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自由のアリア  作者: カラノニジ
第二章:厄災は空からふるふる聖女の涙
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第11話:エステル・リーゼロッテ・エリュクシオン

挿絵(By みてみん)


「わたくしはエステル・リーゼロッテ・エリュクシオンと申しますの! 以後、どうぞお見知りおきを!」



 こいつは……間違いない。



 あの〈沈黙〉とはベクトルが180度違うが、根っこは同じ種類の……人の話を全く聞かねぇ、そしてとてつもなく面倒くせぇタイプの人間だ!


 しかも、こいつは貴族か、どこか名家の娘と見た。



 ……厄介事の匂いがプンプンとする。



「うふふ、昨夜の劇的な出会いを経て、もうわたくしたちは『お友達』ですわよね? どうぞ、わたくしのことは気軽にエステルとお呼びくださいませ! それにしても、昨晩は本当にお助けいただいて……あっ、いえ、その前に!」


 エステルは何かを思い出したように、ポンと手を打った。


「まずはキチンと顔を洗って、身支度を整えねば、恩人に対して失礼というものですわね!」


 そう言うと、エステルはいきなり、その場でスクッと立ち上がろうとした。


 だが、座ったまま俺の腹の上で寝ていたせいで、体がすっかり固まっていたのだろう。


 足がもつれ、「ふえぇぇっ!?」と実に情けない声を上げ、ドテン! と見事に床に転がった。




(……アホだ)




 俺は、ズキズキ痛む腰を押さえながら、冷めた目でその一部始終を見下ろしていた。



「い、痛いですわ……。いえ、しかし、こんなことで恩人をお待たせするわけにはまいりませんわ……! 少々お待ちくださいませ! すぐに支度を整えてまいりますので……!」



 エステルは涙目になりながらも、ふらふらと立ち上がり、どこにあるかも分からない洗面所でも探すつもりなのか、部屋の扉を開けて、よろよろと廊下へと出て行った。



 やれやれ、これで少しは静かになるか……と思ったのも束の間。



 扉が閉まった直後、廊下からエステルの甲高い、慌てふためいた声と、別の誰か……おそらく宿の主人だろう低く咎めるような声が聞こえてきた。


「まあ、ごきげんよう……え? 何ですの? ……わたくし? いえ! 決して怪しいものではございませんのっ! お部屋なら、そちらの、昨夜お世話になった方の……! あっ、そんな、お待ちになって! 人の話を聞いてくださいまし! ひぃぃぃ、助けてくださいましぃぃぃーー!!」



「……ったく、今度は何をやらかしたんだ、あのアホは……!」



 俺は深く、深ーーく、溜息をつき、ズキズキと脈打つこめかみを押さえた。



 もう勘弁してほしい。


 本気で。



 だが、自分の部屋のすぐ前で、こんな騒ぎを起こされては、さすがに無視するわけにもいかねぇ。

 どうせ、宿に事情を説明する必要も出てくるだろう。



(クソッ……面倒くせぇ……! なんで俺が、こんな次から次へと……!)



 俺は痛む腰を庇いながら、のろのろとベッドから足を下ろした。

 壁に手をつき、一歩踏み出すごとに走る腰の痛みに顔を歪めながら、騒ぎの元凶がいるであろう扉へと、重い、重い足取りで向かった。



「いやっ……嫌ですわ! 牢屋には入りたくないですのっ! わたくし何も悪いことしていませんわっ!」


 甲高い悲鳴が聞こえ、俺は覚悟を決めて部屋の扉をガチャリと開けた。


 そこには、恰幅のいいオヤジ……宿の主人に腕を掴まれ、必死に抵抗しているエステルの姿があった。


 俺の姿を認めるなり、エステルはまるで救世主でも現れたかのように顔を輝かせ、オヤジの手を振りほどくと、そのまま俺にひしっ! と抱きついてきやがった!



「うおっ!? お、おい、やめろ! 引っ付くな、腰が……っ! ええい、鬱陶しい!」



 俺は思わず顔をしかめる。


 宿の主人は、俺と、俺にしがみつくドレス姿のエステルを交互に見比べ、何かを邪推したように深く眉を顰めた。


 そして、やがて妙に納得したような顔で、ため息混じりに言った。



「あーあー……お客さん。あんた、昨日は一人でチェックインしたはずだぜ? 困るじゃないか、『そういうこと』はさぁ。『連れ込み』するならよぉ、キチンと最初から二人分の料金を払ってもらわねぇと、こっちも商売上がったりなんだよ!」



(……………は、はぁ!? つ、連れ込み!? 何言ってんだ、このオヤジは!? とんでもねぇ誤解だ!)



 俺が慌てて訂正しようと口を開きかけるより早く、エステルが胸を張って俺にしがみついたまま反論する。



「これでおわかりになっていただけましたでしょう!? わたくしは決して怪しいものではございませんのよ? 昨晩はただ、こちらの具合が悪そうだったお方の"面倒を"、わたくしがこのお部屋で、"付きっきり"で見て差し上げていただけですのよ?」



 それだけなら、まだマシだったかもしれない。だが、エステルは心配そうな上目遣いで俺を見上げ、さらに言葉を続けた。



「それよりも、貴方様の"腰"はもう大丈夫ですの? 昨晩は、わたくしが懸命に支えて"奉仕"差し上げても、なかなか"立てなく"なっていたようでしたけれど……。とても心配ですわっ! わたくし……やっぱり、"貴方のことが……"」




「は……?」




(てめぇぇぇぇぇ!!!! 何を言い出すんだ、このアホはァァァ!! それじゃ誤解が悪化するだけだろうがァァァ!!!)



 俺は頭がクラクラして、本気で眩暈がした。頼むから黙ってくれ!



「お、おい……! 違う、俺にそんな趣味は……じゃなくて! 違うぞ? 違うからな!?」



 何を言っているんだ……俺は……。


 もはや、何を言ってもただの誤魔化し、言い訳にしか聞こえないだろう。



 宿の主人は、エステルの爆弾発言と俺の滑稽な言い訳を聞いて、さらに胡乱げな、そして若干引いたような目で俺たちを見ると、もうこれ以上関わりたくないとでも言うように、やれやれと首を振った。



「……ふん、どっちにしろ、アンタら。料金はきっちり二人分、払ってもらうからなっ!」



 それだけ言い捨てると、主人はさっさと背を向けて、階下へと降りていってしまった。



「お、おい! 待て! 話を聞けっつーの! 誤解だっつってんだろうが!」



 だが、俺の叫びは届かない。


 主人が完全に姿を消すと、エステルはパァッと顔を輝かせ、俺に向かって満面の笑みで言った。



「よかったですわっ! これで、わたくしたちへの"誤解"が解けましたわね!」



「とんでもねぇ誤解に塗り替えられただけだろうが、この天然記念物級のアホがァァァァァァァ!!!!!!」



 俺はしがみついてくるエステルを、怒鳴りながら力任せに振り払った!



「きゃっ!」と短い悲鳴を上げて、エステルは廊下の床に尻もちをつく。


 俺は壁に手をつき、ズキズキと激しく痛む腰を押さえながら、床に座り込んだまま目をパチクリさせているエステルを、本気で殺意すら込めた目で見下ろした。



「……てめぇぇ……さっきから、なんなんだ、一体……」



 低い、地の底から響くような声が、自分でも驚くほど冷たく口から出た。



「いい加減にしろよ……? 今度こそ、洗いざらい全部説明しやがれ。てめぇのその、ふざけた頭の中身も含めてな。」



 俺の怒りなど、春のそよ風程度にしか感じていないのだろうか。エステルは「まあ!」と可愛らしく両手を胸の前で合わせて喜ぶ。



「ふふっ、よろしいですわね! とても素敵ですわ! こうして、新しくできたお友達同士で、お互いのことを深く知り合うというのは!」



(…………ダメだ、コイツには何を言っても響かねぇ……)



 俺はもはや抵抗する気力も失せ、よろよろと部屋のベッドに腰かけ、深い深い溜息をついた。


 そして、諦めきった声で、核心を突く質問を投げかけた。



「……それで? なんで、てめぇは空から降ってきたんだよ……」



 その質問を待ってました! と言わんばかりに、エステルの顔がパァッと輝いた。



「まあ! よくぞ聞いてくださいましたわ!」



 そして、そのあまりにも荒唐無稽な話を息継ぎもせずに一気にまくし立て始めた。




「わたくし、月に一度の礼拝を抜け出して、道を歩いておりましたの! そうしたらなんと道端に子犬が捨てられていましたの…っ! まあなんてかわいそうなのでしょうと拾い上げようとしたそのときですわ! なぜかわたくしの身体が空を飛んでいましたの! まあなにかしらと空を見上げたら、なんと……こーーーーーーんなにも大きな怪鳥さんがわたくしのリュックを掴んで飛んでるではありませんか! ああっ思い出しただけでも恐ろしいですわ……っ。それで途方にくれながら空の旅をつづけておりますと今度はけたたましく怪鳥さんが騒ぎ始めるではありませんか、何事かと思ったら今度は白い羽のワイバーンさんが怪鳥さんを襲い始めましたの! 空中で戦いはじめてわたくしってば目を回してしまいましたけれど、結果はワイバーンさんが怪鳥さんを空中で捕らえ……。わたくしは怪鳥の足にリュックが引っ掛かったまま取れず……あ〜れ〜と、そのまま怪鳥さんをワイバーンさんが掴んでまた飛んでいきましたの。やっと連れられたのはワイバーンさんの巣でしょうか? 岩場の上に枝で作られた素敵なハウスでしたわね。その夜は途方にくれながら寝ましたわ。ですが、きっとそのうち助けが来ると信じて希望は失っておりませんでしたわ! ……そして、ほんのすこーしだけ寝過ごしたと思ったらなにやら、お外が騒がしいんですの! なにやらワイバーンさんを退治に来た冒険者の方がいらした様子。とにかく今なら巣から逃げ出せると思って歩き始めた瞬間! どっかーんと後ろで爆発したんですの! わたくし吹き飛ばされて気を失ってしまいましたわっ! 目が醒めるとワイバーンさんの巣は木っ端微塵、おそらくワイバーンさんも……せっかく一夜を共にした仲でしたのに……。それでお墓をつくってあげて、さあ、帰ろうと思ったのですけれど、あたり一面真っ白……ここが何処かなんてわたくしにわかるわけがありませんわ。まあどうしましょうと、とにかく進んでいきましたの! 途中銀色の狼さんの群れに追われたり、大きなアリさんのお家に落ちたり……そうしているうちに大きなウシさんを見つけましてミルクでも分けてもらおうと近づいたら今度は空から獰猛なグリフォンが! ウシさんにしがみついたまま、またしてもはるか上空へ……わたくし必死に牛さんを助けようとしましたの……でも寒さで力及ばず……わたくしは手を離してしまいウシさんは連れて行かれてしまいましたわっ! ウシさーーーんっ!! ああっなんてこと! ああああああんんまりですわぁああああああ! ……で、今に至りますの」




 エステルは、まるで一大叙事詩を語り終えたかのように、やりきったという満足げな表情で話を締めくくった。






(は?)






 頭には全く、これっぽっちも入って来なかったが、耳に入った情報だけを元に順序立てて組み立て直す。



 ……登場する魔物の特徴から察するに要約するとこうだ。



 礼拝を抜け出した先で捨て犬を拾おうとしたら、巨大な怪鳥、ゲシュタック(D-)にリュックを掴まれて空へ連れ去られた。


(……いや、その時点で意味がわからんが)


 その怪鳥は、今度は白いワイバーン、フロストウイング(C-)に襲われ、空中戦の末に敗北。

 エステルは怪鳥の足にリュックが引っかかったまま、ワイバーンの巣へ運ばれたらしい。


 巣で一晩過ごした翌朝、冒険者がワイバーンを討伐に来たことで外が騒がしくなり、逃げ出そうとした瞬間、背後で大爆発。


 吹き飛ばされて気を失い、目が覚めた時には巣は木っ端微塵。


 ワイバーンの墓を作って帰ろうとしたものの、道に迷い、アイスウルフ(D-…群れならD+か)の群れに追われ、アイアンアント(E+)の巣に落ち、なんとか脱出した先で、今度はオックブル(E-)を見つけた。


 近づいた途端、今度はグリフォン(B-)が現れてオックブルを掴み、空へ。


 エステルも牛にしがみついたまま、またしても空の旅へ逆戻り。


 だが、寒さで力が尽き、牛は連れ去られ、エステルは上空から落下。


 そして、絶叫しながら落ちてきた先に、ちょうど外を覗いていた俺がいて……俺をクッションにして、この部屋に墜落した。



「…………」



 俺は、開いた口が塞がらなかった。


 なんだ、その荒唐無稽すぎる話は……。


 ゲシュタック、フロストウイング、アイスウルフ、アイアンアント、オックブル、グリフォン…魔物が、まるでリレーでもするように次から次へと…。



 普通なら、とっくに死んでる。作り話に決まって…………



(いや、待てよ…?)



 ガチリ……と嫌な音を立てて、頭の中である推測が噛み合う。



 ワイバーンの巣、冒険者の襲撃、そして大爆発……。


 時期といい、状況といい、フィリスのパーティがフロストウイング討伐とガロードの"お守り"に行っていた話と、奇妙に辻褄が合うんじゃねぇか……?


 ……フィリスが言ってた『仲間ごとぶっ放された』ってのは、もしかして、誰にも気が付かれず巻き添えでコイツも吹っ飛ばされてたってことか……?




 …………え?




(ま、まさか……これ、全部、ホントの話なのか……?)



*本イラストは作者本人のものです

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