第13話:ウルトラC
トボトボと重い足取りを引き摺って、ギルドへ向かう道中、壁に貼られたポスター群が、ふと目に留まった。
『鉄等級パーティ〈雪狼〉前衛募集。鉄等級以上、報酬割は要相談…』
『銅等級パーティ〈ピースキーパー〉専属ポーター募集。戦闘不要…』
パーティのメンバー募集か…。
俺には全くといっていいほど縁のない話ではあるが、張り紙にデカデカと書かれた文字は歪だが中々に目を惹く。
ポスターまで使ってメンバー募集とはなかなかに精力的だ。
(パーティ…。…パーティね。……ギルドのシステム……パーティ登録……?)
記憶の奥底から、以前聞きかじった情報が蘇ってくる。
(たしか、正規登録されたパーティは、そのパーティ名自体が、一種の法人格みてぇな扱いになるんだったか…?)
そして、所属メンバーは、必ずしも冒険者登録している必要はなかったはずだ…。
荷運びのポーターやら治癒士あるいは学者など目的に応じた、非戦闘員の同行者もまとめてパーティメンバーに加えることができるからだ。
パーティの登録自体に金はかかるが、冒険者登録と同じく手続きは簡略化されている。
実質的に名前の署名とメンバーの偽装や替え玉防止の〈魔紋認証〉の登録さえあればメンバーとして認められる。
ザルだが……まぁ、荒くれ者がほとんどの冒険者連中に書類仕事をさせようってのが土台無理な話なのだろう。
(…ん?パーティ登録…?)
閃光のように、一つの考えが頭を貫いた。
(……待てよ?金等級!金等級のパーティになれば、国を跨ぐような依頼を受けた時の移動許可証は、確か……パーティ単位で発行される!個人の身分証の提示は、原則必要ないはずだ!)
銅等級、銀等級でも国を跨いだ護衛任務を受けることはできる。それには個人の出国手続きが必要だ。
だが、金等級パーティならその面倒な身分照合を簡略化してパーティプレートの提示とメンバー照合のみになったはずだ!
全身に、電流が走ったような衝撃があった。
「そうだ!これだ!これしかねぇ!!」
俺が新しく冒険者パーティを結成する!
そして、あの厄災の塊、エステルをパーティメンバーに加えちまう!
それから……何が何でも、どんな汚い手を使ってでも、死に物狂いで依頼をこなして、金等級までパーティランクを上げちまえばいいんだ!
そうすりゃ、国家間の依頼って名目を使えば、堂々とエステルを連れてエトノーシアとの国境を越えられる!
制度の穴……いや、制度の『都合』を利用してその隙間に相乗りする。
ザルなギルドのシステムからエステルをメンバー登録して、信頼を積み重ね…。
厳重な国境審査をギルドの威光を利用してすり抜けるということだ。
(パーティ結成……メンバーは俺とエステル)
金等級なんて、ほんの一握りの実力者しかなれねぇ、雲の上の存在だ。
それは、茨の道どころじゃねぇ、地獄への片道切符かもしれん。
だが、正規ルートも、アビス越えも無理だ。
俺一人じゃ、とてもじゃねえが手が足りねぇ……だが、今の俺には、これしか道は見えねぇ…!
絶望的な状況の中に、ようやく一条の、細く、頼りないが、しかし確かな光が見えた気がした。
俺は、強く、強く拳を握りしめた。ギルドへと向かう足取りに、さっきまでとは違う、確かな力が戻ってきた。
やるしかねぇんだ。何が何でも、この状況を打開してやる!
意を決して、ギルドの扉を開ける。
報酬を受け取って、あのパーティ結成計画を実行に移す…その第一歩だ、と自分に言い聞かせながら。
だが、ホールに足を踏み入れた瞬間、俺の決意は脆くも崩れ去った。
視界の隅、ホールの中央付近にあるテーブル。
そこに、見慣れた、そして腹立たしい後ろ姿…〈沈黙〉のガロードが座っている。まぁ、ヤツがここにいるのは予想通りだ。問題は、その向かいに座っている人物だった。
(なっ……!?なんでコイツがここにいやがるんだ!?)
キラキラとしたプラチナブロンドの気品あるウェーブ。水色のドレス。あまりにも既視感のある風貌。間違いねぇ、エステルだ!しかも、何やら身振り手振りを交え、実に楽しそうにガロードに一方的に話しかけてやがる!
(宿で大人しく待ってろっつっただろうが、このアホがァァァ!!!)
俺は危うく、その場でギルドの入り口の分厚い木の扉に、思いっきり額をゴツン!と叩きつけるところだった。人目さえなければ、間違いなくやっていた。
俺の殺気に気づいたのか、エステルがパッと顔を上げ、俺の姿を認めると、太陽みてぇな笑顔で、ブンブンと大きく手を振ってきた。
「あっ!アリア様〜♡こちらですわ〜っ!!お待ちしておりましたのよ〜!」
その場違いに明るく、デカい声が、ホール中に響き渡る。
案の定、ギルド内にいた冒険者たちの視線が一斉にこちらに集まり、ヒソヒソと囁き合う声と、好奇と嘲りが入り混じったような視線が、無数に突き刺さる!
(やめろ!大声出すな!目立つだろうが、このアホ!!クソッ!)
俺は深く、深く、溜息をつき、ズキズキと痛み始めたこめかみを押さえながら、重い足取りで、あの忌々しいテーブルへと向かった。
近づくと、エステルが待ってましたとばかりに、興奮した様子で捲し立ててきた。
「まあ、アリア様!お待ちしておりましたわ!わたくし、お部屋で大人し〜くお待ちしておりましたの!そうしたら、なんと、こちらのガロード様がわざわざお部屋を訪ねていらしてくださって!」
(はぁ!?ガロードがコイツの部屋に!?なんで!?…くっ、そうか治療院に行くって伝えてなかったから、痺れを切らして迎えにきたってのか!?)
「アリア様の大切なお友達であるガロード様ならば、そのまたお友達であるわたくしも、もう立派なお友達ということになりますわよね!ですから、わたくしたち、もうすっかり意気投合してしまいましたの!」
(誰が友達だ!意気投合!?何一つ合ってねぇだろうが!!)
チラリとガロードに視線を送る。ヤツはエステルの言葉など右から左へ聞き流しているようで、ただ黙々と、どこからか取り出した干し肉を齧り、ややげんなりとした表情で遠くの壁を見つめている。
(……だろうな。コイツもとんだ災難だったらしいな。少しだけ同情するぜ…)
なおもエステルの濁流のようなおしゃべりは止まらない。
「それで、ガロード様は、アリア様とこちらで待ち合わせをしているとおっしゃるではありませんか!なんて素敵な偶然ですこと!それならば、わたくしもご一緒させていただいて、三人で親睦を深めるお茶会というのも素敵ではないかと思いまして、こうしてついてまいりましたのっ!」
(お、お茶会だと……!?)
「こちらのお店、とっても活気があって、装飾も歴史を感じさせて素敵ですわねっ〜!わたくしたちのお茶会に、まさにぴった…り…」
そこでエステルは言葉を切ると、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
「あら?でも、注文はどうすればよろしいのかしら?ウェイターさんはいらっしゃらないようですし……」
(お茶会……ウェイター……ここがどこだか、本気で分かってねぇのか!?ここは冒険者ギルドで、二階に併設されてんのは安酒場だっつーの!!)
俺はもう、眩暈と頭痛で立っているのがやっとだった。
「…………もういい」
俺は低く、疲れ果てた声で呟くと、エステルの腕をぐいっと掴んだ。
「黙ってろ。そして、行くぞ」
有無を言わさぬ口調で告げる。エステルが「え?どちらへ?」と問いかけてくるが、完全に無視する。ガロードにも視線を送る。
「おい、ガロード…てめぇもだ。さっさと報酬受け取って、こんな目立つ場所からはずらかるぞ」
俺は、エステルを引きずるようにして、そしてガロードについてこいと目で合図しながら、まずは受付カウンターへと向かった。一刻も早く、この最悪の状況から脱出したかった。そして、願わくば、この二度と経験したくないような一日を、早く終わらせたかった…。




