"のかわいいお嬢さんがねぇ、どうしてもお客さんと一緒の部屋がいいって、聞かなくてさぁ。ちょうど、少し広めの二人部屋が一つ空いてたから、そっちに移ってもらったんだよ」
("お連れ"!?勝手に決めつけやがって!)
「料金はまぁ、その……一人部屋分よりは少しばかり高くなって、一晩180ガルドになるんだがね。お嬢さんが『アリア様が、わたくしの分も全部払ってくださるから問題ありませんわ!』って、そうキッパリ言うもんだから、こっちももう、それで移動して手続きしちまったんだよ」
(…………少しだと!?ほぼ倍じゃねぇか!しかも、あのアホエステル!勝手に全部俺が払うだとぉ!?)
俺は怒りで頭に血が上り、本気で目の前がクラクラした。昨日、腰を打った時とは違う種類の眩暈だ。
抗議しようにも、エステルが「払う」と言ってしまった手前、そして何より、あの致命的な"誤解"がある以上、今ここで何を言っても無駄だろう。
そして、最悪なことに気づく。この女、着ているドレス以外、マジで何一つ資産を持っていないのだ。つまり、この法外な宿代も、今後の食費も、移動費も、何もかも、全部、俺が立て替えるしかないということだ…!
(冗談じゃねぇぞ…!あの〈鐵喰い〉の報酬だって、あっという間にスッ飛んじまうじゃねぇか!!)
ギリギリと、奥歯が嫌な音を立てて軋む。
(……見てろよ、エステル・リーゼロッテ・エリュクシオン……!てめぇの実家とやらに帰り着いたら、絶対に、かかった経費の百倍……いや、百万倍にして請求してやるからな!慰謝料と利子も、たっぷり上乗せしてな!!!)
俺は固く、固く、そう決意した。そうでも考えなきゃ、この理不尽すぎる状況、やってられねぇ。
重い足取りで部屋に戻ると、エステルが「おかえりなさいませ、アリア様!これでゆっくりお休みになれますわね!」などと、相変わらず呑気に声をかけてくる。
俺はそれを完全に無視し、自分のものになってしまったベッドに、倒れ込むように体を投げ出した。
治療院で受けた治癒魔法のおかげで、体の痛みは完璧に消え、傷も全く残っていない。身体的なコンディションは完全に回復していた。それは、このクソみたいな状況における、唯一の救いだった。
だが、疲労も〈ヒーリング〉によって回復しているはずなのに、この精神的な疲労はどうにもならない。頭痛もぶり返してきた気がする。
俺は布団を頭まで被り、無理やり目を閉じた。
隣から聞こえてくる、エステルのやけに綺麗な鼻歌が、今はただただ耳障りでしかなかった。




