第10話:空から降ってきた厄災
ここから第二章です。
まずは…宿だな。こんなボロボロの状態で、まさか野宿するわけにもいかねぇ。
確か、街の門の近くに宿屋がいくつか固まってたはずだ。
(チッ、来る前に目星くらいつけとくんだったぜ…)
それから、この体の治療。
自分の闇属性魔法で、無理やり傷を塞ぐこともできなくはねぇ。
でもアレは細胞を異常な速度で活性化させて、強制的に再生させる…いわば、諸刃の剣だ。
下手に使い続けると、後々どんな反動が出るか分かったもんじゃない。
やっぱり、ちゃんと治療院で診てもらうべきだろう。光属性か水属性、あるいは地属性の魔法で、体の負担が少ないように治してもらうのが一番だ。金はかかるだろうが、今後を考えれば背に腹は代えられねぇ。
ただ、この時間だと混んでるかもしれねぇな…。
武器もそうだ。あの〈鐵喰い〉のクソ硬い甲殻とやり合ったんだ。俺の曲剣も、相当刃こぼれしてるはずだ。早めに鍛冶屋に持って行って、手入れしてもらわねぇと、使い物にならなくなるかもしれん。
(優先順位は…まず宿の確保、だな。話はそれからだ。いや、宿屋街へ行くなら、確か途中に治療院があったはずだ。先に予約だけでも入れておくか?)
それが一番効率がいいだろう。武器の手入れは…あーもうっ明日だ明日!!報酬を受け取ってからでも遅くはねぇだろ。
俺は重い体を引きずるように、ギルドに背を向け、ファルメルの門がある方向へと歩き出した。日は傾きかけ、夕暮れの冷たい空気が、傷口に染みて痛む。
まずは門の方へ戻り、宿を探す途中で治療院を見つける。その看板に吊るされた『札』を確認する。
黄色と青色の札。札でどの属性の魔法を持つ治癒士が院内で施術しているかがわかるのだ。黄色は光属性、青色は水属性。茶色は地属性。紫なら闇属性。ただの木札だと薬師が薬草やポーションを処方するといった具合だ。実にわかりやすくていい。
自分で応急処置したおかげで軽傷者扱い。後回しにされ、今日中の施術は受けられないらしい。
なんとか明日の午前で予約を押さえ、ひとまず安心だ。
次に宿探しだ。ファルメルの門近くにある宿屋街へと、重い足を引きずって戻る。
いくつかの宿の看板と値段を見比べ、結局、〈白羊の夢〉という宿に決めた。
風呂と晩飯付きで一泊100ガルド。冒険者が泊まるにゃ、そこそこいい宿だ。
正直、今の俺の懐には安くねぇ出費だが、風呂が付いてるのが決め手だった。湯だけの宿も多いし、かといって、今から大衆浴場まで歩く気力もねぇ。メシも出るなら、もうここで全部済ませちまうのが一番楽だ。
部屋は狭かったが、掃除はされていて、ベッドもあった。
俺はまず、汗と泥と、あの化け物の粘液で汚れた鎧と装備を脱ぎ捨てた。
ズシリとした重圧から解放され、思わず「ふぅ…」と深い息が漏れる。
この瞬間が、たまらなく好きだ。疲れた甲斐があったってもんだ。
すぐに共同の風呂へ向かい、熱い湯に体を沈めた。
「あ゛あ゛ぁぁ~~……生き返るぜ……」
骨の髄まで染み渡るような温かさに、全身の力が抜けていく。
湯気の中で、自分の体を見下ろす。あちこちに、紫色のアザができている。壁に叩きつけられた時の打撲痕だ。ジンジンとした痛みが、湯の温かさで少し和らぐ。
(…あのクソ〈沈黙〉め…!やっぱり、あの時、思いっきりぶん殴っとくべきだったか…!)
そんなことを考えながら、優しくアザの部分を揉みほぐす。
風呂から上がり、部屋に戻ると、脱ぎ捨てた防具の整備を軽く行っておく。
表面を布で拭って、内側のファーをブラシで整える。
(あっ…そういや結局ジジイに〈双子の腕輪〉返してねぇじゃねぇか!くぅ…っ!)
ポーチから転げ出した、この馴染みのない輪っかをオロンのジジイに返しに行かねばならない手間が増えた事実に身悶えながらも、武器の点検に移る。
曲剣の方は〈鐵喰い〉の硬い甲殻に何度も叩きつけたこともあって幾らか刃こぼれしている。
俺の場合、安い剣を無理矢理エンチャントで強化して使い潰していることもあって、剣の消耗は激しい。
(この剣も、そろそろ替え時か…?)
やれやれと曲剣を鞘に納めると、壁に立てかける。そうこうしているうちに食事が運ばれてきた。温かい野菜スープ、少し硬くなったパン、味の薄い茹で野菜、それと、何の肉かは分からないが、柔らかく煮込まれたもの。
「…まぁ、宿飯なんてこんなもんか…。贅沢は言えねぇな」
味は可もなく不可もなし…。宿飯にしては頑張ってる方か?黙々と口に運ぶ。
だが、不意に〈陽の果て亭〉でガロードがバカみたいに食っていた、あの美味そうな肉料理を思い出した。ジュージューと音を立てていた串焼きも…。
(…腹は減ってたし、あそこで何か美味いモンでも食っときゃよかったか…?)
そんなことを考えつつも、腹が膨れると、強烈な眠気が襲ってきた。
俺は食事のトレイを脇に押しやり、そのままベッドに倒れ込む。ギシッ、と古いスプリングが悲鳴を上げた。疲労はピークだ。目を閉じれば、すぐにでも眠りの底へ落ちていけそうだ。
ふと思い立ち、窓に近づくとやけに明るい月を見る。
この辺りがこんなにも晴れて風がないのも珍しい。
(今日はくたびれたが、明日の報酬受け取りに備えてとっとと寝るか…)
…ん?なんだ…?
どこか遠くで、女の高い声が聞こえるような…?
「ーーーーーーぁ」
風の音か?いや、違う…。だんだん、近づいてきてる…?
俺は音の正体を確かめようと、窓をガラリと開け覗き込む。
さっきよりも明確に声が聞こえる。
(下…?…いや何も居ねぇ……なっ!?)
その瞬間だった。
「ーーぁんまりですわぁああああああーーーーーーーーーっ!!!!」
甲高い悲鳴が、すぐ頭上から降ってきた!
見上げると、夜空から、月明かりに照らされて、ひらひらとした水色のドレスを着た女が、一直線に俺の部屋の窓に向かって投げ込まれたかのように落ちてくる!
(はぁ!?空から人!?)
か、回避!?無理だ!間に合わねぇ!!
ドンッ!!
「ぐえぇぇっ!!」
落下してきた女の体は、俺の体にまともに激突!
慌てて引っ込もうとした俺に巻き取られるかのように、開け放った窓から飛び込んでくる。
俺は女の下敷きになる形で、部屋の床に叩きつけられた!
ピシッ!!
腰に、嫌な音が響いた気がした。
(イッッッテェェェ…!!クソッ、腰が…!やっちまったか…!?)
激痛が走り、下半身に力が入らねぇ…!
俺の上で、落下してきた女が「ふぅ…」と一息つき、ゆっくりと身を起こす。自分の体をあちこちペタペタと触り、それから自分のほっぺたを、ぎゅーっとつねっている。
「いっ…!生きてますわぁ!わたくし、生きてますのねっ!いたたたた…ほっぺが痛いですの…でも、無事ですわ…」
どうやら、俺が身を引きながら巻き込んだことで完璧な緩衝材になり、当の本人は無傷らしい。ふざけやがって…!!
そして、ようやく俺の存在に気づくと、パッと顔を輝かせ、キラキラした瞳で俺を見下ろした。
「もし、そこの貴方様!助けていただいて、本当に感謝いたしますわ!あの高さから落ちて、わたくし、もうダメかと思いましたの…!このご恩、何とお礼を申し上げれば…!」
(…助けた…?違う、クッションにされただけだ…!それより、俺の腰が…クソッ…なんで俺ばっかり…また…面倒…事が……)
次から次へと、本当に、厄介事ばかりだ、この街は…。
激痛と、溜まりに溜まった疲労、そして、この上なく面倒な状況の到来に、俺の意識は限界を迎えた。
「はわわ!?一体、どうされましたの!?お顔色が真っ青ですわ!?大丈夫でございますの!?お気を確かに…!」
女の慌てる声が、まるで水の中に沈んでいくように、どんどん遠くなっていく…。
「うぐ…」
そして、ぷつり、と。
俺の意識は、完全にブラックアウトした。
―――
――
―
「っ……イッテ……」
窓から僅かに差し込む光と、鈍い、体の芯に響くような痛みで意識が浮上した。
全身の筋肉が悲鳴を上げているようだ。特に、腰が…最悪だ。まるで鉄の棒でも突っ込まれたかのように、ズキズキと鈍痛が続いている。
ゆっくりと目を開けると、見慣れない宿の木の天井が視界に入った。
(…そうだ、昨日は…あの後、気を失って……)
空から降ってきたドレス女、腰への激痛、そしてブラックアウト。悪夢のような出来事が、断片的に蘇ってくる。
(はは……いや、夢だろ。空から人が降ってくるわけがねえ……)
上体を起こそうとすると腹の上に感じる、ずっしりとした生温かい重み。
(……あ?)
恐る恐る視線を下にやると、そこには、昨夜の元凶であるドレス姿の女が、俺の腹を極上の枕とでも思っているのか、すーすーと安らかな寝息を立てて眠りこけていやがった。口元からは、ご丁寧に涎まで垂れている。
「…夢じゃ…なかったのかよ……クソが…」
思わず、額を手で覆って深いため息を漏らす。最悪の目覚めだ。
見れば、俺の体にはちゃんと布団がかかっている。どうやら、意識を失った俺を、このアホ面の女がベッドまで運んでくれたらしい。看病でもするつもりだったのか、それとも単に力尽きたのか、そのまま俺の腹の上で寝落ちしやがった、と。
(…一応、礼を言うべきか?いや、そもそもコイツが空から降ってきて、俺の腰を破壊したせいだろうが!)
すやすやと眠る女の顔を、ジロリと観察する。プラチナブロンドの髪は、見るからに手入れが行き届いているが、昨日の落下騒ぎで少し乱れ、傷んでいるようだ。それでも、クルクルとした綺麗なウェーブは健在だ。着ている略式のドレスも、泥やら埃やらでやや汚れているが仕立ての良い上等なものに見える。あの妙に丁寧で芝居がかった喋り方といい、どこぞの貴族か、金持ちの箱入り娘か…そんなところだろう。
だが、なんでそんなお嬢様が、空から降ってきた?この宿の上にゃ、ただの尖った屋根しかねぇ。登れるような場所じゃねぇはずだ。つまり、本当に、文字通り、空から降ってきたってことか…?益々ワケが分からん。
「むにゃむにゃ…もう食べられませんわぁ…あのケーキ、本当に絶品でしたの…うふふ…」
ベタすぎる幸せそうな寝言が聞こえてきて、俺の額にピキリと青筋が浮かんだ。
(…この状況で、能天気に食い物の夢かよ!!)
込み上げてきたイラつきに任せて、俺は人差し指を立て、女の額をピシッ!と強めに弾いてやった。デコピンだ。
「あだっ!?いったぁ!?て、敵襲ですの…っ!?はっ!い、今の衝撃は一体…!?」
女は文字通りベッドから飛び起き、寝ぼけ眼でキョロキョロと怯えたように辺りを見回している。
(敵襲…?アホか、こいつは…まだ寝ぼけてやがる)
俺は腹の上から女を乱暴に突き飛ばすようにして退かす。ズキリと走る腰の激痛に顔を歪めながらも、なんとかゆっくりと上体を起こした。
「……おい」
寝ぼけたままの女を、据わった赤い目で真正面から睨みつける。
低く、威圧するような声で言い放つ。
「さっさと状況を説明しろ。てめぇは何者だ?なんで、空から降ってきた?…洗いざらい、答えろ」
俺の、有無を言わさぬ詰問など、まるで心地よい朝の小鳥のさえずりか何かと勘違いしているのだろうか。
目の前の女はパァッと花が咲くような笑顔を向け、部屋の窓の外を見やりながら、実に晴れやかに言い放った。
「おはようございますわ!なんとも気分のいい、清々しい朝ですこと!今日もきっと、何か素晴らしいことがありますわね!うふふ!」
(……はぁ!?朝?気分がいい?素晴らしいこと…?てめぇ、マジで言ってんのか!?俺の腰がどうなってるか、これっぽっちも分かってねぇのか!?)
「ああっ!なんてことですの、わたくしったら!貴方様はわたくしの命の恩人ですのに、自己紹介もせずに大変失礼いたしましたわね!申し遅れましたわ!!」
俺はあまりの現実との乖離っぷり、その驚異的なまでのマイペースさに、怒る気力すら失いそうになった。こめかみが、ヒクヒクと引きつっているのが自分でも分かる。
女は居住まいを正し、スカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をした。
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